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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
238/287

◆4-138 その頃の妹達

少し時間を巻き戻して…


第三者視点です




 「…最期まで足掻くと思っていたのだが…」

 ゼーレベカルトルはコピディタスの呆気ない最期を目にし、意外といった様子で口を開いた。


 「生きる事は存在形態の一種でしかない……俺達の行動原理はアンタら人間には理解出来ないよ」

 眠った様に見えるコピディタスを膝枕しながら、クリオシタスは静かに呟いた。

 ドレスのスカートをコピディタスの血が浸潤し、深く赤く染めていった。


 「私達は彼女達に嫌われていたのだけれどね。

 最期には私達を理解してくれたのかしら…ね」

 膝上で静かに眠るアデリンの顔を覗き込みながら、カーティは一粒の涙を零した。

 その涙がコピディタスの瞳に落ち、まだ生気の残る彼女の頬を伝い、流れ落ちた。


 「…分かる」

 リヘザレータ姿の『何か』は、そう呟きながら己の髪を解き、手櫛でゆっくりと()き始めた。


 彼女の髪色が、手で梳いた箇所から染み渡るように濃く変わり、水に落とした墨の様に拡がっていく。

 徐々に、艶があり真っ直ぐで、吸い込まれる様な漆黒へと変化していった。


 彼女の髪の変化に同調する様に、背はみるみる高くなる。

 貴族の子女にしては健康的だったリヘザレータの肌の色は、白磁の様に白く抜け落ちていく。


 着ていた筈の子供用の病衣は、彼女の肌の色に同化する様に変化していく。

 それは滑らかに色彩が変わり、大人用の黄色いイブニングドレスとなって落ち着いた。

 リヘザレータだったモノは、メンダクスの付き人であるセルペンスに形態を変化させた。


 「個は全…だから…ね。

 死ぬ事は…流れのひとつ。

 大した…問題じゃない…」


 セルペンスは感情の読めない瞳で亡骸を見つめていたが、声音には憐憫の情が含まれている様に聴こえた。


 「貴殿の言わんとする事は解る。

 個の強い『人』ではなく、女王の為に動く『部品』として考える生き物なのだな。

 …ギフテッドを超える能力者が、大局の為には己の消滅も厭わないか。

 思っていたよりも厳しい相手だと再確認させられた…」

 目標の為ならば、己の進めていた計画を捨てる事に対して一切躊躇しなかった彼女(コピディタス)

 その亡骸に目を落としながら、ゼーレベカルトルは息を吐いた。


 「それで…契約は続行?

 ちゃんと履行されるのかしら?

