◆4-129 油断と機転と死の行進
第三者視点
銃口を弾込め棒で固く塞がれ、圧縮室内で破裂寸前の圧縮魔術式を施された複数の魔道銃が、オマリーに向けて一斉に投げ込まれた。
複数の魔道銃の直上での破裂は、例え魔物並に頑丈なオマリーでも致命傷は免れない。
だが、そこからのオマリーの動きは、とうてい大怪我をしている者の動きでは無かった。
それは、銃が彼の頭上に到達する迄、ほんの瞬きの間の出来事だった。
時間がゆっくりと進む様な錯覚を覚える程に緊迫した刹那、オマリーは足元に落ちていたテーブルクロスの端を掴んだ。
かつて純白だったその布は、噴き出した彼の血でべっとりと濡れて斑に赤く染まり、水に浸した様な重さになっていた。
彼はそれを掴んだまま前方に飛び出し、濡れた布を渾身の力で空中に振り抜いた。
彼の剛力で引っ張られ、力強く振り抜かれた布は、空気の壁にぶつかって大きく拡がった。
それはまるで、濃い赤斑模様の巨大な牡丹が部屋いっぱいに咲いたかの様だった。
その巨大な花弁は、彼とアデリン達との間に立ち塞がり、彼の姿を覆い隠した。
「なっ!」
オマリーの突然の行動が理解出来ずに判断が遅れ、アデリンは起爆の瞬間を逃した。
投げ込まれた魔道銃は爆発する事なく、拡がった布の中央目掛けて次々と飛び込んだ。
ボスッ!ボスッ!…
籠もった音を立てながら布に受け止められた魔道銃は、巨大な牡丹をラッパの様な形にたわませて、真っ赤な朝顔に変化させた。
投げ込まれた魔道銃を全て受け止めた事を手の感触で知ったオマリーは、布の端を掴んでいた小手を素早く返して回した。
布は端から一気に捻じれ、朝顔の花が閉じる時の様に急速にすぼみ、その花筒に魔道銃を閉じ込めた。
此処までの彼の動作は全て、魔道銃が空中に在る間の、ほんの一瞬の出来事。
そして彼は、包まれて巾着状になった布をそのまま前方に振り抜き、床に叩きつけた。
花が開花し爆弾を受け止め、それが閉じて爆弾を包む、そしてそれが床に落ちる。
そこ迄の流れがあまりに素早く流麗だった為に、アデリンは一瞬見惚れてしまった。
「…クソがっ!」
アデリンはハッとして我に返り、すぐに波形魔術式を発動させた。
波形魔術式が起爆用の強波長として到達する直前の弱い波を、肌感覚と経験則で察知したオマリーは、反射的にその場を飛び退き倒れたテーブルの後ろに飛び込んだ。
ドゴォ!!
強力な波動が到達し、真っ赤に濡れた巾着の中から籠もった爆発音が響き、床が揺れた。
一纏めにされていた魔道銃が一斉に破裂し、煙で視界が閉ざされた。
複数の魔道銃が影響し合った結果、爆発の威力は先程の比ではなかった。
爆音と当時にテーブルクロスは勢い良く裂け、中から鉄片が飛び出した。
しかし、飛び散る筈の鉄片の多くが血で濡れた布に柔らかく受け止められて、絡め取られた。
それはまるで、水中に向けて発砲した弾丸の如く威力が減衰した。
そして、空中でなく床の上で爆発したお陰で破片は広く飛び散らず、狭い範囲内に集中した。
「ぐっ…」
被害範囲は狭まり威力も弱まったが、複数の魔道銃の同時破裂は依然強烈だった。
オマリーが盾にしたテーブルには複数の穴が空き、貫通した破片や、押し出されて飛び散った木片が彼に多く襲い掛かった。
結果、先程よりも多くの孔が彼の身体に空き、全身から血を吹き出させた。
だが、どの様な攻撃が、何処に来るかが分かっていた為、致命傷は受けなかった。
全ての傷は広く浅く。
一見すると今の怪我の方が酷いが、見た目と違って傷は浅く、動脈や臓器、眼球や頭蓋に傷はつかなかった。
逆に、アデリンの周辺でテーブルを盾に隠れていた騎士達の方が、予定した位置よりも自分達の近くで破裂した攻撃で被害を被った。
飛び散った鉄片により手足が貫かれ、痛みのあまりにのたうち回った。
その様子を見て、アデリンは臍を噛んで歯ぎしりをした。
◆
アデリンは判断を間違えた。
最初に魔道銃爆弾を一発だけ放り込み、オマリーにその威力を体感させた後、複数を一斉に投げ込むという愚を犯した。
これにより、彼は魔道銃爆弾の対策を練る余裕が出来た。
これは彼女の性格に依る失敗。
学校では面倒見の良い教師を演じながら、外では波風立てぬ様に、上の者に対して従順な下位貴族を演じていた。
『人』に関心が無く、『人』を『自分達』よりも下に見ていた彼女にとって、それは苦痛であった。
その我慢の反動で、本性を解放した時は酷く残忍になった。
相手がゆっくりと苦しみ、その苦しみから一時的に助かる。
