◆4-89 地階に咲く彼岸花4
各々の視点
クラウディアは静かに姿を現し、挑発するかの様に袖の中に隠していたナイフを取り出して見せつけた。
それを見ても全く動じず、攻撃に転じない様子を確認すると、彼女は一気に駆け出して来た。
相手に合わせ、動く左脚に力を込めて飛んだ。
…良し、右膝の痛みはあるが無視出来る。
片脚でも素早く動ける事を見抜いていたらしく、彼女は途中で制動をつけて止まり、こちらの喉を目掛けて持っていたナイフを投げつけた。
それも予想の範疇だ!
ドノヴァンは目の前で、瞬時に圧縮魔術式を発動させた。
魔術式発動には各々の得手不得手などに依り、発動条件や規模、形態に個人差が出る。
圧縮魔術式であれば発動位置指定、圧縮必要時間、圧縮密度調整など、複数の項目を脳内で調整しているので時間が掛かる。
しかし得意でさえあれば、努力次第でその調整をいくらでも、速く、正確に出来る様になる。
ただし、脳内での複雑な操作が必要なので、集中力が途切れると発動そのものが失敗したりもする。
ドノヴァンは、六連魔道銃を使用出来るくらいに圧縮魔術式に集中して訓練してきた。
圧縮魔術式だけが、直接的に、瞬時に相手にダメージを与えられる。その為、戦場では一番役に立ったから。
彼は、発動位置指定の下準備さえ整えておけば、後は瞬き程度の時間で魔術式の発動が出来るくらい、修得していた。
…さっきの様に不意さえ突かれなければな。
貴様など近付かせないんだよ!
小爆発が起こり、その反動で飛んで来たナイフが打ち落とされた。そして、そのままの爆風が彼女に向かって拡がって行く。
目の前で発動したドノヴァンにも、同じだけの反動を受けるが、覚悟さえしていれば大した事では無い。
しかし彼女はナイフを投げた後、素早く後ろに飛び退き逃げていた。
だから、爆発の威力は届かなかった。
それも計算の内だ!
離れた場所に飛んで逃げたクラウディアに向けて、剣を思いっ切り振りかぶった。
当然、剣の長さは全然足りない。
間合いが離れ過ぎている。
振り抜いたとしても、届く訳は無い。
魔術式で創った剣ゆえ、手元からは離せない。
彼女もそれは分かっているらしく、その事を警戒をしていない。
…貴様も他の奴等と同じだ。
剣を振り抜く直前に、剣の軌道予定上に瞬時に圧縮魔術式を発動させて、魔術式の『発動』そのものを剣の腹で打ち抜いた。
発動する刹那に打ち抜く事で、発動自体に方向性を与えた。
飛びながら爆発していく爆風は、剣を振り抜いた方向に勢い良く飛んでいき、避ける間もなく彼女に命中した。
「うぐぅ!」
彼女から、痛みを堪える声がした。
…流石にこれは避けれまいよ。
直接当てた時に比べれば威力は格段に落ちるが、普通の兵士でも気絶する程度の威力はある。
彼女は爆風に吹き飛ばされて数メートル空中を舞い、折り畳まれて保管されていた巨大な攻城兵器の柱部分に背中を強く打ち付けた。
「…ぐっ!」
悲鳴ではなく、息の詰まった様な声を上げて、彼女は兵器の下に落ちた。
再びすぐに剣を振り上げて、連続して圧縮魔術式を構築し、力いっぱい振り下ろす。
3発の弾かれた『発動中の圧縮魔術式』が、彼女の落ちた先に向かって飛んで行き、そこで勢い良く爆発した。
爆風は当たった攻城兵器を大きく揺さぶり、爆音は廊下まで響いた。
しかし彼女は、当たる直前で素早く転がり爆風を回避した。
そして、構造体の隙間から攻城兵器の中に逃げ込んだ。
…ちっ、見た目より頑丈な奴だ。
アレをくらって、すぐに動けるとは…。
あそこでは爆風は当たらんか…
だが逆に、隙間を通って逃げる事も出来ない袋小路だ。
俺は、痛む右脚を引きずりながら、奴が隠れた場所の入口を塞ぐ様に移動を始めた。
◆◆◆
…くぅ…!
爆風を、もろに顔に受けて息が出来なかった!
