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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
216/287

◆4-116 晩餐会 彼女の手は穢を払うかの様に




 「お姉ちゃん!!」

 クララベルの叫び声がホール内に響いた。


 マリアベルが合図を出すと、黒い魔獣がクララベルの前に座り込み、彼女の視線を遮った。


 「このっ!馬鹿犬!どけ!こら!」

 魔獣の後ろから彼女の罵る声が聞こえたが、マリアベルが手を軽く振るとクララベルは静かになった。

 魔獣の陰に隠れていて彼女の様子は判らないが、どうやら気絶させられたようだ。


 「クララは怒るのかしら…?

 多分、怒るわよねぇ?

 でも、仕方が無いわよね?

 …わたくし、お兄様の事が昔から邪魔でしたの。ごめんなさいね」

 謝る様な感情を込めた声色とは対照的な、無感情で冷たい目。


 「ああ…知ってたよ。

 小さい頃から…お前の眼には殺意があったからな」

 頬を伝う冷や汗を隠すかの様に顎を引き、射抜く様な視線を彼女に向ける事で己を鼓舞するセタンタ。


 「そうなの?

 殺意とか…良く解らない感情なのだけれど…その所為でバレていたのね。

 解らないというのは難しいわ。特に…隠し方に困るのよね」

 そう言って溜息をついた。


 「…クララが貴方の周りを飛び跳ねているのを見ると…その…殺意とやら…?が表情に出るのかしら?

 私は出しているつもりが無いのだけれど。

 何故なのかしら…不思議…すごく難しいわ。要練習ね…」

 マリアベルは頬に手を当てながら、首を傾げた。


 「それは…嫉妬という感情だな」

 「そういうもの…なの?嫉妬…ねぇ…。

 …でもまぁ、理由はどうでも良いわ。

 切り替えていきましょう」

 そう言って、彼女は軽く手を打った。

 セタンタは身構える。


 「お兄様が邪魔。邪魔な物は(ほうき)で掃いて捨てる。

 それが…『普通』なのよね?

 …普通の人がやる行動よね?」

 箒でゴミを掃く様な仕草をしながら、上目遣いで尋ねてくる。

 異様な雰囲気の彼女の様子に、セタンタの背筋には冷たいものが走った。


 「多分、何処かに掃除用具はあっただろうが…悪いな…クララが全て燃やしてしまった。

 必要なら取って来てやるよ」

 茶化す様に応える。


 「ありがとう、お兄様。でも必要ないわ。

 私には『(コレ)』があるもの…」

 箒に見立てた己の掌をセタンタに向け、軽く掃く様にその手を振った。


 セタンタの背中に冷たい物が走った。

 そして反射的にその場を飛び退いた。

 マリアベルが腕を動かしただけで、周囲に変化は無い。

 セタンタが大袈裟に飛び退いただけ。


 「へぇ…やはり、お兄様は勘が鋭いわねぇ…」

 彼女は口に手を当てながら驚きの声を上げた。

 しかし彼女の目は冷たいまま。すぐに演技だと分かった。


 「初撃を躱したお兄様には、敬意を込めてお相手致しましょう…」

 彼女はその場で手を振り回し、踊る様に身体を回転させ始めた。


 セタンタは、彼女の手の延長線上に入らないように飛び回った。


 彼の右腕は使い物にならない。

 砕けた骨が筋肉の動きを阻害している為か、力が入らなくて動かない。

 ブラブラと垂れ下がったままだ。

 逃げ回る時に少し邪魔だが、興奮している所為で痛みはない。


 左手で剛剣を強く握りしめる。

 そしてそれを、怪我の引き攣りも落ち着いた左肩に担ぎあげたまま、部屋の中を右へ左へと逃げ回った。


 知らない者が見たら滑稽な光景。


 ホール中央、一人でくるくると踊るマリアベル。

 何も無い空間を、見えない何かから逃げる様に跳ね回るセタンタ。

 マリアベルの背後では、黒い魔獣が何かに怯えながら大きな体躯を小さく縮めていた。


 セタンタが魔獣を盾にする為に、それの横に回り込もうとする。

 マリアベルはすぐに反応して、魔獣の側で素早く手を振って彼の進路に手をかざす。

 マリアベルの手が顔の近くを掠める度に、魔獣は毛を逆立てて怯えた()き声をあげた。


 …何も見えないけれど、やはり『何か』あるな…。危険な気がする。

 あの魔獣にはマリアベルの『何か』が見えているのか?それとも本能による反応か?