そして、その助かった喜びから一転、絶望に堕ちる…その経過を観察する事に喜びを覚える様になってしまった。
ヘルメス枢機卿の時も、『孫化』にする迄に時間を掛け過ぎた。
手を付けてから支配下に置くまで数年もの時を浪費した。
もっと早急に済ませておけば、すぐに支配下に置く事が出来て、彼女に足が付く事は無かった。
代償として、ヘルメスは完全に壊れるが。
『孫化』にする為には事前準備として、『傀儡化』や『隷属』を複数回重ね掛けして強深度汚染をする必要がある。
その事に依る急激な性格の変化で、ヘルメスが周囲に警戒される事を避けたかったのも事実。
だが、少しずつ正気と狂気の間を揺れ動く彼を見て、得も言えぬ狂喜を愉しんでいた事も事実。
これ迄、数年掛けて行ってきた『習慣』が、ここに来て悪い『習慣』となって出てしまった。
結果、相手にわざと猶予を与える戦い方となり、オマリーを殺しきれない状況に陥ってしまった。
◆
床は爆発で抉り取られ、敷いてあった南国製高級絨毯は焼け焦げて、そこだけ大きな穴が空いた。
その下の化粧床は木屑となって飛び散り、下地のコンクリート製の床には数センチの抉れ跡が残されていた。
飛び散った場所からは粉末状になったセメントの粉が舞い上がり、室内を粉塵の膜が覆う。
粉塵の中からは、破片の直撃を受けた騎士達の呻き声が聞こえる。
だが、呻き声の中に変わった音が紛れていた。
それは、倒れた家具を押し分けて進む足音。
オマリーは、簡単な止血をしつつ近くにあった陶器の破片を掴み、音のする方へ投げた。
「きゃあ!」
ガシャンという陶器の砕ける音と誰かの転がる音に合わせて、アデリンの悲鳴が聞こえた。
「何なんだよ!この化け物め!」
粉塵が落ち着いて部屋の中が見渡せる様になった。
そこには、血の流れる額を抑えながらオマリーを罵る彼女が居た。
彼女はゼーレベカルトルの護衛騎士達の間から顔を覗かせながら、悪態をついていた。
煙幕に紛れながら護衛騎士達の間に逃げ込む直前、オマリーの投げた皿の破片が直撃したらしかった。
「アデリン女史…これから如何致します?
すぐに退去致しますか?」
そんなアデリンの様子を気にもとめず、淡々と次の指示を求めるゼーレベカルトル。
「このまま逃げても、貴方達だけでは私を護りきれない」
「では、彼等を突撃させますか?」
そう言って、盾を構えて防御姿勢を形成している護衛騎士達に目を向けた。
「そんなの大した時間稼ぎにもならないわ…
流石は、あの魔獣達を片付けた化け物といったところかしら…。
…あと…後少しで来るのに…」
そう呟くと、まだ動ける者達に対して大声で命令を下した。
「時間を稼ぎなさい!
私の為に、その命を捨てろ!」
手足から血を流していた騎士や侍女達の中から動ける者達がゆっくりと立ち上がり、各々武器になりそうなものを手にとって動き出した。
彼等の動作は酷く緩慢。
木片の刺さった脚を引きずりながら、剣を構えて進む騎士。
血だらけの両手を垂らしながら、口にナイフを咥えて歩む侍女。
折れた木の棒を杖にしながら、必死に立ち上がろうとする執事。
誰もが満身創痍。
アデリンを護っていた侍女達は、全身血だらけで既に気絶している。
先程の爆発の被害が酷かったのはどちらか、一目瞭然だった。
唯一被害が無かったのは、爆発地点からもアデリン達からも、少し離れて盾を構えていたゼーレベカルトルと彼の護衛騎士達のみ。
彼等を動かさないのは、彼女が最大戦力を保持し続けたい保身から。
元より、爆発の被害者達は使い捨てにするつもりだった。
なので、瀕死の者達を無理矢理動かし、オマリーの足止め用に行軍させた。
結果的には、これがオマリーには一番効果があった。
手を出せば簡単に死んでしまう状態の彼等。
自分も大怪我をしている中、手加減が難しくて上手く対処が出来なかった。
ゾンビの様に近付く彼等を、殺さない様に気を付けながら家具で押し退け、押さえ付ける。
そうしていると、背後からナイフを咥えた侍女が覆い被さって来る。
手で払い除けて倒れると危険なので、倒れない様に、且つ、動けない様に行動を制圧しなければならない。
手が足りず、倒した家具でバリケードを作り、彼等の進行を阻む事しか出来なかった。
そうしてモタモタと対処していると、扉のノブの動く音がした。
ゼーレベカルトル達が入って来た扉とは別の、オマリーの右手方向の扉。
診察室や治療室の並ぶ大廊下側の扉がゆっくりと小さく開いた。




