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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
195/287

◆4-95 フィングリッドの受難

少し時間が遡ります。

晩餐会が始まる8の鐘の半刻ほど前。


痩せぎすの男こと、フィングリッドの紹介

第三者視点。




 晩餐会の始まる少し前。


 魔導科学技術研究所のフィングリッド上級研究員は、とある大商会の裏口に通じる路地裏に来ていた。


 大通りから少し離れた薄暗いこの小路には、そこら中に小動物の腐った死骸や、喰い荒らされたゴミが散乱していた。

 麻薬のやり過ぎで虚ろな目をした半裸の女性や、ガリガリに痩せ細った子供達がゴミを漁りながら、時々見つかる食材を奪い合っている。

 周囲には汚物や腐敗した肉、足元の石畳の繋目の隙間を流れる黄色い液体が、強烈な悪臭を放っていた。


 「フィングリッド様、この様な汚い場所に一体何用で…?」


 彼につけられた護衛騎士の隊長が、足元に溜まった汚水を踏まない様に避けながら、涙目で鼻を押さえていた。

 隊長以外の護衛騎士達も、胸から込み上げそうになるモノを抑えるため、口を手で押さえながら二人の後をついて歩く。

 騎士達は、装備は着けずに軽装の制服を着流しているだけだったが、腰に帯びた騎士剣をわざと見せびらかして歩き、暗がりから彼等を覗き見る男達を威嚇していた。


 「ふむ…いや何…。

 ところで君は…家を出る時に、家の鍵を掛けたかどうかを何回確認するかね?」

 隣を歩く痩せぎすの陰気な男は、騎士隊長の質問に質問で返した。

 臭いに慣れているのか、彼は平然としている。


 「え…?何回?

 何回も確認する必要があるのですか?」

 護衛対象からの唐突で意味不明な質問に、騎士隊長も質問で返した。


 「君とは一生解り合えんな…」

 フィングリッドは大袈裟に溜息を吐いて見せた。



◆◆◆



 彼は、フィングリッド=エーギル。

 王帝派閥であるエーギル伯爵家の次男。

 そして、帝国魔導科学技術研究所の上級研究員であり所長補佐でもある。名目上は。


 痩せぎすで細目。群青色の髪。


 彼の肌は、苦労か徹夜か不衛生か…いずれかの影響のせいで色はくすみ、所々に黄疸が出ている。

 細い目は落ち窪み、目の下のクマが彼の不健康を示している。

 そして、彼の眉間に入った皺の数が、その猜疑心の強さを表現していた。


 対して彼の髭は綺麗に剃ってあり、髪もキッチリ整えてある。

 時折、服を汚さない為の作業着の隙間から、高位貴族の綺麗な装いが覗き見えた。


 それらの要素が彼の外見と合わず、身分や年齢を判りづらくしていた。

 一見すると彼は、苦労した初老にも見える。

 髭を綺麗に剃っている事や髪の整え方等は、若者に流行りの様相にも見える。



 ほんの少し前まで彼は、帝国の魔導科学界の寵児(ちょうじ)と言われていた。


 外見も今程痩せてはおらず、眉間に皺など無かった。

 人付き合いはそれ程良くなくて少し気難しい質ではあったが、友人と呼べる者達も居て、周囲からの評判は良かった。

 明晰過ぎる頭脳を除けば、彼は普通の若者だった。


 良くも悪くも…その頭脳と栄光(ねたみ)に振り回された。


 彼は、魔導科学の分野での幾つもの画期的な論文を発表した。

 大学部の魔導科学の理論分野を10代後半で、魔導具製作の分野を20代初めに卒業し、最年少で帝国国家認定の魔導具士と成った天才だった。

 

