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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
215/287

◆4-115 晩餐会 飛び入り参加



 『残念…時間切れだ』

 クララベルはチェルターメンの顔でニヤリと嗤った。

 異様な威圧感を感じ、セタンタは反射的に上を見上げた。


 ガシャーン!

 突然、ホールの3階の吹き抜けにあったステンドグラスが砕け散った。


 元は美しかったであろう色硝子(ガラス)の絵画は、火炎旋風の熱の所為で歪み、色は混ざりあい、見た者に気持ち悪さを感じさせる仕上がりに変わっていた。

 それがいきなり四散した。


 分厚く重いステンドグラスを支えていた鉄枠は複数の細い鉄の杭となり、色とりどりのガラス塊と共に凶器と化して落下した。


 「…くそっ!」

 セタンタはすぐにクララベルの傍から飛び退いた。


 ガチャン!ドガ!


 ガラスの破片や塊、鉄の枠杭が3階の天井付近から1階に向けて、雨の様に降り注いだ。

 折れた鉄枠のひとつは、クララベルの顔の直ぐ側の大理石の床に突き刺さり、硬い石畳を真っ二つに割った。

 丁度そこは、セタンタの立っていた場所だった。


 『ああ…この馬鹿!

 クララ(おれ)の顔面が潰れるところだったろうが!気を付けろ!』

 シャンデリアに腕を挟まれたまま動けないチェルターメンが叫んだ。


 ステンドグラスを突き破り、硝子の雨を降らせた者は、真っ黒な『影』だった。


 その影は、何も無くなった窓枠に掴まり、その大きな身体で夜の星の光がホール内に入る事を邪魔していた。

 四足(よつあし)で枠に掴まっているそれは、背中を丸めて縮こまって居るのに、大きな窓枠全てを覆う様な大きさだった。


 しかし本当の問題は、その影ではなかった。

 主人の様に、その影に跨がる者がいる。

 ()()を見た時、セタンタの毛が逆立った。


 『折角、わざわざ間抜けな弟を助けに来てあげたのに、それがお礼の言葉なの?

