◆4-139 新型の魔導銃
第三者視点
「さっきの音は何だ?」
「屋根に雷でも落ちたか?」
「貴賓用上級室内で何かが落ちる音がしましたわ!」
「お客様!ご無事ですか?お客様!!」
「扉に何か引っ掛かっている!開かない。手を貸せ!」
部屋の外が騒がしくなってきた。
扉を一斉に蹴る音がする。
だが、内開きの扉は、崩れ落ちた天井の梁がつっかえ棒の様に引っ掛かり、開かない。
「あら、困った…五月蝿くなってきちゃった…」
「アンタが屋根を引き剥がして入るからよね?私のせいじゃないわよ!」
「こいつも…煩い。
…分かってるわよ。
だから開けられない様に破壊したんじゃないの」
マリアベルが扉に気を取られていると、突然イルルカが立ち上がり、ヴァネッサに向かって走りだした。
「突然立ち上がらないで下さいませ。
ビックリしてしまいます」
そう言いながらマリアベルが手を振り下ろすと、ヴァネッサとイルルカは糸の切れた人形の様に意識を失い、その場に崩れ落ちた。
同じ様に、入口扉の方向に手をかざすと、廊下の方から人の倒れ重なる音がして静かになった。
「ふう…騒がしいのは嫌い」
マリアベルは、降り立つ時に舞い上がり纏わりついた埃を手で払いながら、ヴァネッサに顔を向けた。
「さて…ヴァネッサは持ち帰るとして…この平民は…」
「マリー!!」
ルディクラの声が頭に響くと同時に脚が勝手に動き、前のめりに転ぶような姿勢で床に倒れ込んだ。
「何を…?」
ガシャーン!カンカンカンッ…
伏せたのとほぼ同時にガラスの割れる音が室内に響き渡り、先程まで立っていた場所の背後にあった机に、小さな複数の礫がめり込んだ。
「ちっ…性悪鼬を仕留め損なったか。
逃した犬を追っていたらこんな場面に出くわすとは…私は運が良いのかしら?
…汚名返上の良い機会。頑張ろう、私」
◆
割れた窓の外から声が聴こえた。
マリアベルは、その声に聞き覚えがあった。
闇の中を何者かの声が反響した。
冷えた空気は雨を呼び寄せている。
星明りは雲に隠れ、ガス燈の灯りは届かない。
厚く墨を塗り重ねた様なその真闇は、深い穴の底と同じ色味をしていた。
べっとりと張り付く黒と窓の枠縁が一体となり、まるで一枚の絵画と額縁の様に己を主張し、マリアベルの目を惹き付けた。
「そこは人間様のお部屋ですよ?
獣共は毛皮になってからお入り下さい」
その闇の中を反響する様な声音は、感情を知らないマリアベルの心の鼓動を速くした。
「泥臭い暗部の土臭い女狐様。
相も変わらずカビ臭い陰がお好きね。
明るい世界で浄化してあげる。
さっさと姿を現しなさい」
己の心の早鐘が、恐怖から来るモノなのか、狂喜から来るモノなのか、彼女には判らなかった。
しかし、彼女の瞳孔は大きく拡がり、口角は自然とつり上がった。
歪なその表情は、『歓喜』と呼ばれるモノに近かった。
セタンタと対峙した時にすら感じられなかった、奥底から込み上がる不思議な感覚。
彼女は、初めて感じている『感情』に近いものを楽しんでいた。
マリアベルは、窓の外からの攻撃が当たらない柱の陰に移動しつつ、波形魔術式を飛ばして相手の位置を探った。
だが、飛ばした彼女の魔術式は、闇の中に溶け込む様に消えてしまった。
「ルディクラ…索敵は貴女の担当でしょ…ルディクラ…?」
マリアベルの呼び掛けに応えない。
外には風が渦巻いていて、ヒョウヒョウと騒いでいる。
その所為か、魔術式は届かないのに相手の声はよく聞こえる。
「窓は割れてしまいましたが、貴女が屋根を破壊したせい…としておきましょう」
姿は見えない位置も不明。
マリアベルは頭を低くしたまま片膝で立ち、攻防どちらでも動ける様に準備した。
ヒュオ…
鋭い風切音が聴こえた。
窓の外には花台がある。
ツタの絡み合う緻密な装飾。
白磁の様に塗装されたそれは、鉄製である事を感じさせない繊細な美しさがあった。
彼女はそこに立っていた。
人ひとり立つには狭すぎる花台。
その上で背筋を伸ばして屹立していた。
細い身体に合せた白い軽装鎧。
腰には似つかわしく無い大きさの両手剣。
帝国軍内に幾つもの顔を持つセルペンス中佐こと、リリンだった。
「わたくし、貴女と違って人間ですので、入室前にご挨拶させて頂きますね」
そう言って、高層階の狭い足場の上で小さく膝を落し、カーテシーを披露した。
リリンの姿が見えた途端、マリアベルの背後に控えていた魔獣は全身の毛を逆立てて唸りだした。
全身の筋肉を強張らせ、身体を丸く縮める。
マリアベルは柱の陰に隠れたまま、彼女に話し掛けた。
「人間ねぇ…
普通の人間は、一足飛びで3階の窓から出入りするのですか…?」
「向かいの建物の屋根から飛び移っただけですよ?」
「大通り1本と前庭分離れてましてよ?」
「たかが道1本分ですよ?
そこの犬コロを探し回った距離に比べれば、ほんの一歩程度でしょ?」
「この化け物が…」
二人は、冷たい殺気の中で微笑んだ。
リリンがゆっくりと窓から入って来る。
彼女が近づく程、部屋の中の空気が張り詰めた。
「そもそも、どうして此処に?
