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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
240/287

◆4-140 マリアベルという生き物

マリアベル視点

リリン視点




 「コピ姉様が死んだ」

 私の中の彼女が言った。


 彼女の動揺が伝わり、一瞬身体の支配が緩み、動きが鈍った。

 そして、その隙を突かれて腕に裂傷を負った。


 「そう、コピディタスが死んだの」

 柱の陰で腕から吹き出す血を眺めながら、私は淡々と応えた。

 こういう時、どの様な声音で話すのが良いのかイマイチ分からない。


 「貴女達は不死なのではなかったの?」

 当たり障りのない事を尋ねながら、治療に専念する。

 空いた手でドレスのリボンを外して傷口に巻き、口と手で強く縛る。

 更に、かんざしを通して回し、圧迫する。


 人は、親しい人を亡くすと嘆き悲しむ事は知っている。

 知っているけど、そういう人の相手をする事は苦手。


 事実を受け入れない人。

 怒り狂う人。

 達観する人。

 親しかったのに苦しみから解放されたと喜ぶ人までいる。

 普段の性格からは予測出来ない反応をする。


 相手に合わせると何故か怒られたり。

 具体的な対応策を伝えると冷たいと言われたり…。

 理不尽なのよ。だから嫌。


 母が死んだ時だったか。

 亡骸の横で嘆き悲しむ父に、これからの家の運営や親戚との利権争いに関して有利になる思案を提言した時の、私を凝視した父の表情が忘れられない。

 あれは、恐怖か困惑か悲哀か怒りか…若しくは、全て混ぜた様な表情だった。

 未だに、あの表情を何と呼ぶのか分からない。


 まだ洗礼式前だったから、変わった子供だと思われたのかもしれない。

 私としては、死体の横で嘆くなど、時を消費するだけの無駄な行為だと思って、思い遣りのある提言が出来たと思ったのだが…。

 ああいう時は、一緒に嘆き悲しむ振りが必要なのだと学んだ。


 だから、こういう事案は避けたい。

 けれど、彼女は私の中の私だから、相手にせざるを得ない。

 正直言って…面倒くさい。


 「…お姉さまの波長…感じ取れない…

 波長が消えた…お姉さま消えた…

 分からない…分からない分からない分からない!!

 誰にやられた…?

 兄か?…あのクソ野郎が…!

 クリオシタス!あの裏切り者がっ!!

 殺す殺す殺す殺す殺す!!」

 メソメソしながらも、時折、1人でブツブツと怒鳴り散らすルディクラ。

 普段の能天気ぶりからは考えられない位に、陰湿で激しい。


 彼女の言う事から、具体的な事は何一つ分からない。

 コピディタスが死んだ事と、クリオシタスが裏切ったらしい事くらいか?

 クリオシタスの裏切りがコピディタスの死に繋がったのかどうかすら、ルディクラの話からは判断不能。


 …私に伝えたいなら、分かりやすく噛み砕いて説明してくれないかしら…。


 コピディタスの事は嫌いでは無かった。

 理知的で理性的。

 常に冷静沈着。

 最善の手段の為には他者と己を区別せずに利用し、躊躇無く全てを破棄出来るだけの決断力のある女性。

 寧ろ私好みの性格だった。


 クリオシタスも嫌いでは無かった。

 魔導具馬鹿の狂信者(ヲタク)だが、彼の知識量は尊敬に値するものであった。

 彼の立てる作戦も私好み。

 十重二十重(とえはたえ)身代わり(スケープ・ゴート)を用意して、立案者には辿り着けない策を練る。

 それに比べて…


 「姉様が居ないと…私はどうしたら良いの…?

 お姉様を殺した奴を探し出して殺す!

 その前にクリオシタスを殺す!

 アイツの魔石なんて壊しておくべきだったんだ!

 でも…どうやってクリオ兄を殺せるの?

 コピ姉様…教えて…」

 …あまりにも馬鹿だ…。


 支離滅裂ね。煩くてたまらないわ。

 今の状況、解ってないのかしら?

