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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
181/287

◆4-81 晩餐会 地階の捜索

ドノヴァン視点




 ゼーレベカルトルに命じられたクラウディア捜索の為、ドノヴァン少将と彼の部隊が地階に立ち入った。

 広い階段を降りて、地階の扉を開いた彼等が最初に目にした物は、溢れ返る人々だった。


 「うわ!…どこに立って…!?…ひぃ!貴族様!!」

 地階の入口で出会い頭にドノヴァン達にぶつかって転び、運んでいた料理を落として台無しにする配膳係。

 「きゃっ!…ご…ごめんなさい!…ひっ!?」

 落とした料理に足を滑らせて、運んでいた油をぶち撒けて彼等の服を汚す、あばた顔の下女…。

 「あっ!危ない!!」

 転んだ彼らを避けようとして、運んでいる食器を割りそうになる料理人見習い等など…。

 地階の人々にとって彼等は、戦場の様な職場に突然出現した邪魔な壁だった。


 地階には、料理人や料理人見習いだけでなく、配膳係、使用人、雑用夫、職人、掃除夫や彼等の下男下女等が、各小広間や通路に所狭しと溢れかえっていた。

 数百人分の昼餐から晩餐までの調理、盛り付け、後片付け、大量にあるかまどの燃料運び、果物搾り、度々注文の入る各設備の仕様変更や舞台装置の設営、地階で使う器械の整備、そして、広い離宮の隅々の掃除までも短時間でこなさねばならない為に、これだけの人数が要る。



 「クッ…この俺がこんな所に…」

 綺麗な服についた油を絞り落としながら、ブツブツと文句を垂れた。

 料理を落とした配膳係も、油を撒いた下女も、ドノヴァンの顔を見ると、後片付けもせず一目散に人混みに隠れてしまった。

 「これだから…下賤な人間どもは…!!」

 


 貴族意識の高い彼は、平民が嫌いだった。

 学も力も魔力も無く、常に弱者、常に被害者の立場に甘んじる。

 同じ日々をただ繰り返すばかりで、野望も目的も大義もなく、上を見ず、足下を覗き込む態度に嫌悪を感じていた。


 帰属意識の強い彼は、軍部の人間以外が嫌いだった。

 国の為、民の為に命懸けで働く者達に、必要な時だけ泣きついて助けを請う。

 そして平時には、助けを求めたその同じ口で、唾を吐き掛け愚痴を垂れる。


 ただ、同じ平民でも兵士達は別。

 同じ苦を背負った者同士。同じ憤を抱いた者同士。

 平民貴族問わず、強い仲間意識を持っていた。


 彼は部下を大切にした。

 そして、部下は彼に心酔していた。

 よく下町の酒場で、彼らと酒を酌み交わしながら愚痴をこぼした。


 誰が、この国を魔獣の恐怖から護っている?

 誰が、我が民の妻子を侵略者から護っている?

 誰のお陰で、この偽りの平穏が保たれている?


