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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
224/287

◆4-124 病名と高度医療室

第三者視点




 フーリエ医師はエリシュバ王女の傍に行き、周囲に聞こえない様に気を付けながら小声で診察結果を報告した。


 彼女は数度頷くと、すぐに侍女達を呼んで何かを耳打ちをする。

 侍女の一人が男性控室の扉を叩き、別の者達は控室を飛び出して行った。

 フローレンス達には何が起きたか分からないまま、王女の周囲の者達だけが慌ただしく動き始めた。


 その間、エリシュバはフーリエ医師にも何事かの指示を出す。

 彼は数度頷いてから立ち上がり、皆の方を見渡しながらゆっくりと口を開いた。

 「…本来であれば診断結果は親族のみに報告するものです。

 しかし今回は…え〜…複雑な事情があると聞いておりました。

 ですので帝国医師法に従い、親族ではなく、依頼主であるエリシュバ殿下に報告させて頂きました」

 彼は一度言葉を切ってから一つ咳払いをした後、再び口を開いた。


 「報告後、殿下より御下知が御座いました。

 今回は異例なのですが…皆様にも診断結果を公表致します」

 そう言って彼は、一拍置いてから病名を口にした。

 昏倒の原因は『魔素欠乏症』。

 「彼女は、何らかの原因により体内魔素が枯渇しかかっております」


 聞き馴染みのない病名に、皆は首を傾げた。

 魔素が枯渇するとどうなるか…は、一般的には余り知られていない。

 彼は皆が理解し易い様に解説を続けた。


 魔素を過剰に取り込むと昏倒し、場合によっては死亡する。

 これは高濃度魔素汚染区域に侵入した者や、汚染近隣区域に住む者達によく発症する。

 人によって程度の差異はあるが、毎年この症例で何十人と亡くなるので然程珍しくない。

 一般的には『魔素酔い』と呼ばれている。


 しかし彼女の症状は逆。

 体内の魔素量が身体機能維持の最低値を下回っている為の昏倒(スリープ)

 通常は、自然に取り込める筈の魔素が全く取り込めていない状態。

 実は、これはとても珍しい症例。


 通常、昏倒するくらいに魔力が欠乏する症例はほとんど無い。

 限界を超えて魔術式を多用しても昏倒する事は無い。

 発動しなくなって止まるだけ。


 自分の筋力で己の心臓を止められないのと同じ。

 身体機能維持に必要な最低量の魔素は、己の意思で体外に放出する事が出来ない。

 何かしらの外的要因に拠ってのみ発症する。

 なので、魔素欠乏症(この病気)はとても稀有。


 そもそも一般的には、身体機能維持に魔素が必要な事もほとんど知られてはいない。

 大学部の医学・薬学課程に進む者が学ぶ事。

 普通に生活している分には縁が無い。

 だから聞き馴染みのない病名だった。


 「このまま治療をしなければ、亡くなる可能性のある病気です」

 それを聞いたフローレンスは、青褪めてへたり込んだ。



 死ぬ可能性がある。

 フローレンスはリヘザレータ(幼馴染)が死ぬかも知れないと聞いて、血の気が引いた。


 それを見ていたカーティは溜息を吐きながら歩み寄り、しゃがみ込んでいる彼女の肩に手をかけた。

 「良く考えなさい。

 彼の言い方だと治療法は存在するし、治療出来ると言う意味なのよ?

 性格の悪いオッサンよね〜」

 彼女の頭を撫でながら、フーリエ医師にも聞こえるように囁き掛けた。


 フーリエ医師は頷きながら、誇らしげに答えた。

 「その通り!

 帝国にはあらゆる病気に対する治療薬・器具が揃っております。

 しかも此処は、王帝陛下を含めた貴賓を迎える為の宮。

 全ての事を想定して、設備準備も怠り無し!

 ですのでご安心下さい。お嬢さん」

 そう言って、お茶目にウインクをしてみせる。

 フローレンスは胸を撫で下ろした。


 フローレンスから視線を外したフーリエは皆に向き直り、再び口を開いた。

 「今回、皆様に彼女の診断結果を公表したのには別に理由が御座います」

 そう言って、何故王女が彼に病名を公表するように命じたかについて説明した。


 今回リヘザレータが倒れた原因は不明。

 少女の魔力が突然枯渇するという事自体が異常事態。

 他の人にも何かしらの症状が出ている可能性が高い。


 なので彼としては、リヘザレータ(彼女)の倒れた場所、その周辺に居た人達から問診がしたい。

 今大丈夫だからと、症状を軽く考えると危険。

 患者と同じ様に昏倒しかかった、目眩を感じた等の症状があれば、必ず名乗り出て欲しい。

 だから本来、秘するべき患者の症状を皆に説明した…とのこと。


 「では…他の方の問診中、リヘザレータ様の治療はどうなります?

 手遅れになってしまうのでは?」

 エレノアが挙手をして質問した。


 「その為に、これから二手に分けたいと考えております」

 そう言うと、助手の女性が前に進み出た。


 彼女の容態は危険なので、これからすぐに治療室へ運ぶ。

 『魔素欠乏症』に対する治療器具は、離宮3階の高度医療室に設置してある。

 これから助手である彼女が部屋まで案内する。

 「申し訳無いのだが、患者の搬送を手伝って貰えないだろうか?