 彼の才能は、正教国の変人、カーティ教授に匹敵すると見られていた。


 すぐに帝国魔導科学技術研究所からスカウトされて、国家の中枢機関で、膨大な資金を自由に活用して研究出来るグループに配属された。


 そこでは、正教国で近年開発された高性能魔素半導体やトランジスタを使用した応用回路の研究をしていた。

 メモリー、タイマー、ラッチ回路、送受信装置や増幅器を利用した()()()()()()()()()な兵器の研究開発部門だった。


 そこで彼は、『人助け』をする為の魔導具士としての技術と知識を使い、幾つもの新型『人殺し』兵器の設計を行った。

 端的に言えば、遠隔操作可能な特殊時限爆弾の開発である。


 全ては、帝国の覇権復活の為。


 彼は信じていた。

 帝国が彼の研究を活用して、再び世界に覇を唱える力を取り戻す国になる事を。

 それまで彼は科学一筋で、政治的な分野は専門外だった。

 だから、単純な理想(思い込み)が現実に反映されると信じていた。


 20代後半を迎える前に、幾つもの兵器を設計した功績で上級研究員と成り、所長補佐の1人に抜擢された。

 史上最年少の快挙だった。

 ただしそこが、彼の人生の頂点だった。


 研究所の上層部に入り色々な思惑に巻き込まれ、数々の出来事を経験した事で、不都合な事実を知るに至った。


 誰が自分の研究の出資者か。

 何処の依頼による研究だったか。

 何の為の開発だったか。


 理想とはかけ離れた位置に立って居る事に気付いた時には、彼には全てがどうでも良くなっていた。



◆◆◆



 上級研究員に成ってすぐ、彼は謀略や政治的な駆け引きに直面した。

 それは彼にとって、とても嫌いで苦手な分野だった。


 同じ上級研究員や、歳上の平研究員、時には所長。

 常に周囲が彼を取り込もう、利用しよう、騙そう、貶めようと画策して来た。


 誰が行ったか分からない彼の研究成果の破壊。

 設計盗用の濡れ衣を着せられた事もあるし、横領の容疑を掛けられた事もあった。

 彼を告発した者が、数少ない彼の友人の一人と共謀していた事を知った時は、目眩(めまい)を起こして倒れた。


 彼の窮地を救ってくれた貴族が居た。

 裁判で証言をしてくれて、彼の容疑を晴らした。

 その貴族の伝手で色々な富豪や商人達と会った。

 彼等はとても親身に、そして優しく彼に接した。

 多難だった彼の事情(いきさつ)を聞き、彼に後援を申し出てくれた。


 フィングリッドは、ようやく人に認められて研究に戻れると思った。

 同僚に騙されて、その結果、既に自分の研究室が無くなっていたが、彼等の資金力があれば研究所内での地位を取り戻せる…と、喜んだ。

 幸いな事に、容疑が晴れたお陰で上級研究員の身分はそのまま残っていたからだ。


 その貴族が、外国から賄賂を受け取っていたスパイだった事が判明したのは、そのすぐ後の事だった。


 フィングリッドもスパイの容疑で逮捕された時には、何日も激しい取り調べを受けて、釈放時には体重が10キロも落ちた。

 目は落ち窪み、口角を上げる筋肉(きりょく)は無くなっていた。

 彼に後援を申し出た富豪達は、既に行方をくらましていた。


 彼が研究所に戻っても自分の研究室は無く、周囲の目は冷たく、友人達も消えていた。

 彼を登用した所長自身も彼を近づける事は無く、彼には居場所が無かった。

 研究所にも行かずに周囲の環境から耳を塞ぎ、路地裏の安宿に引き籠もる様になってしまった。


 ほんの1年程度の間に、彼の眉間には深い皺が刻まれた。

 まだ20代だと言うのに、外見は20歳近く老けた。

 元々の人嫌いに拍車が掛かり、周囲の人間全てを疑う様になった。

 それでもまだ僅かだが、帝国に対する忠誠心は残っていた。


 彼は安宿の隅で、自分の資産を削りながら研究を続けた。

 未だに上級研究員であるという身分(プライド)にしがみついていた。


 研究開発の寵児として研究所に入所した日に、母親から貰った魔石の入った懐中時計だけが、彼の心の支えだった。


 しかし、不幸に不幸が重なった。

 彼の母親が自死したのだ。


 彼自身はエーギル伯爵家の、腹違いではあるが正式な次男だった。

 そして…彼の母親はカニス家の当主の妹だった。


 カニス家の、浸礼契約を利用したブラウ家に対する犯罪が帝国中に知られた。


 正教国と、帝国に住む信徒達の批判を躱す為に、王帝はカニス家を見捨てた。

 それに(なら)って、エーギル家は彼の母親との縁を切った。


 今いる場所も帰る場所も失った彼女は、屋敷の離れで首をつった。

 引き籠もっていた彼がその事を知ったのは、母親が埋葬された後だった。

 

 彼の帝国に対する忠誠心は完全に崩壊し、エーギル家だけでなく、帝国そのものを激しく憎んだ。


 未だにエーギル家を名乗るのは、利用出来るから。

 彼の母親が首をつった事に対する後ろめたさからか、父親はフィングリッドとの関係はそのままにして置いた。

 彼は、残されていた立場と身分を最大限利用して、帝国に復讐する事を考える様になった。


 安宿に籠もり、秘密裏に爆弾の材料を集めていたフィングリッドに、接触してきた若い男が居た。

 彼はメロニウスと名乗った。


 メロニウスは、帝国の一部貴族達が革命を起こそうとしている…という情報を、彼に持って来た。


 彼等に協力をしてみないか…?

 貴方の研究が日の目を見るぞ…。

 そもそも、貴方の研究資金は彼等から出ていたのだ…と耳元で囁いた。


 フィングリッドは一も二も無く頷いた。

 そして、宰相達を紹介された。


 しかし、フィングリッドは宰相達の国盗りに協力するつもりは全く無かった。

 ただ彼等の計画を聞いた時、革命に協力する振りをして国を崩壊させるチャンスだと考えた。


 そんな彼の意図に気付いていたメロニウスは、ハシュマリム教国から大量の()()()()()を密輸して彼に渡した。


 フィングリッドは、新たな支援者からの資金を元に人手を集め、すぐに製作に着手した。

 出来る限り強力になる様に改良して。

 安宿で続けていた未発表の研究成果を詰め込んだ。


 正教信徒も帝国民も研究所の同僚も、王帝も宰相も第二王子も纏めて、全てを破壊する為に。


 「全て…吹き飛んでしまえ…」

 彼は、周囲に聞こえない様に呟いた。



 

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