◆4-80 晩餐会 彼女の行方
第三者視点
ゼーレベカルトル達は、騎士や兵士の待機部屋を回り人手を掻き集めながら、一階大広間の前にやって来た。
ドノヴァンは、連れて来た彼等を広間の扉前に並ばせてから、ゆっくりと口を開いた。
「今現在、我々は正体不明の敵性勢力より攻撃を受けているものと思われる」
ドノヴァンは、静かだが、重い声音で彼等に状況を説明した。
兵士達はざわついたが、王帝から預けられた騎士達は、驚いた様子をおくびにも出さずに静かに気を引き締めていた。
「お前達に頼みたい事は、大広間内の警護だ。
広間内には我が国の大切な御方々は勿論、聖教国の来賓の方々もいらっしゃる。
失礼の無き様、そして彼等に害が及ばぬ様、しっかりと警護せよ」
ドノヴァンの横で話を聞いていたゼーレベカルトルが、軽く手を上げて騎士達の前に出た。
「皆の者、突然の事で困惑しているかも知れんが、宜しく頼む」
労いの言葉を掛けた後、彼は少し声を潜めて再び口を開いた。
「…此処だけの話だ。他言は禁止する。
現在、貴賓の一人、ハダシュト王国のクラウディア=ヨーク伯爵令嬢の居所が不明だ。
彼女は、大切な弟の婚約予定者だ。
中の賓客に紛れているかもしれん。
もし彼女を見つけたら、部屋の外に立たせて置く私の部下に知らせて欲しい。
決して手荒に扱わず、且つ、騒ぎを起こさない様に十分注意してくれ。
彼女の特徴は、長い黒髪に赤い目、白い肌に真っ赤なロングドレスだ」
彼の説明に続いて、ドノヴァンが再び口を開いた。
「敵性勢力が使用人達に紛れて忍び込む事も考えられる。
給仕の侍従、侍女や雑用の下男、下女等が出入りする時は身元をしっかりと確認し、全員の面通しを徹底せよ。
…それでは、これから広間に入る。
指示に従い、決して騒がす静かに配置に就くように」
ドノヴァンが先導し広間に入ろうとすると、ゼーレベカルトルがそれを止めた。
「待て待て、私が行こう。
…お前が騎士達を連れて入ると客達が緊張する。
それだけで大騒ぎになると困る」
ドノヴァンは自分の顔をペタペタと触ってから、眉間にシワを寄せた。
兵士の何人かが俯いて、肩を震わせている。
「…よいか。敵性勢力がいる事は極秘だ。
決して来賓達には悟られるなよ…」
ドノヴァンは俯いている兵士達を睨みつけながら、注意事項を付け足した。
ゼーレベカルトルは、騎士達を率いて静かに会場内へと入って行った。
その間にドノヴァンは、廊下や楽屋を監視していた警護兵達に状況を聞いて回った。
曰く、演奏前にエレノア司教の一団が楽屋から控室へと移動する際、ゼーレベカルトルが説明した様相の少女が、黒髪の少年と仲睦まじく部屋に入って行く様子を目撃したとの事だった。
「…演奏前に、彼女は確かに控室に居た…。
一体どこへ消えた…?」
ドノヴァンは手を口に当てながら、一人でブツブツと呟いていた。
しばらくすると、ゼーレベカルトルは、彼とドノヴァンの麾下の騎士、兵士達を連れて会場から出てきた。
王帝から預かった騎士や兵達は、全て会場内に置いて来た様だった。
広間の扉をしっかりと閉めて声が漏れない事を確認した後、ドノヴァンは再び口を開き、静かに脅しの利いた声で話し出した。
「調べたところ外の異変や爆発に関して、ハダシュト王国のクラウディア=ヨーク嬢が何か関わっているらしい事が分かった。
然るべき対処をしなければならないが、現在彼女の行方が分らない。
我々は、これから彼女を捜索する。
抵抗した場合は、力尽くの拘束も許可する。
…もし、手に余る様なら殺しても構わん。
帝国の大切な国民を護るためだ…」
周りに聞こえない様に気を配りながら、ドノヴァンはギラついた目で、部下達にそう告げた。
そして、クラウディアの特徴を部下達に教えた。
彼等は全てを了承しているかの様に静かに頷き、すぐに、小隊を組む為の部隊の振り分けを始めた。
部下達が編成を行っている間、ドノヴァンが小さな声でゼーレベカルトルに話し掛けた。
「殿下…オマリー殿は今何処に?」
「ほら、あそこだ」
ゼーレベカルトルが顎で指し示したのは、広間の隣室だった。
時折、エリシュバ王女の侍女や下女達が、医療用具や衝立、そして飲み物等を運び込んでいる。
