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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
237/287

◆4-137 閑話 屋根裏の子ねずみ達 後編

ジェシカ視点




 私は開いた窓から少し顔を出して、冷たい空気で喉を癒した。

 雨の匂いのする夜空に私の火照った息を吹き掛け、代わりに水気の多い空気で肺を満たす。


 自然と、中庭を挟んだ向かいの建物に目が向く。

 (しごと)の結果を、再び目に焼き付けた。

 そうして、少しでも自分を『普通』に係留する為に刻み込む。

 風に乗って、血溜まり拡がるテラスから此処まで、鉄の香りが漂い来る気がした。


 「今日は風の計算に随分時間が掛かったわね…」

 ふと…呟いた。

 特に意識はしていなかったが、気が付いたら発していた。


 「うん…?…そうだね。難しかった。

 調整に4発も使っちゃったね…」

 「これだけ風が渦巻いていると、弾道計算が難しいのよ」

 「でも、風のお陰でギリギリまで試射が出来た…とも、言えるのかな…?

 …確率を9割にまで引き上げられた…だから、善し悪し…だね。

 発射音はジェシカの能力で誤魔化せても、着弾音は誤魔化せないから…緊張した…」


 …デミは気付いている…?

 でも、敢えて無視している?



 第二王子(ゼーレベカルトル)が誘導して、アデリンをテラスに誘い出して足止めをする。

 私達がその時に、アデリンの体内に在るコピディタスの魔石を一撃で破壊する作戦…だと聞かされていた。

 クラウディアの指示に従って、デミトリクスは見事に一撃で撃ち抜いた。



 風のせいで何度も試し撃ちをしなければならなかった。


 試射時は、気付かれないように氷で作った弾丸を使用する。

 砕けて跡が残らないし、衝撃音を最小に出来るから。


 流石のクラウ・デミコンビでも、一度で命中させるのは難しい。なので普段は事前に調整をする。

 今回は地階での仕事が手間取って、調整に十分な時間がとれなかった。

 しかも、急に風が出てきて一際難しかった…らしい。

 お陰でアデリンがテラスに出ているにも関わらず、試射を繰り返さなければならなかった…そうだ。

 蛇女(セルペンス)達が彼女(アデリン)の注目を自分達に向けさせて、時間を稼いでくれていたのはその為だった…と、クラウディアは言い訳していた。


 …調整の都度、雷鳴を消すのは大変だったわ。


 デミトリクス専用銃が放つ雷鳴の様な発射音は、私の『無音』の魔術式で抑え込んだ。

 流石に全部は消せなくて周囲に響いたけれど、遠くの方で鳴っている感じに聴こえる様、反響音を調整した。


 …すぐ下の執務室に響き渡ったら大問題だったし、床全体に吸音掛けるのって…面倒くさいのよ…!


 目標近くの壁や屋根を照準にして数度撃ち込んだ。

 (あた)った弾丸は瞬時に砕けて氷の欠片を周囲に撒き散らしていた。


 「試し撃ち中、氷の欠片が彼女にあたった時は…冷や汗かいたわよ」

 「…バレなくて良かった…ね。姉さん」

 「ん〜…そうね…」

 …歯切れが悪い。やはり狙ったのか。


 私は最初、作戦内容を聴いた時に疑問を持った。

 何故わざわざ回りくどい事を?

 父ちゃん一人でも()れたんじゃないかな?…と。


 人質は蛇女だったワケだし、周りの連中は帝国の貴族だし。多少死んでも…ねぇ?

 …正教国内の争いで帝国民に死者が出ると流石にマズい?エレノア様の立場的に?

 でも、連中はうちら共通の敵でもあるワケだし…?

 どうせなら蛇女を巻き込んでくれても善かったのに…

 …とか考えていたらカーティが姿を見せた

 その時にエレノア様達の狙いを理解した。


 成る程ねぇ…

 カーティの情報が正しかったか?…と?

