◆4-83 晩餐会 陰のお仕事 王帝のお手伝い
第三者視点
晩餐会の8の鐘が鳴る前
嬉しそうに窓に張り付き、『エレノアのカーテン』を眺めている王帝ベルンカルトル。
彼は普段、窓には決して近付かない。
この建物の唯一の弱点が窓だから。
この離宮は、ただ迎賓の為だけの建物ではない。
この建物の壁は、全て厚さ30センチの二重配筋の鉄筋コンクリート造。
外壁は化粧用ブリックタイル、内壁は天然木の板に壁紙、緻密な装飾腰板と凝った飾りの廻り縁で彩られ、壁内部の無骨さを完璧に隠していた。
扉板は、南国から取り寄せた『黒鋼檀』の一枚板。
肉厚で真っ黒な扉板は、木材とは思えない程硬くて重いが、一見するとただの黒い木。
だが、滑らかに動く特殊な器械式蝶番が無ければ、力自慢の男でも一人では動かせない程の重量物。
設置や運搬にも専用の大型器械が必要。
爆弾でも、簡単には破壊出来ない。
1階の大広間は、戦時には内装を変化させて簡単に司令部に造り変えられる。
東側に設えられている大きなテラスは、整列させた軍隊に演説を行う為の演台。
狙撃を警戒しているので、東側には人工湖しかない。
窓の少ない風変わりな建物としての造りの意味は、襲撃を受ける砦として使用される事を想定をしている為。
外に囲われている背の高い装飾鉄柵や窓の鉄格子は、鉄ではなく鍛造鋼。鋼色を誤魔化す為に、わざわざ明るい白色で塗装してある。
地階や地下階には食料庫だけでなく、籠城に必要な全ての資材が保管されている。その為の大型倉庫群が東西南北の区画に分けて配置されている。
王帝が会場を王宮ではなく離宮にしたのも、広い会場確保の為という理由もあったが、実は襲撃される事が前提だったから。
此処は迎賓館兼、戦場砦なのだ。
ただ、数十年も昔に建てられた建物なので、窓硝子は昔の製造方法のまま。
強度は無いし、たとえ強度のある硝子に差し替えたとしても、魔道銃の弾丸を止められる程の硬さは出せない。
しかし、今は『カーテン』のお陰で弾丸も通らない事を、王帝は知っていた。
「あ…嬉しい誤算」
長椅子に寝そべっている真っ赤なドレスの少女、クラウディアが突然呟いた。
王帝はカーテンを閉めて彼女の方を振り向いた。
「監視から連絡が御座いました。
例の『妹』が『カーテン』に攻撃してるそうです」
「妹…クララベルか?」
「ええと確か…クラウが容疑者候補と言ってた連中の片割れよね?
あいつ、予定では街中の何処かで暴れる筈だったんじゃなかった?」
豪華な椅子の上で両膝を抱えながら、渡された資料を見直している汚い下女は、鬘と化粧で別人に変装しているジェシカ。
「…『駄目だ、壊せない…隠れろ』と口が動いて、木の陰に隠れた。
二人で話している様に見えたが、もう一人の姿は見えない…と」
クラウディアが、監視員の言葉をそのまま伝えた。
「容疑確定?協力者?姉も居た?」
「直接聴いてないから何とも。二人…ねぇ…」
クラウディアは思い当たる事があるのか、ブツブツと周りに聞こえない声で呟いた。
「そもそも、そいつは何故此処に戻って来たのかしら?」
「おそらくだが、予定の時間になっても何も起きないから、痺れを切らして確認しに来たのだろう。
ふむ…何とかして、奴が街中に戻る前に此処で暴れさせたいが…」
ジェシカが疑問を口にすると、王帝が機械式時計を見ながら応えた。
「階下の連中、二手に別れて私を捜索する相談をしています…振分は…」
「ふむ…、予定通りだな」
「まずは1階の捜索と、執務室内の確認よね?
