◆4-106 晩餐会 ダンスホール 挨拶〜序曲
第三者視点
少年が燃え盛る邸宅に辿り着いた時、黒煙と白煙と赤い炎を背に踊り狂う人影が見えた。
「やった!やったやったやった!!!
やっと逢えた!愛しい人!」
炎の前で踊り狂う『ソレ』は、身の丈を超える鉄板を振り回しながら興奮している、顔に包帯を巻いた少女だった。
元は綺麗な水色だったであろう彼女のワンピースドレスは、赤黒い線と水玉が無数に散りばめられ、見た者を不安にさせる様な柄に変わっていた。
彼女の周囲には騎士や兵士の装備品、そして馬具等が散乱していた。
周辺には『モノ』が散らかり、其処かしこに『水溜り』を作っていた。
その『モノ』と『水溜り』を、建物から噴き出す炎の『赤』が『紅黒く』照らし出す。
飛び散った『紅黒い斑点』に光が反射して、建物前の石畳は、レッドスピネルを散りばめた宝石の様に光り輝いていた。
元々、此処に何人居たのか、既に誰にも判らない。
『どれ』が『彼等』で、『どれ』が『騎馬』なのかも判らない。
盛大に炎上する建物を背景に、『ソレ』は、『水溜り』と『モノ』の中で楽しげに踊っていた。
その有り様は、地獄の宴を楽しむ魔女そのものだった。
「相変わらず悪趣味だな…チェル…」
普段のおっとりとした雰囲気とは、かけ離れた様子の少年。
冷たい声を発した彼は、第3王子リオネリウスの護衛であり側近でもある、セタンタだった。
「おう…!久しぶりだなぁセタンタ!
…おい、身体の優先権寄越せ。俺が遊ぶんだ」
「ちょっと!チェル!出てくんな!
この前はアンタだったんだから、今回は私の番よ」
「おいこら!奴は俺の獲物だ!」
「彼は私の彼氏よ!
彼の首を持って踊っても良いのは私だけよ!
チェルは銀の盆でも用意しておきなさいな!」
彼女は一人だったが、声は二人だった。
傍から見れば、一人二役をやって巫山戯ている様にしか見えない。
だが話す度、男声と女声が入れ替わり、表面の雰囲気も変化した。
「…もう正体を隠す気は無いのか?
なら、その汚い包帯を取ったらどうだ?
…クララ…クララベル=イメディング」
セタンタが、なんの感慨も湧かない様な声で話し掛けると、二人の言い争いはピタリと止んだ。
「良かった〜
この包帯、臭くて堪らなかったのよねぇ♪」
クララベルは、嬉しそうに包帯を剥ぎ取り、息を大きく吸い込んだ。
そして左足を軽く引き、スカートの裾を持って一礼した。
「今まで男装して暴れていた殺人鬼も、私だって判っていたんだね?
…これは、愛…と考えて良いよね?」
「…あれだけ証拠を撒き散らせば、馬鹿でも分かるだろ…?」
「うっせぇ!チェル!」
彼女は怒鳴りながら、手に持っていた大剣を足元の石畳に突き立てた。
石畳は、まるで豆腐の様に抵抗せずに大剣を受け入れた。
突き立てられた剣は垂直に立ち、血塗れの刃が炎に照らし出されて赤く輝いている。
刃先が地面に潜っているのにもかかわらず、持ち手の位置はクララベルの肩の高さにある。
剣の横幅は、その陰に彼女の身体を隠せる位に太い。
大剣ではなく鉄板と呼ぶ方が相応しい。
大人から見ても巨大な剣。
少女であるクララベルと並ぶと、その差が際立った。
「今までは宰相閣下の顔を立て、殺さずに見逃してやっていたのだがな…。
もう、お前の閣下はお前を助けてはくれないぞ?」
セタンタは彼女を睨みつけた。
その時突然、クララベルの瞳から涙が溢れて頬を濡らした。
「待って!違うの!
これは私の意思じゃないの!」
クララベルは髪を振り乱し、半狂乱になりながら泣き叫んだ。
「私の中のチェルターメンが、私を操って人殺しを…
私は嫌だったのに!私は嫌だったのに!」
両手の爪を頬に突き立て、皮膚を切り裂く。
「彼等の悲鳴が耳から離れないの…
助けて…助けてセタンタ…幼馴染でしょ…」
頬から血の筋が垂れ落ちて、まるで血の涙を流して苦悩している少女の様に見えた。
「また…あの頃の様に…私の手を取って助けてよ…セタンタぁ…」
泣きながら手を差し伸ばす彼女の様相は、後悔と絶望に悶え苦しむ少女にしか見えなかった。
「気持ち悪い…」
セタンタは軽蔑した様に『彼女』を見つめた。
「…………やっぱり?…だよなぁ?
気持ち悪いよなぁ!俺も気持ち悪いわ!
見ろよ、この鳥肌!背汗ブワァってなっちまった。
…でもな?結構効いたんだぜ?
ドレス姿で、顔を怪我した少女…ってなぁ」
彼女はケロッと雰囲気と表情を変え、男声で、笑いながら髪をかき上げた。
弧を描く彼女の口元は、邪悪な少年の様だった。
「誰に…効いたって…?」
セタンタは、目を細めて『彼』を睨み付けた。
「アハハハ!効いたんだよ!
操られている傷だらけの可哀想で可憐な美少女設定!
