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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
214/287

◆4-114 晩餐会 ダンスホール フィナーレ




 ドン!

 

 クララベルは、セタンタが魔道銃を撃ち込んだ先を見た。

 彼女は、すぐ後に来るであろう未来を見た。


 クララベルは()()()

 このままだと、生きる目標を文字通りに()()()()()()


 大好きな人(たからもの)を自分だけの物にする。

 月に照らされながら彼と踊る。

 そして…


 「まだ…たからものと…キスもしてないのに…」


 ()()を抱いて旅立つ(死ぬ)

 旅立つのは、あくまで最期。

 大切な手順を抜かしたら意味が無い。


 手を…手を離さなければ…

 わたしの『たからもの』が…つぶれちゃう…ぐちゃぐちゃに…



 …全く、手のかかるお嬢様だな。


 ()()を行ったのはチェルターメンだった。

 クララベルが固まった一瞬、セタンタの首を絞めている拘束を緩めた。

 セタンタがその隙を逃さずに彼女の腕から頭を抜いた。

 その瞬間、チェルターメンは彼の背中を思いっきり押し出した。



 気が付いた時には遅かった。

 知らない内に自分の手の中から、セタンタが離れていく。

 ゆっくりとした時間の中、離され、取り残される喪失感を味わっていた。


 …お兄ちゃん…また、私を置いて行くの…?


 どうしようもない哀しみと焦燥を感じて、前のめりに手を伸ばした。

 その瞬間…


 ガシャーン!!!


 ガラスの飛び散る音と共に、クララベルの腕は落下してきた物に潰された。



◆◆◆



 十数メートル以上の高さにある、ドーム天井にぶら下がっているシャンデリアの根元。

 セタンタは、そこを目掛けて魔道銃を放った。


 先程の火炎旋風の所為で、ガラスも()()()()も、半分以上が溶け落ちていたシャンデリア。

 バランスを崩しながらも数百キロの自重をかろうじて支え、片手で天井にぶら下がっている状態だった。

 ほんの僅かな衝撃で、その手を離す事は一目瞭然。


 セタンタは1階ホール中央で一瞬気絶して目覚めた時、天井のシャンデリアを見た。

 そしてそれが、いつ落下してもおかしくない事に気が付いた。

 咄嗟に逃れようとした。

 しかし、脚の麻痺とクララベルへの応戦で、それどころでは無かった。

 クララベルともみ合っている内に、この場所から離れるチャンスを失った。

 必ず来る、落下の『時』。

 首を絞められながら、天井を見上げた。


 「俺には…足りなかった。

 クララは初めから持っていたのにな」


 クララベルに比べて、セタンタは覚悟が足りなかった。


 身体を犠牲にする覚悟。

 心を壊して無にする覚悟。

 未来を潰す覚悟。

 全てを犠牲にして、勝利を掴む。


 未来(つぎ)を考えて力を温存していたから、ここまで追い込まれた。

 欲求に対する覚悟と執念、それらが彼女に比べて完全に負けていた事を実感していた。


 …昔は…ただ弱かった。

 泣きじゃくるだけで何も出来ない、可愛くて可哀想な妹だった。

 気付かない内に血塗れになり、何度も死にかけていた。

 だから、常に傍に居て護った。

 己の力で護る事が出来た。

 …そして、悦に浸る事が出来た。


 自分の下に居ると思っていた彼女に、全てに於いて自分の上を行かれた事で、セタンタは己の覚悟を改めた。

 落下寸前のシャンデリアの真下で、涙で霞む目で上を見上げた時、ようやく決心した。


 …クララが俺を連れていきたいなら、その望み通りにしてやろう。

 一緒に死んでやる…。

 セタンタはそう思った。


 その『時』を早めて、クララも…

 せめて、馬鹿な妹がこれ以上罪を重ねられないように…帝国の民を…お母様の民を…陛下と殿下の御為に。


 自暴自棄と言うべきかも知れない。

 王帝なら自己犠牲と言うだろう。

 彼は達観し、冷静に撃ち抜いた。

 …なのに、クララベル(いもうと)に助けられた。


 …何故だ?


 クララベルは、伸ばした右上腕をシャンデリアに潰されて、うつ伏せになって動けない。

 床に縫い付けられた姿勢の彼女を見下ろしながら、セタンタはゆっくりと立ち上がった。


 セタンタもクララベルも、シャンデリアの破片が幾つも突き刺さり、酷く出血していた。

 しかし二人共、その様な些細な事は気にも留めなかった。


 『あ〜あ…折角のチャンスが…

 チェル…余計な事をしてくれたわね』

 『余計な事?

 お前の望んだ事だろう?

