◆4-130 触れられざる護り
第三者視点
「…やっと来たわね。
私の切り札。私のお護り」
何かを感じ取ったアデリンは、大廊下側にある扉に目を遣った。
オマリーが瀕死の襲撃者達の対応に苦慮している中、彼の右手方向にある扉が、ほんの僅か開いた。
そしてその隙間から、小さな顔がそっと部屋の中を覗き込んだ。
「アデリン先生…ご無事ですか?」
扉の隙間から覗いた顔は、病衣姿のリヘザレータだった。
「なっ!何故此処に!?危険だ!」
オマリーは襲い来る騎士を両手で制しながら、横目で彼女を見て叫んだ。
「わたくし、会場でデミトリクス様の演奏を聴いていた筈でしたのに、気が付いたら知らない部屋に居りましたの…。
この様な格好のままで、部屋には誰も居りませんでしたし…」
何が起きたか分からずに困惑していた時、アデリンの助けを求める声が彼女の頭の中に響いたとの事。
「声に導かれるまま、此処まで来ましたけれど…。
此処は何処なのでしょう?
オマリー様、アデリン先生…一体何をなさって…?」
リヘザレータはオロオロとしながら、騎士達に襲われているオマリーと、護衛騎士の間から顔を出しているアデリンを見比べた。
「レータ、気を付けなさい!
オマリー様が御乱心なさいました!
危険ですので、私の傍まで来て下さいませ!」
そこに、間髪入れずにアデリンが叫んだ。
「このっ!…卑怯者めがぁ!!」
すぐに彼女の考えを理解したオマリーは、反射的に怒号を浴びせた。
リヘザレータは彼の声に怯え、扉の傍で固まった。
「あらあら…卑怯とは酷い言い方…。
真に酷い事なさったのはオマリー様では御座いませんの?
わたくしの顔に傷をつけて…
あの侍女など脚を折られてしまいましたのよ!
なんて酷い人でしょう!!」
倒れている侍女達を指差しながら、アデリンはオマリーを罵った。
「そんな…!まさか…!」
血塗れで倒れている女性達を見ながら怯える少女。
「レータ…貴女は私の傍に来なさい。
此処が一番安全です…」
『傀儡化』の波長に載せて、ゆっくり優しく命令した。
「はい…アデリン…先生…」
リヘザレータの声から怯えが消えた。
目からは光が消え、視線はアデリンに固定された。
彼女は、荒れた室内を楽気に散歩するかの様に、壊れた家具や倒れた人達を飛び越えて、アデリン達の元に駆けて行った。
オマリーは、苦虫を噛み潰した様な顔でその様子を睨め付けた。
「貴女は我が護衛騎士が護ります。ご安心を」
ゼーレベカルトルが、傍まで来たリヘザレータに優しく声を掛ける。
「有難う存じます…」
彼女はぼんやりとした目で、病衣のままカーテシーを行い、礼をした。
「本当は、オマリー様…貴方様と一緒に帰りたかったのですよ?
でもでも、わたくしの洗脳が効かないとなると…無理ですわね。
それに…わたくしの顔に傷をつけて下さいましたし!」
怒りを滲ませながら微笑みかけた。
「その娘には手を出すな!」
「それは貴方次第ですわね…」
「貴様…可愛がっていたのでは無いのか!?」
「大切にしておりましたわ。妹の様に。
でも、この娘…ただの人ですから」
そう言いながら、愛しい者を撫でる様に、リヘザレータの頭を撫でた。
「本物の妹達とは比べるべくも無い。
取るに足らない存在ですわ…」
だから、近付かないで下さい。簡単に死んでしまいますわよ…と、冷たく静かに呟いた。
アデリンの目は澱んだ沼の様に暗く濁り、憐憫も慈愛も無い。
オマリーが近付けば、躊躇無く殺すだろう事は確信出来た。
「その子を何処まで連れて行くつもりだ?」
「そうねぇ…レータちゃんを連れて帰っても何の役にも立ちませんし…国を出たら適当に放り出しておきましょう。
それまでは有用でしょう?
必要なら、後で回収して下さいませ。
…境界を越えるまでは、私を護って下さいませ。レータ様」
「任せてくださいませ、アデリン。
…わたくしが貴女をお護り致しますわ…」
リヘザレータの声は空虚だった。
そこに『想い』は無く、機械の様だった。
「ハシュマリムに向かうつもりか?」
「…南も良いけど、東の海を見に行くのも楽しそう。何処に行こうかしらね?
