◆2-7 平民のギフテッド
クラウディア視点 主人公なのに初めて…
聖教国国立サンクタム・レリジオの入学試験が始まった。今日は貴族校舎の希望者のみの試験日だ。
「うわぁ!人がいっぱい!」とパックが叫ぶ。
「うわぁ…人がいっぱい…」とルーナが項垂れる。
「うわぁ…お金がいっぱい…」とジェシカが呟く。
「ジェシカ…あれは貴族よ。金貨程の価値は無いわ」と私が突っ込む。
「クラウディア様もなかなかに辛辣ですわね」と、サリーが困った顔で話す。
私達は学校から届いた手紙を受付に渡して受験登録した。
受験料はエレノア様が既に払っていた為に、私達は問題なく通過し、受験を受ける講堂に移動した。
講堂へ続く通路の途中にいくつかの教室があり、保護者や同行者は試験中、その部屋に待機している事になっていた。
待機室前でサリーは
「皆様の実力なら心配はしておりません。…しておりませんが、お嬢様と離れる事に対して、私が緊張しております」と、緊張している様子は全く見せずに言うと、「皆様、お嬢様を宜しくお願い致します」と、片足を引き腰を屈めて両手を胸の前で交差させる、教会風の挨拶をした。
「任せて下さいませ、ルーナは私が守りますわ」とジェシカが片足を引きスカートを摘む、貴族令嬢風の挨拶で返す。
「あー! ズルい! ルーナは僕が守るんだ!」と、パックが飛び回る。
クスクスと笑いながら、ルーナが、
「サリー……サラメイア、ありがとう存じます。行って参りますわ」と、力強く答えた。
◆◆◆
講堂に入ると、講堂内に居る人の数が、外に居た人数とは比べ物にならないくらいに減っていた。
ジェシカが「???」みたいな顔をしていたので、私は、
「外に居たのはほとんどが、ここに来ている貴族の側仕えや護衛達よ。高位貴族は最低でも5〜6人程度の供回りを連れているものよ。受験生以外は、待機教室か外で待ってるのよ」と、説明した。
ジェシカが、なる程と手を打った。そして、ボソッと「一人では何も出来ないクソガキ共め…」と、毒づいた。
私は、「貴族としては、私達の方が異端なのよ」と苦笑した。
講堂内は20人程度しか居なかった。
ここに居るのは、貴族の令息令嬢ばかりなので、一人になるのが不安なのか、キョロキョロと周りを見回している。
その中に、貴族の服を着ているのではなく、貴族の服に着られている感じのする少年が居た。
余り手入れのされていない茶色い髪がどうしても目につく、青目で雀斑のある少年だった。
貴族服は着ているが、良くても下位貴族にしか見えない。いや、やはり貴族服を着ているだけの平民にしか見えない。
「…あの子…」と私が呟くと、デミがそちらを見て、
「平民?ギフテッド…?」と呟く。私は「ええ…」と返した。
…全く教育されてない様な…。仮の貴族籍ではないわね。『売られた』子供かしら?
平民にも、女神のギフトを授かる者『ギフテッド』は当然産まれる。
ほとんどのギフテッドは膨大な魔力と引き換えに、何か『不足』がある。
貴族なら何かしらの『不足』があったとしても、お金や権力で解決出来る。そして、聖教国ではギフテッドは重宝される。
しかし、平民だとギフテッドという事が生活の足枷になる。
普通の人にあってギフテッドには無い『何か』の為に、平民がやるべき仕事が出来ない事が多い。
また、『膨大な魔力』は、魔石の買えない平民にとっては、むしろ邪魔でしかない。抑えの効かない暴走列車みたいな物だから。
だから、お金のない平民は子供がギフテッドだと分ると、貴族に『売る』。
貴族は、売られた子供を洗礼式前なら自分の子として、洗礼式が済んでいる時は、養子として教会に登録する。
物心つく前にギフテッドと分かり売られた子供はまだ幸せだ。産みの親を忘れられる。
しかし、洗礼式を過ぎた辺りでギフテッドと分ると悲惨な事になる場合が多い。
ほとんどの普通の親は、好き好んで我が子を手放す訳では無い。そして、親と離れる事を喜ぶ子供は更に少ない。
過去には離れる事を厭って親子心中した事件もあった。
『売られた』子供達は平民の世界から、いきなり貴族の世界に放り込まれる。
家族で食卓を囲む事が普通である平民から、礼儀作法を覚えるまで一緒に食事をする事も出来ない貴族へ。
家族団らんが当たり前の事である平民から、朝の挨拶と寝る前の挨拶でしか、新しい家族と話す事のない貴族へ。
突然世界が変わる事になる為に、心を病んで自死を選ぶ子も居る。ただ、それをすると元の家族に迷惑が掛かると考えて、我慢して貴族になる努力をする子も居る。
これが平民であっても富豪ならば、一代限りの仮の貴族籍を資金を使って取得し、貴族籍が必要な仕事に就かせる事が出来る。
生活も元々、貴族に近い暮らしだった者がほとんどなので、貴族服を違和感無く着こなすし、髪や肌の手入れも怠らないので、一見、貴族か平民かは見分けがつかない。
しかし…
…あそこに座っている子は、遅くに引き取られて、我慢して自分自身を貴族生活に適応させている途中の少年なのかしら…?
