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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
212/287

◆4-112 晩餐会 ダンスホール アマービレ

第三者視点




 「さぁ…ワタシの愛よ…」


 クララベルは振りかぶったまま、セタンタを暫く見下ろした。

 火傷と血で汚れた顔には汗でベッタリと濡れた前髪が貼り付いて、髪の隙間からは、泣いている様な笑っている様な、揺れる瞳が覗き見えた。

 短くて長い時間が過ぎた後、彼女は自分の身体ごと飛び込む様に、彼の正中線に照準を合わせた大剣を勢い良く振り下ろした。


 セタンタは座った姿勢のままで剛剣を構えていた。

 無骨な剛剣の重量を利用して、彼女の大剣の振り下ろしを受け流そうとしていた。

 力を斜めに受け流し、可能ならば反撃に転ずる為に。

 しかし、彼女の振り下ろす姿勢を見て受け流し(それ)は不可能だと悟った。


 重すぎる…


 満身創痍とはいえ、身体強化した彼女の全体重を乗せた渾身の一撃。

 とても、自分の上半身の力だけで受けて弾く事は難しい。

 ましてや負傷した左肩の筋肉が突っ張り、弾くタイミングを逃す可能性が高い。

 剛剣は折れずとも、剣の(つば)ごと切り取られる。

 そして、そのまま肩口から、どちらかの腕そのものを切断される。

 そうなれば、頭を割られずとも絶命する。


 瞬時に、正眼に構えていた剛剣を横向きに構えなおし、『受けのみ』の姿勢に変更した。

 右手で柄を、左手で剣の腹を抑え、数瞬後の衝撃に備えた。


 ガイイイィ゙ィ゙ン!!!

 全く遠慮の無い無慈悲な一撃。

 鋼同士が奏でる耳障りな衝突音。

 重い鉄板を無骨な鋼棒が受け止めた。

 接触部から波紋状に拡がる衝撃が、武器を持つ二人の腕に、そのまま跳ね返ってきた。


 「ぐぅ…!」

 クララベルの全体重を掛けた大剣の振り下ろしを、セタンタは上半身だけを起こして剛剣の腹で受け止めた。

 それはまるで、高所から落下する重量物を両手を広げて受け止める様な衝撃。


 …パキン…!

 受け止めたと同時に確かに聞こえた。

 セタンタは、己の右腕の骨が折れた音を頭の奥で知覚した。


 やはり体表に重度の火傷を負って、片腕片脚で力が入らないせいか、クララベルの攻撃はいつもに比べて軽い。

 軽いと言っても、大男が体重をかけて金床を床に叩きつける程度の威力はあるけれど。

 その床が粉々に粉砕される程度の威力もあるけれど。


 セタンタは、毒ガスの影響で脚に力が入らず、未だに立ち上がれない。

 頭を強く打った影響で身体強化も発動しない。

 鍛え上げた上半身と腕だけで、彼女の重い一撃を受け止めた。

 背骨を守る為に両腕に衝撃を振り分けた。

 (きた)る威力を、肩の負傷の為に受け切れないと判断した左腕に少しと、そして、右腕に多くの力を割り当てた。

 多く割り当てられた方の右腕の骨は、耐え切れずに折れた。

 結果、右腕に力が入らなくなってしまった。


 だが骨一本と交換出来た。

 開放骨折もしていない。

 彼女の打撃を、ほぼ生身で受けて、これだけの被害なら軽症だと言えた。


 クララベルの大剣は、セタンタの剛剣に防がれた反動で強く弾かれ、高く跳ね飛ばされた。

 すぐ近くに落ちたが、片手片脚の彼女が拾いに行くには遠い場所。

 セタンタは勝ちを確信し、左腕に剛剣を持ち替えて決着をつける為に立ち上がろうとした。

 だがその時、大剣と入れ替わりに彼女の身体が倒れる様に覆い被さって来て、油断していた彼を押し倒した。

 

 クララベルはセタンタと縺れ合う様に転倒した。

 

