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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
203/287

◆4-103 晩餐会直前 西門外での監視

第三者視点




 「う…ん…?」

 「何か、奴等に変化が御座いましたか?」


 西門上部通路、胸壁の間で双眼鏡を覗いていた男が、眉間にシワを寄せながら唸る。

 その様子を見て、横に居た男が心配そうに尋ねた。


 街道の西門出口から真っ直ぐに延びる橋の向こう岸を覗いていたのは、西門統括の警護兵長。

 その横で、石筆で板書をしている男は彼の補佐、警護副長。

 彼らの役目は、橋の向こう側にある広場の監視。



 平底大型船が、数隻同時に双方向ですれ違えるくらい余裕のある幅広の川。

 その川に、馬車が4列で並走しても、ぶつからずに渡りきれるくらいの、太くて長い橋が架かっていた。


 橋脚は巨石を沈めた上に建てられたコンクリート製。

 橋桁(はしげた)から上は木製だが、木や泥炭から抽出したタールで塗装された防腐処理が施されていた。


 その橋の中央付近の二枚の橋桁だけ可動式となっており、中型以上の船が通過する時に、橋桁同士を繫ぐ(くさび)と滑車の固定具を外す事で、巨大な橋桁ごと水面上に落とす事が出来る仕掛け。


 落とされた橋桁は、川の流れに沿って観音開きに開く。

 下で待機していた小型船の船頭が落ちた橋桁に乗り込み、橋桁に付いている(いかり)を川底に落とす。

 橋桁の四隅に繋がった滑車の鎖と落とした錨が、橋桁自体が流される事を抑える。


 事が済み次第、再び滑車を巻き上げて橋桁を橋脚の上まで引き上げ、楔を打ち込んで固定する。

 重さ数トンもある橋桁だが、複合滑車を複数台使用する事で、人力でも簡単に操作出来るように造られていた。



 平底なら大型船も通れる川に、多数の馬車が通過出来る様な大型の可動橋。

 それらに隣接する西門は、連日、船や馬車が行き交う重要な物流の拠点。


 川の西門(こちら)岸には、各貿易商会が保有・管理している倉庫が幾つも建っていて、土地のほとんどを占領している。

 その所為で、西大門から都市部へ入れない人達が仮設テントを建てられるだけの土地が無い。

 代わりに橋を渡りきった対岸側に、陣を敷ける広さの土地が用意されていた。


 「対岸のグラドゥス軍が動き出しましたか?」

 「いや…そうではない様だが…」


 対岸に設けてある広場で陣を張っている者達は、グラドゥス麾下(きか)、50名の騎士団。


 他の門に比べて数は少ないが、全員がドノヴァン自らの手で育てた精鋭達。

 数合わせの従騎士や、金で雇った傭兵騎士など居ない。

 幾つもの戦場で生き残った、一騎当千の(つわもの)ばかり。


 『グラドゥスの子、侵は野火・護は城塞の如し』

 対峙した敵は甲冑の紋章を見ると、そう言いながら逃げ出す。

 その(いわ)れは過言ではない。


 彼等の強みは、魔力でも魔道銃の腕前でも卓越した剣槍術でもない。

 長年の経験で培った、素早い判断力と相互の連携力。

 個人的な飛び抜けた強さは無いが、平均的な個々の力が揃っている。

 それが同時に動く時、彼等は何倍も強くなる。


 対岸で陣を構えているのは、従騎士も兵士も混ざっていない、お互いを知り尽くした古兵ばかり。

 幾度も戦場に出て、その度に帰還した者達。

 余計な者が混じると逆に戦力が落ちる事を知っているので、少数精鋭。


 幾度も蒸留を繰り返した酒のように、繰り返し選別されて生き残った騎士達は、一度動き出せばスピリタスの如く周囲を灼き尽くす。


 彼等の主が反乱を起こすという事は確定事項。

 彼等が、その主に従う事は火を見るより明らか。

 彼等の主が彼等に出していた命令は入手済み。


 彼等の目的は『西街区に潜り込んでのテロ』。


 街中で起きる混乱に乗じて侵入し、二手に別れて破壊工作と鎮圧を同時に行うマッチポンプ。

 門前で彼等を止めないと、大変な数の死人がでる。

 死人の数が大きければ王帝の信頼は地に落ち、同時に、鎮圧したグラドゥス軍とその一派に人心は集まる。


 兵長の横で見ていた警護副長は、緊張で喉が鳴った。

 彼は、他の門の状況と西門(じぶんたち)を比べて、思わず溜息をついた。


 魔獣の群れを相手する北門。

