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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
188/287

◆4-88 地階に咲く彼岸花3




 パキン…ゴリ…

 …右膝から響いた音は、昔何度か聞いたことがある。


 戦場でナマクラな剣を振り回し、それが相手の肘に当たった時に聞こえた音が一番近い。

 その時の相手の関節は逆方向に曲がっていた。

 今の俺は…?


 まず、すぐに無事な方の脚と両手を使い立ち上がった。


 「ぐぅ…!」

 電気が走る様な痛みが右膝の辺りからやって来た。


 服の上からでも分かる程の出血で、ズボンの膝の部分が真っ赤になっていた。

 膝の向きは正常だった。

 しかし動かそうとすると、強烈な痛みと痺れで曲げられない。


 裂傷と骨折…か?

 いや…折れてはいない。皿が割れたか…。

 ヤツの体重が軽かったお陰か…。

 だが、何箇所か亀裂が入っているかも知れん。

 立っている事は出来ても、膝は曲げられん。


 次に穿たれた喉を触る。


 …こちらも軽傷…。

 一瞬息が止まったが、潰れてはいない。

 まだ痛みが残って少し呼吸がし辛いが、この程度なら問題無い。


 続けて、頭突きを受けた顎と剣の腹がぶつかった鼻を確認する。


 …顎の骨は無事だが、衝撃で歯が欠けたか…。

 鼻は…折れてるな。鼻血も酷い。


 口呼吸での戦闘では判断力が鈍る…。

 顎にくらった衝撃で、目眩も酷い。

 まずいな…膝と呼吸と脳…動きを封じられた。


 彼女にもう少し腕力があったら、喉を潰されていた。

 彼女にもう少し脚力があったら、顎が割られていた。

 彼女にもう少し体重があったら、膝は粉々に粉砕されていただろう。


 だがこの程度…戦闘なら日所茶飯事。

 これは、弱いガキを追い詰める狩りではない。

 ここは戦場だ…!


 ドノヴァンは集中して、意図的に脳内麻薬を分泌させて痛みを和らげる。

 自然に動ける様になる訳ではないが、気を散らす様な痛みは抑えられる。


 …これで、魔術式は使用出来る。

 ガキだからと侮っているつもりは無かったのだが。


 躊躇も手心も無い彼女の戦闘スタイルは、命のやり取りに慣れている戦場経験者の物。


 …やはり奴は王国の刺客だ。

 だが、これで堂々と殺せる。

 これだけの負傷を見せれば、誰も俺の言う事を疑うまい。

 ベルン…王国の人間を招き入れた責任はとって貰うぞ…



 ドノヴァンは、クラウディアの飛んで逃げた方を向き、右膝に体重を掛けないように不格好な警戒姿勢をとった。


 騎士の修練の中に、片手片脚を失った時の防御姿勢訓練があった事が幸いした。

 当時彼は、そんな状態なら仲間に頼る以外は無いだろうと考えていたが、今はその時の訓練に感謝していた。

 おかげで、こんな酷い状況でも混乱せずにすぐに立ち直り、落ち着けた。

 

 しかしドノヴァンが自分の体調の確認をしていた僅か数秒の間に、クラウディアは再び暗闇に逃げ込んで姿を隠してしまった。


 飛んで行った自分の剣を探したが見当たらない。

 あったとしても、それを拾いに行く隙を見逃す程、甘い相手では無い事は判っていた。


 …まさか、ガキ相手にこの手を使う事になるとはな…


 ドノヴァンは冷静に物質化の魔術式を構築し、右手の中に真っ赤な長剣を創り出した。

 片腕で数回振り回し、使用具合を確かめた。

 火傷で引き攣る左手を添えて、両手で正眼に構えた。


 彼は冷静に、警戒態勢を取り直した。



◆◆◆



 …いたぁ〜…頭がガンガンするぅ…

 頭…割れてないわよね…?

 コブ出来てる〜!くそっ…

 なんて頑丈な奴なのよ!


