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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
202/287

◆4-102 晩餐会 カルヴァート・トラップ

第三者視点




 初めに気付いたのは、開放した部屋の一つで休憩し(サボっ)ていた従騎士だった。


 「ちっ…くだらねぇ…。

 まさかウェルギットの馬鹿当主…本当に反乱なんて面倒くさい事をするなんてな…。

 宰相や陰険王子のどこが良いんだ?

 王帝が陰でどんな悪事をしてようが、今が平和なら良いじゃねえか…」


 彼はブツブツ言いながら酒瓶に口をつけた。


 ド…ン……

 遠くの方から爆発音が聞こえてきた。


 「また何処かの扉を壊したのか?元気な事で。

 ……ちっ…隊長達も隊長達だ。

 馬鹿な主人が馬鹿な事をやったら、諌めるのが騎士だろうがよ…

 こちとら巻き込まれて迷惑だ!」


 彼は押収品の箱と箱の間に隠れて、箱の中にあった蒸留酒を飲みながら、くだを巻いていた。


 彼は、地方行政役人を輩出している土地無し準男爵家の5男だったが、頭が悪くて役人には成れなかった。

 幸い、身体が大きくて多少の魔力もあったので、騎士の中でも下級だが、従騎士としての仕事が出来た。


 『従騎士』とは表向きの言い方。

 彼は何処かの家の見習い騎士等ではない。


 実際は、頭数の足りない貴族家に入り、対価を貰ってその家の家臣のフリをする派遣騎士。

 戦力として期待されている渡りの傭兵騎士では無い。

 派遣騎士も傭兵騎士も外聞が悪い為、見習いと同列の『従騎士』として一纏めに呼ばれている。

 

 金持ちが見栄を張りたい時や、緊急時に人手が足りない時、敵対する相手を威圧したい時の頭数等、その時々に様々な家から依頼されて引き受ける。

 そして彼等は、その家が用意した紋章入りの装備品を身に着けて、表向きはその家、若しくは、その派閥に所属する騎士の振りをする。


 彼の実家はウェルギット家に金を借りていた。

 彼は借金の対価として派遣されていた。


 「何とか誤魔化して逃げ出さないと…家の借金の形に雇われただけなのに、ウェルギット領なんて何にもないド田舎に閉じ込められちまう…。

 街中にさえ入れれば町民に紛れて逃げられるかもしれないが…通用門も見つからねぇ…」


 半分腐りかけたライムを囓る。

 彼は思わず顔をしかめた。

 酸っぱさの中に、気持ちの悪い甘さと苦さが混じっていた。


 「このまま家の為に死ぬのも、一生田舎に閉じ込められるのも真っ平だ。

 どうにかして此処を抜け出さないと…」


 顔を上に向けて酒瓶を持ち上げた。

 その時彼は、積み上げられた木箱の向こう側、薄暗い部屋の端で、何かが光っている事に気が付いた。


 彼は酔った瞼を擦り開け、光の原因を見た。

 それは、細い火の帯だった。


 「ん…?

 灯明皿から油が(こぼ)れたのか?」


 その火は部屋の外から続いていた。

 火は決まった道順に従うかの様に静かに、しかし素早く進み、積んである荷物の裏側に回り込み、木箱の中に入って行っていた。


 彼は酔いのせいで頭が回らず、何が起きているのか理解出来ていなかった。


 「中には酒と食料しか無かったよな…?

 後は…枯れた草…あれ…?

 何で…枯れた草をわざわざ保管してんだ…?」


 彼がぼーっと見ていると、箱の中からゆっくりと煙が出てきて、細い線が立ち昇っていった。


 「ああ…やべぇ…火事になる…。

 いや…此処は石造りなんだから、火事になる筈無いよな?」


 ゆっくりと立ち昇った煙が段々と部屋に充満し、(あふ)れた煙は通路へと出て行った。


 「…あ、見てないで…報告に行くか…?

 いや…面倒くせえから放って置くか?」


 そう言いながら、立って歩こうとした彼の足に何かが引っ掛かって転んだ。

 手で庇う暇もなく、石畳に顔を打ち付けて鼻血を出した。


 「ぶっ…クソっ…なんだ?」


 足元を見ると、自分の足に反対側の足が引っ掛かり、転んだ様だった。

 彼はゆっくりと仰向けになりながら、鼻を擦った。


 「ああ…くそ…

 流石に飲み過ぎたか…?

 …天井が…回る…気持ち悪ぃ…」


 彼の意識はそこで途切れた。



◆◆◆



 「まだ破壊出来んのか!?」

 最上階で必死に作業している部下を、階段の踊り場から背伸びをしながら覗き込みつつ怒鳴りつける中隊長。


 「も…申し訳ございません…。

 金物の補強が存外頑丈でして…」


 狭い通路の中で身を屈めながら、街壁最上部へ繋がる扉を破壊しようと頑張っている騎士の顔は、汗と埃で黒く汚れていた。


 「…そう言えば、粘土火薬とやらを見せびらかして自慢していたヤツが居たな…。戻って貰って来るか?

