表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
233/287

◆4-133 彼女の能力と愚痴

アデリン視点




 強い風が頬を打ち、私のドレスと髪をなびかせる。

 街の方からは、路上で馬鹿騒ぎする呑んだくれ達の喧騒が、風に乗って耳に運ばれて来た。

 その風に水の匂いが混じり、遥か遠くから雷鳴に似た音が響きわたる。

 雨が近付いて来る事を予感させた。


 …雨はまずいわ。

 私の波形魔術式(こうげき)の威力が落ちる。

 降り出す前に片をつけないと…


 私はテーブルに手をつきながら、二人の居る方に顔を向けた。

 彼等はテラスの入口付近から動かず、私を凝視していた。


 お互いに、視線を動かさず微動だにしない。


 …何故追撃に来ない?

 ナイフがズレた事を気にしている?

 それとも、筋肉馬鹿(オマリー)の時に思わず見せてしまった私の『恐慌』を警戒しているのか?

 …もしそうなら、奴等が取る手段は飛び道具か、それとも…


◆◆◆


 私の左手後方には、中庭へと続く細い階段が、緩やかなカーブを描きながら延びている。


 廊下や控室から漏れ出る光が階段まで届いて、踏み面を僅かに照らし出してくれている。

 しかし階段自体に灯りは無く、光の届かない下の方は真の闇。

 とはいえ、崩れ落ちている訳でもない。

 泥や葉のせいで足は取られるだろうが、恐らく、駆け下りるのには問題無い。


 対して、右手直ぐ側は腰丈高の手摺。


 中庭までは結構な高さだが、身体強化をすれば飛び降りる事の出来る()()の高さ。

 しかし、固化治療が完了する前に飛び降りれば、体内の刃物が動いて内臓が切り裂かれる。

 そうなると、逃げるどころではなくなってしまう。


 固化治療と同時進行で、細菌・毒の耐性向上に自己免疫強化も行っているので、今はまだ、激しい動きは控えたい。

 チェルターメン達とは違い意識は一つなので、術式の同時使用が難しい。


 …私に麻痺毒は効かない。…けど、もし溶血毒を使われていたら厄介。

 血流操作…腎・肝の機能向上…

 傷口周辺は血の巡りを緩やかに…異物除去に注力。

 同時に内臓炎症にも気を付けて…


 交換神経・副交感神経を意図的に操作。

 治療に必要な酵素・基質を活性化。

 血管の拡張と収縮を、望む箇所に。

 私にとって、体内操作は難しくない。

 薬無しで殆どの治療が出来る。


 「うっ…」

 神経に魔術式を流した時に、いつもと違う痺れと痛みを感じ、思わず呻いた。


 …何か違和感が…


 魔術式を操作し、脳内麻薬を分泌。

 痛覚を調整。伝達を鈍化。

 痛みがほぼ消えた事は相手に知られない様に気を付ける。

 その為に自律神経を操作して発汗を誘発。

 演技と併せて苦しそうに見せ、まだ動けないと思わせる。


 固化はまだ不十分。

 行動開始には、まだ少し時間が欲しい。

 猶予を稼ぎつつ情報収集を…。



 行動の前に、幾つか知らねばならない事がある。

 その一つが、目の前のコイツ。


 …私を欺いた()()()は何だ?

 最低限の事を知らねば、警戒のしようもない。


 常時伝達解放状態を維持。

 受け取ってくれると良いけれど。

 私は次へ繋げる事を考えながら、口を開いた。


 「…どうやって…レータに?

 貴女…今もレータにしか、見えない…」

 ダメ元で聞いてみる。


 返答は期待しない。

 いつでも私を殺せる様に思わせ、油断を誘う。


 「…ふぅ…」

 リヘザレータの姿をした者は、口を開くのも億劫そうに溜息を吐いた。

 そして、空を見上げてから再び溜息を吐き、私に視線を戻した後、徐ろに口を開いた。


 「…脳をいじくり…洗脳する魔術…ある…。

 なら…当然、…誤認させるのも…ある」

 期待してなかった返答を受けた事と、その内容に驚いた。


 誤認…?私が?

 今も誤認させられていると言うの?


 私は、深く息を吸った。


 他者の脳潜入を解く為に、自分の脳に魔力を強く叩き込む。

 『傀儡化』や『隷属』を外す為に行われる、一般的な方法。

 格上の魔力でやられると昏倒するそうだが、自分の魔力ならば大丈夫…な筈。

 やった事は無い。

 潜入された事が無いから。


 …ふっ!

 吐き出すと同時に、己の魔力を自分の脳にぶつける。

 一瞬強烈な目眩と吐気を感じたが、視界に変化は無かった。


 解けない…。微かな揺らぎも無い。

 つまり、脳干渉は嘘。

 …なら、各感覚器官への干渉?


 左手に触れている金属製の机は、夜風と湿気で酷く冷たく感じる。

 表面に張り付き腐った葉が、ぬるりと滑って気持ち悪い。

 風に吹き上げられた髪の毛が頬を叩き、私の意識を引き起こす。


 …触覚に違和感は…ある様には感じない。

 なら、視覚?聴覚?嗅覚?

 私の神経は、今も(いじく)られているの?