…ただ、貴族が引き取ったにしては、身だしなみも貴族教育も全くされてない感じね…昨日引き取った平民に取り敢えず貴族服だけ着せました。という感じに見える。
…『売られた子』とは何かが違うのよね…
◆◆◆
講堂に教師らしき貴族女性が入って来た。
その女性が指示を出すと、使用人達が受験生の席に羊皮紙とインク壺とペンを置いて行く。
皆は大丈夫だろうか?と見回すと、ルーナが大きめの魔石をギュッと握って耐えていた。近づいて来た使用人を吹き飛ばさないように。
貴族女性が「皆様、お揃いですね。私が今回の入学試験の担当を務めさせて頂きます。…それでは皆様、入学試験を開始致します」と宣言した。
入試担当の女性が、講堂内に良く通る声で、
「これから問題を読み上げます。答えだけを書き込んで下さいませ。複数回読み上げますが、聞こえない場合は手を挙げて下さいませ」と言い、読み上げ始めた。
「問1………」
結果から言うと、全く問題にもならなかった。
事前の通達通り、小等部の応用問題程度までしか出なかった。
デミ、ジェシカ、ルーナ達も、高等部迄の勉強が終わっているので、簡単過ぎた様子だった。エレノア様のスパルタ教育のお陰か…
羊皮紙を集め終わった入試担当の女性が、
「この後は魔力検査を致します。皆様、出来るだけ動きやすい服装に着替えて来て下さいませ。
準備が出来ましたら、中庭に集合して下さいませ。」と言う。そして、
「因みに、魔力検査の結果は試験結果には関係ありません。今受けずに入学後に受ける事も可能です。
その場合は、入学編成後のクラス再振り分けとして、所属クラスが変更される事がございます。そちらを希望する方は、受付に申し出てお帰り下さいませ」
と言って、講堂から出ていった。
今回、私達は入るクラスが決まっている。エレノア様の仕込みで。
…途中でクラス変更の疑義が出るのは不味いから、4人全員、今のうちに魔力検査を受けなきゃならないんだよね…
◆◆◆
魔力検査の方法は『検査器』という魔導具を使う。
検査器の左右にそれぞれの手を乗せる魔石があり、そこから中心に向かって回路が出ている。
その回路の中心に魔導灯があり、触れた人の魔力の強さで明るさが変わる。それだけの単純な魔導具。
単純過ぎて、誤魔化しが効かない。
私の作った魔導ランタンみたいに魔力出力を調整する機能は無いから、意図的に魔力量を多く見せたり少なく見せたり出来ない。
検査魔導具は、光の強さで、
王族レベル、 貴族レベル、 平民レベルの三段階に分け、更に明るさの物差しを使いそれぞれの上中下に分けられる。
ギフテッドは最低でもレガリアスケールから。
中には検査器の魔導灯を簡単に破裂させる者もいる。
…うちのデミちゃんやルーナみたいに…
魔力のある無しでは学校での評価は変わらないが、野外実習や剣・槍術指導、魔道銃等の授業の指導方法や、目指す国家資格に関わってくるので、クラス編成や学生指導の観点から学校側は把握をしておきたいらしい。
…ギフテッドには別の理由もあるんだけどね。
ギフテッドの生徒は、必ず検査器の魔導灯が壊れても、教師や他の生徒の前で検査をさせる。
周囲にギフテッドだと見せつけるのが目的だ。
それは事故の回避と責任問題。
ギフテッドである事を周囲に知らせる事で、不要な接触や衝突による『意図的な事故』を防げる。
学校側は『予め、ギフテッドだと教えておいただろう!手を出したお前が悪い』という逃げ道を用意する為だ。
…問題になった場合は、トラブルの相手によっては国際紛争に発展する事もあるからね。
同時に、足りない『何か』も問題になる。
『何か』が他者の目に見える物なら良いが、精神的な物だと周囲には分からない。