 いや…借りを作ると後で何を請求されるかわからん…。

 あの下品な奴に使い方を教わるのも(しゃく)だしな…」



 この場所は他の所よりも通路が狭く、破壊作業に2人以上は入れない。

 扉自体も、大人が屈んで通り抜ける小さな物。

 圧縮魔術式による破壊を試みたが、補強金具が木の扉をガッチリ抑えているので、木に亀裂が入ってもバラバラにはならなかった。

 今は、補強金具の間にナイフを挿し込んで、捻じ曲げて外そうとしている。


 最上部で待ち構えている筈の警護兵達を倒す為に、階段に呼び集めた騎士達。

 しかし、階段自体は下の通路よりも更に狭い。

 その為に、身体の大きな騎士達が階段の途中で渋滞を起こし、中隊長達は身動きが取れなくなっていた。


 「くそ…工作兵が居れば…」


 騎士は力づくの破壊なら出来るが、解体は専門外。

 単純な木製扉なら兎も角、破壊防止を目的に作られた物の解体には四苦八苦していた。


 そうこうしている内に、階下の方で騒ぎ出す者がでた。


 初めは、全く動きの無い事への苛立ちから、部下達の間で喧嘩でも始まったのかと思っていたが、なにやら様子がおかしい。

 壁を激しく叩く音や奇妙な笑い声が、狭い石造りの通路の中を反響し、最上階近くに居た中隊長の耳にまで届いた。


 「何だ!何事だ!報告せよ!」

 中隊長が声を目一杯張り上げたが、階下の騒ぎがどんどん大きくなり、彼の声は途中で掻き消えた。


 焦った騎士が様子を見に行こうとして、下の者を押した。

 いきなり押された者がドミノ倒しの様に倒れ、更にその下の者…と、次々に階段から足を滑らして倒れていった。


 「何をやってる!情けない!

 早く立ち上がらんか!」


 倒れていた者達が立ち上がろうと藻掻くが、なかなか立ち上がれない。

 倒れた際に壁に掛かっていた灯明皿が幾つも落下して、ほとんどの火が消えた。

 明かりが消えた中、騎士達のうめき声が狭い通路に反響していた。


 「う…く…臭い…なんだ?」

 中隊長は思わず鼻を抑えた。


 階下の怒鳴り声や笑い声、金属を壁に叩きつける音がどんどんと大きくなっていく。

 倒れていた騎士達は、なんとかして立とうとするが、その度に藻掻いて転ぶという、変な動作を繰り返していた。


 「まずい!毒か!?」


 階下を見下ろす隊長の後ろで、扉の破壊作業をしていた騎士の倒れる音がした。



◆◆◆



 司令室では、大尉と側近達が大門制圧後の行動予定を立てていた。


 「大尉殿、大変です!」


 会議の場に、倉庫内で代用部品の捜索をしていた騎士が慌てて飛び込んで来た。

 大尉達は一斉に顔を上げて、彼に注目した。

 彼は、鼻から血を流していた。


 「異常事態です!」

 「落ち着け。何があったのだ?」

 大尉は冷静に聴き返した。


 息を整えた騎士は、飛び込んで来た経緯を説明した。


 彼の部隊が倉庫内で機械室の代用部品を捜索していた時、いきなり複数の木箱から煙が立ち昇った。


 爆弾でもあったかと避難して警戒していたが、特に煙が出るだけで何も起きない。

 おかしいと思いながら首を傾げていると、仲間の一人がいきなり笑い出した。

 一体何事だ…と肩を掴んだら、いきなり暴れ出して顔面を殴られた。

 彼の鼻血はその時のものだそうだ。


 他の仲間達が暴れる騎士を取り押さえたが、他にも突然倒れる者や嘔吐する者が出始めた。

 これはまずいと思い、急いで司令室まで駆けて来たそうだ。


 「ここに来る途中、幾つもの部屋の中で争う声や笑い声がしてました…」


 報告を聴いて、大尉達は顔を見合わせた。


 「いきなり目の前で煙が発生したのか?

 何か…前兆は無かったか?」

 側近の一人が口を開いた。


 「そう言えば…此処まで来る通路の隅で、火が線の様に燃えていました。

 てっきり、誰かが灯明皿の油を溢しながら歩き、そこに火が着いたのかと思ってましたが…」


 その言葉を聞いて、大尉達は部屋の隅に目を遣った。

 視線の先には、ほんのりとした薄暗い火が導火線の様に繋がり、部屋の隅に積み上がっていた木箱の後ろに入っていっていた。

 既に、木箱の端からは薄くて細い煙が立ち昇っていた。

 部屋の中に甘ったるい刺激臭が拡がり始め、報告に来た騎士がいきなり膝をついて倒れた。


 「退避!!!」

 「動ける者は壁の外へ退避しろ!」


 大尉と側近達は、それだけ言うと部屋を飛び出した。

 命令が聞こえたのは、すぐ外の通路に居た数名の騎士だけだった。

 彼等は、大尉達に続いて走り出した。


 「通路にはまだ拡がりきってない!早く逃げろ!」

 大尉は声を張り上げた。


 「あの臭いは知っていたのに…!

