◆2-9 クラウディアの糸
クラウディア視点
「次、デミトリクス=トニトルス=ヨーク」
デミちゃんの名前が呼ばれた。
壊れた検査器の替わりを、別の女性教師が持って来た。
台に置かれた検査器ににデミちゃんがゆっくりと触れると…
「ふむ、貴族レベルか」と担当教師が記録した。
…上手く行った。事前に何度もテストしたから大丈夫だとは思っていたけど。
今回はデミちゃんがギフテッドという事は勿論、高魔力保持者という事も知られたく無かった。
その為にエレノア様に相談していた。
エレノア様も同意見だったので、すぐに話を通してくれた。校長も協力してくれてたし、大丈夫だとは思ってたけどね。
私は、ルーナに糸を通じてコソッと話し掛けた。
『思いっきりお願いね…』
ルーナは「任せとけ」という顔で頷いた。
「次、ルナメリア=クストゥス=キベレ」
ルーナの家名を聞いて、またざわついた。
キベレ家。
神授国家マイア聖教国の選帝侯の家
この国では教皇を選ぶ時は、現在居る4人の枢機卿と5人の選帝侯の投票で決まる。
教皇の権力は、この国の王より上だ。
その為、この国に於いて、選帝侯や枢機卿の権力は国王と同等とされている。
つまり、この場所に国王と同等の家の者が二人も揃っている、と言うことになる。
周囲の貴族達の視線が熱い。
…私を避けてルーナに注がれる。
まぁ、ルーナは可愛いし、注目されるのは慣れているだろうけど…一言言いたい…
『私のルナメリアが欲しくば、私を倒してから行け!』
と心の中でボケてみる。
『あんたって娘は…』…ガラティアに呆れられた。
徐ろに、ルーナが検査器に触れると…
「きゃ!」というルーナの可愛らしい声とほぼ同時に、検査器が爆発した。魔導灯の破裂では無く。
…おお…予想以上。
二度目の爆発は、流石に教師も驚いた。
事前に魔導灯が破裂するだろう事は分かっていただろうが、検査器自体の爆発が2度も起きたことにびっくりしていた。
◆◆◆
私とエレノア様でいくつかの仕込みをした。
まず私は特別な魔導灯を作製した。
魔導灯ランプの中に強力な魔素抵抗器を設置して、強い魔素の流れを制限した魔導灯だ。魔導灯ランプ自体は乳白色のガラスで覆われているから、外から見ても中に抵抗器が入っていることは見えない。
この魔導灯だと、光の強さが王族レベルの魔力持ちすら平民レベルになる。
それをエレノア様が手配した女教師がすり替える。
もし、ギフテッドが居て魔導灯が破裂したら、その時に、この仕込み魔導灯に取り替える。
もし、ギフテッドが居なかったらルーナが先にやって、普通の魔導灯を破裂させる。その後にすり替える。
今回の検査、学校側はギフテッドが居ることがわかっていた。そして、魔導灯が破裂する事も想定済みだった。だから、ルーナを最後、デミちゃんを最後から二番目にする事が理想的だった。
ルーナに仕込み魔導灯を破裂させて貰う為に。
そして万が一、破裂した魔導灯の部品が回収出来なかった時、ギフテッドの能力公開時に、ルーナの暴風で部品を全て吹き飛ばしてもらう計画。
検査を受ける順番は、エレノア様が手配したさっきの女教師が取り仕切っている。
彼女に、デミちゃんが先か、ルーナが先か、予め計画を伝えて、その時の状況で入れ替えてもらう様に手配してもらっていた。
ただ、この仕込み魔導灯ですらもデミちゃんの魔素圧力だと、抵抗器をぶち抜いて破裂させるおそれがあった。
だから、私は更に保険を掛けた。
私の『糸』をデミちゃんと私とルーナで繋いだ。
私の『糸』は特別製だと、ガラティアは言っていた。
極端に少ない魔素で織られた私の糸は、不純物がほとんど無いらしい。その為、糸を通して魔素を通す時、ほぼ無抵抗で魔素を送れる。
普通に物質化した糸だと不純物が多過ぎて、途中で魔素が空気中に拡散してしまう。
糸の抵抗力が空気中の抵抗力よりも高いせいで。
それは、エレノア様の作った糸で実験済みだ。
