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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
207/287

◆4-107 晩餐会 ダンスホール カーテシー

第三者視点




 セタンタは、投げ飛ばしたクララベルを追いかけ、燃え盛る豪邸の玄関に続く正面階段を一気に駆け上った。


 玄関扉はかろうじて形を保っていたが、取っ手も蝶板も赤く光り、熱せられていて開かない。

 セタンタは正面玄関脇の窓を叩き割り、玄関ホール内に飛び込んだ。

 ホール内は、火にのまれたであろう地階から伝わる熱と、燃え盛る廊下から吹き込む炎で、凄まじい熱さだった。


 「…ふむ、丁度いい。お誂えだ」

 セタンタは熱さを感じないかの様に、平気な顔で周囲を見渡した。


 玄関ホールの中央に飾られていた胸像は半分溶け落ち、不気味な姿でセタンタを出迎えている。

 熱さで来客用のソファは自然発火して、黒い煙を撒き散らしていた。

 左手奥にある来客用のクロークにも、当然人は居ない。

 カウンターの石の台も膨張し、弾けて割れていた。


 全ての物が熱の所為で変化している中、初めから変わっていないと思われる物があり、それが逆に目を引いた。

 ホール正面左奥に在る黒い両開き扉。

 それは熱による変形も膨張も無く、熱くも冷たくもならず、静かに変わりなくたたずんでいた。

 それは黒鋼檀の木製扉だった。


 取っ手に鍵が掛かっていたが、セタンタが力を込めると鍵が弾け飛び、取っ手が回った。

 黒い扉はゆっくりと開き始めた。



 扉の向こう側は、3階まで吹き抜けの広いダンスホールだった。


 円形の壁に沿うように上階へ続く階段があり、其々の階から直接このホールに入れる様になっている。

 セタンタが入ったのが、1階正面入口。

 2階と3階にも同じ様な黒鋼檀の扉があり、廊下から入ろうとしている炎をせき止めていた。


 建物の炎はこの部屋には一切入っておらず、木が炎に(あぶ)られて爆ぜる音も、燃えた絨毯から噴き出した煙も、ロビーとの境の扉を閉めるとピタリと止まった。


 玄関ホールの惨状に比べ、ダンスホールの中はとても静かだった。


 演奏用に置かれていた楽器も無事。

 パーティー用の家具や、展示されている白磁器や銀食器なども、外の熱の影響は無い様子。


 このホールにある窓からは、広い中庭が見える。

 地階の使用人室から吹き出した炎が中庭の植物を舐め回している様子が、ホールから良く見えた。

 中庭というより箱庭と言う方が適している造り。

 ガラスの天井まで設置してある所為で逆に換気が悪くなり、中庭の天井付近では白濁した煙が滞留して、炎の明かりを薄暗くしていた。

 中庭に面した窓は耐熱仕様らしく、中庭で暴れている炎も充満する煙も、ダンスホールには入って来ない。


 この部屋は建物全体の火事の影響から、完全に隔絶されていた。


 三階吹き抜けにあるドーム天井には、見事な装飾の巨大シャンデリア型魔導灯。

 壁沿いの階段と、2階3階の壁に沿った空中廊下には、古い燭台に偽装した連動式魔導灯。

 それらはまだ生きていて、セタンタが1階扉横の魔石に触れると、一斉に点灯した。


 人が一人も居ない事と、中庭の植物が激しく燃えている事を除けば、今すぐパーティーが開けそうな状態だった。


 セタンタが魔導灯を点けると、吹き抜け二階空中廊下にある扉の付近から、声を掛けられた。


 「お待ちしておりましたわ。セタンタ様」

 投げ飛ばした筈のクララベルだった。


 二階から屋敷に侵入して、ここまで来た様だ。

 此処の女性客の為に用意されていたドレスだろうか。

 肩と胸元を大きく開いた扇情的な青いワンピースドレスに着替えていた。


 「いかがでしょう?このドレス。

 貴方様のお気に召しますでしょうか?