最初に主人を疑うなんて、素晴らしい忠臣だわ」
「ふふ…皮肉が痛いな…」
王帝は、顎に手を当て髭を撫でながら笑みを浮かべた。
3人が雑談していると、廊下の方から足音を消し近付く何者かの気配がした。
その誰かは執務室の外で立ち止まると、重い扉を小さくノックした。
「ルコック様です」
クラウディアが静かに答えると、ジェシカが扉の鍵を外した。
ルコックは扉を静かに開けて部屋に滑り込むと、素早く扉に鍵をかけた。
「陛下…連中は二手に別れてクラウディア様を探すつもりです。
宰相閣下が一階の各部屋を調べ、殿下がドノヴァン閣下を連れ、此処に確認しに来る事になりました」
彼は、先程クラウディアが報告した通りの事を述べた。
「それで、大広間の様子は?」
「エレノア様の演奏後、皆は暫く呆然としていた様ですが、外の様子の異常さに気付き、不安がる者が出ております。
…それと、いつまでも8の鐘が鳴らない事に疑問を口にする者も出始めております」
「そうか…流石に誤魔化すのも限界だな。
…では、花火を上げろ」
「御意」
ルコックは懐から小型の魔導具を取り出して、ツマミを回してからスイッチを押した。
カーンカーンカーン……
パーンパーン……
ドーン…
スイッチに反応して8の鐘が鳴り響き、それに合わせて花火が打ち上がる。
そして、花火の爆発音に混じって外庭にある建物が爆発した。
長椅子に寝そべって居たクラウディアが口を開いた。
「予定通り、花火と爆発音に合わせて、街の外周に潜んでいた敵の部隊が動き出したそうです。
街外壁の南門と東門で、門番達との小競り合いが発生しています」
「…うん?西門はどうした?」
王帝は首を傾げながら聞き返した。
「監視からの報告では、何も変化なし…だそうです」
「…?動かないならそれに越したことは無いが…」
その時、爆破した建物の様子を確認していたルコックが声を上げた。
「陛下、偽装用に爆破した貸邸宅の現況確認をしに行った部下達から緊急連絡が!」
王帝はルコックの指差す方を覗き見た。
距離が離れ過ぎて火柱しか見えないが、火柱から離れた場所で光の明滅が見えた。
「不明敵…騎士…被害。如何致しましょう?」
「…何者だ?」
王帝は眉間にシワを寄せて唸った。
「先程の『妹』が、火消しに駆け付けた騎士と兵士達を襲っているそうです」
監視から報告がありました…と、クラウディアが伝えた。
「なんと好機!ルコック!すぐに彼に伝達を!」
王帝は突然叫び、ルコックに指示を出した。
彼はすぐに王宮方面の窓に近付き、携帯型魔導灯を明滅させた。
「私達も手伝う?」
椅子の上でナイフをお手玉にしながら遊んでいたジェシカが口を開いた。
「大丈夫だよ、ありがとう。我々も手札を切る時だ」
王帝は嬉しそうに応えた。
「私達もエースのカードを持っているのでな」
ルコックが王宮に暗号通信を送ると、すぐに王宮から返答があった。
ジェシカは立ち上がり、ルコックの横に立った。
彼と同じ様にカーテンの隙間から外を覗いた時、王宮から物凄い速さで飛び出す小さな人影が見えた。
何だろうと思い目を凝らしていると、横になっていたクラウディアが突然声を上げた。
「あっ…彼が階段を登ってますね。この部屋に向かう様です」
そう言うと、クラウディアは長椅子から降りて、ドレスのシワを伸ばして整え始めた。
「本当に助かった。猊下と君達には帝国を代表して礼を言う。
欲しいものを言ってくれ。私の力の及ぶ範囲で恩を返そう」
王帝が二人に頭を下げると、
「本当!?やった!言質取った!
アタシはお金がイイな!牛買って帰るんだ!」
「コラ!まだ終わってないわよ。
ありがとう存じます。対価は全てが終わってからお受け致します」
そう言ってクラウディアは頭を下げた。
「楽しみね。久しぶりに暴れようかしら?」
「…あまり汚さない様にね。後片付けが大変だから」
そう言いながら、二人は執務室の机を退かして絨毯をめくった。
絨毯の下には床扉があり、ジェシカが鍵を外して扉を開けた。
砦でもあるこの建物は、色々な場所に隠し通路が用意してある。
この部屋には、床に地下に潜る為の隠し梯子が設えてあった。
一階広間の壁際にある太い柱。
その柱の内側がくり貫かれていて、梯子で地階や地下階まで繋がっている。
地下階からは下水道に繋がる隠し通路もあり、緊急時は、そこを抜けて避難する。
この部屋に来る前の事。
エレノア達の演奏の前座である王帝が、舞台上で延々と口上を述べている間に、クラウディアとジェシカは控室の中で下女に変装して準備をしていた。
演奏前の演出の為に一斉に灯りを落とした時、広間に素早く入り込み、王帝達の退室に紛れて広間を抜け出た。
皆がエレノアに注目していた時には、既に二人共、地階に降りていた。
後は、隠し通路の梯子を登り王帝が待つ執務室に入る。
クラウディアは、執務室で変装を解いてドレスに着替えたのだ。
広間の扉を監視していた兵士達は、広間から出る者は必ず身元の確認をしていた。
しかし彼女達は、王帝と騎士達が一斉に退室する忙しい時に紛れ込んで出てきたので、しっかりとは調べられなかった。
兵士達は、彼女達の顔と髪色と衣装を、目視でさっと確認をしただけで扉を通した。
そもそも、貴族子女が下女に化ける事は想定外。
髪は鬘。衣装も配膳係と揃いの制服。顔も化粧で不細工に改造。
たとえ、しっかりと確認されても発見は難しかっただろう。
「すまんな、我が国の問題に巻き込んでしまって」
「上からの命令ですし、報酬もちゃんと頂きますから気にしないで下さい」
「じゃあねー。貴族は嫌いだけど貴方は嫌いじゃなかったわ」
そう言うと、二人は素早く床に開いた通路に飛び込み、梯子を降りて行った。
二人が降りた後、ルコックが床扉を閉めて鍵を掛け、絨毯と机を元通りに直した。
「さて、此処にお前が居るとまずいな。
隣室の護衛騎士達を呼んで、お前は身を隠しなさい」
「御意。どうか御身お大事に」
ルコックは深々と頭を下げて、足音を立てずに部屋を出て行った。
「さて…猿芝居の準備をするか…」
そう呟くと、革張りの椅子に腰掛け、執務机にわざとらしく書類を積み重ね始めた。
黒鋼檀
鋼の様な硬さの木材。
加工には専用の強化鋼材刃の魔導鋸で数日掛かり。
教皇が輸入してオマリーの生家に取り付けてあげたモノ。




