◆4-99 姦しい窮鼠
第三者視点
「そこに居るのは誰だ!」
突然声を掛けられて、フィングリッドと隊長は驚き振り返る。
部屋の入口に立っていたのはフィングリッドと同じ群青色の髪の男性だった。
年齢はフィングリッドより、やや歳下に見える。
「ああ…お前か、フィン…」
「…兄上…」
フィングリッドは、彼に聞こえないように舌打ちした。
「こんな処で何をしている?
…ああ、成る程…」
兄と呼ばれた男は、フィングリッド達の後ろの隠し扉に目を遣り、ニヤニヤと笑った。
「エーギル家の跡取り息子か…。
やはり兄弟、笑い方がそっくりだな…」
隊長は思わず呟いた。
フィングリッドは隊長に冷たい視線を送った後、彼の方を振り返り、口を開いた。
「兄上こそ…この様な場所に何の用で?」
フィングリッドは、出来るだけ感情を殺しながら尋ねた。
「なに…久し振りに、帳簿の確認がてら食事に来たのだが…。
丁度運悪く、食事の最中にゴロつき共が店に乗り込んで来てな…」
彼は部屋の扉に鍵を掛けながら、この部屋まで来た経緯を簡潔に説明した。
ゴロつき共が言うには、
『俺達の金を盗んだ女がこの店で働いている。
お前達がそいつを匿っているのは知っている。
探させて貰うぞ』
そう言って、店に無理矢理入り込んだ。
「官憲を呼びに行かせたが、いつ来るかわからん」
下では警備員がゴロつき共を抑えている最中。
だが既に何人かが入り込み、建物内を勝手に捜索しているらしい。
「官憲なら鼻薬も権力も効くが、ゴロつき共相手では弱みにしかならん。
この部屋を見られるのは良くない。
奴等に強請るネタは提供したくないのでな…」
彼は店の者に宿泊客を裏口から逃がす様に指示して、隠し通路を通って此処まで来た。
ゴロつき達が、この隠し部屋に忍び込んでいないかを確認しに来たのだそうだ。
「フィン…そっちの隠し扉も鍵を掛けておけ。
万が一間違えて、こちらに避難して来る客に混じって、ゴロつき共に此処に入られては困る」
フィングリッドは、隠し扉に鍵を掛けずに兄に近寄った。
「兄上に…この様な場所で遭えるとは重畳」
口では嬉しそうに言うが目が笑わず、口角は上げていても無感情。
隊長は何か嫌なものを感じた。
「父上はご壮健でしょうか?」
「うん…?何を言っている…?
早く、来た道を閉じろ」
二人の言葉は噛み合わない。
しかし何か違和感を覚えたのか、彼の兄は一歩後退った。
しかし、逃げる事を許さないと言うかの様に、フィングリッドは兄の襟を掴んだ。
ドン…ドン…ドン…
丁度その時、外で魔道銃の銃声が聞こえた。
何発も、お互いに撃ち合う様な音。
隊長は一瞬、音のする方向に目を向けた。
フィングリッドは、彼の襟を引っ張り引き寄せると、懐から魔導銃を取り出して彼の胸に押し当てた。
そして、すぐさま『引き金』を引いた。
ドン!
部屋中に圧縮魔術式の破裂音が響いた。
「ぐ…フィン…なに…」
胸を抑えながら倒れる兄。
「フィングリッド殿!一体何を!?」
隊長が思わず叫ぶ。
「私は間抜けが嫌いなのだ。逃走経路を潰しおって…」
フィングリッド達がこれから逃げ出そうとしていた通路が、表の料理店等とは隔離された隠し通路。
その通路を、彼の兄が逆に辿って、この部屋まで来てしまった。
「相手は諜報部員だ。
この阿呆の後を尾行しているだろうよ。
幸い、この扉は爆弾でも簡単には壊れない黒鋼檀。
鍵さえ掛けておけば奴等は入れん…が…」
フィングリッドが言い終わらない内に、部屋の外からドアノブをそっと動かす気配がした。
ただ、鍵が掛かっていた為に、扉が開く事は無かった。
「我々も、ここから出られなくなった…と。
しかし、エーギル家の跡取りを殺すのはやり過ぎです…!
これでは、作戦が中止された後の言い訳が出来ないではないですか…!」
隊長は小声で怒鳴った。
そして、どの様に収拾するかに困り、頭を抱えた。
「普通に喋っても大丈夫だ。
この部屋の声は外に漏れん。…銃声は流石に漏れるがな…」
そう言いながら魔導銃に弾を込め直し、魔石に触れて魔力を溜めた。
「この魔導銃は素晴らしいな。流石はカーティだと思わんか?
私は圧縮魔術式が苦手だったんだよ…」
そう言いながら魔導銃をクルクルと回す。
「そんな事よりも、早く他の脱出方法を…!