 彼は、それを理解しない者達が嫌いだった。

 たとえ、それが同じ城や宮殿で働く仲間だったとしても、兵士達とそれ以外には、身分以上の一線を引いていた。


 そんな彼には、何よりも我慢出来ない事があった。

 彼は現王帝の信仰が大嫌いだった。


 マイア信徒ではない彼は、マイア神を初めとする神々の伝承を全く信じてはいない。

 表向き波風立てない為に、信じている風を装っているだけだった。


 王帝が、教皇の判断に一喜一憂し、彼に感謝を述べる様子が嫌いだった。

 支持基盤の為に、聖教信徒達におもねる政策が嫌いだった。

 軍事も政治も貿易さえも、聖教国に配慮しなければならない現状が、大嫌いだった。


 昼餐時、聖教国の子供達の為に我が国の貴族達が列をなして並ぶ様子など、反吐(へど)が出る光景だった。

 文化的にも軍事的にも遅れている聖教国に対して、帝国が(こうべ)を垂れている状態に我慢ならなかった。


 彼は、コルヌアルヴァを見放した王帝の判断が、間違っていると考えていた。


 ハダシュト王国は、政治的にも文化的にも科学的にも遅れた国だと聞いていた。

 彼等を自分達の仲間に加え、発展させてやる事が正義だと話し合った。

 もし、コルヌアルヴァへの支援を王帝が決定していれば、ホーエンハイムも荒れる事が無く、そこに住む民も難民となる事が無かった…という意見に激しく同意した。


 それが、彼の王帝に対する見方だった。


 過去の栄光を…祖父が話してくれた、他国の顔色をうかがう必要の無い『力』と『正義』のあった、かつての帝国を…!

 我が主が、『王帝』ではなく、堂々と『皇帝』と崇められていた時代を…!

 その為に、犬猿の相手(ハシュマリム)とも手を組む事も(いと)わない!


 帝国民にも多少の犠牲は出るだろうが、それは必要な対価だと考えていた。

 帝国が聖教国の呪縛から解き放たれる為に。



 だが今回、彼が地階に行きたがらなかった理由は、彼自身の平民蔑視の思想に()るものだけでは無かった。


 地階に降り立った彼は、思わず鼻を押さえた。


 調理場から漂う香辛料や油の匂いに混じって、時折、何処からか強い『臭い』が流れて来て彼の鼻を刺した。


 遠征時の、野宿で感じる草や水の香りとも違う。

 狩猟時の、藪に潜んでいる時に感じる虫や獣の臭いとも違う。

 戦闘時の、飛び散る人の血と汗の匂いとも違う。


 あまりにも緊急で人を集めすぎた弊害だろうか。


 料理人や使用人達は清潔だが、掃除夫や下男下女達の中には一種独特の香りを漂わせる者達が混じっていた。


 積もり積もった脂と垢。腐った水と肉。

 それらで育まれた都会貧困者特有の(よどみ)の香り。

 長年染み付き、身体の内側から漏れ出す彼等の体臭は、数回洗った程度では落ちなかった。


 それは本人達の責ではないし、周りの平民達のせいでもない。

 だが平民達の間ですら、そういう者達は部屋の隅に追いやられていた。


 だからといって、各部屋自体がそれ程臭う訳では無い。

 各部屋の管理者が気を配っている証拠だろう。

 しかし、花の芳香漂う一階から来た彼の鼻には、それらが特に強く感じとれ、胃から何かが込み上げてくる様な嫌な感覚を味わっていた。


 「くそっ…汚い…ああ、嫌だ…嫌だ…」

 ドノヴァンは、彼等を見下しながら小さく呟いた。

 騎士は勿論、同じ平民である兵士達ですら、時折顔をしかめた。


 その様なドノヴァン達を見て、地階で作業していた者達が騒ぎ出した。


 鎧は着用していないが、細い鉄線の編み込まれた頑丈な制服や、携帯を許された立派な武器を腰に下げている彼等の様子から、知識の無い者達にも彼等が軍人だと一目で判った。

 その様な者達が30人以上、普通は立ち入らない地階に現れたのだ。


 その異常さに、下男、下女達は咄嗟に物陰に隠れ、部屋から逃げ出す。

 手を止めることの出来ない料理人達は、作業に没頭する事で彼等から意図的に意識を逸す。

 しかし、彼等を放置して逃げる事が許されない各部屋の管理者達は、走って奥の部屋に行き、皆でそこの扉を必死に叩いていた。


 「うるさい!一体何事だ!なんの騒ぎだ!?」

 何度も叩かれた扉から飛び出てきたのは、地階には相応しくない、貴族の様な正装をした若い男性だった。


 若い男は、扉を叩いた管理者達を一瞥した後、ドノヴァン達に視線をやり、酷く驚いた顔をした。

 彼は、すぐにドノヴァンの元まで走って来て、軍隊式の敬礼を行った。


 「こ…これはドノヴァン閣下!