『俺』が包帯だらけの姿で泣き叫びながら、『助けて、助けて…』て言うとねぇ?
アイツら、簡単に『私』の間合いまで近寄ってくれたのよ?」
今度は、邪悪な少年から狂気を含んだ少女の表情に変化した。
「さっきまで私の事、警戒していた奴らがよ?
こんな大剣持ってる私にだよ?
『落ち着くんだ!大丈夫!助けてあげるから…』ってさ!笑えるでしょう?
明らかに『俺』が犯人だろーがよぉ?
脳みそ忘れてきたかぁ?
間抜け過ぎて、思わず笑いながら殺っちまった。
片手で笑いを堪えながら殺してたから、返り血でドレスを汚すなんて間抜けな事しちまったぜ…
あらあら…はしたなくてごめんなさい」
少年と少女の表情が、頻繁に入れ替わる。
黙って聞いていたセタンタの剣の柄が、少しづつ変形していく。
それは、クララベル『達』からは判らない程度だったが。
「だめねぇ…私ったら。
あら、そういえば…包帯だらけだったから、私が美少女だと判らなかったかしら?
冥土の土産に、わたくしの『ご尊顔』を『拝見』でもさせてやれば、彼等も少しは喜んで死ねたかしらねぇ?」
ニヤつくその顔は、少女ではなく、凶悪な大人の女性。
「…まあ、どうでもいい事よね。
どうせ散らかる肉と私の血に成るだけだしねぇ…
…死ぬ直前に喜ばせると、血の味って変わるのかしら…?今度試してみましょうか…?」
今度は、艶めかしい娼婦の様な表情に変化した。
彼女はゆっくりとしゃがみ込み、紅く濡れた大剣に頬ずりしながら、うっとりとしながら瞳を濡らした。
頬が色っぽく上気し、ねっとりと舌を動かして大剣に付いた血をゆっくりと舐る。
唇に付いた血を小指でなぞり、その『赤い口紅』を唇に塗り重ねた。
真っ赤な唇を薄く開いて、彼女は大剣に熱い吐息を吹き掛ける。
そしてセタンタの方に顔を向け、酔った様な瞳で彼を見つめた。
セタンタは一言も発さず無表情だったが、剣を握るその手の甲には、太い血管が浮き上がっていた。
彼は力が強すぎた。
その所為で、一体成型でない剣は簡単に砕け散る。
その為、彼の為に柄まで鋼で造られた特注品の彼専用の剛剣。
硬く、重く、頑丈。
だが、鋼で出来たその柄ですらゆっくりと潰れていき、持ち手部分に彼の指紋が刻み込まれていった。
クララベルは突然立ち上がり、後ろを向いた。
「コルセットがあると動きやすいのだけど、少し苦しいのよね〜。外しても良いかしら?」
そう言いながら、肩紐をずらしてドレスの背を開けさせ、コルセットの紐を彼に見せつけた。
「良いぞ?今すぐ外せ…」
酷く冷徹に応える。
「ねぇ…お願い。手伝って?」
そう言いながら彼女が背中に手をかけた瞬間、セタンタは距離を詰めて、彼の剛剣で勢い良く薙ぎ払った。
ガァァァン!!
鋼鉄に鋼鉄を打ち付ける音が響き渡った。
「早い早い〜、ゆっくり楽しみましょうよ?
せっかちな男はもてないよ?」
クララベルは、左手を大剣の柄に、左脚を大剣の腹に軽く乗せながら、地面に突き立てた大剣を盾にしてセタンタの剛剣を受け止めた。
目で追えない勢いで振るったセタンタの剛剣は、クララベルの大剣を石畳ごと吹き飛ばす勢いだった。
事実、彼は彼女の大剣ごと折るつもりで、自分の剛剣を叩きつけた。
しかし、彼女が片手と片脚で大剣を抑えつけただけで、その勢いを殺された。
石畳だったモノが粉々に砕かれ、大剣の刺さっていた場所は地面が抉れている。
それなのに、クララベルが体重を掛けて筋力で抑えた大剣は、変わらず地面に垂直に立ったままだった。
クララベルが下向きに立てている大剣の分厚い腹に、セタンタの剛剣の刃が喰らい付いた様に食い込み、微動だにしない。
ニヤニヤしながらセタンタの顔を覗き込むクララベル。
あと数センチで唇が触れ合う距離。
「絡みついて離れないってさぁ…私達みたいよね?
興奮しなぁい?」
「ふんっ!」
セタンタが息を吹き出し、両手で剣を握りしめた。
「おっ…おっ…?」
片脚を乗せたクララベルの身体が、大剣ごと浮き上がった。
セタンタは、腕の力だけで自身の剛剣の刃に食い込んだ彼女の大剣を彼女ごと持ち上げた。
そして、そのまま燃え盛る邸宅の方に向けて、その剛剣を振り抜いた。
十数メートルくらいの高さまで放り投げられ、クララベルは為す術なく飛んで行った。
「アハハハッ!!
すっっげぇ!流石は『わたくし』の旦那様ですわ!
デミも魅力的だけど、やっぱりお前だよなぁ!」
クララベルは、高く放り投げられながらも笑っていた。
彼女は、そのまま大きな邸宅の2階部分の屋根に激突して、建物の中に落ちていった。
地階+2階の屋根なので、実質的に、3階の屋根まで放り上げられました。