 情報を元にして製作した魔導具は、ちゃんと効果があったか?

 そして…………中々に酷い…


 本当の目()はアデリンではなくカーティ。

 一体、どんな餌で釣ったの…?


 「どのみちカーティも発見されたし、彼女が全てバラしたけどね…。

 どちらに転がるか最後まで判断つかなかったけれど、カーティは意外と欲望に忠実だったようね。

 お陰で上手くいったし、結果オーライと言うやつよ」


 おーらい…?

 …結構…行き当たりばったりな作戦だったのね。…でも…



 「クラウは何時からカーティが敵だと知ってたの?」

 ふと、興味が湧いて口にした。

 彼女は言おうかどうかしばらく逡巡し、その後、ゆっくりと口を開いた。


 「以前…試作した『魔素マスク』を見せに行った時にね…」

 そう言って、経緯を教えてくれた。


 クラウディアが、そこらの素材で造ったマスクを着用して黒の森に突撃し、死にかけて帰ってきた後の事。

 マスクの欠陥を指摘してもらう為、ついでに良い素材は無いかと尋ねる為に、カーティの部屋を訪れた。


 「私の造った魔導具を見てみたかったのか判らないけど、警戒が緩んだのね。

 普段は彼女(カーティ)の奥底に隠れていた子供達(クリオシタス)が、少しだけれど顔を出したの」

 かなり気配は薄かったから、私以外は気付く事は出来なかったでしょうけど…と彼女は付け加えた。自慢かな?


 彼女曰く、元の人格が強く残っている子供達(リベリ)達は、元の人格を表に出して陰に潜まれると感じ取れないそうだ。

 特にクリオシタスは、マリアベル達に憑いてる奴等よりも隠れるのが上手いらしい。


 理屈や感覚は良く分からないが、魔人や魔女、一角獣(レクトス)黒猫(二グルム)等の()()()聖獣達も奴等を見つけられない…というのは、彼等(リベリ)のそういう特性にあるようだ。


 …魔素が視える人間なんて滅多に居ないだろうしね。

 パックも()()()()だったっけ…でも馬鹿だから…視えても気付かないだろうなぁ…。


 クラウディアは、屋根裏部屋から出る前に最終確認として、射撃の証拠が残ってないかを見て回っている。

 その作業の合間に小声で話した。


 「そして、もう一つの人格(クリオシタス)、アゴラ達の事を知っていたみたい。

 オマリー様が退治したボガーダンに出没していた獣を『魔獣』だと間違えて、口を滑らせたわ」


 あの近辺に出現した黒い獣という特徴だけで、『魔獣化した獣』と考える。

 わざわざ黒の森を出て人を襲う魔獣が居るなんて、正教国ではあまり考えられない事。


 それは私達も知らなかった事。

 それを彼女は知っていたという事実。

 だから、カーティが正教国の情報部(トゥーバ・アポストロ)以上の情報網を持っていると、確信したそうだ。


 その独自の伝手と、クリオシタスの気配。

 それが、カーティが敵の一味だと判断した根拠。


 「…あれ?

 確かあの時、アンタが、父ちゃんが倒したのは『魔獣』だとして話を拡める様にって…依頼したんじゃなかった?

 だからわざわざ教室で、周囲に聴こえる様に自慢したのよね?…覚えがあるわよ?」


 「あの依頼は、私がカーティに会った次の日よ」


 その前日の公式発表では、オマリー司祭が倒したのは、高い知能と強大な力を持った神出鬼没の『獣』だとされていた。

 貴族間でも、『魔獣』だと噂している人は居なかった。

 貴族であるカーティなら、尚更『獣』だと思う筈。


 普通の人間が、単独で魔獣を倒すのは不可能…というのが常識的な考え方。

 魔獣ならば、専門の訓練を受けた軍の一個小隊をぶつけて、個別に処理するのが常套手段。


 アゴラ達は、対魔獣では無いとはいえ、既に騎士団を数個壊滅させている。

 魔獣か大型獣かの線引も微妙な所だった。


 …ドゥーム・フェンリルは、獣の時でさえ魔獣を超える強さを持っている…。

 騎士団壊滅も当然ね。

 それが、実は2頭も居ました…なんて…


 アゴラとスカリの情報を隠す為にも、オマリー司祭の人外さを隠す為にも、わざと詳細は発表しなかった。


 …私のホラ話を、丁度よい目眩ましに利用したわけか。

 そういえばあの時、高位貴族の連中は私を馬鹿にしていたっけ…?

