◆4-142 頑張る2人
第三者視点
「行け!」
マリアベルは、視線を魔獣から目標へ向けた。
予め命令は決めていたのだろう。
魔獣は突然起き上がり、迷いなく駆け出した。
部屋の中央にはヴァネッサ、部屋の端のコネクティングルームの扉の所にイルルカ。
魔獣は近くのヴァネッサを無視して、イルルカへと向けて走った。
そして其処は、リリンとマリアベルが居る位置とは真逆。
貴族用の広い室内とはいえ、大きな身体の魔獣にとっては数歩で目的の場所に到達するだろう。
魔獣は家具や棚を弾き飛ばしながら、一直線に彼の下へ向かった。
これ迄、リリンは魔獣が何処に飛ぼうと追い付ける中央付近で警戒していた。
しかし今自分が居るのは、イルルカとは離れた真逆の位置。
ヴァネッサを重視して、イルルカを軽視していた事が仇になった。
マリアベルが攻防の最中に少しずつ移動し、リリンを中央から引き離していた事も原因の一つではあった。
「畜生!あのワンコロ!気絶した振りだと!?」
リリンが引き返そうとした時には、既に魔獣はイルルカに向けて跳躍し、長椅子と円卓を飛び越えていた。
いくら素早いリリンでも、この距離で先回りする事は不可能。
追う間も無く、魔獣はイルルカを脚で押さえつけた。
倒れているイルルカの背中を前脚で押さえつけながら、マリアベルの指示を待った。
「確か…ルディ曰く、脚にあるとか…
どちらの脚なのかしら…?」
マリアベルは、魔獣の方に向かおうとするリリンの脚に『不可視の鞭』を絡ませて、イルルカ救出の邪魔をしている最中。
口に人差し指を当てて考え事をする振りをしながら、リリンの動きを封じている。
「邪魔すんな!!!」
怒号と共にバチンという音が響き、脚に絡まった鞭が容易く引き千切れる。
だがすぐに、千切れた鞭の代わりが来て、再度巻き付く。
マリアベルの異様に濃い魔素から作られる『不可視の鞭』や『粘性魔素』は、物質に成りかけているが物質ではない。
物質化魔術式の様に現実に固定させる事無く、その発動過程で止めている。
なので、人や物に触れさせる事も触れさせない事も出来て、且つ、人の目には映らない。
『場』に揺蕩う半物資半幽霊の様な存在。
引き千切られてもすぐに造り直せる。
固定化されていない魔素を霧散させずに『場』に残す事が出来るのは、精霊並みの魔力を持つマリアベルだから可能な技術。
「仕方ありません。平民は部品で持ち帰りますわ。
嵩張りますしね。
面倒ですので、両脚とも噛み千切りなさい。
取り出すのは後でも良いでしょう」
マリアベルは、わざとらしく邪悪な笑みを作り、ハッキリとリリンに聞こえる様に声に出して命令した。
指示を受けて、魔獣は涎を溢しながら口を開けた。
リリンは次の鞭を引き千切る。
しかし、すぐまた別の鞭がリリンの脚に絡みつき邪魔をした。
「貴女が邪魔しなければ五体満足でお連れしたのですよ?
