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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
184/287

◆4-84 晩餐会 陰のお仕事 下準備

ジェシカ視点


執務室から非常用梯子で脱出した後の事




 離宮地階の東側食料庫群の一つ、農具や庭園整備の道具等を纏めて保管してある部屋。


 庭師連中以外は入らないので、当然、魔導灯等の金のかかる設備は無い。

 その彼等にとっても、この離宮の物置は遠すぎた。


 彼等は普段、外庭に在る作業小屋を自分達の道具置き場にしていて、こちらに来る時は特別な道具が必要になった時だけだった。

 その為に何年もの間、此処にはほとんど誰も出入りしていなかった。


 扉枠の隙間から廊下の明りが漏れ入って来るが、それもほんの僅かで、ほとんど真っ暗。

 壁に設置してある灯明皿には、長い事使用されてない事を示す様に、油だった物が汚く固まり、こびり付いていた。


 …ズ…


 その部屋の壁の一部が僅かに動き、小さな隙間が出来た。

 その小さな隙間から空気が流れ出て、道具に積もった埃が音も立てずに床にこぼれ落ちる。

 真っ暗なその隙間からは、部屋の中を探る様に動く目があった。


 …ズズズ…


 暫く様子を伺う素振りをした後、ゆっくりと壁が開いて隙間が大きくなった。

 そして、その隙間から二人の少女が顔を出した。

 赤いドレスで正装したクラウディアと、汚い顔の下女に変装したジェシカ。


 ゼーレベカルトル達が離宮執務室内で王帝と話している最中、クラウディア達は既に地階に戻って来ていた。


 「だから誰も居ないってば。大丈夫だって言ったでしょ…」

 「こういう事は慣れが一番怖いのよ。

 私は油断しない為にも、普段から訓練通りに行動する癖を付けてるの」

 「貴女って、勉強以外は真面目よねぇ…。

 これが勉強にも向けば…」

 「私の脳は、大切な事の為に空けてあるの」


 クラウディアは、ドレスについた埃をゆっくりと優雅にはたき落とした。

 「お嬢様だと、こういう時に面倒くさいわね」

 ブツブツと文句を垂れながら、真っ暗な中、手探りだけで乱れた髪型を器用に整え、髪飾りをつけ直す。

 その上から、誇りがつかない様に綺麗な布を被って髪を覆った。


 「なら、アンタも下女に成れば良かったじゃない。

 手間暇掛からず楽よ?汚くても目立たないし」

 私は嫌味で返した。

 クラウディアと違い、私は頭や服に付いた蜘蛛の巣を取るだけで、埃などは敢えて落とさない。

 下手に綺麗にすると逆に目立つ。


 「作戦上、そういう訳にもいかないしねぇ…」

 「作戦を立てた人を恨みましょう」

 「自分を恨むのは性に合わないわ…」


 軽口を叩きながら、差し込む僅かな明りの下でお互いの外見をチェックする。

 普通の人には見えない暗さだが、暗闇の中でも目が利く様に訓練している私達には、これくらいの明るさがあれば問題は無い。


 「連中の中で、誰が一番嫌?」

 準備を整えたクラウディアが、私に聴いてきた。


 今回の相手は、一通り下調べが済んでいる。

 内通者からの情報があったお陰で、とても楽だった。


 「ベルンちゃんから貰った情報と突き合わせると、ベルゼルガとドノヴァンかな〜。

 調査中に、この私が近付く事も出来なかったからね…」

 「…ベルンちゃん…」

 「アイツ等、いつも特定の集団の中に籠もっていて、近付く術が無かったという理由もあるのだけれど」



 ベルゼルガ中佐


 聖教国内での混乱・扇動・謀略を担当していた男。

 バーゼル魔導具士という偽名で活動していたが、私達…主にクラウディアが奴の作戦をぶち壊した。

 物凄く慎重な男で、たまたま訪れただけの、工房の息子の友人にすら尾行を付ける陰険ちゃん。


 作戦をぶち壊された後の行動も、素早くて思い切りが良かった。

 数年掛けた作戦を、不審な人影が工房周りを彷徨(うろつ)いている…という情報のみを理由に放棄した。

 放棄して逃げる事を読んでいたクラウディアに先回りされて、デミトリクスに左脚を吹き飛ばされたが、そこからも逃げ延びた男。


 奴の事は、こちらで調査を開始した時、偶然見つけた。


 軍の部署、ある中尉の鍵付き引き出しの中に、騎士名簿が仕舞ってあった(おちていた)

