◆4-119 晩餐会 悪魔達は会話がお好き
第三者視点
燃え落ちた薄暗い廃墟の中では、男女の乾いた笑い声が響いていた。
セタンタ達は雑談を交えながら動き続け、お互いの身体情報を計っていた。
「お兄様、クララにお会いするのは久しぶりだったのではございません?
美しく育ったでしょう?」
「会うだけなら…しょっちゅう遭っていたので感慨は全く無いかな」
「そうでしたか?」
マリアベルは彼の動きから、何が出来て何が出来ないかを観察していた。
…彼の右腕は動かない事は確実らしい。
妹の成果だろうか?
だけれど嘘かも知れない。
『右腕が使えない』と思い込み油断した隙をついて、投擲してくるかも知れない。
いつも携帯している魔導銃はどうしたのだろう?
私が到着する前に発砲した?
片腕で弾込めが出来ないの?
でもそれも演技で、突然眉間を狙って発砲するかも…
何が虚実か、まだ確信が持てない。
魔獣を超える戦闘能力を持つクララベルを、あの状態になるまで追い込んだセタンタに対して、彼女は決して油断しない。
残念ながら、魔力量は膨大でも彼女の身体能力は少し動ける騎士程度。
目にも止まらない早業で近付かれたら、気が付いた時には首が宙を舞うだろう。
だから、常に彼女を護る魔獣の陰に潜めるように動かないといけない。
そして、そのせいで攻め切れない。
「クララベルは、正体を隠して好き勝手に暴れていたからなぁ…。
靴底通りの返り血とか、血溜まり悪魔とか…。下らない通り名をいっぱい付けられていたな」
「不死の少年と書いた新聞屋もございました。
こちらはチェルターメンの時でした。
あの子はおっちょこちょいな所がありますからね。
下手打った場面を見られていた様です」
「結社を名乗るクララの狂信者集団もいたな…。
結局クララとの繋がりは掴めなかったがな」
「当たり前です。
私が後片付けをしたのですから、証拠を残す筈がありません」
「…奴等の制圧時、先頭に立って乗り込んだ時の殿下は実にご立派だった」
「お兄様の第3王子自慢は遠慮しておきますわ。
耳が腐りますの」
「あの小さくて可愛らしかった殿下が…」
「五月蝿い。黙れ」
彼女は彼の小さな動きを確かめる様な攻撃を続けた。
どの攻撃を避けるか?
どのくらいの隙を見せれば反撃に転じるか?
会話で注意を散漫にさせながら、色々な方向からの攻撃を繰り返し、彼が認識出来ているのか否かを確かめた。
「クララは、この若さで愚者を熱狂させて堕とすのです。
素晴らしい才能だと思いませんこと?
皆、この子を勝手に祀り上げて、勝手に結社を造って…。
この子の為に命を捧げる馬鹿共。
純粋で、誰の目にも理解る『力』とは美しい物なのです。
学園では恐れられている反面、この子の信奉者も多いのですよ?」
「しっかり手綱を握っておけ。
高位貴族の生徒だろうと関係ない。
犯罪者は処分するからな」
対してセタンタは、全ての攻撃を『避ける』事で彼女の攻撃に応え続けていた。
避ける以外に余裕が無かったせいだが、反撃する余力がある様に思わせる為にも、避けながら会話を続けた。
「なぁ…、何故なんだ?」
「?…何故…とは?」
「お前達は今まで一応は、正体を隠して行動していただろう?