 …お姉ちゃんは悲しいわ…』

 3階から響く声は、心配や悲しさを微塵も感じさせず、淡々とホール内に響き渡った。

 「お兄様。

 私の可愛い妹の傍から離れて頂けますか?」


 大きな影は彼女を背に乗せたまま、一直線にセタンタ目掛けて飛び降りた。

 間一髪、セタンタは影の振り下ろした巨大な腕を躱した。

 しかし、その先端から伸びた鋭い爪がセタンタの折れた右腕を掠めて床の大理石を切り裂いた。

 セタンタの肘から先に大きな裂傷がつけられ、勢い良く血が噴き出した。


 「ちぃっ…!」

 セタンタは、すぐさま身体強化で腕の筋肉を膨らませて血管を圧迫し、出血を止めた。

 砕けた骨が筋肉に突き刺さり激痛が走るが、気にしている余裕はない。


 「グルル…」

 『影』は狼型魔獣だった。

 ただ、その手足は長くて太い。

 膨らんだ筋肉の上に太い血管が浮き出ている。


 体躯は巨大。

 普通の狼の数倍の大きさがあった。

 四足なのに、魔獣の頭はセタンタの顔を見下ろせる位置にある。


 体毛は漆黒。

 背景が夜ならば、見つける事は難しいだろう。

 それがただの影では無いと判る理由は、爛々と輝くそれの眼だった。

 漆黒の体毛の間から覗く視線は、狙った獲物から離れない。


 鋭い牙を剥き出しにしながら威嚇する『音』を出すその口からは、絶え間なくよだれが漏れていた。

 こぼれ落ちたよだれからは、高濃度魔素特有の甘い腐臭が漂う。

 真紅に光る魔獣の眼には、意思の光は感じられなかった。


 「こいつは……うぐっ!」

 その時、セタンタの腕から肩にかけて激痛が走った。


 魔力の操作を誤った。

 繊細な治癒魔術式中に気が散って集中が乱れた。

 余剰魔力が痛覚神経に流れ込み、脊髄反射で全身が引き()った。

 痛みの所為で、一瞬彼の視線が揺らいだその隙に、魔獣は更に追撃を仕掛けた。

 下から上に向けて、勢い良く前脚を振り上げた。爪を上向きにして。


 魔獣の爪を剛剣で受け止めたが、セタンタは身体ごと跳ね上げられて壁際まで飛ばされた。

 だが跳ね上げられる刹那、彼は受け止めた剣を素早く引いた。

 剣先で撫でられ、魔獣の前足の指3本の先端がポトリと落ちる。

 切られた傷口からは、真っ黒な血が勢い良く噴き出した。


 「あらあら…結構酷いわねぇ…」

 いつの間にか魔獣の背から降りていたマリアベルが、部屋の中央で倒れているクララベルの傍にしゃがみ込んでいた。

 彼女はセタンタには目もくれず、クララベルを観察しながら呟いた。


 マリアベルはクララベルと対になる様な意匠のドレスを纏っていた。

 色は対照的な桃色。

 ただ、ワンピースドレスの下に、足首で紐を締めるバルーンパンツを穿いている。


 「あらぁ…お姉ちゃん…。

 化粧も落ちたし、あまりじっくり見られると恥ずかしいのだけれど…」

 「…血と煤で化粧してるじゃない。

 いつもより魅力的よ?」

 彼女はクララベルの状態を診察しながら話し掛けた。

 その顔は驚きも怒りも無く、淡々とした無表情。


 「随分と手酷くやられたわねぇ…。

 これじゃ…傷が残っちゃうわよ?」

 「…半分以上は自分で付けた傷だけどねぇ…」

 倒れたまま、唯一動かせる脚をパタパタとさせながら答えるクララベル。

 『この馬鹿に、もう少し俺の身体を大切にしろと言ってくれ』

 『己の身体の管理はアンタの役目でしょう?』

 2人の所から4人の会話が聞こえる。


 「もっと早く連絡くれたら、ここまで酷くはならなかったのに…」

 「愛する人は自分だけの手で殺したいじゃない?」

 二人はセタンタを無視して会話を続けていた。


 セタンタは、片手で剛剣を構えたまま魔獣を警戒した。

 魔獣に切られた片腕は止血して傷口も閉じたが、骨折自体は治してない。

 ダランと垂らしたまま動かせない。


 対して魔獣は、切り落とされた部分から流れ出す黒い血を止める様子も無く、セタンタからは視線を外さなかった。

 飛び退いたセタンタを追撃するでも無く、マリアベルの傍でセタンタをじっと見つめているだけ。

 それの視線からは感情は感じられず、ただ命令を淡々とこなす軍人の様だった。


 床に流れる黒い血は、甘い腐臭を強く漂わせていた。

 その匂いが、部屋中に拡がっていく。


 「外はどうなったの?

 思っていたより静かなんだけどぉ?」

 マリアベルはクララベルの腕をシャンデリアから引き抜きながら質問に答えた。

 「完全に失敗。

 役立たずのフィンと性悪は8の鐘の前には逃げた。

 残りはアンタとコピ姉、オマケの阿呆な兄だけ」

 懐から取り出した針と糸で、クララベルの傷口を雑に縫い合わせていく。


 「焦げたところはどうしようもないわねぇ…」

 「しょうが無いなぁ…後で弟に付け替えてもらうか。

 出来れば、細くて綺麗な腕がいいなぁ…」


 「逃がすと思うか?」

 二人の会話を黙って聞いていたセタンタが口を開いた。

 その言葉を聞いた瞬間、部屋中に強烈な魔力が放たれた。


 『逃げる…?この私が?

 誰に向かって話しているのかしら?

 貴方こそ…私の可愛い()をこんなにして、生きて帰れるとでも…?』

 マリアベルの口から出る言葉に抑揚は無かった。

 そして、同じ様な二つの音声が重なって聴こえた。


 終始、淡々と発せられた彼女の言葉は、強烈な罵声よりも遥かに深い悪意と強い殺意が込められていた。

 直ぐ側で彼女の声を聞いていた魔獣は、セタンタの方を向いたまま、全身の毛を逆立てた。


 「お姉ちゃん!

 お兄ちゃんは私のモノだと言ったよね!?」

 『そーだそーだ!

 まだ俺が遊んでねぇぞ!』

 クララベル達の声を聞いた途端、噴き出していた殺気は鳴りを潜めた。


 「…でもねぇ…

 お兄様は危険よ?今の内に殺しておいた方が…」

 『正教国の、いえ、王国のだっけ?

 …ほら、黒髪の子が居たじゃない?

 あの子で我慢しなさいな』

 マリアベルもクララベル同様、喋るたびに声質が変化する。

 クララベルとは違い、両方とも女性の声だが。


 「お兄ちゃんは特別なの!」

 『デミトリクスだろ?アレもいいよな!

 あの時、何されたか全然解らなかったからな!

 動きもハンパねぇし。あいつ、ぜってぇ普通じゃねぇよ!

 アイツとも()りたいな』

 「デミよりお兄ちゃんの方が格好良いわよ!」

 『俺は別に…姿形の事は言ってねぇんだけど…。なんだ?デミって…愛称呼び?』

 クララベルは、一人のまま二人の声で言い争う。

 それを見ていたマリアベルは、呆れた様子で彼女を見下ろした。


 『愉悦は大事よねぇ…。

 私達みたいな者にとっては特に。

 退屈は猛毒にしかならないもの…』

 マリアベルは、聞き分けの無い子供を諭すように、ニコニコと微笑みながらゆっくりと言い聞かせた。


 『…でもね?

 お母様の目的が最優先でしょ?

 私達(リベリ)の存在を消す為にも頑張らないと。

 お母様が苦しむわ』

 そう言いながら、クララベルの焦げた髪を優しく撫でた。

 クララベルは憮然とした表情のまま黙った。


 「聞き分けなさい。

 …お兄様は此処で殺しましょう」

 マリアベルは、優しく微笑む表情のままで冷酷な言葉を発した。

 膨れ上がった殺意が再び部屋を満たし、セタンタの頬を冷たい汗が伝い落ちた。



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