 セタンタは、マリアベルの見えない攻撃を避けながら、彼女の能力について考えていた。


 …昔一度、見たことがあって助かった。



 幼い頃。

 まだ、とある事情でセタンタとマリアベル姉妹が一緒に暮らしていた時のこと。


 マリアベルが一人で森に入った時に彼女の後をつけた。

 義母から託された、妹達の『護衛』。

 護衛を兼ねた訓練も含まれていた。

 対象に気付かれずに尾行する訓練。


 マリアベルはクララベルと違い、セタンタが傍に近付く事を嫌っていた。

 なので丁度良かった。

 セタンタは、彼女に気付かれない様に細心の注意を払って後を付けた。


 その年の森は少し荒れていた。

 食べ物が少なくて、痩せた芽や小さな果物を求めて動物達が移動していた。

 村人に退治される危険を冒してまで、鹿や猪が森の外にある村の畑にまで出て来ていた。

 そして、その動物を狙う肉食の生き物達が、普段の縄張りを越えて徘徊していた。

 その事を知っていたからこその護衛任務だった。


 セタンタは、幼い頃から大人顔負けの技能と力を有し、森の生き物位なら問題なく対処出来た。

 8歳になる頃には、自領の村人から依頼を受けて、里を襲う熊も退治した。

 だから、心配はしていなかった。

 だから、油断していた。

 彼女が森の奥深くに入る事を止めなかった。


 最悪な事に彼女は、北の山を降りて魔女の領地に越境してきたトロールの一団に遭遇してしまった。


 山岳の妖精(トロール)


 魔女の領地の北にある深い森。

 そこの更に北に位置する山岳に住む。

 魔素を大量に含んだ雪が積もる極寒の北連山。

 ほとんどの生き物が死ぬ過酷な環境に適応して生きる事が出来る、数少ない魔物。


 熊を引き裂き喰らう沼の妖精(グレンデル)程の怪力は無いが、それでも大猿並の力を持つ魔物。

 耐久力と再生力と知能はグレンデルを遥かに凌ぐ厄介な存在。


 武器を持ち、集団で狩りをする。

 毛皮を剥ぎ取り、なめして服にする。

 小屋を建て、火打ち石で火をおこして暖を取る事も知っている。

 そして、とても死に難い。


 普段は山の麓の木の芽や川苔を採取したり、山羊を獲って食べたりしている。

 だが稀に食料が少ないと、隣接する森に入り込む事がある。

 荒れた山の麓より、森の方が食べられる生き物は多い。

 当然、森を狙うが、入り込む事は滅多に無い。

 何故なら、そこが魔女の領地だと理解出来るだけの知能があるから。


 普段は魔女を怖がって近付かないが、背に腹は代えられない時もある。

 その年が、その時だった。

 そういう時、彼等は数匹の集団を組んで決死の覚悟で森に入る。


 広大な森。

 トロールの一団が、一人の少女に遭うなんて、稀な確率。

 そんな稀な年に稀な確率、広大な森でマリアベルは遭遇してしまった。


 狙っていた獣や果物ではなく人間に遭った。

 人間は魔女の庇護下にある危険な生き物。

 突然の遭遇に驚いたトロールの一団はパニックになり、叫び声を上げて棍棒を振り上げた。


 マリアベルは逃げようともせず、一歩も動かない。


 熊を倒せるセタンタでも、トロールの一団は脅威。

 木の上で見ていたセタンタは、急いで飛び出そうとした。

 しかし恐怖で足がすくみ、飛び出すのが遅れた。

 …その時だった。


 マリアベルは右から左へと、ゆっくりと手を動かした。

 小さな女の子が、大きなトロールの集団に向けて軽く手を振った。

 ただ、それだけだった。


 手を振った軌跡の先に居た数匹のトロールが突然倒れた。

 その後ろに居たトロールは無事だったが、目の前の一群が倒れたのを見て、残ったトロール達は一目散に逃げ出した。


 セタンタは驚きのあまり、声も出せずに固まってしまっていた。



 

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