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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
231/287

◆4-131 オマリーの怒声

第三者視点




 アデリンの冷酷で冷徹な言葉に、オマリーは怒りを抑えきれなくなった。


 「コピディタスー!!

 この畜生がッ!!!」


 彼の大声が部屋中に響き渡った。

 同時に、(たが)の外れた威力の波形魔術式の波動が、彼の怒声に載せて放たれた。


 怒声の威力は凄まじかった。

 部屋中の空気が振動した。

 建物が揺れ、窓が一斉に弾け飛んだ。

 壁や天井には一瞬で亀裂が走り、粉塵が舞い上がった。

 まるで爆弾が破裂したかの様だった。


 襲撃者を傷つけない為に周囲に築いた家具のバリケードが、己の発した『声』に押されて倒れた。

 同時に、彼の周囲に集まっていた襲撃者達は、耳と鼻から血を流しながら一斉に崩れ落ちた。

 全員、口の端から泡を吹いて痙攣していた。


 その衝撃は、離れた位置に居たアデリン達にも届いた。

 威力は減衰したものの、室内で発した為に反響し、部屋の端から端まで彼の波形魔術式は到達した。


 「くぅ!」「きゃあ!」

 ゼーレベカルトルとリヘザレータは耳を抑えて(うずくま)る。

 背後の扉が解放されていた為に波形魔術式の威力は薄まったが、それでも身体が痺れて動けなくなる位に影響が出た。


 対して、扉より前に出て彼等を護っていた護衛騎士達には、強い影響が出た。

 各々が武器と盾を構えていた為に、咄嗟に耳を塞ぐ事が出来なかったから。

 その為、オマリーの『声』の直撃を防ぐ事が出来なかった。

 オマリー周辺の者達とは違って鼓膜は無事だったが、内耳を激しく揺さぶられ、武器を落して片膝をついた。

 苦しそうに唸る者や、激しく咳込む者、嘔吐(えず)く者まで居た。

 それでも盾は掲げたまま、護衛姿勢を保とうとしていた。



 アデリンも耳は塞いでいたが、蹲りも、膝をつきもせずに、立っていた。

 彼女は殺意を込めた視線で彼を睨め付けた。

 彼女から断続的に発せられる『傀儡化(プーパ)』の魔術式が、オマリーの『声』の魔術式と激しくぶつかり、彼女の周囲で衝突し、空気がパシッパシッ…と鳴っていた。


 「貴様…何故…私の名を…」

 オマリーの波動が収まった後、アデリンは静かに呟いた。


 「どうした?()()()()()()

 私が知っている事が不思議か?

 何故か知りたくはないか?

 リヘザレータ嬢を置いていけば教えてやる」

 オマリーは、倒れた者達と家具を掻き分け前に進み出た。


 「貴様如き人間が!

 私の名を口にするな!!」

 今度はアデリンから激しい波動が発せられた。

 『傀儡化(プーパ)』ではない、単なる音の衝撃波。


 「ぐぅ…」

 ゼーレベカルトルとリヘザレータは、耳を塞いだまま、丸く蹲り震えていた。

 オマリーの『声』とは違って脳内を揺さぶる様な影響は無かったが、続けざまに近距離で爆弾が破裂した様な衝撃を受け、動けなくなった。


 オマリーの魔術式を何とか耐え抜いた護衛騎士達も、突然、己のすぐ背後から発せられた衝撃波には耐え切れず、全員が前のめりに倒れて気絶した。

 強力な波形魔術式の衝撃波を受けても平気で立っている者は、二人だけだった。


 暫く睨み合った後、アデリンはハッと我に返り、服の埃を払って姿勢を正し、ゆったりと顔を上げた。


 「あらあらあら…はしたない事をしてしまいましたわ。ごめんなさい」

 ニコリと柔和な微笑みを浮かべながら、(うずくま)っているリヘザレータの手を引いた。

 リヘザレータは涙目になりながら、プルプルと震えていた。


 「病み上がりですものね…

 ()()()()()()()

 でも貴女なら()()()よね?

 ()()()()()()?」

 再び、『傀儡化(プーパ)』を声に載せて話し掛けた。


 「…そうです……問題…ありませんわ。

 アデリン…は…わたくしが…護る…の」

 そう言って、よろめきながら立ち上がった。


 「はぁ…『傀儡化(プーパ)』や『思考誘導(ドクス)』だと駄目ねぇ。せめて『隷属(セルビス)』が使えれば…」

 脆い人形だと手間が掛かる。

 少し本気を出すだけで、簡単に壊れる…と愚痴をこぼしながら、リヘザレータの手を取って身体を支えた。


 「ルディが居ればもう少し丈夫な人形を作れたかしら…。

 でも、正教国の教師が帝国貴族とつるむのは…流石に不自然よねぇ…」

 彼女は周囲の惨状を見ながら鼻を鳴らした。


 「何処で私の名を知ったのかに興味は御座いますけれど…所詮はその程度の事…。

 貴方と交渉する気は御座いません。

 もし、追ってくれば…」

 そう言って、鋭く尖った陶器の欠片を拾い上げてオマリーに見せつけた。

 反対の手でリヘザレータの首に軽く手を掛けて、彼を牽制する。


 「要求は分かりますね?