こうなったのは貴女の所為。
貴女が悪いのです!」
マリアベルは勝ち誇り、リリンを煽った。
煽って焦らせ、正常な判断が出来なくなる様にする。
「巫山戯るな!止めろ!!……え?」
「…え?」
リリンは怒鳴りつけながら、動きを止めた。
マリアベルは勝ち誇ったまま、動きを止めた。
二人とも、何が起きたかを理解出来なかった。
◆◆
魔獣は、イルルカの脚に噛み付く姿勢のまま、固まって動かなくなった。
その後、顔を上げてキョロキョロと辺りを見渡し、グルグルとその場で回り出した。
涎を撒き散らしながら、嬉しそうに走り回っている。
飛び散る涎がイルルカの頭にべシャリとかかった。
「「はぁ…?」」
リリンとマリアベルの声が被った。
先程までとは場違いな、素っ頓狂な声。
視線は魔獣に釘付けとなり、お互いの手は止まっていた。
先に視線を戻したマリアベルは思わず呟いた。
「あっ…!」
彼女は、障害物の向こう側を凝視した。
「あっ!!」
リリンも一拍遅れて、マリアベルの見たモノを見た。
ヴァネッサの姿は忽然と消えていた。
◆◆
魔獣は、倒れているイルルカの直ぐ側で、まるで仔犬の様にはしゃいでいる。
大きな身体で跳ね回るせいで、5メートル以上もある高い天井と、数十人が入れるくらいの広い空間を持つこの部屋でも、かなり手狭に見える。
魔獣が壁や天井にぶつかり、石材で出来た化粧材に亀裂が入り、大きな音を立てながら崩れ落ちた。
そして、先程まで部屋の中央で倒れていたヴァネッサが突然消えた。
昏倒していて、とても動ける状態では無かった筈の彼女が、二人の視界から一瞬で跡形もなく。
その異様な状況に思考が停止し、マリアベルもリリンも攻撃の手を止めた。
「あれは貴女の術式なの!?」
「ヴァネッサ様を何処に!?」
二人の口からは同時に言葉が出た。
そして、すぐまた同時に、二人は第三者の存在に思い至った。
「あの時の『虫』の仕業か!」
「誰かは知らんが味方だな!!」
判断は同時、動きも同時。
マリアベルはヴァネッサの居た辺りに、『不可視の鞭』を続けざまに振り下ろした。
ヴァネッサの姿を隠した妖精が、その辺りに居るだろうと予想しての攻撃。
毒抜きでの一撃ならば、昏倒させる以上の事はない。
二撃目以降は相手に拠る。
妖精は、濃い魔素濃度や神経毒には耐えられるかも知れない。
だが彼等は物理的な衝撃に弱い。
妖精では一撃と耐えられない。
マリアベルは、妖精が死ぬか気を失うかして魔術式を解けば、魔獣の奇行もヴァネッサの神隠しも解けると考えた。
確実に、ヴァネッサとその周辺に『不可視の鞭』は届いた筈。
だが、何の変化も反応も無い。
相変わらず魔獣は己の尻尾を追い掛け回し、ヴァネッサの姿も見えないまま。
「ルディクラっ!虫は何処!?」
その間に、リリンはマリアベルに拳を何度も振り下ろしていた。
対してマリアベルは、纏っている蜂蜜の様な『粘性魔素』を操作して魔獣の鋼毛を前面に集め、拳撃の威力を殺し続けた。
リリンが追撃を行う僅かな隙にマリアベルは毒瓶を割り、中身を己の魔素に馴染ませる。
そしてすぐに指揮棒を振るう様に腕を動かし、リリンに毒をくらわせる。
『不可視の鞭』を弾いた拍子に、触れた毒の効果でリリンの皮膚が変色して爛れる。
しかし、それも直ぐに効かなくなり元の肌色に戻った。
「ルディクラ!起きて!虫を探して!
犬ころを叩き起こしなさい!!」
マリアベルは叫ぶが、ルディクラは未だに自分の世界に籠もっている。
「本当に役立たず!!」
彼女は唾を吐く様に罵った。
その間もリリンの連撃はくり返され、マリアベルは追い詰められていった。
マリアベルの能力は、身体の周囲に纏う高濃度の粘性魔素と、そこから伸ばす触手『不可視の鞭』の操作です。
『不可視の鞭』は壁等に貼り付けて罠にする事も可。短時間なら切り離していても効果が持続。
繋げていれば、本人の魔力が無くなるまで持続。
イメージ的には見えないショゴスたん。
生物は触れた途端に昏倒します。
欠点は、マリアベル本人にも己の出している粘性魔素が見えていない事。
どの辺りにあるかを感じ取れる程度。
パックやルディクラは見えます。
テケリ・リ…