イタタタ…
背中も酷く打ち付けたわ。
受け身が取れなかったからね…
あんな方法で圧縮魔術式を遠距離攻撃に使うなんて…初めて見たわ!
普通の武器では魔術式に触れられないけれど、魔術式で創った武器なら弾けるの?でも、どういう原理?
もしかして…表面層に拡がる高密度魔素の斥力利用か…!?
やばいわね…。
あれは、通常の武器では弾く事も止める事も出来ない。
電磁気力と同様に、魔素にも引力と斥力が存在する。
水を導体にしない、伝達速度が遥かに遅い等の違いはあるが、魔素は電磁気力と近い性質を持つエネルギー体。
磁力程ではないが、密度が大きくなると指数関数的に引斥力が跳ね上がる。
エネルギーが形を変えて物体に作用する事は出来るが、物体自体でエネルギーを叩く事は出来ない。
だが、物質化魔術式で生成した物ならば、その物体の周囲を覆う物は魔素という高密度エネルギー。
そして、発動直前の圧縮魔術式は大量の魔素と空気が一点に凝縮した、こちらも高密度エネルギー体。
高密度魔素同士の反発。
魔導具士の間でも、あまり知られていない事を…?
そこまでの知識がある様には見えない…。
感覚で魔術式を使うタイプの奴か…。
圧縮魔術式が空気を巻き込んだ熱量を発散させるまでのコンマ数秒の塊状態。
その刹那の瞬間に、剣を覆う魔素で打ち出す。
頭で考えて出来る事じゃないわよね…?
瞬きよりも短い、刹那の時に合わせないと出来ない芸当…!
あいつ…ジェシカと同じ天才タイプか!
物質化と圧縮をあそこまで極め、且つ、感覚で魔術式を操れないと出来ない技…。
くそっ…ただの筋肉馬鹿と侮った…
まずいわね…思った以上の手練れだったわ…。
◆◆◆
クラウディアは、畳まれた大型器械の入り組んだ柱の間に身を隠していた。
器械自体がかなり大きい為に、この場を照らす魔導灯にも、器械の奥の方迄は照らせない。
彼女は、その一番暗い場所に潜んでいた。
「どうした?降参するか?
今すぐに出てくるなら命は助けよう!」
彼女に通告をしながらも警戒は解かずに、丁度良い位置を探した。
確実に仕留める為に、彼女が逃げ込んだ入口を塞ぐ様に移動する。
右膝の痛みは興奮が消してくれている。
動きはしないが、奥の手発動の邪魔にならなければ良い。
器械の反対側は、構造状、狭過ぎて通れない筈。
器械の間から抜け出す為には、自分のいる目の前を通らないといけない。
そんな丁度良い位置に陣取った。
ただ、彼女の姿が見えない。
このまま魔術式をぶつけてやれば、十中八九殺せると思う。
しかし、不意打ちの一撃でも気絶しなかった程の奴。
生き残る可能性もある。
殺したと思って捜索したら手痛い反撃を受けるかもしれん。
ここは確実に、奴の顔を見て仕留めたい。
「どうした!?今だけだぞ!
これ以上抵抗するならば、軍務執行妨害の罪で処刑する!」
俺は最後通告を突き付けた。
「待って!今行くわ!」
器械の奥の方から、彼女の声が返ってきた。
…良し!
これで姿を見せたら、今度こそ殺してやる。
早く、その悪魔の様な顔を見せに来い!
俺は魔術式を発動させる準備に入り、身体の向きを変えた。
瞬間…、
カン!カカカカン!!
硬い木で金属を叩く様な音が、四方八方から響いてきた。
なっ!?何だ?
身構えるより早く、倉庫内の魔導灯が一斉に消えた。
それと同時に、左太腿に熱い物を押し付けられ、勢い良く引っ張られた。
右膝に力が入らなかった為、俺はバランスを崩して転倒した。
何が起きたか分らないまま、倉庫内は真っ暗となり、石畳に顔面をぶつけた。
魔術式で創った剣も手放してしまい、消えてしまった。
…まずい!すぐに立ち上がらなければ!
急いで立ち上がろうとしたが、何かが石畳に引っ掛かり、左脚が上手く動かせない。
手探りで太腿を触って、何が起きたかを理解した。
ぐぅぅ…!脚に!俺の脚にぃ!!
