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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
220/287

◆4-120 晩餐会 逃走経路

第三者視点




 セタンタは、マリアベルの攻撃を避けながら思いついた計画を反芻(はんすう)していた。

 主な逃走経路は3つ。


 その1。

 自分の背後で崩れている壁の(あな)


 クララベルとの戦闘中に、ガラスブロックの砲弾と火炎旋風が空けた大きな崩落孔。

 先に通り抜けた火炎旋風は玄関ホール全体を真っ黒な炭色に塗り変えた後、全てを放置して何処かへ去って行ってしまった。


 床も机も煤だらけ。

 壁紙表面も天井も焼け落ちて酷い有り様。

 まだ玄関ホールの中では、いくばくかの火が(くすぶ)っていて、その様はまるでパン焼き(かまど)の中。

 しかし通り抜けるだけなら、息を止めて一気に駆け抜れば問題無い。

 まだ火の手が回っていない他の廊下に飛び込める可能性もある。

 3本の中で一番安全な経路だと思われる。


 その2。

 マリアベル達の背後でポッカリと口を開けた様な孔。


 中庭の植物園に続くガラスブロックの爆破孔で、クララベルがわざと空けた孔。

 爆発により、ひと一人が通り抜けるのに丁度良い大きさになっている。


 問題は、如何にして彼女と魔獣の背後を取るか。

 抜けられさえすれば、焼け落ちたとはいえ元植物園。

 焦げてはいるが多数の樹木が生えている。

 それらの陰に隠れつつ反撃の機会を伺うも良し、地階に繋がる幾つかの扉から迷路の様な地階通路に逃げ込むのも良し。


 その3。

 マリアベルと魔獣が飛び込んで来た、3階にある円形ステンドグラスの大開孔。


 魔獣の脚力を利用したとはいえ、彼女が伝い登ってきた屋根がある。

 身体強化をして屋根から屋根に飛び降りれば、恐らく無傷で建物裏手の人工庭園にまで飛び込める。

 そこから闇に紛れて逃げ延びる事は出来る…かも知れない。

 

 彼女の隙をつけば、彼の脚力なら一気に3階まで駆け上がる事が出来る。

 問題は両腕が使えない事。

 横方向への移動なら問題無いが、縦方向への移動だと心許ない。

 剣が無ければ片腕が使えて移動も安定するが、剣を手放す事による対魔獣のリスクを考えると躊躇してしまう。


 どの経路も成功すれば高確率で助かる。

 当然、失敗すれば迎えるのは確実な死。


 彼は、可能性とリスクを秤に掛けて、経路を決定した。



 逃走に必要な物はもう一つある。

 マリアベルの、明確なる『隙』。


 彼女の攻撃のリズムは常に一定。

 感情由来の焦りも、高揚も恐怖も躊躇も全く無い。

 ()()の様に、動かすタイミングと軌跡が分かるので避けやすい。

 逆に言えば隙が無く、逃亡する余地が無い。

 上手く逃走経路を潰しに来る。

 このままの状態を維持し続けて千日手を狙ったとして、彼女よりも、連闘しているセタンタの方が先に倒れる。

 彼女もそれを分かっているから、確実にゆっくりと、彼をすり潰しに来ているのだろう。


 だからセタンタは、まず、その()()を狂わす事にした。


 「良い事を教えてやろうか?」

 「まぁ…。

 お兄様がわたくしなどに良い事を?

 明日の天気は雪ですか?」

 逃げ難い方向から容赦の無い攻撃を続けながら、暇潰し程度に応答する彼女。


 「コピ姉…と呼んでいた子供達(リベリ)だけどな。

 彼女の正体は既に判明し(バレ)ているぞ」

 『なっ…!』

 「正教国のヘルメス…とかいう枢機卿を洗脳した実行犯なのだろう?

 近々、コピ姉の子供達(リベリ)を処刑する予定らしい。

 俺の事はさっさと諦めて…」

 『キサマ…!』

 「早く知らせに行った方が良いのではないか?…っと!」

 言い終わるか否かの隙に、肩に担いでいた剛剣を彼女に向けて投擲した。


 重厚な鋼鉄製の剣は、重い風切音を響かせながら高速で旋回し、彼女目掛けて真っ直ぐに飛んで行った。


 『…っく!!』

 ルディクラは慌てて動こうとした。

 しかし焦りで脚がもつれて、その場で尻もちをついてしまった。

 だがお陰で、剣は彼女の頭のすぐ上を通過して行った。

 同時に、彼女の直ぐ隣に居た魔獣も咄嗟に跳び上がり、剣を上手く避けた。


 「まったく…何をしているの?ルディ…

 邪魔しないで頂戴」

 尻もちをついたまま、マリアベルは自分の中のルディクラを叱責した。


 完璧なマリアベルの隙は、マリアベル(ルディクラ)自身。


 「貴女が表に出て来なければ簡単に避けられたのに…。

 相変わらずの運動音痴」

 『…わ…悪かったわよ…』

 「悪いと思うなら、汚名返上してよね?

