◆4-137 閑話 屋根裏の子ねずみ達 後編
ジェシカ視点
私は開いた窓から少し顔を出して、冷たい空気で喉を癒した。
雨の匂いのする夜空に私の火照った息を吹き掛け、代わりに水気の多い空気で肺を満たす。
自然と、中庭を挟んだ向かいの建物に目が向く。
罪の結果を、再び目に焼き付けた。
そうして、少しでも自分を『普通』に係留する為に刻み込む。
風に乗って、血溜まり拡がるテラスから此処まで、鉄の香りが漂い来る気がした。
「今日は風の計算に随分時間が掛かったわね…」
ふと…呟いた。
特に意識はしていなかったが、気が付いたら発していた。
「うん…?…そうだね。難しかった。
調整に4発も使っちゃったね…」
「これだけ風が渦巻いていると、弾道計算が難しいのよ」
「でも、風のお陰でギリギリまで試射が出来た…とも、言えるのかな…?
…確率を9割にまで引き上げられた…だから、善し悪し…だね。
発射音はジェシカの能力で誤魔化せても、着弾音は誤魔化せないから…緊張した…」
…デミは気付いている…?
でも、敢えて無視している?
◆
第二王子が誘導して、アデリンをテラスに誘い出して足止めをする。
私達がその時に、アデリンの体内に在るコピディタスの魔石を一撃で破壊する作戦…だと聞かされていた。
クラウディアの指示に従って、デミトリクスは見事に一撃で撃ち抜いた。
風のせいで何度も試し撃ちをしなければならなかった。
試射時は、気付かれないように氷で作った弾丸を使用する。
砕けて跡が残らないし、衝撃音を最小に出来るから。
流石のクラウ・デミコンビでも、一度で命中させるのは難しい。なので普段は事前に調整をする。
今回は地階での仕事が手間取って、調整に十分な時間がとれなかった。
しかも、急に風が出てきて一際難しかった…らしい。
お陰でアデリンがテラスに出ているにも関わらず、試射を繰り返さなければならなかった…そうだ。
蛇女達が彼女の注目を自分達に向けさせて、時間を稼いでくれていたのはその為だった…と、クラウディアは言い訳していた。
…調整の都度、雷鳴を消すのは大変だったわ。
デミトリクス専用銃が放つ雷鳴の様な発射音は、私の『無音』の魔術式で抑え込んだ。
流石に全部は消せなくて周囲に響いたけれど、遠くの方で鳴っている感じに聴こえる様、反響音を調整した。
…すぐ下の執務室に響き渡ったら大問題だったし、床全体に吸音掛けるのって…面倒くさいのよ…!
目標近くの壁や屋根を照準にして数度撃ち込んだ。
中った弾丸は瞬時に砕けて氷の欠片を周囲に撒き散らしていた。
「試し撃ち中、氷の欠片が彼女にあたった時は…冷や汗かいたわよ」
「…バレなくて良かった…ね。姉さん」
「ん〜…そうね…」
…歯切れが悪い。やはり狙ったのか。
私は最初、作戦内容を聴いた時に疑問を持った。
何故わざわざ回りくどい事を?
父ちゃん一人でも殺れたんじゃないかな?…と。
人質は蛇女だったワケだし、周りの連中は帝国の貴族だし。多少死んでも…ねぇ?
…正教国内の争いで帝国民に死者が出ると流石にマズい?エレノア様の立場的に?
でも、連中はうちら共通の敵でもあるワケだし…?
どうせなら蛇女を巻き込んでくれても善かったのに…
…とか考えていたらカーティが姿を見せた
その時にエレノア様達の狙いを理解した。
成る程ねぇ…
カーティの情報が正しかったか?…と?
情報を元にして製作した魔導具は、ちゃんと効果があったか?
そして…………中々に酷い…
本当の目敵はアデリンではなくカーティ。
一体、どんな餌で釣ったの…?
「どのみちカーティも発見されたし、彼女が全てバラしたけどね…。
どちらに転がるか最後まで判断つかなかったけれど、カーティは意外と欲望に忠実だったようね。
お陰で上手くいったし、結果オーライと言うやつよ」
おーらい…?
…結構…行き当たりばったりな作戦だったのね。…でも…
◆
「クラウは何時からカーティが敵だと知ってたの?」
ふと、興味が湧いて口にした。
彼女は言おうかどうかしばらく逡巡し、その後、ゆっくりと口を開いた。
「以前…試作した『魔素マスク』を見せに行った時にね…」
そう言って、経緯を教えてくれた。
クラウディアが、そこらの素材で造ったマスクを着用して黒の森に突撃し、死にかけて帰ってきた後の事。
マスクの欠陥を指摘してもらう為、ついでに良い素材は無いかと尋ねる為に、カーティの部屋を訪れた。
「私の造った魔導具を見てみたかったのか判らないけど、警戒が緩んだのね。
普段は彼女の奥底に隠れていた子供達が、少しだけれど顔を出したの」
かなり気配は薄かったから、私以外は気付く事は出来なかったでしょうけど…と彼女は付け加えた。自慢かな?
