◆4-121 閑話 姦しい悪魔達
第三者視点
『あー!ムカつく!
やっぱアイツ嫌い!』
魔獣の背に揺られながら悪態をつく少女。
「まんまと逃げられたわねぇ。
誰のせいとは言わないけれど」
同じ顔の奥から響く別の声が応えた。
『……』
「良かった…兄ちゃんを…マリーに取られなくて…」
『マリーから…逃げおお…せるとは…やるなぁ…流石だな…!やっぱ…り凄いな…!』
魔獣の背の上で横になったまま呟いている重症者。
チェルターメンの声は小さくかすれているが、興奮している事は伝わってくる。
『……』
怪我の状態は瀕死。
普通の人間ならば完全に死んでいる。
今はチェルターメンが表に出て、酷い激痛を伴う高速治癒の魔術式で急場をしのいでいる状況。
無痛症のクララベルの身体はどんなに激しい痛みも感じないので、泣き叫ぶ様な事はない。
しかし、心臓への負担はあるので、その辺りを注意しながら丁寧に治療を施している。
喉に負った火傷跡が引き攣り、声も掠れている。
『…昏倒している間…に俺、殺され…かけたらしいな…!
剣が…突き刺さる…寸前だったんだって…?
…セタンタに誘導されて…後手に回ったんだって…な…?』
『……』
「この魔獣も片脚が取れかけたし、ガラスブロックの孔に顔を突っ込んだせいで血だらけだしね。
でも、ご主人様の命令だもんね。仕方無いよね。可哀想に」
『……』
『昔…クリオ兄…が死んだのも…誰かの操縦が甘かったせい…だったしな…ハハ…』
『……』
「皆…そんなに…虐めると…」
魔獣の背に乗り、魔獣を操作している少女の目に大粒の涙が浮かんだ。
頬を膨らませて泣く事を我慢している。
「あらあら。
私の顔で、はしたなく泣かないで頂戴。
化粧が崩れると直すのが手間なのよ」
マリアベルの言葉がトドメとなった。
『うっく…ううぅ…ズズズ…
皆して…!馬鹿にして…!
そうですよ!私のせいですよ!
ごめんなさいね!
くそったれ!
ママの命令が無ければ、チェルもマリーも!
みーんな!この子のエサにしてやるのに!
あ〜〜〜ん!バカバカバカ!皆、死んじゃえ!』
「私をエサにしたら、アンタも死ぬのだけど?
お母様のお言い付けも実行出来なくなるのだけれど?
そんな事も理解出来ないのかしら?
これだから人外は…はぁ…やれやれ」
『黙れ!この人間もどき!化け物!
人間の皮を被った悪魔!!
私の方がアンタより人間よ!』
「あらあら…酷いわね。傷つくじゃないの。
仲良くしましょうよ。
私達ずぅっと一緒なのだから…ね?」
『も〜やだ〜!
なんで私の適合者がコイツなのよ!』
とうとうマリアベルは泣き出した。
高級宿が建ち並ぶ宿泊街区。
建築制限ギリギリの高さに建てられたホテルはどんぐりの背比べの様相。
跳び移るのに丁度いい高さの建物の屋上には、風の様に駆け抜けている黒い影があった。
夜空に紛れる黒い影。
その背中から聞こえる姦しい騒ぎ声は、魔獣が掻き分ける風の音に消され、下の道を歩く住人の耳には届かなかった。
「ちょっと…チェル、マリー…ルディで遊ぶのは…止めてくれない?
振り…落とされ…ちゃうから」
仰向けのまま、片腕だけで魔獣の背中にしがみついているクララベルが呆れた様に溜息を吐く。
『冗談はこれくらいに…して…。
ルディ…やはり…離宮に…は入れなかった…のか?
セタンタ…の言葉、伝えられ…』
途切れ途切れに聞こえるチェルターメンの声音は、急に真面目な雰囲気をまとった。
『ぐすっ…ひくっ…』
ルディクラは、溢れた涙と鼻水と涎をドレスの袖で雑に拭いてから、思いっきり鼻をかんだ。
「…………」
美しいドレスの袖をぐちゃぐちゃに汚してから、化粧が落ちた顔を上げた。
「…………」
『…ええ。
行って軽く確かめてみたけれど、マリーの魔術式も通らなかったし、私の通話の魔術式も届かなかった』
思い出しながら、苦々しい顔になった。
『ただ…アンタの言っていた様な黄色いカーテンではなかったわね。
光の粒?とやらも無かったわ。
透明な膜のような…、破れそうで破れない薄いガラスの布の様な…。
声も通るし、向こう側は歪んでたけれど見えた。
でも夜中だったし、そこに在る事を知らなければ顔をぶつけていたかも』
マリアベルはセタンタが逃亡した後、クララベルを起こした。
瀕死の彼女を別の場所に移動させた後、魔獣を護衛に残して、セタンタの言葉を姉達に知らせる為に離宮へと向かった。
そこで、離宮を覆う空から垂れる透明な布を見た。
『やはり…コピ…姉達には…知らせ…られなかったか…』
息は荒く、とても喋れる様な体調ではない。
チェルターメンは眼前に広がる星空を眺めながら、小さく息を吐いた。
その様子を横目で見ながら、ルディクラはニヤリと笑い、徐ろに口を開いた。
『でも丁度、その布?の内側を歩いていた騎士が近くに居たから呼び止めたの。
こういう時、マリーの身分は便利よ。
警戒もしないで近付いて来たわ』
『声が通ったから出来るかどうかを試したのよ。
そうしたら出来ちゃった!
無理矢理頭の中に侵入して、彼に中継器になってもらったわ。
それを介したら姉に連絡出来たわよ』
チェルターメンは驚いて彼女を見た。
『布を介していても、短距離、且つ、わたしの魔術式なら通るみたいね。
マリーのは無理だったけれど!
かなりの魔力を持ってかれたからマリーの魔力を拝借したの。無断だけど。
でもぉ…私達ずぅっと一緒なら構わないわよね?事後報告でも』
「…………」
『それで…?』
『コピ姉様からは了解…とだけ。
すぐに中継器が壊れちゃったから、長話が出来なかったの』
『そうか…伝えられた…のか…』
チェルターメンは、再び空を見上げて目を閉じた。
◆
マリアベルとクララベルを背に乗せた魔獣が宿泊街区の端まで辿り着いた時、マリアベルの中のルディクラが突然悲鳴を上げた。
『うぇえ!?何これ!気持ち悪い!』
「いきなりどうしたの?ルディ。
失敗続きでおかしくなっちゃった?
可哀想に…撫でてあげようか?」
『うっさい!
じゃなくて!
近くから強い波形魔術式が連続で飛ばされてるのよ。
私の感覚器官が拾っちゃったの!』
「強い波形魔術式?
…あらあら…これは…」
『いきなり纏わりつくから鳥肌が立っちゃったじゃない…』
マリアベルも波形魔術式を広範囲に発動させて確認した。
すると何かに干渉して、僅かに波形が乱れた。
彼女はこの乱れ方に心当たりがあった。
「今回、私達いいとこ無しだったし、お母様に手土産くらいは持って行った方が良いわよね?」
マリアベルは妖艶に微笑んだ。
『寄り道は構わねぇが、今回俺は何も出来ねぇぞ?』
『アンタはクララが死なないように集中してなさい』
『へぃへぃ…面倒だなぁ…』
ルディクラ達はマリアベルの指示の下、端にある宿の一つを目指して大きく跳んだ。
セタンタ編終了。
思った以上に長引いてしまいました。
びっくりだ…