 一、私達を追わない。

 二、暫しの間、この部屋から出ない。

 これだけです」


 オマリーは、少女の首に掛かるアデリンの手を凝視しながら、歯を食いしばった。

 彼の太い腕は、はち切れんばかりの力こぶと血管が浮かび上がり、怒りに震えていた。


 「そうそう。

 理解出来れは宜しいのです。

 合格点を差し上げます〜」

 アデリンはニコリと微笑み、踵を返した。


 「ほら、早く立ちなさい。

 貴方が案内してくれないと…!」

 そう言いながら、膝をついて放心しているゼーレベカルトルを蹴って正気に戻す。

 彼は、這々(ほうほう)(てい)で立ち上がり、よろけながら彼女の後に付いて部屋を出て行った。


 3人が退室し、扉が音を立てて閉じる。

 オマリーは憎々しげに、閉まっていく扉を最後まで睨み付けていた。



 三人は、もう一つの出口から廊下に出た。

 そこは、テラスと他の控室や護衛騎士・側仕え達の休憩室が並ぶ中庭に面した廊下と、診察室の並ぶ大廊下を繋ぐ細い連絡通路。

 この通路に階段は無い。

 近い場所に階段が幾つかあるが…


 ゼーレベカルトルが、各廊下の様子や警備状況を分かりやすく説明した。

 アデリン達が来る時に使った大廊下方面の階段は避けたほうが良いとの助言だった。


 「大廊下方面の階段は、先程オマリー様が居た近くの扉から出るとすぐ。

 オマリー様が、()()()に塞ぐ可能性もあり、面倒です」

 その場合、()()は使えないですよね?…と、リヘザレータを目で指した。


 「彼が約束を破って?」

 「見殺しにして階段を落とし、我々を袋小路に追い込む危険性もある…と言う事です」

 「…それもそうね。

 なら、どうするの?」

 「アチラにも階段が御座います」

 そう言って、テラス方向に目を遣った。


 「外に?」

 「外というか、中庭に…です。

 あまり知られてない細い階段です。

 そこから中庭に降りて地階に入れます」


 中庭の手入れは、離宮を使用しない間も定期的に行われていた。

 ただ、貴族の使用が長らく無かったので、テラス自体は然程良くは掃除されていない。


 「…ですので、その外階段も掃除が行き届いていないと思われますが…」

 「…汚れても構わないわ。

 さっさとこの建物から出たいの」


 アデリンは、閉めた扉の向こう側で、今もこちらを睨んでいるであろうオマリーを想像しながら、身震いした。

 自分の十八番である『傀儡化(プーパ)』も、魔道銃爆弾も尽く跳ね除け、武装した騎士達を素手で圧倒して止まらない。

 今迄遭ったどの相手よりも彼女に恐怖を与えた。

 「しかも…何処で私の名を…?」

 頬を伝う汗を拭って、テラスの方向に目を遣った。


 普段使わないテラス階段なら、警備は居ない。

 中庭にのみ繋がっているので、外からは侵入出来ないから…というのがその理由。


 「平民の使う作業小屋があります」

 そこから離宮の地階に通じている。

 一度身を潜め、平民に紛れて脱出する計画。


 「外から中に入るのとは違い、中から出る者の検査はおざなりです」

 「…そうですわね。

 案内をお願いしますわ」

 「畏まりました。こちらです」

 ゼーレベカルトルを先頭に、大廊下とは反対の、中庭テラス方向へと歩き出した。


 テラスと中庭側廊下を遮る壁や扉は、全て滑らかなガラスが使われていて、廊下側からテラスの様子がよく見えた。

 ゼーレベカルトルの言った通り、あまりしっかりとした掃除は行われていない様子。

 風雨で飛んだ葉っぱがテーブルや椅子に張り付いていた。

 室内から見た時とは印象が変わり、灯りも無くて薄暗い。

 中庭に通じる階段も、伸びた樹木の陰に隠れている。

 樹木の枝葉が強い風に打たれて、更に多くの葉をテラスや階段に散らしていた。


 「はぁ…思ったより汚い…」

 アデリンは思わず溜息を吐いた。


 先程、控室内から窓を通して見た時には、然程汚れている様には見えなかった。

 しかし近くで良く見ると、こびり付いた葉だけでなく、固まった土塊(つちくれ)までもが点々と落ちている事に気付く。

 掃除のいい加減さが目についた。


 「ドレスのスカートが泥だらけになってしまうわ…」

 「どのみち、平民に紛れる為に地階で着替えます。

 それまで我慢して下さい」


 ゼーレベカルトルがテラスに通じる硝子戸を開けて先を促す。

 テラスから廊下に風が流れ込んで来た。

 少し湿気を含む重い空気のせいで、髪が顔に張り付いた。


 「雨になりそうね…」

 「…そうですね。

 雨用装備も用意してありますので、ご安心を」

 「やけに準備が良いのね…」

 「元々、万が一の為に用意しておいた脱出経路の一つです。

 外の小屋には馬も繋いであります。

 馬具の紋を見せれば、通用門での足留めも受けません」


 アデリンがテラスに足を踏み出すと、靴底が僅かに滑る。

 彼女の靴に湿気を帯びた土塊が纏わりつく感覚に、眉をしかめた。

 スカートの裾を持ち上げて、少しでも汚れない様に気を付ける。


 「レータ、足元に気を付けて」

 「畏まりました。先生…」

 彼女に続いてリヘザレータもテラスに出た。


 テラスに出て横を見ると、先程迄暴れていた控室の中が見えた。

 丁度、室内から見た、絵画の様に切り取られた窓の前。

 その窓とは離れた反対側の壁際には、悔しそうな顔をしながらこちらを睨むオマリーが居た。

 彼は律儀に約束を守り、部屋から動かず援軍も呼ばず、負傷した者達を介抱していた。


 「彼がもっと合理的でしたら、負けていたのは私だったでしょうに…」

 無表情で呟く彼女の言葉には、少し残念そうな響きが籠もっていた。


 トンッ…


 その瞬間、軽く何かに押され、アデリンは思わずたたらを踏んだ。




 

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