 ガランガラン…ガシャン…

 持ち替える為に手放した剛剣が飛んで、先程飛んだ大剣にぶつかった。

 剛剣は大剣と縺れあったまま、離れた場所に転がって行った。


 セタンタは仰向けのまま立ち上がれない。

 クララベルは彼に馬乗りになり、まだ動く右手でセタンタの喉を狙った。

 彼は彼女の右手を左手で掴み、折れた右腕で喉を庇った。


 頭がはっきりして脚の痺れも取れたセタンタは、身体強化を発動し抵抗しつつ、右腕の骨折の治療も開始した。

 度重なる負傷で大量に放出されたアドレナリンが、治癒魔術式の激痛を和らげた。

 それを好機と捉え、動かすのは無理でも、開放骨折にならない程度まで無理矢理骨を繋げる簡易手術治療を行った。

 折れた骨の間に入った欠片や筋肉を巻き込んだまま、骨を再生させる。

 後に再治療を施さないと一生腕が動かなくなるが、今は折れた腕ごと喉を潰される事の方を危惧した。


 セタンタは、治療中にクララベルが頭突き等で攻撃してくる事を想定していた。

 しかし彼女は、彼に右手を押さえられると、ピタリと動きを止めた。

 ゆっくりと額を彼の胸に近付ける。


 クララベルが何をしようとするか分からずに、セタンタは困惑した。

 絡んだ指をそのままに、彼女は彼の胸に顔を(うず)めた。

 彼の胸に自分の頭を擦り付けるその様子は、まるで子猫のマーキングの様だった。


 「昔はさ…良くこうやって…3人一緒に寝てたよねぇ…お兄ちゃん」

 クララベルは、セタンタの胸元に頭を乗せながら泣き出した。

 「短い間だったけれど、本当に………だったのよ…」

 聞こえない程度の声で囁いた。


 突然クララベルは、セタンタの胸に顔を埋めたまま叫んだ。

 「どうして!?

 どんなに!傷付けても!壊しても!

 身体はどこも痛まない!なのにっ!

 心の息苦しさは治らないよ…

 気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!……苦しい」

 『…………!』

 チェルターメンは何かを言い掛けて、黙った。

 「私が痛みを感じる事が出来るのは、他人(ひと)を壊した時だけなのよ…。

 それが本当の痛みなのか…私には解らないけど…」


 「…ねぇ…私………て…」

 暫くの沈黙の後、彼女はセタンタの胸に顔を埋めたまま何事かを呟いた。

 「…うん?なんだ?」

 その瞬間、胸に焼け火箸を押し付けられた様な感覚があった。

 「うぐっ!」

 反射的に、勢い良く彼女を払い除けた。

 倒れた彼女は、ゆっくりと上半身を起こして振り向いた。

 そこには、真っ赤な唇で妖艶に微笑む彼女が居た。


 セタンタの胸から血が噴き出す。

 クララベルの口の端から、彼の胸の肉片が覗き見えた。

 「人は…肉を千切られると痛いのよねぇ…?

 私の肉も食べてよ…お兄ちゃん」


 彼女は血で真っ赤になった唇を舐め回して、恍惚とした表情になっていた。

 まるで血に酔っているかの様だった。


 「ねぇ…お兄ちゃん…。

 私を殺して、私を食べて…?

 私にも…お兄ちゃんが感じたものと同じ痛みを頂戴ぃ…」

 クララベルは片脚片腕で這い寄って来た。


 セタンタは、急ぎ胸の出血だけを治療してクララベルに背を向けた。

 這いずる様に立ち上がり、自分の剣に向かって跳んだ。

 治癒魔術式の痛みも何もかも、全ては後回し。

 クララベルの『執着』に、生まれて初めて恐怖した。


 「駄目じゃない、お兄ちゃん。

 パートナーを放り出すなんて!」


 セタンタが跳ぶと同時に、彼の足首に手が掛かった。

 彼の動きを先読みして、クララベルも跳んでいた。両脚で。

 身体強化を重ね掛けし、折れた脚にも更に強く負荷をかけ、砕きながら跳んだ。

 片脚を犠牲にして跳んだ分、彼女の方が瞬き一つ分だけ早かった。


 二人は再び絡まり合い、転がる。

 縺れ合う内に、クララベルはセタンタの後ろを取った。

 彼女の腕が彼の首に回る。

 その直前に右腕を首元に挿し込んで、完全に絞まる事を防いだ。


 動きが鈍い左腕と、治療中の右腕。

 首に回った彼女の腕を解く力は無い。

 セタンタは、彼女を背後に背負ったまま立ち上がり、振り解こうと暴れた。


 パキ…パキ…

 彼女の怪力が彼の右腕ごと首に食い込み、骨折を治したばかりの右腕は、再び折れた。


 セタンタはダンスホールの中央で、クララベルを背負った状態で天井を仰ぎ見た。


 『安心して。お兄ちゃんの綺麗な顔には傷付けないであげる。

 綺麗に切り取ってキスするの。

 お兄ちゃんの首を抱き締めながら後から逝くからね。待っててね…』

 『セタンタ…コイツを助けるのはお前でも無理だったか…?』

 狂人の様に嗤った直後、悲しげな声が彼の耳元で囁かれた。



◆◆◆



 薄れゆく意識の中、セタンタは最後の力を振り絞って魔道銃を取り出した。


 「今更…?銃なんて…遅いわよ…。

 それに、痛みを感じない私には効果が薄い事は、お兄ちゃんが一番良く知っているでしょう?

 だから今迄使わなかったのでは無いの?」

 力を緩めずに、クララベルは彼の首を絞め続けた。


 「………」


 セタンタは無言で歯を食いしばりながら、銃口を天井に向けた。

 右腕の治癒魔術式を全て止めて、圧縮魔術式を発動させる。


 ドン!


 弾丸は天井に向かって真っ直ぐ飛び、狙い通りの場所に(あた)った。


 「なに…を?」

 クララベルは弾丸の中った場所を見て、彼の意図を悟った。

 その瞬間、僅かに力が緩んだ。



 

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