分からないから、知らずに逆鱗に触れてしまう事もある。
その為、ギフテッドの能力と、足りない『何か』を周知させるのだ。
問題が起きた時、どちらにより多くの過失があるかをはっきりさせる為に。そして、学校に責任が及ばないようにする為に。
…それに本当に危険なギフテッドは、そもそも外国に出さないから、この学校に来ている外国人のギフテッドは本国からは軽く見られている子達、と言う事でもあるのよね。
ただし今回は、ルーナは兎も角として、デミちゃんがギフテッドだとバレると、色々と不味い。
その為、事前にエレノア様と相談して仕込みをしておいた。
◆◆◆
受験生全員が着替えて中庭に出てきた。
魔力検査は、担当が男性教師に交代していた。
他にも、複数の教師が出てきた。皆、馬上用や武術指導用の身軽に動ける服を着ていた。
…過去に何があったか、想像つくわね。
被害が及ばないように離れて、窓から覗いている教師や生徒も居る様だ。
…一応、皆も知っておきたい事だろうし…
担当教師が一人ずつ名前を呼ぶ。
呼ばれた子達は、ほとんど私達と同じくらいの年の様だ。
…大学部と違い高等部だから、大人になって入り直す貴族は少ないだろうしね。
平民校舎なら結構居るとは聞いてるけど。
呼ばれた子達の家名は大体が聖教国民だけれど、中にはハダシュト王国やテイルベリ帝国…聞いた事のない家名の子も居る。
…何処の子だろう?
ほとんどの子達は貴族レベルを出した。中には王族レベルを出す子も居た。…ギフテッドではないの?…要チェックね…
「次、ジェシカ=パシス=バルト」
ジェシカが貴族令嬢っぽく、ゆっくりと歩いて前に出る。
そして、彼女が検査器の魔石部分に触れる。
…魔導灯が強く光る。
貴族レベルの上位だった。もう少しで王族レベルに到達しそう。
…成長したなぁ…ちょっと感動。
この娘は私が育てた!、なんて言ってみる…違うけど。
「次、クラウディア=ガラティア=ヨーク」
…私の名前が呼ばれた。憂鬱。
「はぁ…」と溜息をつきながら前に出て、諦めて両手を検査器に乗せた。
周囲がざわつく。
…知ってる。知ってるよ…この嫌な感じ。
検査器は、ほとんど光らなかった。
平民レベルの下の更に下の方だ。
担当教師に、
「ま…まぁ、気にするな!学校ではあまり関係無いからな」と、励まされる。
担当教師の顔が、『どうやって励ましたらいいんだ…』と困った顔になっている。
…励まされると傷が深くなるよね…悲しみ…
ジェシカが「大丈夫?」と聞いてきた。
私は、「慣れてるから…」と返事した。
周囲の子達から、憐れむような蔑むような何とも言えない視線が刺さる。
魔力の強さが貴族の価値と思っている貴族は結構多い。
だから私を見ると、平民貴族だの似非貴族だのと蔑む者も多い。
…表情筋と感情が死んでいると言われている私でも、流石に辛いのよ…
…どうせ、噂になるのでしょうけどね…
「次、イルルカ=スペビア=メディナ!」
さっきの授業で目を付けていた少年。平民のギフテッドかな?と話していた子だ。
…左脚を引きずっている。代償は『左脚』か?
名前が呼ばれると、周囲がざわついた。
メディナ家…メディナ公爵家。
傍系王族メディナ公爵家、この国で知らない者は居ない。
イリアス枢機卿の家だ。
…私の情報ではメディナ家に、このような少年は居なかった筈だ。
試験直前に引き取ったのかな…?
少年は担当教師に「触れても…いいですか?」と聞くと、教師は「触れてくれないと検査にならないからな」と返した。
少年は覚悟を決めて、ゆっくりと検査器に手を伸ばした。
彼が検査器に触れると・・・突然、機械が爆発した。




