◆4-85 晩餐会 赤い服の少女
ドノヴァン視点
クラウディア捜索の為に地階に降り、そこで会ったキナラに助力を求めた後、キナラとは反対側の、東側倉庫群を捜索する事になった。
「これから、地階東側食料庫の捜索に入る。
こんな汚い所に貴族子女が入り込むとも思えんが、可能性は全て潰す。
目標はクラウディア嬢だが、破壊工作をした王国の仲間達が隠れて居るかも知れん。
彼女のみならず不審な動きをする者を警戒し、対処せよ!
目標を発見したならば、出来るだけ生かして捕縛。
だが無理なら……殺して構わん。
もし対応に困ったら私を呼べ!」
部下達も、少女であるクラウディアが破壊工作をしたとは考えていないが、ドノヴァンが『した』と言ったので、その様に『考える』。
完璧に訓練された兵隊は、自分の意思や意見は『考えない』。
ドノヴァンが号令をかけると、騎士を小隊長とした5人編成の小隊が複数、一糸乱れぬ動きで、一匹の大きな生き物の様に一斉に動き出した。
彼等は、対象が子供だからといって油断はしない。
此処が戦場ではなく、平民ばかりの地階であるからといって気を抜かない。
無言で命令された事だけを黙々とこなしていく。
全員が、ドノヴァンが鍛え上げた精鋭達だった。
ドノヴァンは、部下達のその様子を後ろで見ながら、満足そうに笑みを浮かべた。
ただ、その光景を良い物と捉えるのはドノヴァン達だけで、地階の住民達には恐怖でしかなかった。
キナラに部隊の一部を預けたが、それでも20人以上の帯剣した集団。
鍛えられた彼らの身体からは、普段の鍛錬の様子が見て取れる。
黙々と行動する彼等の様子は、命令次第で何をするか分からない。
元々は、戦場で敵を恐怖させる為に鍛えられた、完璧な兵士達。
そんな彼等が何かを探しながら、鋭い眼光を平民達に向けて進んで来る。
「ひっ…わ…わわ…」「き…騎士様…?」「え…なんで?」
突然現れ、自分達の顔をジロジロと見ながら横を通り過ぎる兵士達を見て、悲鳴を上げて逃げ惑う平民達。
ドノヴァンは顔に出さない様に気を付けながら、心の中だけで悪態をついた。
…これが平民達の支配者に対する素直な感情だ。
普段、命を賭して平民達に尽くしている俺達に対する…な…。
見てみろ…ベルン。これがお前の理想か?
貴様が平民信徒達におもねて、いくら奴等に手厚い支援をしたところで、こいつ等の性根も我等に対する悪感情も変えられぬではないか?
だからこそ、力ある者が力を用いて率いねばならぬのだ…。
◆◆◆
「此処も分かれ道か…。
おい…お前達はそっちだ」
ドノヴァンが命令し、小隊がまた一つ、細い通路に入って行った。
こうして、通路が枝分かれする度、大きな倉庫の捜索が入るに度に、部隊を分けていく。
とうとう自分の周りにいる部下は、僅か5人小隊一つだけになった。
「まるでネズミの巣穴だな…。今何処に居るのかもわからん…。
残りは、私と一小隊だけか…これ以上は分けられんな」
…ただの小娘に対しては過剰戦力だろう。
しかし、カーティ教授に対して見せたあの動き…最低限の体術の心得があると考えるべきだ。
やられはせんだろうが、逃げられる可能性がある。
一応警戒しておくに越したことはない。
ドノヴァン達は、目に付く部屋を全て開け、虱潰しに捜索していく。
現在、彼等が居る場所は、食料倉庫が幾つも並ぶ大通路。
何人もの下働き達が、忙しそうに小麦粉や野菜、燻製肉の入った袋を手押し台車に積み込み、調理場に向けて運び出している。
そんな彼等も、ドノヴァン達を見ては仕事の手を止めて跪き、顔を伏せて彼等が通り過ぎるのを、青褪めながらじっと待っていた。
