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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
236/287

◆4-136 閑話 屋根裏の子ねずみ達 前編

ジェシカ視点


解説編です




 「あっ…父ちゃんがこっち見て、手を振ってる…!お〜…」

 「こらこら…静かに…!

 誰に見られるか分からないから手を振り返さないで」

 クラウディアが私の口を塞いだ。


 「それと、他の人に聞かれるとまずいから、()()()の様な連絡も控えてね」

 「え〜…もう終わったんだから良いじゃん…」

 「だめよ。

 あの部屋の人達の洗脳が解けていた場合、貴女の声を聞かれる可能性がある。

 私達の存在は極秘。

 そこらの一兵士にさえ見つかる訳にはいかないのよ。

 特に、此処は王帝陛下の()()()

 言い訳が出来ないの」

 「…そうだよ…ジェシカ。

 僕達の事は説明出来ないのだから…

 万が一知られたら、相手を処理しなきゃならない…

 陛下を困らせると、エレノア様に怒られちゃうよ?」

 「ぶ〜…分かってるわよ…」

 私はリスの様に、わざとらしく頬を膨らせた。


 …エレノア様を怒らせる事はしないわ。神経と寿命が擦り減るもの。

 そう考えると、ヴァネッサの神経って結構太い…?

 涙目で、漏らしそうになりながら震えていたけど、あの殺意マシマシの執務室の中、一応最後まで立っていられたからね…。



 此処は離宮の一角、建物の屋根裏。

 1階には晩餐会会場、2階に王帝の臨時執務室があり、私達の居る場所は更にその上、屋根裏の端の陰。

 一際暗い闇の中、私達はネズミの様に静かに(うごめ)いていた。

 今は中庭を挟んで反対側にある建物を、覗き見下ろしている。


 この場所からだと、中庭もテラスも、その周辺の部屋の中まで良く見える。

 先程まで戦場になっていた控え室から、螺旋階段下の闇の中まで、死角は無い。

 控え室では、オマリー司祭に呼ばれた下働き達が、彼の指示の下で怪我人達を運び出していた。


 「父ちゃんったら…相変わらずのお人好し…。

 自分を襲った相手なんて放って置けば良いのに…」

 「…その余裕がオマリー様の強さなのよ」

 「まぁ…ね…」

 私は何となく恥ずかしくなり、鼻を掻いた。


 テラスの上には、喉元に暗い孔を空けて動かなくなったモノと、それを抱え込み、同じ様に動かない女性。

 そして、入口辺りでその様子を冷静に観察する二人が、何かボソボソと話し合いながら時折こちらに視線を向けた。


 「そろそろ雨が降りそう。

 早めに撤収しましょう」

 クラウディアが指示を出す。


 一切の灯りの無い闇中。

 目だけ出した黒装束の3人の子供。

 今は仕事の後片付け中。


 中庭側に面した窓に固定設置された、デミトリクス専用の長距離射程の魔導銃。

 それを、設置台から取り外している最中。

 音を立てない様に気を付けながら、デミトリクスと一緒に慎重に行う。

 手間がかかるけれどしょうがない。

 時折、『無音』の魔術式を発動させて、擦れる金属音を誤魔化す。

 その間、クラウディアは周囲を警戒していた。


 私はクラウディアの目を盗み、父ちゃんに向けて小さく手を振った。

 …流石の父ちゃんでも、こちらは見えないと思うけどね。


 ついさっき仕事が終わったばかり。

 脱着型の長い銃身は、まだ赤黒くて熱い。

 火傷しない様に慎重に触れる。


 「よし…これで全部…終わり…!」

 楽器ケースを装った箱に細かく部品に分けて仕舞い、蓋に鍵を掛けた。

 後のメンテナンスはデミトリクスの仕事。

 私は着替えて湯浴みするだけ。


 正確には、まだ残党と呼べる貴族達や軍人が離宮には残ってる。

 でも、彼等への対処は私達の仕事ではない。


 どうせ、目端の利く連中は8の鐘で失敗を悟り、カーテン消失と同時にとっくに逃亡しているだろう。

 捕まえるのは依頼の外だし、面倒くさいし協力はしない。

 後は勝手にやって頂戴。


 重要人物は大体が始末、若しくは逮捕。上々の成果でしょ。

 エレノア様と教皇は、レヴォーグ家に対して大きな貸しを作れたでしょう。

 これで文句は無いハズよね。


 成功報酬は期待大。

 牛数頭の購入は、今回の仕事の手付金で既に済ませてある。

 新しく修繕する教会の一角に、畜舎を建築してもらう予定。

 完成したら搬送してもらう為に運搬費も前払いした。

 後は…世話係と解体人の手配か…。

 私専用の、お・に・く・様♪

 …あ…ヨダレが…



