◆4-93 晩餐会 その頃の南門街壁外
第三者視点 名前の無い人が主役…?
此処は街壁南門外の待機広場。
テントを張って酒を飲みながら談笑している騎馬騎士隊300。
カートス地方領主ドミニク=カートス伯爵の護衛軍。
伯爵自身は晩餐会に出席する為、遠路遥々南端の領地からやって来た。
騎士隊300は、護衛としてはかなり多すぎ。
しかし、反乱準備兵としては少なすぎる。
結果、彼等は街壁警護兵達には警戒されていなかった。
どのみち人数が多過ぎて街中に入れないので、一部の護衛を残して郊外待機となっている。
昼間の内は街壁警護兵達とも和気あいあい、仕事そっちのけで酒を酌み交わし盛り上がっていた。
街壁外で待機していてくれる軍隊がいると、警護兵も野盗や獣、魔獣に対して警戒せずに済むし、見回りも免除されて、やる仕事がほとんど無い。
精々、商人の積荷を検めて、通行税+賄賂を受取り通過させる。非常に楽で美味しい仕事。
賄賂で購入した酒を、外で待機中の騎馬騎士隊に振る舞い、みんな昼間から呑んだくれていた。
しかし7の鐘が鳴ると、警護兵達も重い腰を上げて、フラフラしながら門の内側に帰っていった。
これから閉門迄の手続き準備に入るからだ。
街壁警護兵達が職場である門の内側に戻った後、騎馬騎士隊は、全員から酒精が消えて、ピリッとした雰囲気に変化した。
これからの彼等の予定では、仲間が街中で大事件を起こす。
聴いた話では、街中の各所で爆発と共に火の手が上がる。それに伴う大虐殺。
それを合図に『伯爵護衛』を理由に閉じかけた門から突入する。
門が閉じるのが早かった場合に備えて、何人かの騎士達は街壁警護兵達に金を渡してある。
侵入した後は、首都警備隊や街壁警護兵達が街中の混乱に気を取られている隙に、先程まで酒を酌み交わしていた街壁警護兵達を皆殺しにして、南門を確保。
予定通りに行けば、街壁警護兵は街中の混乱の所為で、門の死守に回す兵士は足りなくなる。
騎士300も居れば、街中の占拠は不可能でも、南門の占拠は十分可能という予測だった。
この事を知っているのは、騎士隊長と中隊長、参謀の数名だけだった。
パーン…ドドン!
花火と共に、王宮外庭の建物から噴き上げる火柱は、街壁の外からでも僅かに見えた。
騎士隊長は、予定より火柱が少ない事に疑問を抱きつつも、指示された通りに部下に対して号令を掛けた。
「見よ!街中から火の手が上がっている。
伯爵様の予見どおり、暴徒が王宮を襲っている証拠。
我が伯爵様の身に何かあっては一大事!すぐに駆けつけるぞ!」
騎士隊長が号令を掛けた。
「え…?あれは晩餐会の花火では?」
「火の手…?ああ、王宮辺りがなんか明るいな。
いや…黄色いカーテンか?派手だなぁ…」
開いたままの門の隙間から覗き見える王宮を眺めながら、襲撃する事情を知らない騎士達は『派手な晩餐会』だとしか思っていない。
「…街中というより、ほんの小さな火が遠くに上がっているだけ…の様に見えますが…?
予定と違くはありませんか?…ただの火事では?」
参謀が隊長の耳元で囁いた。
連れてきた参謀の一言に、ぐぬぬ…と言い返せない指揮官。
「…まさか、失敗したのでは?」
周囲に聞こえない様に呟く参謀をジロリと睨みつけて、隊長は大声で怒鳴った。
「この…!バカモノ!火柱の下に伯爵様が居られるやもしれんだろうが!
忠臣であらば、いかなる些細な可能性も考慮して、主の下に馳せ参ずる事がいかに…」
…はぁ…こいつ駄目だ。
作戦は失敗か。何とかして、この場から逃げられないかな〜と、考えていたのは参謀のメロニウス。平民出ゆえに家名は無い。そして帰属意識も低い。
8の鐘が鳴って花火が上がったのを合図に、街壁警護兵達が手際良く閉門作業に入った。
その様子を見て慌てた隊長は、中隊長達に命じて、門に進軍させた。
「まてまてまてー!
どうやら街中が不穏な様子!