 拾った瓦礫を握り込んだ『喉潰し』も、甲状軟骨のすぐ下に命中したから潰れたと思ったのに、意外と軽傷みたい。


 顎が下がったから、咄嗟に顎の急所(下昆)目掛けて頭突きをしてやったのに、なんて硬さ!

 こっちの頭が砕けるかと思ったじゃないの!?


 私の全体重を掛けた『膝折』でも、奴の脚が硬すぎて踏み抜けなかった…あれだけ伸び切った膝だったのに!

 普通の奴なら、自重に耐え切れずに折れるのに…。

 異常なまでの筋肉馬鹿ね。

 あの状態で反撃までして来た奴は初めてだわ。


 でもあの動きからすると、膝へのダメージは大きいみたいね。お皿くらいは割れたかな?

 鼻血も酷い様だし、鼻くらいは折れた?

 上半身が目に見えて上下している…かなり、息がし辛いと見て間違い無さそう…。

 視点もフラフラしてる…顎のダメージは暫く効きそう。

 私の逃走も警戒するだろうし、暫くはあの場から動かないと考えても良さそうね。


 さて、どうしよう…?

 私だと力不足ね。

 倒し切るのは難しいか…。


 いくら負傷していても、あれだけの手練れに同じ手は通じないでしょう…。


 手元に出した物質化した剣。

 片脚なのに軽々と振り回している…。

 あの反応速度では、用意した仕掛けは全て弾かれるわね…。


 グレンデルと違って注意力も並外れて高いし、素早い。

 …頭の回るグレンデルと考えると、かなり厄介ね。

 グレンデルにやった様な糸の罠も、あの剣なら簡単に破るでしょう。


 くそぅ…甘く見ないで魔導銃くらいは持ってくるんだったわ!



 クラウディアは、ドレスだと隠す場所が無く、万が一持っているところを見られると警戒されると考えて、自分の魔導銃は置いてきてしまった。


 大剣を投擲するのに邪魔だからと素手で戦った。

 そもそも、初めの大剣の投擲が防がれるとは思わなかった。


 大剣の投擲以降の三連撃は、彼女が瞬時の判断で行った、ただの悪あがき。

 その悪あがきも、ただの騎士程度なら充分に致命傷だった。

 しかし、少将に成った今でも現役の倍の訓練をこなしている彼には、効果が薄かった。


 しょうが無い、奥の手を使うか…。

 幸い此処が武器庫なだけあって、色々とやれる事はある。

 問題は、咄嗟に彼の膝を壊してしまった事ね…。

 あれで必要以上に警戒されているだろうし。

 …取り敢えず、まずは武器ね。

 たしか、ナイフが入ってた木箱がこっちに…。


 クラウディアは警戒態勢をとるドノヴァンを横目に、真闇の中に紛れ込んだ。

 闇の中を静かに移動しながら、次の攻撃準備を整えていった。



◆◆◆



 右膝が壊れた今、自分のすぐ後ろにある出入りからクラウディアを逃がしたら、完全に彼女を追う術が無くなる。

 ドノヴァンは動きたくても動くわけにはいかないジレンマで、イライラしていた。


 …俺の後を追い掛けていた部下が、此処に来てくれれば何とかなる…!


 …しまった…扉を少しでも開けておけば良かったか。

 異常に気付いて確認に来る平民くらいは期待出来たかもしれん…。

 いや…こんな時に平民に(すが)ろうとは…なんと情けない!


 暫く、葛藤しながら警戒をしていたが、投擲武器も何も飛んでこない。

 あまりに静かな様子に、色々な考えが脳裏をよぎった。


 …これだけ待っても仕掛けて来ない?

 何か準備をしているのか?

 時間を掛けてくれるのは願ったりだが、不気味だ。


 しかし、援軍が遅い…!

 部下はどうしたのだ!?

 …万が一単独になった場合は、前線から退き援軍を呼ぶ様に訓練してあった所為か…?

