◆4-114 晩餐会 ダンスホール フィナーレ
ドン!
クララベルは、セタンタが魔道銃を撃ち込んだ先を見た。
彼女は、すぐ後に来るであろう未来を見た。
クララベルは迷った。
このままだと、生きる目標を文字通りに失ってしまう。
大好きな人を自分だけの物にする。
月に照らされながら彼と踊る。
そして…
「まだ…たからものと…キスもしてないのに…」
それを抱いて旅立つ。
旅立つのは、あくまで最期。
大切な手順を抜かしたら意味が無い。
手を…手を離さなければ…
わたしの『たからもの』が…つぶれちゃう…ぐちゃぐちゃに…
◆
…全く、手のかかるお嬢様だな。
それを行ったのはチェルターメンだった。
クララベルが固まった一瞬、セタンタの首を絞めている拘束を緩めた。
セタンタがその隙を逃さずに彼女の腕から頭を抜いた。
その瞬間、チェルターメンは彼の背中を思いっきり押し出した。
◆
気が付いた時には遅かった。
知らない内に自分の手の中から、セタンタが離れていく。
ゆっくりとした時間の中、離され、取り残される喪失感を味わっていた。
…お兄ちゃん…また、私を置いて行くの…?
どうしようもない哀しみと焦燥を感じて、前のめりに手を伸ばした。
その瞬間…
ガシャーン!!!
ガラスの飛び散る音と共に、クララベルの腕は落下してきた物に潰された。
◆◆◆
十数メートル以上の高さにある、ドーム天井にぶら下がっているシャンデリアの根元。
セタンタは、そこを目掛けて魔道銃を放った。
先程の火炎旋風の所為で、ガラスも留め金具も、半分以上が溶け落ちていたシャンデリア。
バランスを崩しながらも数百キロの自重をかろうじて支え、片手で天井にぶら下がっている状態だった。
ほんの僅かな衝撃で、その手を離す事は一目瞭然。
セタンタは1階ホール中央で一瞬気絶して目覚めた時、天井のシャンデリアを見た。
そしてそれが、いつ落下してもおかしくない事に気が付いた。
咄嗟に逃れようとした。
しかし、脚の麻痺とクララベルへの応戦で、それどころでは無かった。
クララベルともみ合っている内に、この場所から離れるチャンスを失った。
必ず来る、落下の『時』。
首を絞められながら、天井を見上げた。
「俺には…足りなかった。
クララは初めから持っていたのにな」
クララベルに比べて、セタンタは覚悟が足りなかった。
身体を犠牲にする覚悟。
心を壊して無にする覚悟。
未来を潰す覚悟。
全てを犠牲にして、勝利を掴む。
未来を考えて力を温存していたから、ここまで追い込まれた。
欲求に対する覚悟と執念、それらが彼女に比べて完全に負けていた事を実感していた。
…昔は…ただ弱かった。
泣きじゃくるだけで何も出来ない、可愛くて可哀想な妹だった。
気付かない内に血塗れになり、何度も死にかけていた。
だから、常に傍に居て護った。
己の力で護る事が出来た。
…そして、悦に浸る事が出来た。
自分の下に居ると思っていた彼女に、全てに於いて自分の上を行かれた事で、セタンタは己の覚悟を改めた。
落下寸前のシャンデリアの真下で、涙で霞む目で上を見上げた時、ようやく決心した。
…クララが俺を連れていきたいなら、その望み通りにしてやろう。
一緒に死んでやる…。
セタンタはそう思った。
その『時』を早めて、クララも…
せめて、馬鹿な妹がこれ以上罪を重ねられないように…帝国の民を…お母様の民を…陛下と殿下の御為に。
自暴自棄と言うべきかも知れない。
王帝なら自己犠牲と言うだろう。
彼は達観し、冷静に撃ち抜いた。
…なのに、クララベルに助けられた。
…何故だ?
クララベルは、伸ばした右上腕をシャンデリアに潰されて、うつ伏せになって動けない。
床に縫い付けられた姿勢の彼女を見下ろしながら、セタンタはゆっくりと立ち上がった。
セタンタもクララベルも、シャンデリアの破片が幾つも突き刺さり、酷く出血していた。
しかし二人共、その様な些細な事は気にも留めなかった。
『あ〜あ…折角のチャンスが…
チェル…余計な事をしてくれたわね』
『余計な事?
お前の望んだ事だろう?