 コピディタスが死んだなら、次の行動を計画するべきでしょう?

 全く…相変わらず、ルディ(こいつ)は役に立たない。

 なんで私の相棒がコレなのかしら?

 私よりも遥かに長く生きている癖に…まるでガキじゃないの。


 そんな事を考えていたら、私の代わりに攻撃させていた魔獣が仰向けに飛んできて、頭から着地して一回転した。

 端的に言って、蹴り飛ばされた。

 魔獣は顎を強く蹴り抜かれたらしく、歯の一部が砕けていた。


 あらあら…うちのワンちゃん、イイ顔になって帰って来たわ。

 …うん…セルペンス(あの化け物)には、この犬では到底無理だわ…。

 クララが居たら嬉々として殴り合っていただろうに。


 さて…次はどうしよう?

 心音が五月蝿いわ…。

 …この鼓動の高鳴りが楽しいという感情なのかしら?それとも恐怖とか焦り?


 マリアベルは自分の胸に手を当てて、ふふふ…と笑ってみた。


 思考速度がいつもより早い気がする。

 血流が早いわね。

 手が小刻みに震えている?

 今、嬉しいのかな?私は。


 珍しくマリアベルは興奮していた。

 環境や人からの精神的な影響を受けない空っぽの彼女が、初めて心の底から湧き上がる感情を手にしていた。


 …あの魔導具もまだ残弾に余裕がありそうだし、今度は目玉を潰されるかな。

 腕や脚は良いけど、目玉はちょっと困るのよね。


 再び柱の周囲に礫がばら撒かれる。

 顔が出せない。


 魔獣には、急所を護る形の防御姿勢を取らせている。

 あの筋肉と剛毛には、彼女の豆鉄砲は弾かれている。


 …剛毛と言うより、鋼毛というべき硬さね。

 金属の礫が弾かれるわ…。

 でも、そのせいで…ああ…くそっ…


 お陰様で、その弾かれた礫が跳弾となって私の頬を掠めていく。


 …痛い…けれど傷はつかない。

 直撃さえしなければ、本当に威力は無いのね。

 なら…何とかなりそう。

 久しぶりに本気を出そうかしらね。


 マリアベルは魔獣に指令を出し、自分の隠れている柱の直ぐ側まで近寄らせた。



 …この魔導具、性能は良いけれど決定打に欠けるのよね。

 この部屋、意外と柱が多いから避けられ易いし。


 平凡な外観は別として、一応は貴族が宿泊する高級宿。

 そして此処は最上階の貴賓室。

 当然、かなり頑丈に造られている。

 分厚いコンクリート製の壁の上から大理石の化粧材。

 この攻防であちこちボロボロだけれど。

 壁も柱も傷は付いても貫通は不可能。


 …威力面の修正を提案するか?

 でも、そうすると連射に影響が出るか?


 帝国に所属している騎士として、魔獣の討伐よりも、背後で倒れている正教国の貴賓(ヴァネッサ)の護衛が最優先。

 マリアベルを牽制しつつ、魔獣から護らないといけない。

 この場を離れられない以上、回り込んで撃つことが出来ない。


 …少年は離れているから、流れ弾には当たらないだろう。

 彼女の話しぶりからして、殺す気は無いと思う。希望的な観測だけど。


 今はヴァネッサを護る事で手一杯。

 少年は放って置くしかない。


 迎撃しか出来ないのは辛いわね。

 対処にも限界があるし…キツイ。

 こんな時にお姉様かジェシカが居てくれたら…。

 くそっ…二人とも、今の時間は離宮で作戦中だわ!

 ちくせぅ…手が足りない…!

 魔獣かマリアベル、どちらかでも行動不能に出来れば護りきれるのに…!


 …ん?彼女は何を…?

 あれは…一体…?


 柱の陰から姿を現したマリアベルは、『黒』を纏っていた。




 

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