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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
191/287

◆4-91 地階に咲く彼岸花5

第三者視点




 「良くやった!」

 真っ暗な倉庫の奥からドノヴァンの声が響いた。


 騎士2人は、魔導灯を点けようとして魔石に手を伸ばしたが点灯しなかった。

 目を凝らして良く見ると、魔導灯に矢が突き刺さって壊れていた。


 「余程激しい戦闘があった様ですね…。

 直接向かうにも、足元すら見えないのは危険です。

 仕方ありません…壁沿いに、二手に別れて進みましょう。

 このタイプの倉庫なら、何処かに集中して魔導灯のスイッチが設置してある場所がある筈です」

 キナラの助言に従い騎士達は右手沿いの壁を、キナラは左手方向へと進み、暗闇に消えた。


 「閣下!ご無事ですか?」

 真っ暗な倉庫内を壁に手をつきながら進み、ドノヴァンが居るであろう方向に向かって声を掛ける騎士達。

 「ああ…すぐには動けないが問題は無い」

 さっきより掠れた声が、真っ暗な部屋の奥から聞こえてきた。

 騎士達は胸をなでおろし、壁に手を付きながら点灯する魔導灯を探した。


 暫くすると、壊れていない旧式魔導灯のスイッチを複数発見した。

 焦る気持ちを抑えながら、片端から魔石を撫でて魔力を通して点灯した。

 天井にある複数の魔導灯が、静かに仄かな明かりを発し、倉庫内を広範囲に照らし始めた。

 煌々とでは無いがぼんやりとした、蝋燭よりも明るい程度の薄暗い光明。

 点灯しても、壁と通路と自分達の居る場所が照らされるだけで、ドノヴァンの声がした辺りには光が届かない。

 光は届かないが探すのに支障は無いだろうと判断し、騎士達二人は声の聞こえた辺りに向かって走って行った。


 「おぉ〜ぃ、こっちだ…」


 そこは光がほとんど届かない場所だった。

 大型の攻城兵器類が連なり、壁や天井からの光を遮っていた。

 その場所は、どの位置の魔導灯を点灯したとしても、丁度、光が当たらない場所だった。

 だが、暗い倉庫を捜索している内に目が慣れた。

 騎士達にも薄ぼんやりとだが様子が分かる様になってきた。


 聴いた声は確かにドノヴァンだった。

 ダミ声の、威圧と信頼が混じる声。

 何度も訓練で怒鳴られた。

 聞き慣れていた。

 間違う筈が無かった。


 騎士達が見つけたモノは、全身に魔道銃の弾丸を受け、大型器械の陰で事切れているドノヴァンの姿だった。

 そこは丁度、ドノヴァンの指示で何発もの魔道銃を『自分達』が撃ち込んだ辺り。


 死体を中心に大量の血が石畳の繋目を伝い、大きく拡がりながら流れ出ていた。

 それは6枚を越える数の真っ赤な花弁を、四方八方に思いっ切り拡げて咲いていた。

 まるで、巨大な彼岸花の様だった。


 「は…?え、え…?」

 「か…、か……??」

 騎士達は混乱し、言葉を詰まらせた。


 「どうしました?

 閣下の容態はどうです!?」

 キナラは遅れて駆け付けて来て、彼等の後ろから声を掛けた。

 「き…キナラ殿…閣下が…閣下が…!」

 騎士達は嫌なものから目を逸らしたくて、何かに縋るように、キナラの方を同時に振り向いた。



 ドドン!


