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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
190/287

◆4-90 晩餐会 ベルゼルガの危惧

ドノヴァンとクラウディアの追いかけっこが始まる前


第三者視点




 地階へ降りるドノヴァンを見送っているゼーレベカルトルを、柱の陰から見つめる男がいた。

 その男は、第二王子の周辺に護衛以外の人影が無い事を確認すると、脚を引きずりながら姿を現した。


 「殿下…」

 「おお、ベルゼルガ中佐!」

 「お耳に入れたい事が御座います。

 何処か部屋をご用意願えますでしょうか?」

 「…?

 わかった。先程の調査で空き部屋は確認している。

 ついて来い」

 「感謝致します…」


 杖をつき、片脚を引きずる男は、以前、魔導具士バーゼルと名乗り正教国に潜入していたスパイ。

 帝国ではベルゼルガと呼ばれ、かつては宰相フェルトガーの片腕として諜報部隊の一つを率い、帝国内でも恐れられていた情報将校の一人だった。

 戸籍上はコルヌアルヴァの縁戚、アルヴァ子爵家の次男という身分。

 表向きの名は、ベルゼルガ=アルヴァ。



 正教国での作戦が失敗した際に、片脚を無くし、ほとんどの部下を失い、証拠品を押収された上に、這う這うの体で帝国に逃げ帰ってきた男。


 本来ならば良くて降格、普通は始末される程の失態。

 しかし、下手に降格などしようものなら、ベルゼルガが生きて戻った事を正教国に知らせる様なもの。

 始末すれば、彼の作戦を知っていて、関わっていた事を公言してしまう様なもの。

 あくまで彼の独断で行った事にしたい連中は、彼に処分を下せない。

 宙ぶらりんのまま、彼は未だに中佐の地位に就いていた。


 当然、宰相も彼の扱いに困った。

 どちらにも付け入らせない為に仕方の無い事とは言え、帝国内での彼の扱いは『透明人間』だった。


 つまり…

 正教国の手前、生きている事は公言出来ない。

 国内の政敵の手前、処分する事も叶わない。

 暫定的な処置として、『居ない者』として扱った。


 今は、数名の生き残りを抱えるだけの諜報小隊の傷持ち隊長として、諜報部の端の部屋に籠もり冷や飯を食っている。



 正教国の契約を利用しブラウ家を罠に嵌め、ハダシュト王国にダメージを与えようとした事件。

 表向きの戦犯はカニス家とされ、彼等は既に処分されている。

 正教国国民も帝国国民も、カニス家が独断で行ったと思っている。

 怒りも恨みも憎しみも嘲笑も、既に処刑された者達に被せた。


 しかし、裏の事情を知っている政治家連中が結託し、ベルゼルガを生贄として正教国に差し出そうとした。

 事件をほじくり返そうとしたのだ。


 彼を差し出す事で教皇に取り入りつつ、且つ、監督責任を理由にベルゼルガの上司である宰相フェルトガー=イメディングを、その地位から引きずり下ろす両得を狙った。

 ついで、宰相の親戚であるレヴォーグ家の名にも傷を付け、王帝の力が弱まる事も期待した。

 そこを、ゼーレベカルトルが手を回し、彼を助けて(かくま)った。


 ゼーレベカルトル自身も、彼を助け、事を収める為に幾つもの借りを作る事になり、多大な不利益を被った。

 その事をドノヴァン達に責め立てられて、ベルゼルガは肩身の狭い思いをしていた。

 だから彼は、今は、宰相や他の仲間達の為ではなく、ゼーレベカルトル自身の為に働いていた。


 「実は私の部下から報告が入りました…」


 個室に入ったゼーレベカルトルとその護衛達に、自分が危惧している事を伝えた。


 「下働きに変装して地階に紛れ込んでいた部下が、不審な者を見たそうです」

 「不審な者だと…?」

 「ええ…部下が見た者は…」


 ベルゼルガは、今回の作戦では仕事を任せられなかった。

 他の仲間達から彼の能力を疑う発言が出たからだ。

 直前の仕事で大失敗をし、左脚を失っているのだから当然ではあるが。


 なので、ゼーレベカルトルは他の仲間達に内緒で彼に仕事を与えていた。

 彼の部下達を派遣して作戦に支障が出ないように、進行具合に異常が無いように、見張る役割を任せた。


 その彼の部下が地階で見た者は、豪華な赤いドレスを着た一人の若い女性。

 ドレスの意匠は、クラウディアが入館時に着ていたモノに似ていた。

 誰かの侍女が、所用で地階に入り込んでいる可能性もあったが、侍女にしては派手な衣装だったので気になったそうだ。


 「…ただ、赤いドレスを着た女性…というだけで、黒髪だったわけでは無いようです」

