◆4-136 閑話 屋根裏の子ねずみ達 前編
ジェシカ視点
解説編です
「あっ…父ちゃんがこっち見て、手を振ってる…!お〜…」
「こらこら…静かに…!
誰に見られるか分からないから手を振り返さないで」
クラウディアが私の口を塞いだ。
「それと、他の人に聞かれるとまずいから、さっきの様な連絡も控えてね」
「え〜…もう終わったんだから良いじゃん…」
「だめよ。
あの部屋の人達の洗脳が解けていた場合、貴女の声を聞かれる可能性がある。
私達の存在は極秘。
そこらの一兵士にさえ見つかる訳にはいかないのよ。
特に、此処は王帝陛下の頭の上。
言い訳が出来ないの」
「…そうだよ…ジェシカ。
僕達の事は説明出来ないのだから…
万が一知られたら、相手を処理しなきゃならない…
陛下を困らせると、エレノア様に怒られちゃうよ?」
「ぶ〜…分かってるわよ…」
私はリスの様に、わざとらしく頬を膨らせた。
…エレノア様を怒らせる事はしないわ。神経と寿命が擦り減るもの。
そう考えると、ヴァネッサの神経って結構太い…?
涙目で、漏らしそうになりながら震えていたけど、あの殺意マシマシの執務室の中、一応最後まで立っていられたからね…。
◆
此処は離宮の一角、建物の屋根裏。
1階には晩餐会会場、2階に王帝の臨時執務室があり、私達の居る場所は更にその上、屋根裏の端の陰。
一際暗い闇の中、私達はネズミの様に静かに蠢いていた。
今は中庭を挟んで反対側にある建物を、覗き見下ろしている。
この場所からだと、中庭もテラスも、その周辺の部屋の中まで良く見える。
先程まで戦場になっていた控え室から、螺旋階段下の闇の中まで、死角は無い。
控え室では、オマリー司祭に呼ばれた下働き達が、彼の指示の下で怪我人達を運び出していた。
「父ちゃんったら…相変わらずのお人好し…。
自分を襲った相手なんて放って置けば良いのに…」
「…その余裕がオマリー様の強さなのよ」
「まぁ…ね…」
私は何となく恥ずかしくなり、鼻を掻いた。
テラスの上には、喉元に暗い孔を空けて動かなくなったモノと、それを抱え込み、同じ様に動かない女性。
そして、入口辺りでその様子を冷静に観察する二人が、何かボソボソと話し合いながら時折こちらに視線を向けた。
「そろそろ雨が降りそう。
早めに撤収しましょう」
クラウディアが指示を出す。
一切の灯りの無い闇中。
目だけ出した黒装束の3人の子供。
今は仕事の後片付け中。
中庭側に面した窓に固定設置された、デミトリクス専用の長距離射程の魔導銃。
それを、設置台から取り外している最中。
音を立てない様に気を付けながら、デミトリクスと一緒に慎重に行う。
手間がかかるけれどしょうがない。
時折、『無音』の魔術式を発動させて、擦れる金属音を誤魔化す。
その間、クラウディアは周囲を警戒していた。
私はクラウディアの目を盗み、父ちゃんに向けて小さく手を振った。
…流石の父ちゃんでも、こちらは見えないと思うけどね。
ついさっき仕事が終わったばかり。
脱着型の長い銃身は、まだ赤黒くて熱い。
火傷しない様に慎重に触れる。
「よし…これで全部…終わり…!」
楽器ケースを装った箱に細かく部品に分けて仕舞い、蓋に鍵を掛けた。
後のメンテナンスはデミトリクスの仕事。
私は着替えて湯浴みするだけ。
正確には、まだ残党と呼べる貴族達や軍人が離宮には残ってる。
でも、彼等への対処は私達の仕事ではない。
どうせ、目端の利く連中は8の鐘で失敗を悟り、カーテン消失と同時にとっくに逃亡しているだろう。
捕まえるのは依頼の外だし、面倒くさいし協力はしない。
後は勝手にやって頂戴。
重要人物は大体が始末、若しくは逮捕。上々の成果でしょ。
エレノア様と教皇は、レヴォーグ家に対して大きな貸しを作れたでしょう。
これで文句は無いハズよね。
成功報酬は期待大。
牛数頭の購入は、今回の仕事の手付金で既に済ませてある。
新しく修繕する教会の一角に、畜舎を建築してもらう予定。
完成したら搬送してもらう為に運搬費も前払いした。
後は…世話係と解体人の手配か…。
私専用の、お・に・く・様♪
…あ…ヨダレが…
◆
「しかし…蛇女が少女に化けていたり、あのカーティが敵の一人だったり…ビックリね。
あ…今は味方…なのかな?信用も信頼も出来ないけれど…?」
「信頼も警戒も必要無いわ。
私が管理・監視するから大丈夫よ」
「…私がやらなくて良いならば、別にどちらでも構わない。
でも、どうせなら最初から教えてくれれば良かったのだけれど?」
私は嫌味を込めて、すぐ隣でスカし顔してテラスを見つめる親友に、愚痴をぶつけた。
「貴女に教えると、オマリー様に伝わりかねないじゃない…」
「私って、そんなに信用ないかしら?」
「…お姉ちゃんの秘密主義は昔からだから…。
僕も知らなかったんだし、ジェシカも…うん…諦めて…」
「最愛の弟にも教えてなかったの!?