 盗み聞きした(たずねた)ところ、外国から金銭を貰っている疑いのある騎士達の名簿で、これから調査するとの事だった。

 だから、私の善意行動(ひまつぶし)の為に、その騎士達の事を調査してあげた。

 その時に、ベルゼルガがその騎士の一人に接触している場を確認した。


 当然顔は変わっていたし、杖と義足になったせいで歩き方も変わっていた。

 本人確認は出来なかったが、身長と肩幅、耳の形から奴である可能性が高いと考え、後にリリンから確証を得た。


 怪我をしてからは、対外諜報部・宰相麾下(きか)の部署に籠もって書類仕事ばかりしていたらしい。

 彼は常に警戒していた。

 ついこの間、死にかけたのだから当然かもしれないけれど。


 王帝から教えて貰った奴の能力は、波形魔術式の視界撹乱。


 近くの相手の視覚にズレを生じさせ、混乱させる。

 相手の視界をずらして、自分の姿が相手の意識に入らない様に操作する事で、潜入任務をやりやすくする諜報向きの能力。


 ただ、この能力の本当の利点(こわさ)は、接近戦や暗殺に物凄く有用だという事。

 もし相手が、目の前の銃を持った彼を見失えば、一方的に暗殺が出来る。

 逃走時も、近くに来た追手は彼を見失う。


 倒す方法はいくつもあるが、ほとんどが遠距離〜中距離での射撃。

 彼もその事を良く解っているから、義足になってからは尚更、自分の職場に引き籠もっている。


 「ジェシカでも無理?」

 「無理…とまではいかないけれど、致命傷を負わせられずに逃げられる可能性が高い…かな?」



 ドノヴァン少将


 帝国の叩き上げ軍人。頬に大きな傷のある男。

 軍隊を指揮する能力に長けていて、部下からの信頼も厚い。

 近接武器全般の扱いだけでなく、魔導銃も得意。

 近距離〜中距離まで隙が無い。

 一対一の戦闘だけでなく、戦場での一対多数にも強い能力を持っている。


 王帝から聴いた彼の能力は、非常に扱いの上手い圧縮魔術式と、素早い武器の物質化。

 戦場では、武器はすぐにナマクラになるので、倒した相手の武器と交換しながら戦う事がよくある。

 だが彼は、緊急時に魔素で剣を生成して戦う事が出来るので、継戦能力に長けている。

 若い頃は、その能力で何度も王帝の危機を救ったらしい。


 「昔の友人も今は敵だってさ〜。世知辛いねぇ」

 「大人の世界ではよくある話さ…」

 「私、まだピチピチの美少女だから分らないな♪」

 「どこから見ても完璧な年増の下女よ。安心して」


 ドノヴァンの強さは直接戦闘だけでは無い。


 一番の問題は、彼が、彼を崇拝する部下達を多数従えているという事。

 彼自ら鍛え上げた部下と共に、幾つもの戦場を生き抜いてきた彼等の結束は固い。

 阿吽の呼吸での行動が可能で、戦闘時の混乱が無い。


 彼は指揮能力が高く、新兵が混じった師団でも、負傷した大隊でも上手く動かす。

 しかし彼が一番強くなるのは、小隊〜中隊規模で、彼の育成した部下達と共に動く時。


 ドノヴァンを倒す為には、まず、訓練された彼の部下達を排除しなければならない。

 だが、小隊で動く彼等は、3倍以上の人数で取り囲んでも倒せるかどうか判らない。

 そもそも、その人数で取り囲もうとしても、その前に逃げられるだろう。


 もし、運良くドノヴァンを先に倒せたとしても、残った周囲の部下達が、どの様に行動するのか検討もつかない。

 死物狂いで突撃してくれれば良いが、万が一逃げられた場合、ドノヴァン仕込の戦争行為を街中で起こされる危険性がある。


 つまり、ドノヴァンを排除する場合、彼の部下達も一斉に捕まえないといけない。

 これが兎に角、難度が高い。


 「どっちも面倒くさそうな相手ね〜」

 「ベルゼルガは脚が悪いせいで、奴等とは行動を共にしていないわ」


 ルコックからの情報では、ベルゼルガ中佐は窓の無い部屋に籠もり、宰相達の連絡中継係をしているらしい。

 時折、近くの仲間達と情報の交換をしたり、自分の部下を使って情報を集めたりしているとの事。

 今は、外の様子が分からなくてヤキモキしているそうだ。


 「と、なると…私達の相手はドノヴァンかしらねぇ」

 「1階は、既に宰相達が動いているからね」

 「ああ…こんな面倒な奴を相手にするなら、外のクララベルとかいう奴と遊べば良かった〜」

 「ジェシカなら、あの怪力馬鹿娘とは相性が悪くないかもね。

 エレノア様の神織布(プロテウス)を抜けられるなら、遊びに行っても良いわよ?」

 「地下下水道からなら…」

 「そんな遠回りじゃ、着く頃には終わってるわよ」

 「くっそ…まさか、こんなに巨大な『カーテン』になるなんて…」

 「びっくりよね?

 精々、広間を覆う程度になると思ってたのに。ルーナとデミちゃんの魔力が余計だったかしら?」

 クラウディアは他人事の様に答えた。


 「お陰で、クララベル達の横槍は無くなったけれど、こちらも出られなくなるなんてね」

 「アンタって…時々、凄く間抜けよね…」

 「しょうが無いわ。ぶっつけ本番だったし。

 検証している暇も無かったしね!」

 彼女は開き直って胸を張っている。


 「まぁ良いわ。

 今回は、王帝ちゃんのエースちゃんとやらに手柄を譲ってやるわよ。私、優しいからね!」 

 「じゃぁ、面倒くさい相手の対策といきましょうか」

 「うへ〜い…」


 二人が暗い物置の中で作戦の最終確認をしていると、扉が静かに開いて廊下の明りが部屋の中に差し込んだ。


 「さて…準備万端、行きましょう!」

 クラウディアの合図で、私達は一斉に動き出した。



 

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