 それとも、一方的に破棄されて殺されるのかな?」

 カーティはセルペンスに向き直り、首をかしげた。

 コピディタスと同じ様に死を覚悟した瞳で、彼女のことを真っ直ぐに見つめていた。


 「…それを決めるのは…私じゃない…」

 セルペンスはそこまで言うと、向かいの建物の屋根に視線を移した。

 その場の全員が同じ方向に顔を向けた。


 向かいの屋根は夜空に溶け込み、何が潜んでいるかを視認出来ない。

 しかしその闇の中に、この舞台を観て、全てを断じ(きめ)る裁定者が居る事を、この場の全員が理解していた。



◆◆◆



 「コピ姉が…死んだ…」

 反射的に口をついて出た。


 マリアベルは振り上げた手を止めて、己の口から勝手に飛び出た言葉を、己の頭の中で反芻(はんすう)していた。

 その隙を突いて発射された(つぶて)が彼女の腕に当たり、強く後ろに弾かれた。

 礫は彼女の右前腕部に深い切り傷をつくり、その傷口からは激しく血が噴き出した。


 マリアベルは、右腕を抱え込みながら柱の陰に滑り込む。

 柱には、続けざまに無数の礫がめり込むが、彼女には届かなかった。


 「何…?」

 「マリー…コピ姉様が死んだ…」

 「…そう」

 暫くの間、呼び掛けても反応しなかったルディクラが、突然口を開いた。


 応急手当をする間、マリアベルは魔獣に指示を出した。

 彼女(マリアベル)の代わりに飛び出した魔獣は、部屋の床板を踏み割りながら全体重を乗せて相手に飛び掛かった。

 魔獣の剛毛の隙間にも礫がめり込むが、痛みを感じないかの様に怯まなかった。


 魔獣は、多少欠けたところのある太い爪を大きく振り上げた。

 軽装鎧を装備しているとはいえ、その爪を叩きつけられれば紙の様に鎧ごと切り裂かれる事はすぐに判る。

 瞬時に剣を抜き、勢い良く落ちて来るその太い爪を(すんで)の所で受け止めた。

 しかし、受け止めるその体躯は、振り被る魔獣の体躯と比べると、とても細く貧弱に見える。

 踏ん張る足は床板を割り、沈み込むその身体に、魔獣の巨躯が覆い被さった。


 眼前に迫った魔獣は、長い犬歯の生えた口を大きく開き、凶悪な(アギト)から涎を垂らしている。

 漂う匂いは、酔っ払う様に熱くて甘い。

 その吐息は周囲に漏れ出し、目の前の相手に纏わりつく。

 噛み付こうとして顎を突き出した瞬間、勢い良く跳ね上げられた相手の蹴り足が、魔獣の開いた下顎を蹴り抜いた。



◆◆◆



 マリアベル達が()()を見つけたのは偶然だった。

 感知能力の高いルディクラが、高級宿の並ぶ区画にある建物の一つに目を付けた。


 区画の一番外れにあり、周りの建物に比べると少々見劣りのする様相。

 大きな建物ではあるが、高級宿街区内に分類されているのが不思議なくらいに装飾が少なく、平民でも紛れていそうな宿泊施設。

 周辺には、より豪奢な宿泊施設が並び、其処の建物との差を際立たせていた。

 その建物だけが区画外であるかの様に灯りが少なく、無骨で平凡、まるで砦の様だった。


 目立ちたく無いマリアベル達が目立たない様に、灯りの少ない建物の屋根を選んで飛び移って移動していた。

 その際に、たまたま近くを通ったルディクラの感知が()()を拾い上げた。


 マリアベルは重症のクララベルを別の建物に隠し、改めて、その無骨な建物に向けて飛んだ。

 ルディクラが正確な位置を指示し、魔獣がそれに従う。

 彼女と一匹は、目的の部屋の真上に降り立った。


 「この下の部屋に居る。ああ…こちらに気付いたみたいね」

 「逃げられると困るわ。

 道草食わずに直線でお邪魔しましょうか。

 そうね…あの辺りを開けて頂戴」


 彼女が指示すると、魔獣は両手の爪で建物の瓦屋根と下地の防水鉄板を引き剥がし、屋根と小屋裏の駆体ごと天井をぶち抜いた。



 ギャリギャリ…バキバキバキ…!!

 石材と金属の擦れる甲高い音、乾燥した木材のへし折れる破裂音等が建物中に響き渡り、身体の大きな魔獣でも十分に通れる広さの開口部が造られた。


 ドガドガ…ゴン…ドゴ…

 こじ開けた時に砕けた梁や筋交いが部屋の中に崩れ落ち、丁度、部屋の入口扉を内側から塞ぐ様に積み上がる。

 同時に、大量の埃が部屋の中に吹き込んだ。


 「ゴホゴホゴホ…ハクション!」

 中から女性の咳き込む声がする。


 埃が落ち着くのを待ってから、彼女と一匹は、開けた穴から部屋の中を覗き込んだ。


 埃で酷く汚れたが、この部屋がこの宿の中では最上級の部屋である事が一目でわかる造りだった。


 だだ広い応接間。

 巨躯の魔獣が入っても余裕のありそうな高い天井。

 寝室へと続く扉は一つや二つではない。

 宿泊客と、その側仕え達の全てが泊まるにも十分余裕がある。


 更に部屋の端には、地下上水から水車動力で汲み上げた綺麗な水が常時溜まり続ける、特殊な水回りまで備えていた。

 今は、降り注いだ埃のために酷く濁った泥水になっている。


 「ケホケホケホ…!クシュン!」

 その広い間の中、一人で咳き込み続けているのは、盲目の令嬢ヴァネッサだった。

 

 屋根を引き千切った巨大な魔獣が、部屋中を覗き込むのを()て知った彼女は、その場でへたり込んだ。


 「一体何の音!?