 「しかし…蛇女が少女に化けていたり、あのカーティが敵の一人だったり…ビックリね。

 あ…今は味方…なのかな?信用も信頼も出来ないけれど…?」

 「信頼も警戒も必要無いわ。

 私が管理・監視するから大丈夫よ」

 「…私がやらなくて良いならば、別にどちらでも構わない。

 でも、どうせなら最初から教えてくれれば良かったのだけれど?」

 私は嫌味を込めて、すぐ隣でスカし顔してテラスを見つめる親友に、愚痴をぶつけた。


 「貴女に教えると、オマリー様に伝わりかねないじゃない…」

 「私って、そんなに信用ないかしら?」

 「…お姉ちゃんの秘密主義は昔からだから…。

 僕も知らなかったんだし、ジェシカも…うん…諦めて…」

 「最愛の弟(デミトリクス)にも教えてなかったの!?

 …まぁ…そ…それなら勘弁してあげなくもない…」

 私は鼻を鳴らして彼女を一瞥した。


 「デミちゃんやジェシカは信用しているわよ。

 でもオマリー様はね…」

 聞き捨てならん…!

 僅かに殺意を込めて彼女に視線を向けた。


 「ああ…悪い意味じゃなくて…

 …ほら、オマリー様って単…素直で優しいでしょ?

 下手に知っていると、アデリンを騙し切れないからね。

 必要最低限の事以外は知らせない様に…と、エレノア様からも厳命されてたのよ」

 言いたい事は沢山あるけど、理解は出来る。

 父ちゃんに権謀術数は似合わない。


 「でもそのせいで、リヘザレータ…だったっけ?のフリした蛇女?

 アレを助ける為に、父ちゃんは身を捨てて飛び出しかねなかったわ」

 「そこはまぁ…その…助かったわ…」

 珍しく歯切れが悪い。

 やはり想定外だったようね。



 父ちゃんが激昂し、控室の窓を割る程の魔術式を発動した時、私の横で彼女が焦ったように呟いた。

 「マズイ!止めないと…!

 リヘザレータを…アレを助けさせては駄目…!」

 私は咄嗟に父ちゃんに向けて、声を飛ばした。

 小さい頃に創った魔術式を使って。


 子供の頃、波形魔術式を習得する過程で創作して身に付けた。

 『どこでも糸電話』の魔術式。

 名称は…子供の考えた物だから…。

 …昔はこの魔術式で良く遊んだなぁ。


 スラムに在る建物は犯罪者達の隠れ家だった。

 そこではお互いに生き延びる為、助け合っていた。

 敵は平民、貴族、教会、憲兵…私達以外全て。

 その為には、情報が最も重要だった。

 スラムでは建物同士に糸を張り巡らせ、振動のリズムで危険を報せ合っていた。

 それを応用して創り出した魔術式。


 昔、()()()をする際には、よく家族が死んだ。

 私の居た環境を考えれば、当然の(よくある)事だったので、しょうが無い。


 ある時、仕事に出た家族の半数が憲兵の罠に嵌まって殺された。

 私が罠の存在を知った時には、もう、間に合わない事は誰の目にも明らかだった。

 皆は私を責めなかった。

 でも、私は私を許せなかった。

 危険を何時でも何処でも報せる事の出来る方法を模索した。

 そうして私は、新しい魔術式を創り出した。


 2方向に小さな音波を飛ばして反響させ、対象の位置で合成する事で、その場所にだけ聴こえる声を飛ばす。

 狙った所に私の声を届ける…その程度の児戯の様な技。


 音波の届く範囲、且つ、見える範囲にしか届かない。

 相手がその場から移動してしまうと聴こえない。

 敵と近接していると、敵にも声が聴こえてしまう。

 とても不完全で不満の残る魔術式。

 だけど、とても便利で役に立った魔術式でもある。


 今はクラウの『糸』の方が便利だから普段は使わないけどね。

 こちらから一方的に喋る事しか出来ないし。


 だけれども、糸を繋げる手段の無い、今回みたいな緊急時には役に立つ。


 「オマリー様があそこ迄熱い人だと考えて無かったのよ。

 ついさっき、会ったばかりの他人なのにね…」

 そう言いながらクラウディアは、控え室で働くオマリーを憧憬の眼差しで眺めていた。


 「理性で…合理的に判断するだろうと高を括ってた。

 貴女の機転で助かったわ。…ありがと」

 珍しく、彼女が私に頭を下げた。


 「…や、役に立ったなら良かったわ」

 私は、胸の辺りにこそばゆい物を感じて、髪を撫でながら彼女から視線を逸らせた。

 …なんだか…びっくりした。


 クラウディアの言う事は良く分かる。

 私なら…私達なら見捨ててる。

 そうしないと生きていけない。

 余裕が無い。


 やはり…私達は『普通』には成れないのだろう。




 

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