 俺様、優しいからな』

 一人(ふたり)の言い合いを、セタンタは複雑な気持ちで見下ろしていた。


 クララベルは満身創痍。

 左脚は開放骨折。

 左腕は、重度の火傷で筋肉が炭化していて動かない。

 右腕はシャンデリアの下敷き。

 まともな右脚だけでは、身体を引き抜く事は無理。


 セタンタも重症。

 右腕は2度の連続した骨折の所為で、腕の中に骨の欠片が飛び散った。

 治すには王宮に戻って外科的な治療が必要だろう。

 動かす事は出来ない。

 もう片腕は無理矢理治した肩の筋肉が引き攣って、動かそうとすると僅かに痙攣する。

 両腕ともちゃんと治療をし直さないと、あの剛剣を再び自在に振り回す事は難しくなる。

 頭は痛みのせいか、霞が取れた様にはっきりした。

 脚の痺れも今は取れているが、先程迄の様な剣技は無理だろう。

 少なくとも、クララベル並の者を相手にする事は不可能。



 セタンタは、飛んでいった自分の剛剣を拾い上げた。

 そして、未だにシャンデリアの下敷きになりながら、一人(ふたり)でおしゃべりしているクララベルの所に戻って来た。


 『あの時がまずかったよな〜…

 中庭に穴を開けるなんてよぉ…

 爆心に近い俺達の方が、ダメージが大きいに決まってるんだよなぁ…』

 『しょうがないでしょ〜。

 お兄ちゃんが『本気』を出したら絶対勝てないしぃ…

 その前に自爆覚悟でもダメージ与えておかないと〜』

 『結局最後まで、お前の言う、お兄ちゃんの()()…とやらは出さなかったけどなぁ』

 『私って、本気になれない位に弱いかなぁ?』


 黙って聞いていたセタンタは、倒れているクララベルの向かいに座った。

 「あれは…相手を完全に殺す迄止められなくなる…。

 …妹相手に使う様な技じゃない」

 『…あはっ!まだ、妹だと思ってくれてたの?』

 「…馬鹿で…阿呆で…どうしようもない馬鹿な…可愛い妹だ…」

 『馬鹿を2回も言ったな〜アハハハ…ふぅ…』

 クララベルはため息を一つ吐いた。


 『でも、残念…後ちょっとだったのになぁ…。

 …でも次は、時と場所と方法をもう少し考えてから暴れるね』

 火傷で顔の筋肉を引き攣らせながら、クララベルはニコッと朗らかに笑った。


 セタンタは頭を抱え込んだ。

 「…次があるとでも思うのか?」

 そう言って、剛剣を構えた。


 『え〜!酷い、お兄ちゃん。

 …可愛い妹の首をはねるつもり?』

 『酷いぞ、セタンタ。

 折角助けてやったのに!』

 一人(ふたり)はギャーギャーと喚き散らした。


 「お前達は…今迄人を殺し過ぎた。

 陛下より、お前達を生かして捕らえろとは言われていない」

 努めて平静に装い、冷たく言い放つ。


 『あれ〜?

 まるで、お前が人殺しでは無い様な言い方だなぁ?』

 チェルターメンの言葉を聞いて、セタンタはピクリと動いた。


 『帝国領の人間どころか王国の…ホーエンハイム領の人間を、た〜くさん殺したのだろう?俺達以上になぁ?』

 クララベルがチェルターメンの声で挑発した。


 「…やはり…()()だったのだな…?」

 思い当たる節があった様で、セタンタは聞き返した。


 『そうだよ。分かってんじゃん!

 魔獣の群れに交ざって、異形の魔物達が魔女様の領地に攻め込んだよなぁ?

 お前と第一王子が皆殺しにした連中の事さ。

 あいつ等、ホーエンハイム領の連中と、コルヌアルヴァの領民どもの成れ果てだ。

 コピ姉達の傑作だぜ?』

 チェルターメンはニヤニヤしながら続けた。

 『汚染は大して進んで無かったが、思考が汚濁していたから洗脳は楽だったと言ってたよ。

 喋れない様にしておいただけさ。

 ただ奴等は、目的地に向かって行進しただけ。

 外見が人とは少し違っただけだぞ?

 おんなじ人間様だろー?

 判らなかったのか?

 見た目が少し他と違うだけで殺して良いのか?

 罪悪感は無くなるの?

 人間様は不思議な生き物だなー』


 セタンタの眉間に、深くシワが刻まれる。

 「もう…黙れ…」

 剛剣を、横になっているクララベルの首に向けて構えた。


 セタンタに向ける目が、チェルターメンの眼から女性の眼に変わった。

 『あら?また逃げるの?

 チェルに言い負かされたから?

 相手を殺して、自分の嫌な事から目を背けるの?

 私を置いて消えた時の様に?』

 今度はクララベルが挑発した。

 セタンタの手が止まった。


 『どうだった?強かったか?それとも無抵抗だった?

 お前は本気を出したか?

 クララの言う通りなら、お前がほとんど殺したのだろう?

 哀れな洗脳された人間(バケモノ)様達をよ?』

 再び、チェルターメンの声に変わる。


 セタンタは一つ深呼吸をしてから口を開いた。

 「ああ…そうだ。

 俺は大量殺人を犯した。

 妹達の前からも逃げた。

 陛下の命令を理由にして逃げたりはしない。

 これからも、背負っていく俺の罪だ」

 そう言って、剣を振り上げた。

 「妹殺しの汚名も背負っていく覚悟はとうに出来ている」

 そう言って剣を振り下ろそうとした瞬間、チェルターメンが口を開いた。


 『惜しかったな。

 時間切れだ』



 

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