◆4-108 晩餐会 ダンスホール ワルツ〜タンゴ
第三者視点
「私と躍って下さいませ…」
クララベルは、カーテシーを終えてゆっくりと顔を上げ、ニヤリと嗤った。
ゆったりとした動作で大剣を掴むと、クララベルは目にも止まらぬ早さで跳んだ。
タン!…タン…!タン…!
重さを感じさせない足取り。
床に踵を着けずに猫足で。
ロングスカートをはだけさせながら、飛ぶように駆けた。
分厚い大剣を背中に背負う様に掲げたまま。
とても、大剣を持って走っているとは思えないくらいの軽やかさで。
彼女は、降り立った階段の下からセタンタの居るダンスホール中央迄の距離を、たったの3歩で詰め寄った。
ガィィィィン!
空中で、身体をくの字に曲げながら大剣を振り下ろした少女の身体が、空中で静止した。
駆け寄った速度とクララベルの全体重を乗せた重い一撃を、セタンタは難なく受け止めた。
鉄板の様な血塗れの大剣と、柄までが一本の鋼鉄で造られた頑丈な剛剣のぶつかり合い。
ホール内には、耳障りな金属音が大きく反響した。
ガキィン!ガキィン!ガキィン!
少女が大理石の床に足を着けると同時に、少女の大剣と少年の剛剣が激しくぶつかり合った。
大人でも持つのに難儀する様な鉄板と、雑な造りで太い剣の形をした鋼の棒。
両方共、目測で普通の剣10本分位の重さがあると思われる厚みと密度。
それを振り回す二人の様子は、まるで木の棒を三拍子のリズムでぶつけ合って遊んでいる子供。
調子良く、ダンスホールの中心で躍る様に。
二人の打ち合いは剣舞の披露目で行う様な見事な舞いだったが、使っている武器は比べようが無い。
風を切る音が違う。
ぶつかり合う音が違う。
響く金属音は周囲の空気を震わせた。
双方一撃の威力は、騎士鎧を紙屑にする程だろう。
盾を持っていたとしても、おそらく一撃も保たない。
万が一、クララベルとセタンタの舞に割り込む者が居れば、瞬時に肉塊にされる事は容易に想像がついた。
鋼鉄同士を激しくぶつけ合う時の共鳴振動で空気が震え、ガラスブロックの表面が波打つ。
離れた所にあるガラスケースは砕け散り、白磁器にひびが入った。
「いいっ!いいわ!
やっぱり貴方でなきゃ満足出来ない!
私のダンスに付き合える男なんて、そうそう居ない!」
クララベルの頬が紅潮して、口が弧を描く。
「デミの剣技も素晴らしかったけれど、私を正面から受け止められるのは貴方しかいないわ!」
その言葉にセタンタは僅かに反応し、打ち合う音が変化した。
「あら?どうしたの?
あっ!…ごめんなさいね。
踊りの最中に他の男の名前を出すなんて…淑女失格かしら…」
「貴様が淑女…?
ふっ…笑わせて隙を誘う…か。姑息な手だ」
「酷っ!アンタきらーい!べーっ!」
手を止めず、剣を止めず、足を止めず、踊る様に殺し合う。
開く口から出る言葉は軽いモノばかりだが、僅かな隙が両断か轢殺という悲劇になる事は、お互いが良く解っていた。
「デミトリクス様と剣を交えたのか…。
貴様から見て、あの方はどうであった?」
セタンタの剣戟のペースが、僅かだが激しくなってくる。
「やっぱり興味あるんじゃない。
凄く良かったわぁ…
冷たいくせにとても熱い方なのよぉ?
この私が…気付いたらベッドの上だったなんて、ああ…初めての体験…。
…今思い出しても、胸と顔が熱くなるわぁ…」
セタンタの顔が、何か不気味な物を見るかの様な表情に変わっていった。
「あら?妬いた?妬いた?」
クララベルがニヤニヤしながら大剣を振り下ろす。
「貴様の言い方が気持ちの悪い…
チェルターメンにもそういう趣味があるのか?」
ガキィィン…!
彼女が振り下ろした大剣を絶妙な角度で受け止めて、そのまま上に弾いた。
彼女の両手が上がった隙をついて、剛剣を袈裟がけに振り下ろす。
「おぃおぃおぃ…!俺の名誉の為に言っておくぜ?
俺にそっちの趣味はねぇ!