 この様な汚い場所に何か御用でしょうか?」


 敬礼をしている彼は、立派な筋肉質の体躯だった。

 敬礼の姿勢も様になっている。


 「…お前が此処の責任者をしているのか?キナラ」

 ドノヴァンは目を見開き、眉根を寄せた。


 その貴族然とした男性は、名をキナラ=ハルヴァという。

 昼餐時にカーティに挨拶をしていたセドリック=ハルヴァの腹違いの弟。


 「はい。今は式典成功の為に、地階の統括管理を王帝陛下より一任されております!」


 彼は、平民達の仕事の計画管理や、地階(ここ)に他の貴族が迷い込んだ場合の備えとして、この場で働く様に命じられたと説明した。


 「お前程の奴がこの様な場所に…?

 お前なら軍幹部にだって成れただろうに…」

 ドノヴァンは苦々しく呟いた。


 「ありがとうございます。しかし、買いかぶり過ぎです。

 私程度の者には、このくらいが丁度いいのです」

 キナラは苦笑いしながら頬を掻いた。

 


 キナラは魔導具士一族ハルヴァ家の次男。

 長男より優秀で、ハルヴァ家を継ぐものと思われていた。


 しかし、セドリックの母親の謀略により、寄宿舎に押し込められている間に父親が亡くなり、当主の座を逃した。

 更に、当主に成ったセドリックに邪魔をされ、貴族としての登録許可も下りず、血統は貴族なのに貴族に成り切れないという、微妙な立場に立たされていた。

 今は王族からハルヴァ家に振り分けられた仕事を『貴族の義務』としてこなす為、王家に派遣されているそうだ。


 無能は帝国魔導具士協会監査で、伯爵位。

 有能は地階の管理人達の監督で、爵位無し。


 軍学部の後輩であり、非常に優秀。なので特に目をかけていたキナラ。

 卒業後、軍部に姿が見えないと思っていたら、よりによって地階の統括などという閑職に回されていた事実に、ドノヴァンは酷く困惑した。


 「実は…」

 今は憤りを飲み込んで、ドノヴァンはキナラに経緯を説明した。


 「外で異常?爆発?ハダシュト王国貴族の謀略ですか!?」

 どうやら彼は、外の出来事を知らない様子だった。


 この階にも窓はあるが、磨りガラスになっている上に、すぐ外には侵入防止用の鉄格子と鉄柵。

 更に覗き防止用の植木があり、中から外の様子は分らない様になっていた。


 「しっ!声が大きい!極秘事項だ。

 今は容疑者の少女を追っている…が、地階は人が多く、入り組んでいてよく分からんので困っている」

 「な…なるほど…。

 その少女の特徴を教えて頂けますか?私も探してみましょう」

 「ありがたい。頼む…黒髪赤眼の赤ドレス…」


 ドノヴァンはキナラに彼女の特徴を伝えて、自分の部下達の一部と呼び笛を彼に預けた。


 「もし犯罪を犯して逃げ込むとしたら…私は地階の非常用出入り口と西側資材倉庫から探して行きましょう。

 閣下は…食料倉庫が多く集中している東側をお願いします。あちらです」

 そう言って、東側の大通路を指差した。


 「分かった、向こうだな。

 もし彼女を発見したら、渡した笛を吹くか部下を寄越して知らせてくれ」

 「はっ!お任せ下さい!」

 キナラは再び軍隊式敬礼をすると、騎士達を連れて走って行った。


 「こんな掃き溜めに助けがあるとはな…。

 流石は女神の御加護だな」

 ドノヴァンは皮肉たっぷりに笑うと、大通路に向けて歩き出した。



 

地階

日本で言う半地下ではなく、英国風の0階…グランドフロア…の方。

ただ、地下階も含めて『地階』と表すので、正直どちらでも良いかも。

ドノヴァンさんが入ったのは、日本で言う1階部分です。

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