我がカートス騎士団もお手伝い申し上げる。
閉門作業を中断せよ!」
隊長は、大声で街壁警護兵に向けて怒鳴った。
しかし、警護兵達は顔を見合わせて、
「街中で問題が起きたとの報告は受けておりません!
故に、閉門作業を中断する訳にも参りませぬ!
もし、中断が必要なら街壁警護隊長の許可が必要で御座います!」
と、大声で返事をした。
「貴様ら!後ろを向け!
王宮の方から火の手が上がっておろうが!」
「はっ!あれは来賓を迎える為の演出だと聞いております!問題ごさいません!」
「爆発が演出だと!?」
隊長達は目を向いて、言葉を発せなかった。
そうこう押し問答をしている間にも作業は着々と進められ、門外の鉄柵は落とされて、巨大な外門と内門、街中側の鉄柵も素早く落とされた。
中隊長達は唖然としたまま、突入する大義も機会も失って、閂が落とされる音を聞いていた。
あ〜あ…こりゃ、全て露見してたなぁ…
そう考えながら、メロニウスは馬の腹をわざと強く蹴った。
ヒヒ〜ン!!
突然の馬のいななきに、隊長達はびっくりして振り返った。
いきなり強く蹴られてびっくりした馬は、後ろ脚だけで立ち上がり、丁度鐙から足を外していたメロニウスを振り落とした。
メロニウスは3回くらい後ろ向きに転がり、馬から落ちた。身体を捻り、上手く馬の後蹴りも躱した。
重荷が降りた馬は、そのまま走り去ってしまった。
「何をしているか!馬鹿者が!
すぐに馬を拾いに行け!貴様の命より高価なのだぞ!」
額に青筋を立てて、貴族出の中隊長が命令した。
「…スミマセン…平民出なもので馬に乗り慣れておりません。すぐに連れ戻して参ります!」
そう言って、メロニウスは逃げた馬を追って、林の中に入って行った。
「伯爵様は、何故あの様な無能者を重用なさるのか…」中隊長は吐き捨てる様に呟いた。
「メロニウスの事はどうでも良い。問題は、伯爵様の指示を遂行する必要がある…という事だ…」
隊長は爪をかみながら、完全に閉じてしまった門を眺めた。
本来は門を閉じる暇さえ無いような大災害が街中で発生する筈だったのに、街中からは酒を飲んで笑う者達の声ばかり。
火の手は初めの1箇所だけ。
何かが起きていて、作戦は上手く行っていない事は明白。
たが、予定外の行動指示はされていない。
いかに、門を制圧するかが、決められた仕事。
何より、自分達の領主が未だに離宮の中にいる筈。
一刻も早く、命令を遂行し、領主の計画通りに事を運ばねば…!
彼等はその事ばかり考えていた。
その時、中隊長の一人が手を挙げた。
「こんな時の為に、警護兵に賄賂を渡しております。
理由は下品な物ですが…」
…男所帯で女の肌が恋しい。門が閉まった後で通用門を叩くので、娼館に案内してくれないか?…
その様に言って、賄賂を渡したそうだ。
他にも何人か、類似した理由で賄賂を渡していた者達が居た。
「よし…次善の策ではあったが、良くやった。
通用門から入ったら、警護兵を暗殺して門の開放作業をしろ。
あの規模の門なら何名必要だ?」
「一気に開けるなら30名は必要かと…」
「…忠誠心の高そうな部下を選べ。
事情を話し数を揃え、通用門から侵入せよ!」
「はっ!」
中隊長が散らばり、部下達の中から数名ずつ選んで戻って来た。
「事情は聞いているか?」
「「「はっ!」」」
中隊長達が選んだ者達は、自分の善悪ではなく、上官の命令に従うか否かを優先するタイプの人間ばかりだった。
「これから通用門から侵入してもらう。
悟られないように周囲に対して、いかにも女にだらし無い印象を与えよ。
もしバレたら、貴様達のみならず我々全員が死ぬ可能性がある事を心に刻め。
貴様らの仕事次第で、作戦の成否が決まる事を心得よ…!」
隊長は静かに、そして力強く命令した。
「「「………」」」
全員が真剣な表情で頷いた。
「よし…作戦開始だ…!」
隊長は静かに号令を掛けた。
家事をしながら1杯やってたら寝てしまった…