 ヴァネッサ!大丈夫?」

 その時、コネクティングルームの扉が勢い良く開いた。

 「ゴホッゴホッ…何だコレ?」

 騒ぎを聞きつけて部屋に飛び込んで来たのはイルルカだった。


 「えっ…?あ…??」

 埃まみれの部屋の中、ふと天井に目を遣った。

 天井より覗き込む巨大な魔獣の目と目が合って、イルルカは金縛りにあった様に動けなくなった。


 「へたり込んでる灰被りの青髪が、枢機卿の娘、ヴァネッサ」

 魔獣の顔の横から部屋を覗き込み、マリアベルはルディクラに、ヴァネッサを紹介した。


 「あら…?確か婚約者はデミトリクス=ヨークだと資料にあったけど…あの平凡顔の男子は…えっと…」

 飛び込んできたイルルカに視線を移す。

 「あ…その男の子、脚に強大な魔石を保有してるわね。

 珍しい所に埋め込んだものね。

 子供達(リベリ)候補?それとも孫達(ネポテム)?」

 ルディクラは波形魔術式で飛び込んで来たイルルカを走査し、マリアベルに耳打ちした。


 「…以前見かけた時、やけに魔力の強い平民だとは思ったのだけれど。

 一応、公爵家が後見だっけ?」

 あまりに警戒心が無くて素人臭かったから、()()注目しなかった…と言って、マリアベルは感情の籠もらない冷たい瞳で彼を睨み付けた。


 「出自が良く分からないわね。

 実は、いずれかの魔人の下僕だったりして」

 ルディクラは目を細め、イルルカの事を上から下までねっとりと観察した。


 「その時に私を起こしてくれていれば、すぐに分かったのに…。

 そうすれば、姉様に事前調査を頼んだのに」

 ルディクラは責めるように言った。


 「貴女…とても下品なのだもの。

 学園で入れ替わると、私のイメージが崩れるのよ」

 「…相変わらず嫌味な奴!」

 一人でコロコロと表情を変えながら、開けた天井から室内に飛び降りる。

 マリアベルは笑みを浮かべながら、魔獣と共に二人の前に降り立った。


 「…あらまぁ…珍しい。

 妖精も隠れてる。2匹も。

 あっちの部屋の隅、天井近く」

 降り立ちながら部屋中を走査したルディクラがマリアベルに報告した。

 「虫なんてどうでも良いわ。

 今はこの子達よ」

 マリアベルはヴァネッサから視線を外さずに応えた。


 「何故この子達だけ他の生徒達と離れて、こんな外れの宿に籠もっているのかしら…?」

 「あれじゃないかな?

 トゥーバ・アポストロ(いんけん)連中が、重要人物を隠していたってヤツ。

 ほら、此処って爆弾の範囲外だし?

 特別扱いってヤツ?」

 「特別扱いしたら、たまたま貴女に見つかった?…運が無い子達だこと」


 万が一、反乱作戦が成功していたら、正教国の貴族子息の集中している中央のホテルは垂涎の餌。

 一番始めに襲撃される。

 反乱軍にとっては良い金蔓(かねづる)。若しくは、交渉の材料。

 正教国の貴族子弟なら、どの様な使()()()をしても利益になる。


 爆弾の解体に失敗していたら灰になり、反乱が成功していれば金になる。

 エレノア司教は最悪の展開を考えて、ヴァネッサとイルルカだけを隔離していた。


 「マリアベル=イメディング…様…?」

 魔獣の隣に降り立ち、一人で勝手に会話している彼女の声を聴いて、ヴァネッサが呟いた。

 「えっ…!あっ…!!」

 イルルカは、魔獣を従えながら凶悪な笑顔で自分を見つめている少女が、学園で会った少女と同じ者だとは気付いていなかった。


 「お久しぶり…と言う程には日が経っている訳でも御座いませんね。

 突然の来訪、ご容赦願います。

 これから貴方達を私達の家族に紹介したく思いまして。

 是非、御一緒して下さいませ」

 そう言いながら、彼女は優雅にカーテシーを披露した。


 顔を上げたマリアベルの機械の様な笑みが、神経を擦る様に恐怖を掻き立て、二人は腰が抜けた様に動けなかった。




 

魔素感知能力

パック=クラウディア=ルディクラ>マリアベル

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