帝国での身分を捨て、立場を捨てて、今になって行動に移した理由は何だ?」
『…答える必要は無い』
「その声は、ルディ…とか名乗った奴だったな。
久しぶりに聞いた声だ」
『…』
「昔、マリーがクララを回収する為に顕れた時だったか…。
マリーの替わりをしてたな。
声は別人でも、身長と体格、歩き方のせいでバレバレだったが」
『…』
「…お兄様以外を騙せれば良いので問題ありません。
私まで辿り着いた人は居りませんでしたし」
「辿り着いた奴は東門外の川に浮いてたものな…」
「居ない事実に変わり無いのですよ?」
動きに緩急をつける。
急旋回を混ぜる。
攻撃を簡単に避けている様に見せる。
偶に足を縺れさせて攻撃を誘い、それを軽く捌いて避ける。
動きが悪い振りをしているのか、反撃に転じるつもりなのか、判断し難くさせる。
実は牽制すら出来ない位に体調が悪いのだが、それを彼女に知られない様にする事に集中した。
その為に攻撃は完全に捨てていた。
「なぁ…お前達の言う『お母様』とは誰だ?」
『……』
「彼女は、お兄様とは口を利きたく無いそうです。
残念ですね。振られましたわね」
彼女は口角だけを歪に引き上げた。
目は笑っていない。
もし、牽制する余力すら残って無いと判断すれば、彼女は一気呵成に距離を詰めて来るだろう。
そして、もう一つの目的の為にも会話を途切れさせてはならなかった。
「チェル…ルディ…に、コピ姉と言ったな。名称不明が二人か?
フィンというのはフィングリッドの事か?
アイツも『子供達』なのか?」
「そうですわ。役立たずのフィン」
『マリー!情報を渡さないで!』
「役立たずとは酷いな。
ああ見えて、一応天才だぞ?」
「間抜けの間違いでしょう?
爆弾も失敗。潜伏も失敗。
後片付けを放り出して先に逃げるなんて…」
既にクララベルとの死闘で満身創痍。
脚力もかなり落ちている。
壁を走るなど、かなり無茶な身体強化で成し遂げた。
無い余裕を在る様に見せていた。
会話を続け、彼女の癖を探る為に。
「帝国内に残っている仲間達は、お前達を含めて4人と言うのは本当か?」
「そうですわ。私達とルディの兄と姉」
『マリー!』
「別に、知られても問題ないのでは?」
『奴を甘く見ないで!何かを企んでいるわ』
「知られた処で、確認する術は無いでしょう?」
話し続ければ手の内を晒してくれる…マリアベルがそんな人間で無い事は良く知っている。
彼女の言う通り、確認する術は無い。
虚実を混ぜる事で、セタンタの反応を伺っているだけ。
「お前達は帝国をひっくり返せると…本気で考えていたのか?」
「当然ではありませんか。
理想を信じず、行動を起こす者が居りますの?」
「…それは嘘だな」
「あらあら…」
彼女は、相手が弱っている事に確信を持てば、合理的な攻撃で反撃の芽を一つ一つ潰して、詰将棋の様に逃げ場を塞ぎに来るだろう。
セタンタは、気を付けながら会話を引き延ばした。
「お前達は帝国での身分に執着など無いだろう?」
「無いですわね。全く」
間を置かずに答えた。
「帝国での身分・立場・資産などは、この魔獣のエサ程の価値も、ございません」
「それは本音だな」
「わたくし、常に本当の事しか話しませんのよ?」
「嘘つきの常套句だな。笑わせようとしてるのか?」
「遠慮せずにどうぞ。
笑って下さってよろしくてよ?」
セタンタは普段、沈黙している事の方が多い。
こんなに多くの事柄を義妹と話すなど、彼にとって初めての経験だった。
だが会話を続けたお陰で、策に繋げる為の彼女の『隙』を発見した。
「コピ姉というのは『子供達』か?
彼女達は近くに居るのか?」
「いいえ。ご安心下さい。
叫んでも聴こえないところに居ますわ」
『だから!貴女は何故不利になる事を言うの!』
「ええ…すぐ側に居ますわ。
囁いても聴こえる場所に。
…おねぇちゃ〜ん。助けて〜。
ご一緒にいかが?」
「笑えんな」
『…アンタって、意味わかんない』
「何故、ルディにまで呆れられるのかしら?心外だわ…」
セタンタの現時点での目標は、『繋げる』事と『生き延びる』事のみ。
クララベルの事は諦めるしか無い。
業腹だが、王帝や『母』の意向に逆らって『奥の手』を使う訳にはいかない。
最悪、レヴォーグ家が滅びる。
策を使えるのは一度きり。
失敗すれば、次に目を覚ますことは絶対に無い。
彼女の『隙』をついて、確実にあの場所に到達する。
しかし、その間にも彼女の策が功を奏し始めている事を、肌で感じていた。
背中を這い上って来る様な威圧感が増す。
躊躇している時間は無くなりつつあった。
セタンタは意を決した。




