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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
182/287

◆4-82 晩餐会 黄色いカーテンの原因

第三者視点


 時間は少し逆のぼる。


 「ああ…しまったわ…あの子…」

 部屋の中央にあるソファの上で目を(つむ)ったまま、少女は思わず呟いた。


 少女は、真っ赤な血のようなドレスを身に纏い、漆黒の長い髪をザンバラに拡げ、真っ赤なヒールを履いた長い脚を投げ出し、高貴な碧紫色の長椅子(ソファ)に寝そべっていた。

 目を閉じながらも、長いまつ毛をしきりに震わせている様から、忙しそうに何かを分析している様子が伺える。


 豪華な執務室の中央にある、立派な金装飾を施されたその長椅子は、本来は来賓を迎える部屋の主が相手を威圧する為の『武器』だ。

 だがその『武器』が、今だけは彼女の揺り籠になっていた。


 「ん…どうされた?客が動いたか?」

 書類がうず高く積まれた執務机の向こうから、熊の様な大柄の男が興味深そうに話し掛けてきた。


 燃えるような赤い髪に赤い髭。

 豪華だが、仕事をするのに邪魔にならない様にデザインされた、機能美溢れる王族用の正装。

 それを身に纏うは、王帝のベルンカルトルだった。

 彼は仕事の書類にサインをしながら、少女の返答に耳をそばだてた。


 「客は既に動き回ってますわ。

 先程まで、楽屋や控室を荒らしていました…。それは想定内なので良いのです。

 ただ一つ、予想外の出来事が起きました。

 …リヘザレータが倒れてしまいました」


 王帝の質問に、不敬にも寝そべったまま応える少女。

 ただ、王帝自身はそれを咎めないし、不快にも思っていない様子だった。


 「リヘザレータ…って誰?」

 寝そべる少女の横にある豪華な椅子にドカッともたれ掛かって座り、テーブルの上の果物を素手で摘んで食べている汚い姿の下女が口を開いた。


 赤茶けてボロボロになった彼女の髪は、汚い(ほうき)の様。

 肌はくすみ、唇も爪もカサカサに乾燥して色()せている。

 服装は下働きの更に下。誰もが目を逸らす下女。

 この豪華な部屋には、全く似つかわしく無い風体の彼女。

 ただ、彼女の体臭だけは完全に無臭。

 それだけが、その外見に似合わない異常さだった。


 この豪華な執務室に居るのは、現在この3人だけだった。


 王帝と長椅子に寝そべる少女は兎も角、綺麗な椅子に堂々と座る汚い下女が居る光景は、一種異様だった。


 「リヘザレータ…リヘザレータ……

 …確かエッツォ家の御息女の名だったかな?

 下位貴族のリヘザレータ=エッツォ。

 フローレンス嬢と、いつも一緒に居る子か?」

 「ええ…そうです」

 王帝は、頭に叩き込んだ来賓リストから、即座にリヘザレータの名前を検索した。


 「フローレンス…誰だっけ?」

 ベルンカルトルの説明に、無礼で無遠慮に聞き返す下女。


 「…後で紹介してあげるわ。…彼女が良ければ…だけど…」

 赤いドレスの少女は溜息を吐きながら、下女の質問に答えた。


 「倒れた…とは?まさか…持病か?」

 王帝は、サインしていた手を止めて顔を上げた。

 そして、心配そうに眉根を寄せた。


 「いえ、彼女…リヘザレータは、エレノア様の歌に夢中になって、舞台に近寄り過ぎたみたいです」

 「ああ…下位貴族…。そっか、そっか…。

 それは無理も無いわね」

 二人は納得したように頷きあった。

 下女は、『下位貴族』という処に、少し同情を含んだ物言いをした。


 「ふむ…詳しく聞いても良い事なのかな…?」

 王帝は遠慮がちに尋ねた。


 普通は、自分の持つ能力は秘する。

 共同生活を送る上で、周囲に不利益を(こうむ)らせる可能性のある能力でもない限り。

 知られる事によって、命の危険にさらされる事があるからだ。


 そして、自分の能力を隠している以上、他者に能力を尋ねる事は無礼な行い。

 王帝は、自身が無礼な行いをする事で、現在同盟関係にあるエレノア司教の上司から不興を買う可能性を懸念した。


 「彼女は、エレノア様に近付き過ぎたせいで魔力枯渇に陥っただけです。

 大した問題ではありません。少し休めば治るでしょう。

 …あの娘、魔力器が小さいから耐えられなかったのね」

 「あれは…何とも言えない疲労感があるわよねぇ。

 今回はデミの『曲』も重なったからねぇ…効果範囲が広かったのが原因かしら…」

 肝心な事は話さずに頷きあう二人。


 「ふむ…魔力吸収(ドレイン)か?

 他に被害者は出ていないかな?」


 「近くに居た他の人達は問題無さそうです。

 大抵の人はディベスの実のジュースを飲んでいるみたいでしたし…」

 少女は、マクスウェルが少し気分悪そうだったけれどね…と、小さく独り言ちた。


 「ディベスの実か…セルペンス中佐が教えてくれた、あの…何とも言えない色のジュースか…。

 美味い物ではあるが…あれに何かあるのかな?」

 王帝は、かのジュースの極彩色の色合いを思い出しながら尋ねた。


 「あれは消化されるまでですが、体内に魔素貯蔵庫(プール)を創り出します。

 余分な魔力を上乗せで保管出来ます。

 あとは…多少の酩酊状態にもなりますね」


 「ほぅ…そんな便利な物だったのか…。

 食欲の失せる色を除けば、素晴らしい食品なのだな…」

 王帝は、ディベスを何かに使えないかと考え込んでいたが、ふと、顔を上げて少女を見た。


 「…今更だが、エレノア殿の能力を私が聞いても良かったのか?」

 王帝は、既に聞いてしまった事に関して懸念をしている事を二人に伝えた。


 「彼女の『吸収』は能力を使う上での副産物に過ぎませんから。能力の本体ではありません」

 「そうか…それなら良かった…」

 王帝は少し残念そうに答えた。


 「そんな残念そうにしなくても、外を見ればエレノア様の能力(ちから)が見れますよ?

 例え、能力を知られた処で対処出来る様なものでもありませんし…」

 少女はクスッと笑い、王帝に窓の外を見る様に促した。


 少女の言葉で王帝はいそいそと立ち上がり、緞帳の様なカーテンを持ち上げて、その隙間から窓の外を覗いた。

 窓の外では、ほんのりと輝く薄黄色のカーテンが、建物を取り囲む様に拡がっていた。

 カーテンからは、光の粒がポロポロと(こぼ)れている。


 「おお…美しい…

 これが噂の神織布(プロテウス)か…」

 王帝は溜息を吐きながら、食い入る様に『カーテン』を見つめた。


 普段は絶対に窓際に立たない彼も、この時は何も警戒せずに近寄った。

 むしろ、窓硝子に顔をくっつける様にして、『カーテン』を見つめている。


 「やはり、神織布(プロテウス)をご存知でしたか」

 少女は寝そべったまま、尋ねた。


 「実は以前、『彼』に聞いたことがある。天才少女の噂をな。

 いつか、直に見てみたいと思っていた。

 何度もエルフラード侯に頼んだが、一切取り次いでくれんでなぁ…。

 ああ…なんと美しい…」


 王帝は、少年の様な顔で『カーテン』を見つめながら、再び深い溜息を吐いた。



 

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