貴方と一緒に旅をしたかったのですけれどねぇ…本当に気に入ってましたのよ?」
大袈裟に溜息を吐いて、わざとらしく首を振る。
先程迄と違い、リヘザレータを人質にとった事で余裕が出来たらしい。
「悪いがな、可愛い娘がいるのだ。
彼女は貴女の様な継母はお断りだそうだ」
オマリーは鼻を鳴らして一蹴した。
「まぁ…本当に憎たらしい…」
クスクスと笑いながらも、怒りが漏れ出ていた。
彼女の怒りの波長に反応し、テーブルで築いたバリケードの周りを取り囲んでいた者達は、残った力で武器を振り回し始めた。
片脚を引きずっていた騎士が、剣を振り上げて投げ付ける。
オマリーは、それを鋳物の花瓶で弾き飛ばし、防護柵代わりの椅子を蹴り飛ばして、彼にぶつけて転ばせた。
今度はその倒れた騎士を踏み台にして、ボロボロな衣装の執事が机を乗り越え、オマリーに掴み掛かろうと迫って来る。
次から次へと、彼等は己の限界を越えても襲撃を止めなかった。
皆、素手では彼にかすり傷を負わす事も出来ないと理解している筈なのに、アデリンの命令と怒りの波長に無理矢理動かされ、まともな攻撃方法の選択も出来なくなっていた。
オマリーは、瀕死の者や、ひ弱な相手、女性達等を殺さない様に気を付けながら、椅子や棒でバリケードの外に押し戻し、彼等から距離をとる以外に手が無くなっていた。
既に、アデリンを捕まえるどころか、近付く事も出来ない状況に追い込まれてしまっていた。
「お前達!正気に戻れ!」
オマリーが怒鳴るが、アデリンは繰り返し『傀儡化』を掛け続けているので、正気に戻る兆しは見えない。
普通の人間では魔力が尽きてもおかしくない頻度での魔術行使だが、彼女は疲れた様子すら見えない。
「声掛けは無駄ですよ。
魔術式もろくに使えない貴方に、彼等を解放する方法は御座いません。
そして、この程度でわたくしが疲れる事も、御座いません」
彼女は今、扉の隙間から逃走経路を確認したり、ゼーレベカルトルと今後の事を相談したりと、既にオマリーからは視線を外していて気にも留めない。
「折角、正教国で何年も何年も掛けて作った地位でしたのに…残念。
必要な物は既に送りましたし、部屋の物は…片付けて下さると助かりますわ。
トゥーバ・アポストロの情報も得られましたし、ヘルメスは…もう要らないので、そちらで処分して於いて下さいませ。それと…」
後処理する物や放置する物等を、指折り確認している。
ブツブツと声に出し、時折オマリーに向けて一方的に話し掛ける。
「後は、クラウディア姉弟とエレノア司教…ねぇ…。
あれらには『本』の件もありますし…
一度、我が国に招待したいのですけれど…どうしましょ…?」
折り曲げた自分の指に目を落としたり、天井を見上げたりと、完全にオマリーを無視して考えに耽っている。
それなのに、定期的な『傀儡化』だけは忘れない。
「ああ…そうだ!!
レータちゃんを使いましょう!
流石わたくし!
こんなレータちゃんにも、価値を見出す事の出来る有能なわたくし!
…ですので…貴方は伝言役として…」
アデリンは、ポンッと手を打った。
クスクスと笑い、ゼーレベカルトルと話しながらリヘザレータの頭を撫でている。
「一体…なんの事だ…?」
彼女の言葉に悪寒が走り、半ば作業となった襲撃者達の相手を片手間に行いながら、オマリーは聞いた。
嫌な想像を含んだ彼の問いは、予想通りの回答で返された。
「何って…どうせ後で知るのだから教えますか…。
レータちゃんをただ解放するのは勿体無い。有効利用致しましょう。
なので、クラウディア姉弟と交換しましょう…という話しです。
もしご無事でしたら、貴方からお伝え願えます?
あのエレノア様が了承するとは思えませんが、それならそれで、この娘の使い道は他に幾らでも御座いますので…」
彼女がそこまで喋った時、オマリーの怒りが弾けた。
オマリーは大きく息を吸い込んだ。