 彼女一人では流石に大変なのでね」


 器具の操作と治療は、医療室に控えている工学技士達と助手の彼女が居れば問題無い。

 なので2名を選んで欲しい。


 必要なのは患者の付き添い役1名と搬送役1名の計2名。

 「付き添い役は出来るだけ患者に親しい人物、且つ、彼女の親族と連絡が取れる立場の人でないと困る。

 搬送役は患者を一人で運べる体格の人物が望ましい」


 「私!私が、行きます!」

 フローレンスが手を挙げた。

 それを見て、彼は少し困った表情を見せた。

 「フローレンス嬢。

 大変ありがたい申し出ですが…出来れば大人の方にお願いしたいのです」

 フーリエ医師は彼女を宥めるように、優しく話し掛けた。


 「なら、アデリンが良いんじゃない?」

 「確かに。私はお二人の遠縁ですし、親族にも連絡が出来ますわ〜」

 カーティが口を開いて、アデリンも同意する。


 「で…でも!

 私の方がアデリンよりも、この子の親を呼び出すのは容易よ!

 アデリンだと…教師だけど身分が…」

 「フローレンス様。

 リヘザレータ様の親族を呼び出す際、貴女様が叔父様に取引を持ち掛けられたら…如何が致します?困りません?」

 「そうよね〜。

 あの叔父(クソ野郎)がこのチャンスを逃す筈ないよね〜。

 …この部屋の中で隠れていた方が良いんじゃない?」

 二人が説得すると、フローレンスは暫く逡巡した後、渋々と手を下ろした。


 「そして搬送役は…彼女を抱えて階段を上る必要が御座います。

 少女とはいえ体重は…女性では流石に厳しいか…」

 フーリエ医師は言い難そうに口ごもった。


 丁度その時、男性控室の扉が開いた。

 「私が運びましょう」

 正装から動きやすい服装に着替えたオマリーが、隣室から顔を出した。

 既に王女の侍女から一通りの説明を受けていたオマリーが、リヘザレータを運ぶ準備を整えて来た。


 「私は目眩もふらつきもありません。

 魔術式も発動出来ますので、魔素欠乏症である可能性は無いでしょう。

 問診は必要無い」

 彼の瞳孔と口腔をさっと確認して問題無いと判断したフーリエ医師は、軽く頷いて許可を出した。


 「では、私は他の方の問診を始めます。

 オマリー様と付き添いの方…アデリン先生は私の助手と一緒に。

 医療室に着いたら…」

 簡単に説明を受けると、助手が扉の鍵を開いた。

 助手、リヘザレータを背負ったオマリー、アデリンの3人は、速やかに廊下に出て上階の階段へと向かった。



◆◆◆



 助手の案内で、離宮2階にある医療区画まで何事も無く辿り着いた。

 途中で、他の騎士や警護の兵達に遭うことも無かった。


 「やけに警備が手薄ですな…」

 「今は急がないとなりませんし、いちいち止められて説明するのも手間です。

 楽な事は良いことです〜」


 医療区画には、複数の診察室と治療を施す為の部屋、そして付き添いの人の為に広い控室が用意されており、各部屋の前には注意事項の書かれた看板が立っていた。


 ※当区画ではお静かに!

 ※廊下でたむろしないで!

 ※治療の邪魔になる者は、()()致します!


 「…治療の意味が分からん…」

 看板を見ながらオマリーが唸った。


 看護師達が忙しそうに動き回っている。

 幾つかの治療室の前では、数名の騎士達がウロウロしながら通路を塞いでいた。

 今現在、彼等の主人か仲間が治療中の様子。

 落ち着かないらしく、廊下を右往左往して往来の邪魔になっていた。

 丁度そこに太めの看護師が来た。

 彼女に怒鳴られ蹴飛ばされ、彼等は慌てて近くの控室に逃げ込んで行った。


 「変わった治療法ですねぇ…」

 アデリンも呆れた様に呟いた。



 「こちらで治療を行います」

 そう言って、高度医療室と書かれた看板の置いてある部屋の扉を叩いた。

 すぐに鍵が開き、中から白衣の男女が現れた。


 「急患です。

 担当フーリエ。

 症状、『魔素欠乏症』。

 吸入魔導器の使用依頼です。

 内容は『魔素吸入』、0.5ミリ毎秒でお願いします。

 性別女性。年齢…体重は…」

 助手は簡潔に患者の情報を伝えていく。

 それを聞きながら、白衣の男性はすぐに魔導器の魔石に手を当てて起動準備に入った。


 大人数人分程もありそうな大きな魔導具。

 巨大な魔導具は魔導器と呼ばれる。


 男性が複雑な手順で操作を始めると、複数ある魔導灯が青く点灯し、準備が整った事を報せた。

 その間に、白衣の女性がリヘザレータ(患者)をオマリーから受け取って寝台に寝かせ、彼女の服の各所にある留め金を外し始めた。


 「カーティが居なくて良かったわ〜。

 フーリエ医師が治療用の『器具』としか言わなかったのは、カーティが居たからかしら〜?

 治療器具がこんな魔導具だと知っていたら、無理矢理にでも付いて来ていたでしょうね〜」

 アデリンは、魔導器の各所で明滅する灯りをじっと見つめていた。

 「ははは…。この様な光景を目にしたら、彼女はこの魔導具に飛び掛かっていたかもしれませんな…」

 オマリーは、乾いた笑いで彼女に同意した。


 リヘザレータに吸入マスクを取り付け終えた助手は、二人に近付いて来て早口で捲し立てた。

 「これから彼女の治療を始めますので退室願います。

 貴方がたの控室は、廊下反対側の角部屋で御座います」

 二人は返答する前に高度医療室を追い出された。



 

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