自分の左太腿にボウガンの矢が貫通して、そこで止まっていた。
勢い良く太腿を貫いた矢が、筋肉を貫通出来ずに脚ごと引っ張った所為で、転倒したのだ。
太腿の矢を折って抜く為に、仰向けの姿勢になり、両手で矢を掴んだ。
その瞬間…!
悪寒が背骨を伝った。
全身に一斉に鳥肌が立った。
反射的に両手で首と胸を守った。
首を守った左腕を、鋭いナイフが貫いた。
真っ赤な瞳をギラつかせ、長い黒髪を振り乱した少女が、両手で握ったナイフに全体重を乗せて彼に覆い被さって来たのだった。
…このっ!…悪魔め!
彼女は力を込めて首を貫こうとしてくる。
咄嗟に右腕を左腕の下に滑り込ませ、下向きに降りてくるナイフを、左腕ごと押し留める。
左腕の橈骨と尺骨の間を抜けた刃先は、彼の甲状軟骨の皮膚に触れたところで止まった。
…おっ!重い!!?
これが、ガキの力か!?
体重なんて俺の半分も無い筈の?
いつもなら、片腕で軽く持ち上げられる程度の重さなのに!!
クラウディアは重心移動を上手く使う事によって、相手の力の入りにくい場所に移動しながら、ナイフの刃先にのみ全体重が乗る様に力を込めた。
ドノヴァンは必死の形相で押し返すが、両脚を損傷している所為で力を上手く出せなかった。
クラウディアはまだ少女。
いくら重心の使い方が巧みでも、体重が軽すぎた。
一方のドノヴァンは、端的に言えば満身創痍。
その為に、二人の力が拮抗してしまい、膠着状態となった。
「………」
「クソガキがあああ!」
無言に冷静に、そして、無表情にナイフを押し込み続けるクラウディア。
激昂し、倉庫内に響き渡る絶叫と共に押し返し続けるドノヴァン。
顔がくっつく位の距離で行われる命のやり取り。
微動だにしない二人の殺し合いは、永遠とも感じられる程の刹那の間、続いた。
ガラガラガラ…
突然、倉庫の扉が開き、真っ暗な室内に廊下の光が差し込んだ。
ドノヴァンの叫び声を聞きつけ、倉庫の外から、キナラを含む3人の騎士達がなだれ込んで来た。
「閣下!閣下!此処ですか?
こちらにいらっしゃいますか!?」
「ここだ!俺は此処に居るぞ!」
ドノヴァンは、仰向けのまま叫んだ。
飛び込んで来た騎士達に気を取られ、クラウディアの重心移動が一瞬ずれた。
その一瞬を見逃さずに一気に力を込めて、ドノヴァンは彼女を跳ね除けた。
すぐに捕まえたいが、左腕にナイフが貫通し、両脚も動かない状態では、自分で取り押さえる事は不可能。
咄嗟に、ドノヴァンは魔道銃での発砲指示を出した。
「閣下!暗くて、こちらからは相手の位置が分かりません!誘導願います!」
キナラが声を掛け、ドノヴァンがそれに応える。
「入口を背にして、一時方向にある攻城兵器の間、攻城兵器先端左端から2メートル左だ!」
ドノヴァンの声に反応して、魔道銃を所持していた二人の騎士達が一斉に発砲。
クラウディアのすぐ側で弾丸が跳ねて、ドレスを引き裂いた。
「ずれた!もう半メートル右だ!」
今度はクラウディアの腕を掠めて、皮膚を削り取った。
彼女は咄嗟に身をひるがえし、その場を飛び退いた。
「丁度2メートル左に飛んだ!着地する位置に撃ちまくれ!」
ドノヴァンの声に従い、騎士達は弾を込め直しながら、交互に何度も撃ち続けた。
うぅ…
手持ちの弾丸が尽きた頃、暗闇の中からうめき声が聞こえ、倉庫内は静まり返った。
「お前たち!良くやった!!」
真っ暗な倉庫の中で、ドノヴァンの喜ぶ声だけが響き渡った。
ドノヴァン「見よ!俺の奥の手!グレネードランチャー!!」
この世界でグレポンが発明させるきっかけとなった出来事であった…のは別のお話。