 「しかし、何か気になった…という事か?」

 「ええ…嫌な予感がしまして。無くした脚が疼くのです」


 「確かに、地階にそういう女性が居れば目立つな…。目立つ…か…」

 ううむ…と唸りながら顎を撫でるゼーレベカルトル。

 ベルゼルガは黙って主人の様子を伺った。


 「…ドノヴァンの報告を待たずに、一度身を隠す必要があるかも知れんな…」

 ゼーレベカルトルの発言に、護衛達がざわめいた。

 「万が一、その女性が父上の罠だった場合、我々が彼女を狙っている事まで既に露見している…と言う事だからな」


 「幸いな事に、私達がクラウディア嬢を狙っていた事を、まだ(おおやけ)にしておりません。

 彼女を犯罪者だと公言してない今なら、幾らでも言い逃れしようがあります」

 ベルゼルガの意見に対して静かに頷く。


 「し、しかし、もし罠だった場合、閣下は…ドノヴァン閣下はどうなるか…」

 護衛の一人が慌てて口を開いた。

 それに併せて、次々と「閣下の援護に…」と言う意見が出た。


 黙って聞いていたゼーレベカルトルが口を開いた。

 「あいつなら簡単には殺られはせん。30人以上の部下も付いている。

 寧ろ、罠をぶち破って彼女を捕らえるだろう。

 絶望的な戦場から、何度も生還してきた男だ。

 そうだろう?」

 その言葉に、護衛達は何度も頷いた。


 「今は、万が一我々の行動が露見していた場合に備えて、殿下は閣下から距離を置く事が必要かと…」

 ベルゼルガの意見に、護衛達は殺意を込めた目で睨んだ。

 「その閣下とは、ドノヴァンか?叔父上か?」

 「…両方です」

 彼は言い難そうに呟いた。


 「中佐!自分の上司すら切り離そうと言うのですか!?」

 上司である宰相すら見捨てて、ゼーレベカルトルだけ身を隠せと言っているベルゼルガに、護衛の一人が食って掛かった。

 「最も大切なものは殿下の御身だ」

 感情に任せる護衛に対して、彼は冷静に返答した。

 ベルゼルガの意見に、納得がいかない様子で睨みつける護衛達。一触即発の雰囲気だった。


 その時、ゼーレベカルトルは黙って手を挙げて、両者を制した。


 「待て…今は身内同士で争っている場合では無い。

 罠だと言うのも、まだ仮定でしか無い。

 赤いドレスの女性を見ただけだろう?」

 ベルゼルガに向けて静かに尋ねると、彼は黙って頷いた。


 「お前たちが武器を見せびらかしながら慌てて地階になだれ込めば、騒ぎが大きくなる。

 行方不明の令嬢捜索という言い訳が苦しくなる…。そうだろう?」

 今度は、護衛達に向けて静かに諭す。

 護衛達はバツの悪そうな顔をして頷いた。


 「叔父上達は、行方不明の賓客を探しているだけ。

 ドノヴァンもそうだ。

 下手に騒ぎを大きくすると、彼等に不利になる」

 「で…では、中佐の言う通り身を隠しますか?」


 ゼーレベカルトルは暫く考えた後に小さく頷いた。


 「俺は、一旦身を隠す。

 外の『カーテン』は恐らく、古の魔導具か何かだろう。それの解除方法を探している…と、周囲には話せ。

 それなら、叔父上達も察して余計な行動を控えるだろう」


 誰も出入り出来ない『カーテン』。

 鳥かごに成っている離宮。

 彼等にとって有利な状況だ。


 その状況で、クラウディアの捜索に加わらないで、『カーテン』の解除をするとゼーレベカルトルが言えば、宰相達は自分達に不都合な状況が起きていると知り、警戒する。


 仮に王帝の耳に入っても、彼の敷いた罠だったにせよ無関係だったにせよ、ゼーレベカルトルの行動は咎める事は出来ないし、叛逆の証拠にもならない。

 寧ろ、異変解決に尽力している様に見える。


 「ベルゼルガ、お前も一時的に身を隠せ。

 その左脚を見られると、正教国の者に勘付かれるかもしれん」

 ベルゼルガは恭しく頭を下げた。


 「お前たちは、俺が近くの部屋に『居る』様に振る舞え。

 通路の端まで目を遣り、誰かに尋ねられたら、先程言った理由で答えろ。

 そして、俺の代わりに捜索隊からの報告を受けろ」

 護衛達は敬礼をして応えた。


 「叔父上かドノヴァンが吉報を持って来たら作戦は継続。

 もし報告が無く『カーテン』が消えたら、父上の罠だったと断定して現場を放棄。街中で暴れているだろう娘達に合流する為に、事前に予定していた酒場へ行け。

 外から落とす方針に変更する」


 そう言うと彼は、足早に部屋を出て行った。




 

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