 どうせならキナラ達でも連れて戻って来て、この辺りを一斉に捜索してくれれば最良なのだが…。


 片脚で警戒したまま、この場から動く気配を見せない彼の様子を見てか、クラウディアは自分から姿を現した。


 …ようやく現れたか。

 このまま始末出来れば良し。

 部下が来るまで時間を稼ぐ手もある。


 素早く動けない事を知らせる為に、わざと右脚を引き摺りながら、彼女に近付く。


 動かすと膝に激痛が走る。

 脳内麻薬程度だと、激痛の反射で起きる筋肉の緊張までは誤魔化せない。

 息をゆっくりと吐き出して緊張を解す。

 いざという時に素早く動ける様に。


 ふぅ……痛みを制御しろ…自分の意識の下に仕舞え。

 戦場では良くやる事。ここは戦場だ。


 相手は警戒している。

 当然、こちらの剣の届く範囲には入って来ないだろう。

 と、なると投擲だが…爆発物は使うまい。

 使用すれば、音が俺の部下を呼び寄せる。

 警戒するのは、弓矢、ボウガン、…さっきの様な大剣の投擲はするまい。あれは初見の相手にしか通じない手だ。


 この剣は物質化魔術式で創った。

 創り出すところを、わざと見せたのだから疑わないだろうよ…。

 わざわざ無駄に大量の魔力を使用して剣を創り出すなんて、緊急時くらいにしか使わない手。


 物質化魔術式では、身体から離れた物は消えてしまう。

 その為、投擲武器は物質化しない。

 それがこの世界の常識。


 …だが、それでは一対多数が当たり前の戦場では生き残れない。

 普通の剣を使っても同じ事だからな。

 だから俺は、それを克服する技術を創り出し、身に付けた。

 万が一、六連魔道銃を失った時を考慮して…な。


 クラウディアは両手のひらをこちらに向けて立ち止まった。


 素手だと…?降参か?

 ハッ…そんなわけ無い。


 …武器を隠しているな?

 ひらひらしたその袖に、ナイフでも仕舞っているのか?

 それともスカートの中にボウガンか?

 毒針は女性暗殺者が好む手だな。

 吹き矢というのもある…

 油断はせん…全て叩き落としてやる。


 ほらほら…こちらは素早く動けないぞ?

 だからもっと近付け…

 こちらの()の届く範囲にな…!



◆◆◆



 この筋肉馬鹿は、私が素手で姿を現しても、飛び道具に対する警戒を解こうとしなかった。


 逆に、向こうも飛び道具を出して来ない。

 弓やボウガンの様な物は持っていないのは確認していたけれど、スリングやブラックジャックなら、服の切れ端でも作れる。


 戦場経験の多い彼なら、そこらの木の棒をナイフに変える事も、瓦礫を弾丸に変える事も造作の無い事。


 投げ飛ばした魔道銃を探す様子も、飛んでいった剣を取りに行く様子も見せないで、こちらを警戒し続けている。


 …そういう準備を一切する様子が無いという事は、必要が無いと言う事よ。

 何か…隠し武器を持っているわね。


 マリアンヌの様な物質化魔術式の固定化が出来るなら、先程創り出した『剣』を投げて来るのだろうけれど、あんなレア能力、そうそう居るわけ無い。

 しかし、何かを隠している事は相手の目を見れば分かる。


 万が一彼の部下が、今この場に来たら絶体絶命。

 これ以上は時間を掛けられない。


 危険だけれど、先にこいつを動かさないとね…はぁ…痛いの嫌いなんだけど…

 こちらが素手だと、余計に警戒して動かない…?

 しょうが無いにゃあ……嫌だなぁ…


 私は右袖の中に隠していた大型のナイフを取り出して、相手から見える様に構えた。

 先程この倉庫内で調達した物だ。


 …武器を見せたら目の色を変えたわね。

 警戒を強くした様に見せようとしているのか…

 奥の手が使いたくて、ウズウズしている様にしか見えないけどねぇ。


 クラウディア一気に駆け出して間合いを詰めた。

 ドノヴァンは、それを合図に素早く動き出した。

 この場が一気に戦場に変わり、二人の殺意のぶつけ合いが始まった。



 

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