 あらあら…流石に罠はバレていたようね」


 マリアベルは、セタンタの背後の壁全体に仕掛けて置いた、網の目の様に繋がった『毒』を解除した。


 見えない『毒』を飛ばし続けて築いたそれは不可視の蜘蛛の巣となり、彼の退路を覆っていた。

 もしセタンタが背後の孔に飛び込んでいたら、即座に発動して絡みつき、彼の意識を瞬時に奪い取っただろう。

 しかし、それも無駄になったと判断した彼女は、無意味に消費した魔力を自分に戻すべく解除した。

 ルディクラが転ばなければ、じわじわと周囲を固めて背後の網に彼を追い込む算段だった。


 セタンタは『その1』の経路を選択しなかった。


 あからさま過ぎたからだ。

 普通、自分の背後に逃走経路があれば、ほとんどの人間はそちらへ逃げる。

 彼女がそこに罠を張らない筈がない…と、考えた。

 もし通れば、崩落孔を抜けるより早く、若しくは玄関ホールに入った時点で彼女の罠が作動していた。

 熱と煙を溜め込んだ玄関ホールで気絶すれば、彼女が首を切り落としに来る前に絶命する。

 彼は勘で選択し、命を拾い上げた。


 尻もちをついたルディクラがもたもたしている隙に、セタンタは山積みになっている瓦礫を踏み台にして、2階へと跳び上がった。

 剣を手離した事により、空いた左手で2階の床縁を掴む事が出来た。

 2階に続く階段を上る必要は無い。

 片腕のみの力で身体を引き上げて、一気に跳ね上がる。

 クルリと回転して2階の廊下に着地すると、そのまま休まずに一気に走り出した。

 セタンタは3階に続く階段に脚をかけると、全速力で駆け上がった。


 「ほらほら…逃げちゃうわよ?」

 『逃がさないわよ!』

 ルディクラが合図を出すと、魔獣が動き出した。

 魔獣は彼女を背に乗せると、軽やかに跳んだ。

 魔獣の跳躍は、たったの一步で2階の廊下まで彼女を送り届けた。


 『さて…セタンタ。

 貴方の脚で、この子の脚から逃げ延びられるかしら?』

 セタンタは既に階段を上り切り、3階廊下に足をかけていた。

 魔獣は再び飛び跳ねた。


 『いくらこの子が足の指を怪我していても、私が操ればこの位は造作も無いのよ!』

 魔獣の背に乗ったルディクラは、セタンタを追い詰める事が楽しいらしく、嬉しそうに嗤った。


 魔獣は、一足飛びで2階の廊下から3階の廊下に飛び乗った。

 そこは丁度、彼女達が侵入してきた円形窓とセタンタの居る階段の中間地点。

 彼女は、彼の逃走経路『その3』を遮った。

 『さあ、ネズミちゃん。次はどうするの?』


 「お馬鹿ルディ…

 汚名は返上する物で、挽回する物では無いのよ?」

 勝ち誇ったルディクラの口からマリアベルの冷たい声が響いた。

 ルディクラは、一瞬キョトンとした顔になった。


 セタンタは、ルディクラと魔獣が自分の行く手を遮る辺りに向けて飛んだ事を確認して、すぐに立ち止まった。

 そして魔獣が3階の廊下に着くまでの間に、身体強化を使って全身を強化した。

 彼女達が自分の行く手を遮って勝ち誇り、油断した事を確認すると、すぐさま(きびす)を返して手摺を飛び越え、1階に向けて一気に飛び降りた。



 セタンタが目指した地点は一つ。

 己が放り投げた剣が落ちた位置。

 丁度そこは、中庭と室内を遮るガラスブロックに孔が空いている場所のすぐ側だった。

 彼は、初めからこの位置に剣が落ちる様に計算して投擲していた。


 『クソっ!まずい!』

 セタンタの狙いを悟ったルディクラは、すぐに魔獣を操り、彼を追いかけて飛び降りた。


 セタンタは剣を拾い上げると、昏倒しているクララベル目掛けて思いっ切り投げつけた。

 丁度そこに、1階に着地した魔獣が飛び込んだ。

 (すんで)の所で間に合ったが、魔獣にも剣を払い除ける余裕は無い。

 魔獣の前脚には、セタンタの投げた剣が深々と突き刺さった。


 マリアベル(ルディクラ)は魔獣の身体を盾にしてクララベルを護ったが、魔獣の姿勢を保つ事は出来なかった。

 そのまま魔獣は前のめりに倒れ込み、背に乗っていたマリアベル達は空中に放り出された。


 「あ〜あ…まったく、もう…」

 マリアベルは宙を舞ったまま、呆れる様に溜息ついた。


 滞空していて身動きの取れない彼女を確認すると、セタンタはひと一人分に孔の空いたガラスブロックを潜り抜け、地階に向けて飛び降りた。


 『クソっ!クソっ!!クソっ!!!』

 空中に滞空したまま、マリアベル(ルディクラ)は魔獣に命令を出して動かした。

 魔獣は、残った前脚と後脚の跳躍だけで、中庭に抜けたセタンタに向けて飛び掛かる。

 しかし魔獣の巨大な身体が災いし、ガラスブロックの孔に頭を突っ込んだ状態で詰まってしまう。

 セタンタは、その様子を見ながら悠々と地階倉庫の扉をくぐり抜けた。


 『待ちやがれ!クソ野郎が!!!』

 ルディクラの叫び声が建物全体に響き渡った。



 

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