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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
198/287

◆4-98 脱出経路

第三者視点




 大きな商会の裏口から、建物の中に飛び込んだフィングリッド達。

 早足で先に行く彼を、急ぎ足で追いかける護衛騎士。

 フィングリッドは、まるで道順を知っているかの様に迷いなく歩いて行った。


 この商会は、大きな中庭を中央に据え、それを取り囲む様に複数の棟が連なって、一つの大きな店として成っている。


 この街の東西に抜ける主要な通りに対して、大きな玄関扉が面した豪奢な南側二棟。

 表の棟と裏の棟を中継する、通りには面していないが綺麗に手入れされた東西の二棟。

 そして、中庭に面している壁は綺麗に塗装されているが、路地裏に面した北側には窓すら無く、塗装も一部剥げている、北側二棟。

 合計六棟が、中庭を中心として六角形にグルリと一周する様に建てられていた。


 南側の棟は全ての外壁を美しい装飾で飾られ、豪華な馬車で行き交う大通りの富豪や貴賓客を呼び込んでいる。

 それと対比する様な北側の棟は、南側の棟には立ち入れない様な風貌服装の使用人達が、裏方の仕事をする場となっていた。


 表通りに面した棟の方からは、微かに喧騒や(わだち)の響きが聞こえる。

 だが、今いる下働き達が行き来する棟は閑散としていた。

 それでも無人となった訳では無いので、時折通路ですれ違う。

 下男下女達は早足で歩く彼等を見ると、すぐに顔から目を逸らし、視線を下げて壁際で頭を垂れた。


 「彼等は我々を見ても何も言わないのだな…」

 部下の一人が口を開く。


 「大抵の平民は貴族とは関わりを持たん。

 顔を見て難癖をつけられる事を怖れるからな…。

 知らない貴族が居ても奴等は何も見ないし、聞かない。口も開かない。

 …それに、奴等はここの主人の顔も知らん」

 フィングリッドは視線を揺らさず、冷たい目で行き先だけを見つめながら歩いた。


 「貴方はこの商会を知っているのですか?

 此処は…一体どういう店なのですかな?」

 隊長は声を抑えながら、先を行くフィングリッドに尋ねた。


 「此処はエーギル家が後援している高級料理店だ」

 フィングリッドは、感情の読み取れない冷たい声で話した。

 声質は静かだったが、僅かに怒りが含まれている。

 「…裏では宿泊施設も運営している。麻薬と娼婦付きのだがな。

 高級官僚達の息抜き施設でもある」


 「…知り合いの首都警備隊員から、『うわさ』としては聞いた事がある。此処だったのか…。

 やはり、この街は腐っているな…」

 隊長は吐き捨てる様に言った。


 「此処だけではないがな…。

 …こっちだ。

 この隣の棟が、その『うわさ』の宿泊施設だ。

 そこには首都の警備隊達も立ち入れないし、他の後ろ暗い貴族達に紛れ込める」

 フィングリッドは角を曲がり、通用口の扉に手をかけた。


 扉を開けると綺麗な石畳の床が見えた。

 今まで歩いて来た、安物のガタガタした石の床ではない。

 ここから先のエリアは、それなりに資力のある者が使用する場所だと一目で分かる。


 綺麗な石畳の通路を出て角を曲がると、薄暗い廊下に綺麗な赤絨毯の敷かれた広い廊下に出た。

 壁も天井も明るくなり過ぎず、丁度良い色合い。


 廊下自体に窓は無く、少し離れると相手の顔も見辛い。

 光量を抑えた、特別製の魔導灯を使用しているらしい。


 「この棟の窓は客室側にしかない。全て中庭側だ」

 「成る程。隠れ家としても適しているな」


 時折、扉の前で立哨している者を見掛けるが、皆、顔を隠すようにフードを目深に被っている。

 後ろ暗い主人を護る為の護衛達。

 彼等は、目の前を通り過ぎるフィングリッド達を警戒する様に帯剣に手を掛けるが、顔は決して上げなかった。


 「警備隊の制服を着ていたら、斬り付けられただろうな…」

 フィングリッドは隊長達を見てニヤリと笑いながら、途中にあった階段を登った。

 最上階まで一気に駆け昇り、階段の近くにあった空き部屋に飛び込んだ。

 部屋は簡素な造りになっていたが、絨毯や布団は高級品が使われている。高位貴族でも満足出来る様な調度品だ。


 「…ふぅ、一息つけるな」

 部下の一人が呟くと、

 「まだ逃げ出せた訳では無い。気を抜くな」

 隊長が叱咤した。


 フィングリッドは中庭に面した窓の側に立ち、慎重に南側の棟の様子を探った。

 高級料理店の方が何やら騒がしい。


 「ふむ…早いな…」

 「裏の奴の仲間か?」

 隊長も様子を伺いながら、聞いてきた。


 「そうだろうな…官憲は使用出来ないだろうから…

 おそらくは、この辺りのゴロつき連中に似せた奴等が来るだろう。

 外見はゴロつきでも、中身は帝国の暗部だ」


 部下達の唾を飲み込む音が聞こえた。


 「…だが私は、この建物の事は奴等より詳しい。

 勿論…抜け道も知っている」


 今度は、安堵した様に息を吐いた。

 そんな部下達を見ながら、隊長は声を落として命令した。


 「此処を脱出したら、すぐに街に潜む連絡員に通達。

 …作戦は全て相手に把握されていた。

 罠が仕掛られている。

 実行を中止して、8の鐘の前迄に証拠を消せ。

 殿下、閣下達が巻き込まれない様に最善を尽くせ」


 部下達は姿勢を直して敬礼した。


 「……じゃあ、良いか?