俺様、優しいからな』
一人の言い合いを、セタンタは複雑な気持ちで見下ろしていた。
クララベルは満身創痍。
左脚は開放骨折。
左腕は、重度の火傷で筋肉が炭化していて動かない。
右腕はシャンデリアの下敷き。
まともな右脚だけでは、身体を引き抜く事は無理。
セタンタも重症。
右腕は2度の連続した骨折の所為で、腕の中に骨の欠片が飛び散った。
治すには王宮に戻って外科的な治療が必要だろう。
動かす事は出来ない。
もう片腕は無理矢理治した肩の筋肉が引き攣って、動かそうとすると僅かに痙攣する。
両腕ともちゃんと治療をし直さないと、あの剛剣を再び自在に振り回す事は難しくなる。
頭は痛みのせいか、霞が取れた様にはっきりした。
脚の痺れも今は取れているが、先程迄の様な剣技は無理だろう。
少なくとも、クララベル並の者を相手にする事は不可能。
セタンタは、飛んでいった自分の剛剣を拾い上げた。
そして、未だにシャンデリアの下敷きになりながら、一人でおしゃべりしているクララベルの所に戻って来た。
『あの時がまずかったよな〜…
中庭に穴を開けるなんてよぉ…
爆心に近い俺達の方が、ダメージが大きいに決まってるんだよなぁ…』
『しょうがないでしょ〜。
お兄ちゃんが『本気』を出したら絶対勝てないしぃ…
その前に自爆覚悟でもダメージ与えておかないと〜』
『結局最後まで、お前の言う、お兄ちゃんの本気…とやらは出さなかったけどなぁ』
『私って、本気になれない位に弱いかなぁ?』
黙って聞いていたセタンタは、倒れているクララベルの向かいに座った。
「あれは…相手を完全に殺す迄止められなくなる…。
…妹相手に使う様な技じゃない」
『…あはっ!まだ、妹だと思ってくれてたの?』
「…馬鹿で…阿呆で…どうしようもない馬鹿な…可愛い妹だ…」
『馬鹿を2回も言ったな〜アハハハ…ふぅ…』
クララベルはため息を一つ吐いた。
『でも、残念…後ちょっとだったのになぁ…。
…でも次は、時と場所と方法をもう少し考えてから暴れるね』
火傷で顔の筋肉を引き攣らせながら、クララベルはニコッと朗らかに笑った。
セタンタは頭を抱え込んだ。
「…次があるとでも思うのか?」
そう言って、剛剣を構えた。
『え〜!酷い、お兄ちゃん。
…可愛い妹の首をはねるつもり?』
『酷いぞ、セタンタ。
折角助けてやったのに!』
一人はギャーギャーと喚き散らした。
「お前達は…今迄人を殺し過ぎた。
陛下より、お前達を生かして捕らえろとは言われていない」
努めて平静に装い、冷たく言い放つ。
『あれ〜?
まるで、お前が人殺しでは無い様な言い方だなぁ?』
チェルターメンの言葉を聞いて、セタンタはピクリと動いた。
『帝国領の人間どころか王国の…ホーエンハイム領の人間を、た〜くさん殺したのだろう?俺達以上になぁ?』
クララベルがチェルターメンの声で挑発した。
「…やはり…そうだったのだな…?」
思い当たる節があった様で、セタンタは聞き返した。
『そうだよ。分かってんじゃん!
魔獣の群れに交ざって、異形の魔物達が魔女様の領地に攻め込んだよなぁ?
お前と第一王子が皆殺しにした連中の事さ。
あいつ等、ホーエンハイム領の連中と、コルヌアルヴァの領民どもの成れ果てだ。
コピ姉達の傑作だぜ?』
チェルターメンはニヤニヤしながら続けた。
『汚染は大して進んで無かったが、思考が汚濁していたから洗脳は楽だったと言ってたよ。
喋れない様にしておいただけさ。
ただ奴等は、目的地に向かって行進しただけ。
外見が人とは少し違っただけだぞ?
おんなじ人間様だろー?
判らなかったのか?
見た目が少し他と違うだけで殺して良いのか?
罪悪感は無くなるの?
人間様は不思議な生き物だなー』
セタンタの眉間に、深くシワが刻まれる。
「もう…黙れ…」
剛剣を、横になっているクララベルの首に向けて構えた。
セタンタに向ける目が、チェルターメンの眼から女性の眼に変わった。
『あら?また逃げるの?
チェルに言い負かされたから?
相手を殺して、自分の嫌な事から目を背けるの?
私を置いて消えた時の様に?』
今度はクララベルが挑発した。
セタンタの手が止まった。
『どうだった?強かったか?それとも無抵抗だった?
お前は本気を出したか?
クララの言う通りなら、お前がほとんど殺したのだろう?
哀れな洗脳された人間様達をよ?』
再び、チェルターメンの声に変わる。
セタンタは一つ深呼吸をしてから口を開いた。
「ああ…そうだ。
俺は大量殺人を犯した。
妹達の前からも逃げた。
陛下の命令を理由にして逃げたりはしない。
これからも、背負っていく俺の罪だ」
そう言って、剣を振り上げた。
「妹殺しの汚名も背負っていく覚悟はとうに出来ている」
そう言って剣を振り下ろそうとした瞬間、チェルターメンが口を開いた。
『惜しかったな。
時間切れだ』