…まぁ…そ…それなら勘弁してあげなくもない…」
私は鼻を鳴らして彼女を一瞥した。
「デミちゃんやジェシカは信用しているわよ。
でもオマリー様はね…」
聞き捨てならん…!
僅かに殺意を込めて彼女に視線を向けた。
「ああ…悪い意味じゃなくて…
…ほら、オマリー様って単…素直で優しいでしょ?
下手に知っていると、アデリンを騙し切れないからね。
必要最低限の事以外は知らせない様に…と、エレノア様からも厳命されてたのよ」
言いたい事は沢山あるけど、理解は出来る。
父ちゃんに権謀術数は似合わない。
「でもそのせいで、リヘザレータ…だったっけ?のフリした蛇女?
アレを助ける為に、父ちゃんは身を捨てて飛び出しかねなかったわ」
「そこはまぁ…その…助かったわ…」
珍しく歯切れが悪い。
やはり想定外だったようね。
◆
父ちゃんが激昂し、控室の窓を割る程の魔術式を発動した時、私の横で彼女が焦ったように呟いた。
「マズイ!止めないと…!
リヘザレータを…アレを助けさせては駄目…!」
私は咄嗟に父ちゃんに向けて、声を飛ばした。
小さい頃に創った魔術式を使って。
子供の頃、波形魔術式を習得する過程で創作して身に付けた。
『どこでも糸電話』の魔術式。
名称は…子供の考えた物だから…。
…昔はこの魔術式で良く遊んだなぁ。
スラムに在る建物は犯罪者達の隠れ家だった。
そこではお互いに生き延びる為、助け合っていた。
敵は平民、貴族、教会、憲兵…私達以外全て。
その為には、情報が最も重要だった。
スラムでは建物同士に糸を張り巡らせ、振動のリズムで危険を報せ合っていた。
それを応用して創り出した魔術式。
昔、お仕事をする際には、よく家族が死んだ。
私の居た環境を考えれば、当然の事だったので、しょうが無い。
ある時、仕事に出た家族の半数が憲兵の罠に嵌まって殺された。
私が罠の存在を知った時には、もう、間に合わない事は誰の目にも明らかだった。
皆は私を責めなかった。
でも、私は私を許せなかった。
危険を何時でも何処でも報せる事の出来る方法を模索した。
そうして私は、新しい魔術式を創り出した。
2方向に小さな音波を飛ばして反響させ、対象の位置で合成する事で、その場所にだけ聴こえる声を飛ばす。
狙った所に私の声を届ける…その程度の児戯の様な技。
音波の届く範囲、且つ、見える範囲にしか届かない。
相手がその場から移動してしまうと聴こえない。
敵と近接していると、敵にも声が聴こえてしまう。
とても不完全で不満の残る魔術式。
だけど、とても便利で役に立った魔術式でもある。
今はクラウの『糸』の方が便利だから普段は使わないけどね。
こちらから一方的に喋る事しか出来ないし。
だけれども、糸を繋げる手段の無い、今回みたいな緊急時には役に立つ。
「オマリー様があそこ迄熱い人だと考えて無かったのよ。
ついさっき、会ったばかりの他人なのにね…」
そう言いながらクラウディアは、控え室で働くオマリーを憧憬の眼差しで眺めていた。
「理性で…合理的に判断するだろうと高を括ってた。
貴女の機転で助かったわ。…ありがと」
珍しく、彼女が私に頭を下げた。
「…や、役に立ったなら良かったわ」
私は、胸の辺りにこそばゆい物を感じて、髪を撫でながら彼女から視線を逸らせた。
…なんだか…びっくりした。
クラウディアの言う事は良く分かる。
私なら…私達なら見捨ててる。
そうしないと生きていけない。
余裕が無い。
やはり…私達は『普通』には成れないのだろう。