この事を主にお知らせして指示を仰がねば…
幸い、禁制の薬物の部屋の中での事なら取引でのトラブルとして…
上手くいくか…?万が一バレるとエーギル家を敵に回す事に…」
ブツブツと、隊長は呟きながら爪を噛んでいた。
「…そう言えば、先程、外で銃声がしたな…。
気付いていたか?」
フィングリッドは、フードの返り血を拭いながら隊長に声を掛けた。
「…え…?ああ…そうだ!さっきの銃声は…」
「あれは…屋根に登ったところを連中に発見されて応戦した、お前の部下の発砲音だろうな…」
フィングリッドは、フードを整えながら淡々と話した。
「まさか…脱出に失敗したと…?」
「まぁ…そうだな。
元々、逃げられる道では無かったからな。
隣の建物までは離れ過ぎていて飛び移れんしな」
コートの裾や袖の皺をのばし、身だしなみを気にしながら、ゆっくりと歩いてくる。
「屋根裏のルートも同様だ。
防火の為に屋根裏は防火壁で細かく遮断されているのだ。隣の棟に逃げられる訳が無いだろう?
平民なら知っている常識だが…屋根裏に上がった事もない貴族は知らないだろうな…」
そう言いながら、隊長に魔導銃を向けて引き金を引いた。
ドン…
「な…何を…する…キサマ…」
隊長は胸を抑えて蹲った。
「何とは?元々、お前達を逃がす気は無いよ?
下手に報告されて折角の争いの種が潰れたら、今までの成果が全て無くなるだろう?
爆弾を壊された以上、最低でも争いくらいは起きてくれないと…な…」
隊長はもがき苦しみながらも、フィングリッドの腕を掴もうとする。
「おっと…ご自慢の握力で腕を潰されると困る。
握手はご遠慮させて頂く」
そう言って、弾を込め直した魔導銃で彼の頭を撃ち抜いた。
「私は銃の扱いは下手なのだが、此処まで近づけば流石に頭に当てられるな…。
エーギル家とその商会を潰す機会は逃したが、跡取りを始末出来たし…少しは溜飲が下がった。
後は…王帝派だろうが反王帝派だろうが構わんから、帝国民は出来るだけ多く死んでくれ…」
そう言いながら、懐から小道具の袋を取り出した。
先程立ち寄った宿泊部屋に、フード付きのコートと一緒に用意されていた物を、隊長達に気付かれない様に懐に隠し持っていたのだ。
袋の中にあったのは、変装用のウィッグと付け髭、そして綿。
後ろ暗い貴族達が正体を隠す為に使用する、店が用意したサービス品。
それらを使用して、フィングリッドは素早く人相を変えた。
「ま…こんなものか?簡単だが、遠目では判別つかんだろう…」
ドン…ドン…ドン…
外から絶え間無い発砲音が聞こえる。
「おお…まだ耐えるか…偉い偉い…
出来るだけ敵の目を引き付けてくれ」
フィングリッドはフードを目深に被り直して、来た道を引き返して行った。
◆◆◆
「中尉…南棟最上階東側に隠し部屋を発見しましたが、鍵が掛かっており解錠まで時間が掛りそうです」
ゴロつきの格好をした部下が、上司に小声で報告した。
南棟下階にある料理店からは、客も、ほとんどの使用人達も逃げ出していた。
逃げ出すわけにもいかない上級使用人達のみが、部屋の隅で踏みとどまっていた。
部屋の中央のテーブルをゴロつきらしく占領し、脚を投げ出したまま部下達からの報告を聞く男。
彼の周囲には気絶した警備員達が倒れていた。
「対象はその部屋か?」
「不明です。
中からは銃声が3発。以降物音がしません。
壁も扉も分厚く、中の様子は確認出来ません」
「中尉…東棟の屋根の上に居た者は、銃撃戦の末、落下して死亡しました」
「そこの屋根裏を捜索したところ、袋小路で護衛騎士の一人を発見。投降したので捕縛しました。
対象と護衛隊長の行方は不明です」
次々に入る報告を聞き、彼は考え込んだ。
「北棟…東…南…。
東棟の上階や最上階には南棟に繋がる連絡通路は無かった筈だが、どうやって…?
…隠し通路か…ちっ…面倒な…」
中尉と呼ばれた男は、わざと伸ばした無精髭を撫でながら彼等の逃走経路を考えた。
「東棟上階以上のフロアに監視を配置しろ。
上階の何処かに南棟に繋がる隠し通路がある筈だ。
見かけた奴等は高位貴族だろうと構わん。全て無力化して捕縛しろ。
…出来るだけ殺すな。特にフィングリッド上級研究員殿はな」
頭の中で建物の図面を広げながら指示を出す。
そこに、裏口を見張っている部下の連絡員から報告が入った。
「裏口からフードを被った貴族達と思しき集団が一斉に逃げ出しております。
遠目で人相確認をしておりますが、人数が多く、確認にも捕縛にも手が足りません…」
「くそ…数が足りん。腐れ貴族共が…。
…今は例の部屋の解錠を優先しろ」
部屋の隅で震えている使用人達に、声が届かない様に命令する。
「それと、外で待機中の少尉に通達。
奴等の中継連絡員を全て処理しろ。賄賂を受け取っていた兵士もだ。
もう奴等を生かしておく必要は無い。
連絡が途絶えれば不審がられるだろうが、閣下連中にこの事を知られるよりは良い。」
彼の部下達は、諜報員だとバレ無いように動き回り、各々の指示された内容を確実に遂行していった。
「この建物がエーギル家所有で、その息子が後援商会に爆弾を仕掛けるか…。世も末だな…」
中尉は天井を見上げながら独り言ちた。