その伏せた顔を、兵士達が無理矢理引っ張り起こし、じっと覗き込み、手を離す。
皆、恐怖で顔が引きつっていた。
搬出作業をしている下働き以外は居ないこの辺りは、入り口付近と違って人集りが無いので視線が通る。
顔を伏せている下働き達を確認しながら、開いている扉から倉庫内を一つ一つ、中を確認しながらゆっくりと通り過ぎる。
その中の一つに、扉が閉じられたまま誰も出入りしていない部屋があった。
キィ…
兵士が扉に触れると、軋んだ音を立てて僅かに動く。鍵は掛かっていなかった。
彼等が倉庫の扉を静かにゆっくり開けると、真っ暗な部屋の隅で、布に包まれた蠢く何かが居た。
全員が、音を立てないよう気を付けながら、静かに剣を抜いた。
兵士達が、相手を取り囲む様にゆっくりと鶴翼状に拡がり、小隊長が、部屋の魔導灯の魔石に手を伸ばす。
皆が警戒しながら忍び寄った。
…ブゥゥン…
魔石に魔力を流すと、魔導灯が部屋を隅まで照らした。
部屋が明るくなると同時に、布の下から何かが顔を出した。
兵達が一斉に剣を突きつけた。
「ひっ!」「何?何よ!アンタら!」
裸の男女が、彼等の剣先に怯えてガタガタと震えていた。
「…こんな時に、こんな場所で何やってんだ?こいつ等は…」
小隊長は呆れて呟いた。
「き…き……貴様ら!晩餐会の仕事をさぼって何をしておるかー!」
ドノヴァンがキレて、大声で怒鳴りつけた。
二人は顔を真っ青にして、頭を抱えて縮こまった。
その時…
カツン…カツン…カツン…
石畳と靴の踵がぶつかり、高くて軽い音が、部屋の外の大通路から響いて来た。
通路で作業していた者達の履いている、カポカポと鳴る木靴とは違い、僅かに金属音の混じった高級靴の踵の音。
ヒールの音程から、体重の軽い女性物だと判る。
こんな場所に、高級靴を履いた女性がいる訳がない。
全員が、一斉に部屋の入口方向に顔を向けた。
それと、ほぼ同時に…
ピィー!ピィー!
呼び笛から出る高い音程が、何処からか響いて来た。
軍で使用される、『目標発見』の合図だった。
ドノヴァン達は、一斉に部屋から飛び出て廊下を確認した。
「閣下!あちらに!」
兵士の一人が、通路の先の曲がり角を指差した。
「でかした!」
ドノヴァンはすぐさま駆け出そうとすると、
「お待ち下さい!閣下」
別の兵士が彼を止めた。
「閣下!そちらではありません!こっちです!」
彼を止めた兵士が、反対側の通路を指差す。
「む…?どっちだ!?」
ドノヴァンが困惑しながら、二人の兵士に尋ねた。
「靴音のした方角に、通路を曲がって行く赤いドレスの裾を視認致しました!」
「自分は赤いドレスだけでなく、黒髪の後ろ姿も確認しました!目標と特徴が一致しております!
そちらでは御座いません!間違いなくこちらです!」
「待て待て!!本当にドレスか?赤い布を運んでいただけの使用人を見間違えたのではないか?」
小隊長が二人を落ち着かせようと、可能性を提示した。
「流石に、ただの布と女性のスカートは見間違いません!女性靴の音もしていました!
こんな場所で、目標以外に高級靴を履く女性が居るわけが御座いません!
早く行かねば見失います!」
「それは、ただ赤い服を着た侍女ではないか?
お前は相手の黒髪と身長は確認したのか?
閣下殿!私は、少女くらいの身長と長い艶のある黒髪も視認しました!
光が反射するくらいに手入れされた髪は、貴族子女以外ありえません!
こちらです!お早く!」
「お前は靴音は確認したのか?
靴音は確かにこちらから響いたぞ!