 キナラは構えていた魔道銃2丁を同時に発砲し、二人の騎士の頭を正面から撃ち抜いた。

 騎士達は何も理解出来ない表情のまま、その場に崩れ落ちた。


 ドノヴァンと騎士2人は、血溜まりの中に静かに横たわった。



◆◆◆



 「お疲れ様です。キナラ中尉」

 クラウディアが暗闇から彼に声を掛けた。


 「多少予定外だったけれど、結果的に上手くいったわね」

 ジェシカが、大型器械の陰から顔を出した。


 「クラウディア様、ジェシカ様。ご協力感謝致します」

 キナラは魔道銃を懐に仕舞い、丁寧に礼を述べた。


 「しかし…アンタから緊急連絡が入るなんて、びっくりしたわ〜」

 「仕方無いじゃない…この将軍、思っていたよりずっと強かったんだもの…。

 それよりも、何か羽織るもの頂戴よ…ドレスがボロボロになっちゃった…」

 キナラは、素早く上着を脱ぐとジェシカに手渡した。

 ジェシカが、隠れているクラウディアの所に走って行き、彼女の着替えを手伝う。

 その間キナラは、虚空を見つめるドノヴァンを見下ろしながら、敬礼をしていた。


 「尊敬してたのね…」

 ドレスの切れ端を包帯代わりに腕に巻き、キナラの上着を羽織ったクラウディアが、ジェシカと一緒に暗闇の中から姿を現した。

 キナラは敬礼を止めて二人に向き直り、深く頭を下げた。


 「尊敬し、信頼していた御方()()()

 彼がハシュマリムと手を組んだ時点で、全ての感情が消え去りましたが…。

 この死が、閣下の罪を覆い隠すでしょう」

 キナラは目を潤ませながら答えた。



 キナラは『潜入者』と呼ばれる者。

 国内の貴族、軍人、諜報員達までを監視する者達。


 ドノヴァンや他の貴族達は知らないが、キナラはルコックの部下。

 諜報機関所属の軍人であり、彼自身の不遇の立場というのは捏造(つく)られたもの

 貴族と平民。どっちつかずの立ち位置は、どこに潜り込んでも誤魔化しがしやすい様にする為のものだった。


 その彼が所属しているのが、内務諜報部(スクリプトゥーラ)