貴女は二人の護衛ですか?」
「言ったでしょ?犬を追ってきたと。
私は匂いを辿って来ただけ」
「偶然?白々しい。
餌…罠だったというわけですか?」
「面倒くさ…どう思おうが関係ありませんけどね…
正教国の貴人が此処に滞在していたのは知りませんでした。
でも、偶然とはいえ大切なお客様です。
居合わせた以上、護らせて頂きます」
言葉が終わると同時に彼女が手首を動かすと、マリアベルは反射的に身体を引っ込める。
柱の腹を削り取る様な位置を礫が通り過ぎ、背後の瓦礫にめり込んだ。
◆
リリンが柱に回り込む様に移動すると、マリアベルは離れた柱の陰に移動する。
今度は魔獣を狙って攻撃すると、その隙にマリアベルが横から『何か』を飛ばして攻撃する。
マリアベルが攻撃の為に身体を出すと、それを狙っていたかの様に礫を撃ち込む。
リリンが腕を動かすと同時にマリアベルも手を振り下ろす。
リリンの攻撃から一拍遅れてマリアベルの攻撃が彼女に届く。
それをリリンは、まるで見えているかの様に身体を捻って躱した。
リリンは攻撃と回避をしながら移動。
マリアベルは隠れながら攻撃。
緊迫した攻防が続いた。
「私は妹とは違って、荒事は好まないのですけれど…」
マリアベルは、柱の陰に身を潜めながら息を整える。
「お一人とは珍しいですね。
クララベル様は…?
ああ…弟に殺されましたか?」
動きながら柱と柱の間に向けて、礫を撃ち込み続けるリリン。
時折、波の様に襲い来るマリアベルの『不可視の鞭』を本能的に避けつつ、ヴァネッサの下へと近寄って行った。
「今よ!動け!」
マリアベルが叫ぶと魔獣は反射的に防御姿勢を解き、追い立てられる様に飛び出して腕を薙いだ。
彼女の進路を邪魔するかの様に、魔獣が爪を大きく横に空を切る。
リリンは床を這う様な姿勢で滑り込み、その爪の下を潜り抜けて躱した。
そのすれ違う刹那、彼女は鼻先に通り過ぎる魔獣の腕の隙間に狙いを定めて発射した。
「ギャウ!」
魔獣が防御姿勢をとり、剛毛で己の身を守っている間は、リリンの礫は通らなかった。
しかし、攻撃に転じて伸び切った腕の皮膚は、毛と毛の間の柔らかい部分を彼女に晒した。
剛毛の隙間に命中した礫は、見事に魔獣の肉を切り裂いた。
泥の様な血が噴き出して絨毯を黒く染め、魔獣は反射的に飛んでリリンから距離をとった。
数瞬の攻防は、セタンタ達に比べれば派手さは無いが、どれもが致死に至る可能性を秘めた一撃。
その合間だと言うのに、二人の顔は笑っていた。
◆
リリンは倒れているヴァネッサの前に陣取り、適当な家具を放り投げて障害物の壁を作る。
壁とは言ってもスカスカで隙間だらけ。
魔獣の爪の一薙で消え去る様な物。
「気休め程度ですが、跳弾は防げるかしら?」
その間も、手甲に取付けられた魔導具から小さな礫を断続的に発射して、マリアベルと魔獣を同時に牽制する。
片方の弾が尽きると反対側で牽制を始めて、その間に片手で空のカートリッジと大量の礫が入ったものとを交換する。
マリアベルが『不可視の鞭』を発動させようとして柱の陰から手を出すと、その手を礫が掠めていく。
魔獣も全身を強張らせて剛毛と筋肉で礫を弾いているが、一瞬でも締まりが緩むと、その筋肉の隙間に礫が撃ち込まれる。
「その銃は魔導研の新作ですか?」
「ええ…威力はありませんが、室内であれば牽制には十分…でしょ?」
リリンが牽制の為に乱射しまくるせいで、マリアベルと魔獣の周囲の壁は、弾痕でボロボロになっていた。
リリンの言う通り威力が小さいので、壁を貫通する事は出来ない。
薄い板に孔は開けられても、一枚板には軽く弾かれてしまう程度の豆鉄砲。
クララベルならば、身体強化で弾く事も容易な軽い武器。
カーティの魔導銃を解析・応用して造られた試作銃で、圧縮魔術式の自動化というメリットを除けば、威力は元の魔導銃にも遥かに劣る。
だが携帯性と連射力、それ故の制圧力は、魔道銃や魔導銃を遥かに凌ぐ性能だった。
「でも、それには重大な欠点がありますね」
「…それは否定致しません。
あくまで補助武器ですから」
当然ながら、大量の礫をばら撒く武器なので、すぐに弾切れを起こす。
加えて、カーティの魔導銃よりも発射回数が多い為に、回路上の魔石に蓄えられている魔素の減りも銃身の摩耗も早い。
何より…
「熱…」
手甲の手首部分に密着して取り付けられている為に、熱が直に肌に伝わる。
「そろそろ限界ですか?
では、こちらから参りますね。
ルディ、魔獣は任せたわよ」
マリアベルが飛び出そうとしてルディクラに声を掛けた。
しかし、ルディクラからの返事は無かった。
暫く前から、ルディクラは魔獣を操作していない。
先程の一撃も、マリアベルが指示してやらせたもの。
銃撃が止んだ後、魔獣は防御姿勢のままで一切動き出す事が無かった。
「…?…まぁいいわ。
操作権を私へ…。
では、参ります。セルペンス中佐!」
そう言って、マリアベルは嬉しそうに柱の陰から飛び出した。