単純にこの馬鹿が、試合で気絶して医務室に送られたって話だぜ?」
突然チェルターメンが出てきて、弾かれた大剣を素早く戻し、セタンタが斜めに振り下ろした剛剣を横なぎで弾き返した。
「ちょっと!勝手に横入りしないでよ!殺すぞ!テメェ!」
「俺はお前なんだが?どー殺るんだ?」
一人二役やりながらも、剣戟と足運びのリズムは変わらない。
まるでワルツを踊っているかの様に、入れ替わり立ち替わりグルグルとその場を回転しながら、二人と一人は打ち合った。
「ほぅ…デミトリクス様はやはり強者だったか。
流石は我が殿下。人を見る目がある」
嬉しそうにニヤけながら、セタンタの剣戟のペースが更に上がっていった。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
三拍子だった打ち合いが、
ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!
四拍子へと変化し、リズムはどんどん早く、激しくなっていった。
「ああ…激しい…素敵よ。貴方…」
うっとりとしながらも、セタンタの打ち込みを往なしながら反撃する。
二人の位置は、入れ替わり立ち替わり。
片方が攻勢に出れば、次は交代。
まるで息のあった長年の友人の様に、阿吽の呼吸で打ち合った。
お互いが巨大な剣を振り回す度、周囲に置かれた家具や調度品がバターの様に切れて崩れ落ちていく。
クララベルの大剣が掠った大理石の机は壁際まで弾き飛ばされて粉々の石片となり、セタンタの剛剣が触れた高級な椅子は二束三文の木片に成り果てた。
二人の剣舞は、ダンスホールに小さな嵐を巻き起こしていた。
初めは中央寄りだった二人の位置は、踊る様に打ち合っている間に、回転半径がどんどんと拡がっていった。
踊る場所を変えながら、激しく打ち合う二人。
壁際に行けば、セタンタはクララベルの剣筋を上手く誘導して柱を穿たせる。
大剣が柱に食い込んで彼女の動きが止まると、彼は剛剣で彼女の腰を狙って薙ぎ払った。
彼の薙ぎ払いを、彼女は食い込んだ大剣を軸にして空中で身を翻すことで躱す。
そして彼女は、大剣の柄を軸にしたまま、一回転して彼を蹴り飛ばした。
蹴られたセタンタは、すぐさまクララベルの足首を掴み立ち止まった。
「あらあら…淑女の足首を掴むだなんて…なんて積極的なのかしら」
セタンタは彼女の足を掴んで思いっ切り引っ張った。
大剣を手放さない彼女ごと、柱に食い込んだ大剣を引き抜き、ホールの中央へ放り投げた。
投げ飛ばされたクララベルは、大理石の床に剣を突き立てて、空中でピタリと止まった。
そのまま空中で反転したクララベルは、前方に一回転しながら剣を床から引き抜き、その回転の勢いのまま、セタンタに向けて大きく跳んだ。
大上段から、セタンタに向けて思いっ切り大剣を振り下ろした。
セタンタは咄嗟に立ち止まり、素早く後ろに跳んだ。
彼女の大剣が、彼の居た場所を通過した。
セタンタはそのまま距離を取るが、クララベルの振り下ろした大剣は勢い良く床石を砕いた。
砕かれた反動で弾けた大理石の石礫は、弾丸となって彼を襲った。
セタンタは刹那の間に、飛んできた石礫を剛剣の腹で弾き飛ばしてクララベルに打ち返し、それを彼女は咄嗟に身を翻して全て避けた。
二人の攻防は人外の域だった。
躱す速さも、打ち込みの重さも、反応速度も、人には不可能なものだった。
数十合の打ち合いの結果、二人は無傷だったが、ダンスホールはボロボロになっていた。
ガラスブロックにはひびが入り、柱には何十箇所にも亀裂が入り、壁には複数の穴があいた。
楽器や家具、高級調度品の数々は、その形状を留めていなかった。
「さて、そろそろダンスも終盤といった処でしょうか?」
「殊勝だな。諦めて、首を差し出す気になったのか?」
「まさか…わたくしが、愛しい貴方の首を持って舞うのですよ。
綺麗に防腐処理をして、永遠にベッドサイドに飾らせて頂きますわ。
そして毎晩、私と愛を語るのよ…」
クララベルは、ぶつけ合っていた大剣をひき、後ろ向きに大きく飛び退き、中庭のある窓際に立った。
先程まで激しく燃えていた中庭の炎は沈静化しており、ガラスブロックを舐めていた炎の舌も消えていた。
中庭は不気味な程静まり返っていた。
「出来れば死なないで頂戴。
愛してるわ。セタンタ♪」
そう言うとクララベルは、ガラスブロックに大剣を突き立てた。