 王帝直属であり、所属者不明。

 諜報部の建物に専用の部屋は無い。

 諜報員の中や軍部に紛れ込んで、仲の良い同僚に擬態して監視している。

 何処に潜り込んでも疑われない様に、何年も掛けて過去を改変する。


 王帝と、統括している部長のルコック=ノーバート、そして、諜報部監査長のセルペンス中佐以外には、誰が『潜入者』か知らされない。

 自分の妻が同じ『潜入者』だったと、現場で初めて知る事もあるくらいに秘密主義。

 そもそも、その存在はほとんど知られて居らず、王子であるリオネリウスも知らない。


 教皇のトゥーバ・アポストロと、王帝のスクリプトゥーラ。

 それが彼等の『目』と『耳』と『手』なのだ。



 今回の反乱者達の中で一番の強敵がドノヴァンだった。

 反乱を成功させるのは論外として、丁寧に失敗させ、且つ、失敗させた後に逃がす事も許されなかった。


 理由は彼個人の強さでは無く、彼の人望。


 騎士達から絶大な人気を誇る彼が、反乱に加わっていたという事を知られてはいけない。

 反乱に失敗したとしても、逃げた先で騎士達を纏め上げて組織を立ち上げる可能性が高かった。


 反乱を防ぐだけでなく、逃さずに必ず殺し、反乱に加わってないという証拠が無ければならなかった。


 その為にクラウディアが、『反乱を起こした』騎士の大剣でドノヴァンが刺し殺され、それを彼女が発見する…という演出を計画した。


 重くて大きな剣で殺されていれば、クラウディアは容疑から外れる。

 後にキナラが反乱に加わった騎士達を現場に誘導して、遺体を発見させる。

 その彼らを撃ち殺し、『ドノヴァン閣下が反乱者に殺された!』という喧伝に利用する予定だった。


 しかしドノヴァンが、クラウディアの予想を上回る武芸の熟達者(スペシャリスト)だったせいで、殺しきれなかった。

 自分の力では不可能だと考えたクラウディアは、すぐにジェシカとキナラに連絡を入れた。


 キナラは反乱兵士達の分断任務中だった。


 キナラの誘導で分断された騎士や兵士達を、待機させていたスクリプトゥーラの仲間達が捕縛、又は殺害する。


 ジェシカは、クラウディアの侍女達と一緒に彼等の任務に協力していた。


 初めにドノヴァンに油をかけたのもジェシカ。

 赤いドレスを着て地階中を歩き回ったのは、トゥーバ・アポストロでもあるクラウディアの侍女達。

 赤いドレスと黒髪の(かつら)に誘われた兵士達を、ジェシカやキナラの仲間達が人目につかない所で各個処理していった。

 ベルゼルガの部下が見たのは、作戦開始前に各々の待機予定場所に移動中だった彼女達。


 その彼等の仕事中に、クラウディアから緊急連絡が入った。

 二人は仕事を途中で切り上げて、この倉庫に駆け付けた。


 クラウディアは糸を使って二人に計画を伝えた後、実行の為の下準備に入った。

 幸いにも、クラウディアが倉庫から逃げ出す事を危惧していたドノヴァンは、出入り口前から動かなかった。

 その時間を利用して、罠を張った。


 クラウディアの計画上、ドノヴァンを倉庫の入口から最も灯りの届かない位置に誘導する必要があった。

 そして、その場に留める必要があった。


 膝を壊して動きの鈍ったドノヴァンを所定の位置まで誘導する為には、自分がやられた姿を見せないといけない。

 彼の奥の手を下手に受け止めたり避けたりすれば警戒される。

 彼女に倉庫から逃げ出す余裕が無いと、彼に思わせる必要があった。

 その為に、彼の奥の手をまともに受けた。

 勿論、急所や致命傷は避けたが。


 元々逃げ込む予定だった、逃げ場の無い場所に隠れる姿を()()()見せる。

 投擲武器を持っていない事は、(あらかじ)め見せびらかした。

 相手は近接攻撃だけを警戒し、彼女の逃げ込んだ入口を塞ごうと動く。

 塞ぐ為に移動しようとする相手の位置なら、容易に想定出来る。


 ドノヴァンの立つ予定の位置に合わせて、ボウガンを仕掛けていた。

 彼が予定位置に脚を掛けた事を確認し、自分の『糸』で罠を作動。

 脚を射抜いてドノヴァンを倒す。

 点灯中の魔導灯も、全て同時にボウガンの罠で破壊した。

 後は、『彼等』が来るまで、ドノヴァンをその場から動かさないだけ。

 何処からの光も届かない、真の闇の一区画に。


 ジェシカは、キナラ達とほぼ同時に到着していた。


 先にキナラが騎士達を倉庫に入れて、ドノヴァンに呼び掛けた。

 キナラが騎士達の注意をドノヴァンに向けている間に、ジェシカが彼等の後ろを通り抜け、回り込んで予定の位置に急いだ。

 闇に紛れながらドノヴァンの近くまで移動したジェシカは、自身の奥の手を披露した。


 『声帯模写(コピー)

 あらゆる音を、自身の特殊な波形魔術式で無音化出来るジェシカの裏技。

 無音化出来るという事は、逆波長にすれば全く同じ音を出せるという事。

 最後に誘導したドノヴァンの声は、ジェシカの声帯模写だった。


 ジェシカの(コピー)に騙された騎士達は、魔道銃でドノヴァンを撃ち殺した。

 ドノヴァンを殺した銃弾は、間違い無く騎士達の所持している魔道銃から発射された物。

 所持登録もされているし、各々の圧縮魔術式の練度に合わせて調整してある銃。

 どの様に調べても、後々(くつがえ)される心配は無い。


 最後の仕上げに、ドノヴァンを追い詰めて撃ち殺した騎士達をキナラが撃ち殺して、現場は完成する。

 この際も、後頭部から撃たれていると具合が悪い。

 正面から撃たれていないと、反乱騎士が抵抗した挙げ句に撃ち殺された…という現状(シチュエーション)としての証拠にならない。

 なのでキナラが声を掛けて、混乱した騎士が振り向いた瞬間を撃ち殺した。


 これで、『反乱騎士達から王帝を庇って殉職した将軍』という、王帝にとって、非常に都合の良い()()が出来上がった。


 ドノヴァンの息のかかった騎士や兵士達が、後どのくらい居るのか、まだ判らない。

 その連中も、ドノヴァンが反乱分子と敵対し、王帝を護って死んだと発表されれば、王帝に歯向かう意義も大義も失う。

 潜在的な反抗意識を芽吹かせず、地中に埋め戻す。

 これが、王帝が望み、クラウディアが実行した作戦だった。


 「お陰で、閣下の名誉も護られました。

 後の処理はお任せ下さい」

 キナラは再び深く頭を下げた。


 彼は二人が倉庫を出るまで、ずっと頭を上げなかった。




 

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