 今から逃走ルートを説明するぞ?」


 フィングリッドが紙の端切れを取り出し、部屋に備え付けられていたインクとペンで、箇条書きで逃走方法を書き記した。


 「一応、三つのルートに分ける。

 逃走確率を上げる為にな…」


 後ろ暗い貴族達が官憲に踏み込まれた時の為に用意してあるルート。

 屋根伝いに、隣の建物に飛び移るルート。

 屋根裏伝いに隣の棟に抜け、手薄な棟から外に出るルート。


 「私と隊長が初めのルートを行く。

 此処の道は貴族と護衛が一緒でないと、途中で誰かに遭うと怪しまれる。

 お前達は、下二つのルートから好きな方を選べ」


 それぞれがルートを確認すると、全員が部屋に用意されていたフード付きの薄手の服に着替えて、フードを深く被った。


 廊下に出て階段に戻り、屋根裏部屋に続く扉に手をかけた。


 「…む、鍵が掛けられている…昔は無かったのだが…。

 仕方ない…魔道銃で撃ち抜くか…」

 フィングリッドが懐を探った。


 「待て待て…、流石に音が響く。私がやろう」

 そう言って、隊長がドアノブに手をかけた。


 彼が手に力を込めると、取っ手がゆっくりと潰れていく。

 扉に身体をピタリと付けて、もたれ掛かる様に力を入れた。

 バキン…

 静かに金属の金具が木製の扉から外れ、金具のあった場所に穴が空いた。

 扉は静かに開いた。


 隊長の外見は中肉中背。

 それ程力がある様には見えないが、彼が手放した金属製のドアノブは、彼の指の形に沿って変形していた。


 「身体強化か…」

 「ああ…これだけは誰にも負けない自信がある。

 よし…お前達、行け…」


 部下達は頷くと、屋根裏に駆け上がって行った。


 「では、我々も行こうか。案内を頼む」

 「わかった。こっちだ…」


 フィングリッドが先頭に立ち、早足で宿泊棟廊下を南方向に向かって歩いた。

 廊下の南端の壁まで来ると彼は立ち止まり、壁をまさぐった。

 壁の一部に凹んだ場所を見つけると、そこに手を当てながら勢い良く押す。

 壁は、音も無くゆっくりと回り出した。


 「どんでん返しか…しかし、南棟は奴等が侵入しているぞ?」

 「安全に貴賓達を逃がす為の設備だと言っただろう?」


 回転する壁を抜けると、窓の無い狭い通路に出た。

 窓は無いが、壁に等間隔で細いスリット状の通気口がある。

 その通気口から細い光が入るので、辛うじて足元が見えた。


 「此処は棟を繋ぐ連絡通路の最上階。

 外からは屋根の一部に偽装してあり、判らない様になっている」

 そう言いながら、見辛い通路をどんどん先に進んで行く。

 曲がり角を曲がって更に進むと、行き止まりになっていた。


 「此処もどんでん返しになっているのか?」

 「そうだ…灯りが無いから分かり辛いな…。

 おい、お前も探してくれ。壁の凹みだ」


 フィングリッドは、手探りで扉の取っ手部分を探した。

 隊長も手探りで周囲の壁をペタペタと触る。


 「ん…おい、これじゃないか?」

 隊長はそう言いながら、凹んだ部分に手を掛ける。

 何かが外れた様な感触がして、扉が回りだした。


 扉を抜けると真っ暗な部屋に出た。

 フィングリッドが壁をまさぐり、魔石を見つけて魔力を流す。

 魔石から繋がった魔導灯が、部屋全体を明るく照らし出した。


 最初に目に入ったのは幾つもの木箱。

 木箱には暗号の様な焼印が入れられている。

 次に感じたのは、強い刺激臭。

 隊長は思わず鼻を抑えた。


 「む…この臭いはなんだ…?」

 「ここは、薬物保管庫だ。

 ハシュマリムから仕入れた乾燥薬物を、この部屋で保管・精製している」

 「…ハシュマリム…だと?」

 「…知らなかったのか?

 我々の後ろ楯のハシュマリムは、薬物輸出国でもあるのだぞ?」

 隊長は目を剥いて驚いていた。


 「奴等は王帝派貴族達に薬物を売って、反王帝派貴族達に武器を売っているのだ。さぞ儲かる事だろうな…」

 フィングリッドは、ニヤニヤしながら隊長の顔を覗き見る。

 彼は苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らした。



 「おい!そこに居るのは誰だ!!」

 部屋の反対側から、突然声を掛けられた。




 

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