 魔獣なら倒せる筈が無いと鼻で笑ってたな。だからか…。


 うちの仲間達って…普通に魔獣や魔物を殺している気がするから、どの程度で異常と判断されるのかが分からないわ…。

 嘘の噂を本気にされてたら、父ちゃん、化物認定されて退治されてたんじゃ…?


 事実、今でも公式発表では、オマリー司祭は、騎士団を撃退した『獣』を単独で倒した英雄…と、なっている。

 倒したのが『魔獣』だと噂するのは、本当の魔獣を知らない平民達か下位貴族ばかり。


 「自分の失言に気付いて隠れられると困るから、彼女(カーティ)に対する監視の準備が整う迄、オマリー様が倒したのは『魔獣』だという噂を流して貰ったのよ」


 カーティが後から失言に気付いても、世間の噂を聞いたからだ…と、クラウディアに対して誤魔化せる…と考えて油断する。


 …相手がクラウでなければ、失言も取り繕えたでしょうしね。


 帝国に居る間、クラウディアはさり気なく情報(えさ)を小出しにし、彼女が食い付いて逃げられない様になった所で交渉した…とのこと。

 此処らへんの説明はざっくり。


 「紆余曲折あってカーティを子供達(リベリ)から引き剥がす事に成功したってワケ」


 アデリンに関して必要な情報を手に入れたら、その情報を元に作戦を組み立てた。

 ついでにアデリンを利用してカーティに選択を迫り、仲間達の下に戻れない様、袋小路に追い込んだ。


 「賢明な判断をしてくれたわね。

 カーティの知識のみならず、クリオシタスの知識も欲しかったから。

 殺さなくて済んだのは、正直言って嬉しいわ」


 …成る程。えげつない。

 あれだけ試射を繰り返したのも、カーティを揺さぶる為…。


 「…で?」

 「で…とは?」

 「…まだ私達に黙っている事」

 クラウディアは肝心なところを言っていない。


 ひとつ、クラウディアは、()()()()()()()()

 カーティ(クリオシタス)を裏切らせる程のモノとは何か。


 そして、クラウディアはこれから()()()()()()()()()()()()

 私は彼女の口から聴きたかった。


 …カーティが何故、アゴラ達の事を知っていたかに関しても知りたいけどね…。

 大方予想はつく。嫌な方のね。

 それはクラウも分かっている筈…だけど、黙っている。


 デミトリクスも、クラウディアをじっと見つめている。

 瞳には表れないが、恐らく何かを感じ取り、焦っている様に見える。

 彼女の事を心配しているのだろうか。


 長い様な短い時の間、彼女はじっくりと考え込んだ。

 「ごめんね。やっぱりまだ話せない」

 彼女は目を伏せて首を振った。


 …デミトリクスにも言えない事?

 貴女はどこへ行こうとしているの?


 「これは…ジェシカやデミちゃんでなくとも…お姉ちゃんにも話せない。

 それくらいの事だから…ゴメンね」


 …お姉ちゃん…?誰?

 姉が居るなんて聞いた事が無い。

 確か…二人の家族は皆……


 私もデミも、貴女の役には立たないのかな?

 私達の価値は、カーティにすら及ばないのかな?


 屋根裏の窓から吹き込む冷たい風に身を震わせ、私はそっと窓を閉じた。

 私の居る場は真闇で塗り潰されて、静寂が耳の奥に響き渡る気がした。




 

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