晩餐会に出る子女が、音のこもる安物木靴の筈はあるまい?」
兵士達は、互いが見た人物が正しいと譲らず、睨み合った。
「今はいがみ合ってる場合ではなかろう!
閣下…どちらに行きますか?」
「「閣下!こっちです!!」」
二人の兵士達は睨み合ったまま、それぞれ反対方向を指差した。
その時、再び…
ピィー!ピィー!
先程よりも大きく、呼び笛の音が響いてきた。
笛の音は、二人の指した方向とは別の方向から聞こえてきた。
ドノヴァン達が迷っていると、笛が鳴った方の通路から兵士が走って来た。
手を振りながら、ドノヴァンの名を呼んでいる。
それは、キナラに預けた部下の一人だった。
「閣下!キナラ殿が対象を発見致しました!
現在、追跡中。
至急、ご指示をお願いしたいそうです!」
彼はドノヴァンの下に辿り着くと、息を切らしながら敬礼して報告した。
笛を吹きながら、西側の倉庫から此処まで走って来たらしい。
「何を言っている!俺が見た奴が目標だ!」
「だから違う!俺は少女を見たぞ!こんな場所に子供連れなど有り得んだろうが!」
「うるさい!落ち着け!閣下の御前だぞ!」
小隊長は、思わず部下達を怒鳴りつけた。
それまで黙って兵士達の報告を聞いていたドノヴァンが、考えながら口を開いた。
「…お前達…2、3に分けて、それぞれが先程見かけた対象を追え。
偶然似た者が居たか罠か分からん…慎重に行け。
…もし目標なら捕縛。仲間と思しき者なら殺せ」
すぐに小隊長と兵士達は了承を表す敬礼をした。
「キナラは今何処だ?案内を頼む」
「こちらです!」
ドノヴァンは呼びに来た兵士と一緒に、来た道を引き返して行った。
◆◆◆
ドノヴァンが、兵士と一緒に人混みを掻き分けながら西側資材置き場に向かっている途中、再び調理場のすぐ側に差し掛かった。
その時彼の耳に、少女の声が聞こえた気がした。
ドノヴァンが咄嗟に振り向くと、彼の目に目立つ赤い色が入った。
真っ黒な髪に真っ赤な目、それと同じ色のドレスを着た少女が、遠くの方からこちらを見ていた。
少女は、なんの感情も無い様な無表情でドノヴァンを眺めていたかと思うと、ふいっと顔を逸らして人混みに紛れて消えた。
「いたぞ!!こっちだ!」
ドノヴァンは兵士を置いたまま走り出した。
「きゃっ!」「うわっ!!」「何だ何だ!?」
ドノヴァンが人を掻き分けながら進むせいで、その場に居た人々がドミノ倒しとなった。
彼が人混みを抜けた時には、少女は見えなくなっていた。
ドノヴァンは帯剣に手を掛けたままその場に留まり、集中して視野を広く巡らした。
彼は波形型魔術式が得意ではないので、索敵は主に眼に頼っている。
だが、生まれ持った人より広い視野と戦場での経験から、僅かな人の動きも見逃さない特技を備えていた。
その視野が、他の平民達と違う動きをする者を捉えた。
こちらを恐怖しながら様子を伺う平民達とは違う、こちらを一切確認せずに反対方向へ動いていく黒髪を。
少女は赤いドレスが目立たぬ様、身を屈めて素早く人混みの間を移動していた。
人にぶつからず、僅かに覗き見える赤い布と黒髪だけが、人と人の間をすり抜けて行った。
「…やはり、何かしらの訓練を受けていたか…!
そうでなければ、敵地に子供達だけで送り出されるはずも無い!」
ドノヴァンは独り言ちて、すぐに追跡を開始した。
案内していた兵士が人混みを掻き分けて、やっと辿り着いた時には、赤い服の少女もドノヴァンも、その場から姿を消していた。
色々終わって楽になるかと思いきや…今度は病院通い…。
最低週2回投稿は続けます。4回は…出来たら…で…m(_ _)m