それが私の『糸』だと、音声に変換した魔素をほとんど無抵抗で相手に送れる。100%に近い状態で相手まで魔素が届く。だから私の『糸』だけ、ノイズ無しの遠隔通話が出来る。
私は今回、それを応用をした。
デミちゃんが検査器に触れる前に、魔力検査開始時から、あらかじめ繋いでいた『糸』を操作して、デミちゃんの魔素をルーナと私に少しずつ流し込んでいた。デミちゃんの魔力器の魔素を極端に減らす為に。
だからデミちゃんが検査器に触った時には魔素を送る圧力が減っていた。それでも貴族レベルだったけどね。
今度は、デミちゃんが終わった後に、私の仕込んだ抵抗器付の魔導灯を破裂させないといけなかった。
だから、ルーナが検査器に触れる前までに、既に送られ続けていたデミちゃんと私の魔素を、更にルーナの限界を超えて送り続けた。
ルーナが驚いたのは、恐らく限界値を超えて溜まった魔素が一気に吹き出した為だろう。
ほぼ、ギフテッド二人分の魔力出力。
抵抗器付の魔導灯をぶち抜き、それでも抜けきれなかった魔素が検査器そのものを破裂させた。
イルルカの時よりも、かなり強く圧力がかかってしまったのだろう。
…都合良く証拠隠滅出来たので良かったけど…やはり、デミちゃんとルーナは完全に規格外ね。
検査器ごと壊れてくれた事で抵抗器の部品も混ざってくれた。詳しい人がじっくり探さないと、どれが抵抗器かは分からないだろう。
…万が一、破裂しなかったら、さっきの女性教師が密かにすり替える予定だったけどね。
すり替えだと誰かに見られた時にイカサマがバレる危険があったので、遥かに良い結果になったわ。
◆◆◆
ルーナは検査器が爆発するとまでは思っていなかった様で、少し慌てていた。
落ち着きを取り戻した担当教師は、「一応、規定なので質問するぞ。能力の内容は?勿論、答えたくなければ答えなくて良い」と言う。二度目だ。
…『私のルナメリアにタメ口とは。いい度胸だ…命が惜しくないらしいな…』と心の中で冗談を言ってみる。
『いい加減にしなさい』…ガラティアに怒られた。
そして、「繰り返しになるが、ギフテッドなら何かしらの『不足』があると思うのだが、学校や他の生徒に気を付けて欲しい事はあるか?」と尋ねた。
ルーナは落ち着きを取り戻し、静かに言った。
「申し訳ございません。私、父の言いつけの為に本気で魔術式を発動させる事を禁じられています」
…ですので軽く行いますわ…と言いながら、「皆様、少し離れておいて下さいませ」と言う。
さっきの女教師が急いで検査器の残骸と台を片付けて、ルーナから遠く離れた。他の受験生達は、『???』という顔でゆっくりとルーナから離れる。
私達だけは一番早く、一番遠く迄逃げた。
ルーナの周りに風がそよぎ始めた。それが段々と強くなる。それが爆発するように、いきなり強くなった。
余り離れていなかった受験生は、空中を舞い、壁まで飛ばされた。本人は目を回していて、何が起きたか分からない様子だった。
学校の中庭に面した窓はガタガタと震え始め壊れそうになる。
そこで、ルーナは魔術を止めた。風がゆっくりと落ち着いて来て、風が止まった。
「私、知らない人や信用していない人に、側に近付かれる事がとても嫌ですわ。反射的に吹き飛ばしてしまいますの。
私の友人達以外は、不用意に近づかない様にお願い致します。例え教師の方々でも…。ですので、重々お気を付け下さいませ」
と、受験している生徒達より頭一つ小さい子供が、年上の子達や大人達に向かって、威厳たっぷりに言った。
…ルーナ…それ、友達要らない宣言じゃない。
エレノア様の思惑の一つが既に崩壊したわね。
ま、予想通りだったけど…
この国の、ほぼ最高権力者の娘がこんなセリフ言ったら近づける人なんて居ないだろうね。
教師達も受験生達も、ただ何度も頷いていた。
「以上で今回の受験は終了となる」男性教師が宣言した。
「受験結果は其々のお宅に送られます。合格者は入学手続き時に入学金と年間学費を一括で納めて下さいませ。そして……」 女性教師が注意事項を長々と話し始めた。