その度に、警護の兵が彼女達を呼び止めてジロジロと顔を覗き込むので、露骨に嫌な顔をしている。
何度も呼び止められたであろう侍女が、警護兵達を毛虫を見る様な目で睨み付けていた。
「彼等の演奏後に、聖教国の少女が気分を悪くして倒れたそうだ。今は介抱中らしい」
先程、ゼーレベカルトルが様子見を兼ねて中を検めて来たそうだ。
「部屋の中には、妹のエリシュバやエレノア様、オマリー殿達と一緒にブラウ家の者達も居た。しかし、クラウディア嬢は居なかった。
彼等はクラウディア嬢が広間に居ると思っている様だな。…さっきも再度広間を見て回ったが、何処にも見当たらなかったがな」
ゼーレベカルトルは、オマリー達に非常事態だと説明して控室から出ない様に言い、護衛と称して自分の部下達を監視に置いて来たそうだ。
「オマリー殿の様子は如何でした?」
「…わからん。いまいち考えの読めん御人だ。
広間には人が多いから誰も手を出さないと思っている様だが…」
「こちらの動向に気付いておりますかな…?」
「気付いていたら、もっと我々を警戒していると思うがな。部屋に護衛を置く際、感謝を述べられてしまったよ…。
それに…もし警戒しているならば、護衛対象を放おって置いて別の娘の介抱なぞするとは思えんが…」
二人は腕組みをしながら唸った。
ドノヴァンは控室をじっと見た後、通路の奥の窓から見える光のカーテンに目をやった。
「…外の異変は奴等の仕業でしょうか…?」
「分からん…。あの様な超常の魔術は奴等しか出来ないと思うがな…」
ゼーレベカルトル達は、クラウディアの捜索を、全員が出払っている演し物の最中を見計らって一斉に行った。
その際に、窓の無い控室や楽屋を捜索していたので、あの『カーテン』が何時、窓の外に出現したのかを知らなかった。
広間の中に居た者達に尋ねたところ、気付いたら既にあったと言うばかりで、誰も要領を得ない。
「奴等だとしたら、やる意味も分からんが…。しかし、此処から誰も出られないというのは良い…。
今ならクラウディア嬢も出られないという事だからな。外を探す必要が無い」
「とはいえ、あまり悠長にやっている場合ではありません。
アレは契約を守るでしょうが、アレの妹の方は何をするか…。
早くクラウディア嬢を処理して門に向かわねば。
今頃は、我が領兵達と門兵が争っているところでしょう」
「みなまで言うな。分かっている…。
あの戦闘狂が飛び込んだら、門兵もろとも、お前の領兵達が皆殺しにされかねん…」
聞かれていない事は分かっていても、つい、警戒して声が小さくなる。
「兎に角、外の『カーテン』が消えるまでにはクラウディア嬢を捕らえろ。街中に逃げられたら探しようが無い」
「承知しております…今頃は街も大変な状況でしょうし…」
「殿下!小隊の編成、完了致しました!」
二人が話していると、小隊の隊長が声を掛けてきた。
ゼーレベカルトルは、編成された騎士団の一部を自分の護衛に割り当て、残りをドノヴァンの指揮下に預けた。
「よし、それではこれから地階の捜索に入る。
…ドノヴァン、頼んだぞ」
「わ…私が地階に行くのですか!?
…さ…流石に貴族の子女が地階に行くとは考えられません。
一階を見て回った方が良いのではありませんか?」
ドノヴァンは、大きな身体をワタワタさせながら、ゼーレベカルトルに意見した。
「一階はフェルトガーの叔父上達が既に見回っている」
「な…なら、二階…」
「二階はさっき行っただろうが。
父上の執務室にも彼女は居なかった。お前が指摘したカーテンの裏まで見たろうが。
二階の階段を見張る者達は、誰も彼女を見ていないと言っていた。
…なら、後は地階しかなかろう?」
「くっ…承りました」
ドノヴァンは露骨に嫌な顔をしながら、部下達を連れて使用人が使う階段を降りて行った。
溜息を吐きながら地階に行くドノヴァンを見送ったゼーレベカルトルが顔を上げると、彼の視界に一人の男が入った。
その男は脚が悪いらしく、杖をつきながらゆっくりと彼に近付いてくる。
「おお、ベルゼルガ中佐!」
ゼーレベカルトルが呼び掛けると、彼は手を挙げて応えた。