 騎士の大軍を相手する東と南。

 それらより数で劣る西門。

 だが、頭の悪い魔獣達や、新人だらけで経験が少なく、不意打ち・暗殺・仕掛け罠に弱い烏合の騎士団より、こちらの方が手強い事は分かっていた。


 東門と同じ様な罠も準備した。

 南門と同じ様な精鋭も準備した。

 しかし、それでも苦戦する事は容易に想像出来た。


 各個撃破も心理的陽動も恐らく無理。

 女も毒も罠もすぐに見破られる。

 50人が1つの巨人の様に動いて、作戦を遂行する。

 それは馬鹿な巨人ではなく、豊富な経験に裏打ちされた的確で正確な判断を下せる巨人。

 それを倒すには、圧倒的なの力での圧殺か、分かっていても対応出来ない威力の不意打ちのみ。


 防衛である以上、不意打ちは不可能。

 圧倒的な兵力差と、街壁の防御力を信じての籠城戦のみ。


 たった50人のグラドゥス騎士団を抑える為に、西大門は300の警護兵に護らせ、200の騎士が街区で警戒し、50の諜報員を市街にある複数の行政建造物に潜ませていた。


 警護兵は常時の6倍、街区防衛の巡回騎士や諜報員に至っては、常時の10倍の数。

 過剰とも言える戦力を、大量の防衛予算を消費して掻き集めた。

 警護予算の分配を決める兵長会議で、西門の兵長がもぎ取った。

 だが誰からも文句は出なかった。

 皆、グラドゥス兵の怖さを十分に理解していたから。


 「こちらにも相応の被害は出るだろうな…」

 警護兵長が隣で呟いた。


 「せめて…セルペルス様の助力があれば、私の心胆への負担も和らぎますが…」

 警護副長は溜息を吐いた。

 無い物ねだりだとは分かっていても、口をついて出る。


 「それは無理な事だ…。

 彼女の『友人達』から重要度の高い情報が入ったそうだからな。

 あの方は、より危険度が高い方を選ぶ。

 グラドゥス騎士団なんぞ、彼女からしたら注視するに(あたい)せんらしい…」

 兵長は自嘲気味に笑った。


 セルペルス中佐ことリリンは、彼女の『友人達』が入手した情報に従って行動する。

 部下や仲間は居るけれど、彼等はあくまで補助的な存在。

 彼女は、彼等以上に信頼している個人的な情報網を所持している。

 そして、それは常に何よりも正しい。


 『烏合の魔獣の群れの中、特段に危険なヤツが混じっている』


 それを聴いた彼女は、極々一部の魔獣を警戒して北門の防衛軍に加わっていた。



 この門特有の足止め罠も用意してあるが、対岸の様子を見る限り、その対策もしてある事が判る。


 「対岸の舟に…変化はないな…」


 兵長は、対岸の藪の中に隠してある『舟』の数を確認した。

 正確に言えば、『舟』は見えない。

 見えているのは不自然な茂みの様子。


 グラドゥス騎士団は、例え自分達の反乱の情報が漏れていたとしても、西門を通過出来る様に準備していた。


 彼等は、橋が渡れなくなった時の為、亀の甲羅の様な覆いが付いた黒くて小さい舟を複数用意していた。


 舟は闇夜に混ざる『黒色』だが、明るい昼間は逆に目立つ。

 なので、陸に上げて腰丈まである草の中に舟を隠していた。


 笹薮の倒れ方や、ガマの穂の傾きの様子から、舟の数の見当をつける事は容易。

 茂みの様子が昼間と変化していない事から、舟は動かしていないと考えた。


 「舟に変化が無いなら、一体何を気にしてらっしゃるので?」

 警護副長は話しながら、現況報告用の板書を仕上げていく。


 「いつもより…篝火(かがりび)の点火が遅い。

 昨日までは、今時分には点灯を始めていた」

 兵長の言葉に、副長もハッとして目を凝らした。


 日はほとんど落ちている。

 暗さに慣れている自分達でも、周囲が見辛くなっている。

 自分達の周りでは、部下達が投光器に灯りを入れ始めていた。

 なのに、対岸の陣地では、未だに一つも篝火が灯らない


 「確かに…誰かに様子を見に行かせますか?」


 「ルコック様にお知らせするべきか…?

 それとも、予定通りに作戦を遂行するべきか?」

 兵長は、周囲に聞こえない様に自問自答した。


 彼らは古馴染みの警護兵員だが、同時にルコックの部下の諜報員でもある。


 そう呟いた直後、兵長は、対岸から橋を渡って西門(こちら)に向かって来る『何か』に気が付いた。




 

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