 思い出せていれば、もっと早く退避命令を出せたのに…!」

 側近の一人が悔しそうに述べた。


 「あれは何の毒だ!?」

 大尉は走りながら聴いた。


 「あれは麻薬です。

 以前勧められましたが、体質に合わず、気持ち悪くなり止めました」

 側近は鼻を抑えたまま答えた。


 「やはり罠か!

 最初から、おかしいと分かっていたのに…」


 入り易かった入口。

 もぬけの殻だった街壁内通路。

 躊躇せずに奥へ行けるように、通路を照らしていた灯明皿の火。

 全員が突入しきるまで続き、突入した後にすぐに止んだ矢の雨。

 見つけ辛く、破壊し難い出口。

 全て大門街壁内という密室に、獲物を速やかに万遍なく送り込み、そこに一定時間留まらせる罠。

 そして薄暗い通路は、油の導火線を隠す為。


 防衛の為の石造りである以上、最低限の通気口を除いて窓は無い。

 毒煙でも麻薬の煙でも同じ。

 一度発生すれば換気は難しい。


 「煙の所為で、目眩が酷い…」


 大尉達は千鳥足になりながらも、入った通用門から静かに抜け出た。


 「敵は見えんが…音は立てるな」

 小さく囁き、警戒を促す。


 丈の高い草の中を身を屈めながら進み、馬の係留場まで辿り着いた。

 音を立てない様に静かに紐を解いて、ふらつく頭を馬の身体に擦り付ける様にしながらも、何とか背に跨がった。


 「生きて出られたのはこれだけか…」

 大尉は、馬の首にもたれ掛かりながら部下の数を数えて落胆した。


 「今は生き延びる事だけを考えましょう…

 最悪、ハシュマリムに逃げ込めば…」

 「くそ…

 ご主人様…サイアス=ヴェルギット様、申し訳御座いません…。

 役目を果たせぬまま退避する私をお赦し下さい…」

 大尉は、涙を流しながら小声で懺悔した。


 大尉を背に乗せた馬は、闇夜を静かに走り出した。


 子爵と共に首都に辿り着いた日は、300頭近くの馬を揃えて警護兵達を威圧した。

 しかし、帰る馬は10頭にも満たなかった。



◆◆◆



 「くそ!後詰めはまだか!?

 大尉殿の援軍はまだ来ないのか!」

 相手の槍を切り落としながら、中隊長が怒鳴った。


 初めに通用門出口を吹き飛ばして、街中に飛び出した部隊は数十人の警護兵達に囲まれていた。

 騎士と兵士、力の差はあったが、数の差で圧倒されていた。


 「とっくに司令室に連絡が行って、仲間を連れて戻って来ても良い頃なのに、何故一人も来ない!」

 中隊長は叫ぶが、答える余裕のある部下は一人も居なかった。


 持っていた魔道銃も弾を撃ち尽くし、今は剣で応戦している。

 対して、警護兵達は槍衾(やりぶすま)を展開し、彼等を威圧していた。

 状況は膠着していたが、決着は見えていた。


 ドン!

 その時、魔道銃の発砲音が響き、騎士の一人が盾を落とした。

 その隙を逃さず、警護兵の槍が彼を一斉に貫いた。


 「援軍は来ません」


 一人の警護兵が、魔道銃に弾を込め直しながら中隊長に話し掛けた。

 東門が閉じる前に騎士達と言い争い、相手を突き飛ばしていた、あの兵士だった。


 「な…貴様…兵士ではないのか!」


 兵士の様な魔力の低い者は魔道銃は扱えない。

 しかし、彼は弾丸を飛ばせるだけの威力の圧縮魔術式を難なく行った。


 「私が兵士だろうが騎士だろうがどうでも良い事。

 重要なのは、街壁内のネズミ達は全滅しているという事実です…」


 そう言いながら、再び発砲した。

 また一人、盾を落とし、その隙に槍が突き立てられる。


 「全滅だと?そんな馬鹿な!」


 再び発砲音がして、またひとつ、中隊長を護っていた騎士が消えた。


 「事実を受け入れなさい。諦めた方が楽ですよ?」

 淡々と、弾込めをし直す警護兵。


 その銃口が中隊長の眉間に向いた時、彼の怒声が響き、すぐ後の銃声で静かになった。



 


 

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