 先程のドレスは少々汚してしまいましたので。似た物を探して参りました」


 コロコロと笑いながら、ゆったりと優雅に階段を降りてくる。

 彼女が後ろ手でゴトン…ゴトン…と音を立てながら鉄板を引きずっている事を除けば、これから魅惑的な男女のダンスでも始まりそうな雰囲気だった。


 そんな彼女をセタンタは、無表情、そして無言で見つめていた。


 「はぁ…お世辞の一つも言えないなんて…。

 相変わらず、殺したいくらいにそそるわねぇ…」

 クララベルが顔を歪ませて嗤った。


 壁に並ぶガラスブロック製の分厚い大きな窓を片方の手で撫でながら、クララベルはゆっくりと階段を降りてきた。


 ホールの窓から見える中庭にあるガラス天井もガラスブロック製のアーチ型天井。それを鉄筋コンクリート製の柱が支えている。

 密閉してあるのは天候に左右されない様に。

 雨でも台風でも中庭は綺麗なまま。

 …火事さえなければ。


 本来は、中央にある噴水が雨の代わりに中庭の植樹達を潤していたらしい。

 しかし配管が壊れたのか、現在、水は止まって涸れていた。

 お陰で火事の勢いを弱める事も出来ないでいる。


 今その中庭では、元気な炎が天然芝や植栽、植樹された木に巻き付きながら舌を出していた。


 噴水も消火設備も止まっている為に、抑える者が居ない中庭では、炎が好き勝手に暴れている。

 その長い舌で、時折ホールとの境の窓を舐めるなどのイタズラを繰り返しつつ、白濁した煙を天井に送り出していた。

 炎達の差し入れようとする舌先も、流し込もうとする煙も、耐熱ガラスの前では意味をなさなかった。


 本当は美しくて静かな『緑』と優しく涼し気な『水色』を映し出す筈の窓には、激しく攻撃的な『赤』と視界を塞ぐ『白濁』が踊り狂っている。


 「この方が美しいと思いません?

 一生懸命生きて、何も残さず死んでいく…理想的ですわ」

 表面が歪んだガラスブロックを通して、激しく揺れる炎を見ながら感嘆するクララベル。


 「炎が美しい事には同意しよう。

 王子の髪の色だしな」

 「…王子はどうでも良いのですけれど…。

 落ち着いた色彩より激しい色が私達にはお似合いでしょう?」

 クララベルは皮肉げに笑った、


 「しかし…すぐ隣がこの様な状況で、この部屋は大丈夫なのかしら?」

 クララベルは、可愛らしく頬に手を当てて首を傾げ、セタンタを上目遣いで見た。


 「ここは、この建物の避難施設(パニックルーム)だ。影響は無い。

 帝国の建築法令では、貴族の屋敷には必ずこの様な広間を用意するからな」

 彼女の仕草を完全に無視しながら、自分の剣の状態を確かめているセタンタ。

 片手で振り回しながら刃こぼれを確認していた。


 「流石は旦那様、博識ですこと。

 この建物はダンスホールが避難施設なのですね。センスが良いわ」

 クララベルは、ホールの広さや吹き抜けの高さを確認しながら呟いた。

 彼女も、大剣の振り具合を考えている様子。


 彼女のその言葉に、彼女から視線を外していたセタンタは突然振り向いて笑った。

 「貴様にこの建物の良さが解るとは驚いた。

 王帝陛下はとても多才で、建築設計もなさる。

 この建物は陛下の設計だそうだ。

 どうだ?陛下のセンスは良いだろう?」

 と、嬉しそうに応えた。


 「そうですわね…全て燃えて崩れ落ちれば、更に美しくなると思いますわ。

 貴方の首を持って、建物が崩れ落ちるまで踊り明かしましょう」

 クララベルはニタァと嗤って返した。


 ゆったりと階段を降りたクララベルは、片手でスカートの裾をつまみ、一礼をした。

 そして手をセタンタに向けて優雅に差し出し、口を開いた。


 「さあ、愛しい旦那様…

 女が求めているのです。相手をするのが礼儀ですわ。

 私と躍って下さいませ…」

 クララベルは妖艶に微笑んだ。



 

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