 周囲の環境に意識を向ける。


 強い風に押された枝が、バシバシと互いにぶつかり弾ける音。

 ガサガサと激しく揺さぶられる葉の動き。

 吹き上げられた小石が屋根の瓦にぶつかり、カーン…と鳴る高い音。

 鼻腔をくすぐる水の香は、空気に含まれる湿気か、噴水の溜まり水か。

 遠くから響く雷鳴と、微かに聴こえる雨の音。


 視覚・聴覚・嗅覚にほんの僅かな違和感がある様に感じるのだが、ハッキリとは判らない。


 つまり…注意しても、()()()()()()()()()()()()


 これが、どの位異常な事か。

 私は身震いした。


 …私の脳に届く()()()の情報だけが、『常に』書き換えられている…


 各感覚器官から脳に繋がる神経は膨大。

 それらを選別し、違和感無い様に信号を入れ替えている。


 本当にそうなら…化け物…。

 違和感を感じると言う事は…そうなのね…。


 それは、脳の海馬を書き換えるより難しい技術(わざ)

 私は、目の前の小さな少女に擬態した『何か』に強く恐怖した。


◆◆◆


 脳に血流を集めて思考を加速させる。


 何時から入れ替わっていた?

 感の鋭いルディなら気付けた?

 いえ…ルディは普段のレータを知らない…

 私が気付くしか無かった…

 私の失敗だ…


 誤認させる能力は凄い。

 でも、逆に言えばそれだけ。

 透明に成れるわけでも無い。

 もしそうなら、此処まで来る前に、私は既に殺されている。


 …恐らく、彼女は自分の能力に魔力の殆どを使用している…!

 つまり、ただ他人に化けるだけの能力。

 ナイフでの直接攻撃がその理由。


 今迄、誰に化けていた?

 王女か司教の侍女?

 あの無愛想な医者の助手?

 最初からリヘザレータ自身に化けて、昏倒した振りを…?

 直接肌に振れていたのに…気付けなかった…?

 治療室に運ばれたのは誰?

 判らない…


 オマリーは知っていたの?

 いや…彼が気付いていたなら、声の振動から嘘は判る。彼は判り易い。

 彼も知らなかったと思われる。

 知っていたなら、攻撃の手を止める訳が無い。

 だから…私は疑いもしなかった。

 

 私を攻撃した手段…

 その後に近付いても来ない…

 そして魔道銃も取り出さない…。

 私とオマリーの戦闘を見ていたのかしら?


 控室には多くの侍女が居た…。

 その中に紛れ、私達の戦闘を見ていた可能性もある。

 私がレータを呼んだ時の魔力波長を受け、私が何をするかを理解し、すぐに部屋を抜け出す。

 そして、レータの魔力波長を再現し、彼女に成り代わって部屋に戻った…という事も想定しないと。


 …何処まで知っていて、何を知らないのか…判断のしようが無い。


 未だに振りほどけない能力の強さから、彼女は私に匹敵する波形魔術式の使い手だと判る。

 私が脳の前頭前野や海馬に影響を与える熟達者なのに対して、彼女は感覚器官や神経系統に影響を与える熟達者。

 近しくて遠い能力。


 理解して、意識して、初めて解る。

 視神経や聴覚神経に、痺れる細い棒で触れられている様な僅かな違和感。

 力が強く、介入波長も捕らえられないので、干渉を強制解除出来ない。


 …とても…気持ち悪い…。

 吐気がするのに吐けない様な…。


 一番の問題は、彼女の能力は私に届いているのに、私の能力が彼女に届かない理由。


 …二人が言っていた、『近付くな』『容量』『壊れる』という言葉。

 それが何か分からないと…。


 僅かな時間の中、激しく思考を巡らせた。



 「本当…は…」

 暫く黙っていた彼女は、突然口を開いた。

 「私……護衛…だったの…に…」

 相変わらずボソボソと喋り、言葉は遅い。


 …好都合だわ。時間をかけて頂戴。

 傷と刃の固定が出来るまで。


 意識を階段に向ける。

 中途半端な治療でも、走って降りる事が出来る。


 …懸念材料が一つ…というか確信…。


 単なる援軍としての待ち伏せなら、私の波形魔術式をぶつけて昏倒させられるのだけれどね。


 傷に響くけれど、手摺から飛び降りる方が逃走確率は高い。

 問題は、この風。

 突風で着地位置がズレると、身体強化しても危険。

 私にクララベルの様な反射神経は無い。


 もう少し…凪になってくれないかしら…


 「彼女が…私は…要らないっ…て…。

 エースは…もう…あるから……

 アンタ…は…別の仕事しろ…って…」


 意味のわからない彼女の愚痴。


 クスン…と鼻を鳴らし、わざとらしい泣き真似をする。

 レータの姿なのに、可愛気が微塵も感じられない。

 むしろ、恐怖が湧き上がってくる。


 私はふらつく足取りで僅かに動き、手摺に手を伸ばす。

 警戒されない様に気を付けながら。


 「…だから…コピ…ディタスに…付いて…いろ…って…」


 彼女が一人で喋っている間に、手摺越しに中庭を確認する。

 踊り場から、小さな丘になっている場所まで7〜8メートルくらいの高さ。


 あそこ目掛けて飛び降りるか…。

 上手く芝に着地できれば…多分無傷でいける。


 飛んでいる間は強化に魔力を割り振るので、電磁膜防御も『恐慌』での反撃も出来ない。

 魔道銃や投擲物を防げなくなる。


 クララやセタンタの様な化け物なら、問題なかったのだけれどねぇ…。

 …どのみち、最低限の固化治療が終わらないと飛び降りれないけど。


 私は、腰から出ている刃物の柄を握りながら、治癒魔術を急いだ。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