彼女曰く、元の人格が強く残っている子供達達は、元の人格を表に出して陰に潜まれると感じ取れないそうだ。
特にクリオシタスは、マリアベル達に憑いてる奴等よりも隠れるのが上手いらしい。
理屈や感覚は良く分からないが、魔人や魔女、一角獣や黒猫等の視える聖獣達も奴等を見つけられない…というのは、彼等のそういう特性にあるようだ。
…魔素が視える人間なんて滅多に居ないだろうしね。
パックも視える方だったっけ…でも馬鹿だから…視えても気付かないだろうなぁ…。
クラウディアは、屋根裏部屋から出る前に最終確認として、射撃の証拠が残ってないかを見て回っている。
その作業の合間に小声で話した。
「そして、もう一つの人格、アゴラ達の事を知っていたみたい。
オマリー様が退治したボガーダンに出没していた獣を『魔獣』だと間違えて、口を滑らせたわ」
あの近辺に出現した黒い獣という特徴だけで、『魔獣化した獣』と考える。
わざわざ黒の森を出て人を襲う魔獣が居るなんて、正教国ではあまり考えられない事。
それは私達も知らなかった事。
それを彼女は知っていたという事実。
だから、カーティが正教国の情報部以上の情報網を持っていると、確信したそうだ。
その独自の伝手と、クリオシタスの気配。
それが、カーティが敵の一味だと判断した根拠。
「…あれ?
確かあの時、アンタが、父ちゃんが倒したのは『魔獣』だとして話を拡める様にって…依頼したんじゃなかった?
だからわざわざ教室で、周囲に聴こえる様に自慢したのよね?…覚えがあるわよ?」
「あの依頼は、私がカーティに会った次の日よ」
その前日の公式発表では、オマリー司祭が倒したのは、高い知能と強大な力を持った神出鬼没の『獣』だとされていた。
貴族間でも、『魔獣』だと噂している人は居なかった。
貴族であるカーティなら、尚更『獣』だと思う筈。
普通の人間が、単独で魔獣を倒すのは不可能…というのが常識的な考え方。
魔獣ならば、専門の訓練を受けた軍の一個小隊をぶつけて、個別に処理するのが常套手段。
アゴラ達は、対魔獣では無いとはいえ、既に騎士団を数個壊滅させている。
魔獣か大型獣かの線引も微妙な所だった。
…ドゥーム・フェンリルは、獣の時でさえ魔獣を超える強さを持っている…。
騎士団壊滅も当然ね。
それが、実は2頭も居ました…なんて…
アゴラとスカリの情報を隠す為にも、オマリー司祭の人外さを隠す為にも、わざと詳細は発表しなかった。
…私のホラ話を、丁度よい目眩ましに利用したわけか。
そういえばあの時、高位貴族の連中は私を馬鹿にしていたっけ…?
魔獣なら倒せる筈が無いと鼻で笑ってたな。だからか…。
うちの仲間達って…普通に魔獣や魔物を殺している気がするから、どの程度で異常と判断されるのかが分からないわ…。
嘘の噂を本気にされてたら、父ちゃん、化物認定されて退治されてたんじゃ…?
事実、今でも公式発表では、オマリー司祭は、騎士団を撃退した『獣』を単独で倒した英雄…と、なっている。
倒したのが『魔獣』だと噂するのは、本当の魔獣を知らない平民達か下位貴族ばかり。
「自分の失言に気付いて隠れられると困るから、彼女に対する監視の準備が整う迄、オマリー様が倒したのは『魔獣』だという噂を流して貰ったのよ」
カーティが後から失言に気付いても、世間の噂を聞いたからだ…と、クラウディアに対して誤魔化せる…と考えて油断する。
…相手がクラウでなければ、失言も取り繕えたでしょうしね。
帝国に居る間、クラウディアはさり気なく情報を小出しにし、彼女が食い付いて逃げられない様になった所で交渉した…とのこと。
此処らへんの説明はざっくり。
「紆余曲折あってカーティを子供達から引き剥がす事に成功したってワケ」
アデリンに関して必要な情報を手に入れたら、その情報を元に作戦を組み立てた。
ついでにアデリンを利用してカーティに選択を迫り、仲間達の下に戻れない様、袋小路に追い込んだ。
「賢明な判断をしてくれたわね。
カーティの知識のみならず、クリオシタスの知識も欲しかったから。
殺さなくて済んだのは、正直言って嬉しいわ」
…成る程。えげつない。
あれだけ試射を繰り返したのも、カーティを揺さぶる為…。
「…で?」
「で…とは?」
「…まだ私達に黙っている事」
クラウディアは肝心なところを言っていない。
ひとつ、クラウディアは、何と引き換えたか?
カーティを裏切らせる程のモノとは何か。
そして、クラウディアはこれから何をしようとしているのか?
私は彼女の口から聴きたかった。
…カーティが何故、アゴラ達の事を知っていたかに関しても知りたいけどね…。
大方予想はつく。嫌な方のね。
それはクラウも分かっている筈…だけど、黙っている。
デミトリクスも、クラウディアをじっと見つめている。
瞳には表れないが、恐らく何かを感じ取り、焦っている様に見える。
彼女の事を心配しているのだろうか。
長い様な短い時の間、彼女はじっくりと考え込んだ。
「ごめんね。やっぱりまだ話せない」
彼女は目を伏せて首を振った。
…デミトリクスにも言えない事?
貴女はどこへ行こうとしているの?
「これは…ジェシカやデミちゃんでなくとも…お姉ちゃんにも話せない。
それくらいの事だから…ゴメンね」
…お姉ちゃん…?誰?
姉が居るなんて聞いた事が無い。
確か…二人の家族は皆……
私もデミも、貴女の役には立たないのかな?
私達の価値は、カーティにすら及ばないのかな?
屋根裏の窓から吹き込む冷たい風に身を震わせ、私はそっと窓を閉じた。
私の居る場は真闇で塗り潰されて、静寂が耳の奥に響き渡る気がした。




