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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
177/287

◆4-77 晩餐会 ある女性の詩

マクスウェル視点




 純白の儀礼鎧に見を包んだ王帝と護衛騎士達が槍の柄を舞台に叩きつけ、その音が広間に響き渡ると同時に、会場内の灯りが一斉に落ちた、


 「な…なんだ?」「一体これは…?」

 周囲から、慌てる大人達の声が聞こえる。


 「真っ暗で…何も見えませんわ…レータ…アデリン、どこ?」

 「フロー、私はここです」

 「フローレンス様〜私は貴女のすぐ後ろに居りますよぅ」


 「マリアンヌ、マリアンヌ!」

 「お兄様…すぐ側で大声を出さないで下さいませ…聴こえてますわ…」


 「くんかくんか…クラウディアちゃん!?

 クラウディアちゃんの匂いがするよ!?近いよ!!」


 変態の叫び声が広間に響き、ざわついた声が一瞬静まり返った。


 その時、舞台に小さな灯りが点った。

 皆の目が舞台に惹き寄せられる。


 白く眩しく力強く立ち並んでいた王帝達は、既に舞台から消えていた。

 代わりに、ほんのりと温かく、柔らかそうなシルエットが浮かび上がった。


 舞台中央の薄明かりの中に佇むのは美しい女性。


 「…おお…なんと…」

 会場中から感嘆の溜息が漏れる。

 赤眼と金髪の美しい女性が、幻想的な光の中に立っていた。


 彼女が装うのは、風変わりな装飾の施された白いマーメイドラインのドレス。

 彼女の纏う真っ白なドレスという画布に浮かび上がるのは、数本の細い金銀の鎖の様な模様の糸。

 それが彼女の身体に巻き付く様に、裾から左太腿、腰から右脇を通り、左肩口へと右巻きに昇っていく。


 彼女の足元の舞台上には、ほんのりと浮かび上がり、放射状に拡がる金銀の糸。

 その中心に居る彼女のドレスの糸と、舞台上の糸は、繋がっている様に見えた。


 「あれは、エレノア様なのか?まるで女神だ…」

 誰かが呟いた。


 彼女の髪に飾られているのは、桃花の形の桃水晶の髪飾り。

 そこから垂れた銀色の細い糸が、横に纏めて垂らした彼女の金髪に沿って巻き付き、左肩に流れ落ちていた。

 丁度ドレスの金糸銀糸が、彼女の髪飾りの糸を辿って桃の花に昇っていくような風情。


 たおやかな桃の花の女神が、顕現していた。


 段々と灯りが強くなっていき、彼女の姿がはっきり見えてくると、周囲からは男女問わず感嘆のため息が漏れ聞こえてきた。


 エレノアの立ち姿を照らしていた光が、少しずつ大きく拡がっていった。

 そうしてようやく、彼女の周囲に誰かが居ることが分かってきた。


 彼等は椅子に座っていた。

 各々が手に何かを持っている。


 「…キベレ侯令嬢姉妹もいらっしゃるようですわ…。

 エレノア様に負けず劣らずお美しい…妹君も、なんとも可愛らしいですわ」

 「まぁ…あの美しい少年は…ヨーク家のご令息…」


 エレノアの下手側にはサリーとルーナ。

 上手側では、デミトリクスが静かに目を閉じて座っていた。


 「…デミトリクス様…なんてお美しい…」

 若い女生徒のため息と共に、熱い吐息を感じさせる囁き声が聞こえて来た。


 「まぁまぁ!あの凛々しいシルエットはオマリー様ですわ!!」

 突然、すぐ近くから女性の声が響いた。

 同時にその周囲の女性達が騒ぎ出した。

 「オマリー殿の隣に居るのは…まさかエリシュバ王女殿下か!?」

 女性達だけでなく、男性達までも騒ぎ出した。


 灯りが段々と強くなってくると、舞台上の光景がはっきりと見えてきた。


 エレノアのすぐ隣にデミトリクスが座り、膝で細長い擦弦楽器を抑えて弓を構える。

 反対側ではルーナとサリーが、弦楽器を首に当てていた。

 後ろでは、軍楽隊が使う大きな太鼓を抱えているオマリー。

 その隣には銀色の横笛に手をかけて準備しているエリシュバ王女が居た。


 舞台上にのみ光が集まり、観衆の目を釘付けにする。


 ドドーーーン


 オマリー司祭の太鼓の音が合図となった。

 会場の空気が、消えていく太鼓の音に引っ張られるように、シン…と静かに落ち込み、ザワザワしていた声が一瞬で鎮まった。


 デミトリクスの弦楽器が静かに音を発した。

 その彼の後を追いかける様に、ルーナとサリーが同時に弾き始める。

 小さく一定のリズムを刻むオマリーの太鼓にのせて、エリシュバ王女の横笛が優しい音色を奏でた。


 前奏が過ぎた辺りで、舞台中央に佇んでいたエレノアが初めて口を開いた。


 彼女の声は、透き通るガラスの様だった。

 耳の直ぐ側で囁く様に聴こえた。

 聴衆は一瞬で彼女の声に惹きつけられた。


 〜ああ…あなた、地上(した)を見て下さい

  あなたの子等が泣いてます

  ああ…あなた、空を見上げて下さい

  女神の仔等が泣いてます

  仔等の涙が雨となり、子等の涙に混ざります

  あなたに憐れむ信仰(しん)あらば、慈悲の(なみだ)にして下さい


  あなた、舟を造りましょう

  あなたの子等を、乗せましょう

  女神の仔等を、乗せましょう

  (まが)つあの太陽()が沈むまで


  いつか地上(した)に涙が溢れ

  不浄の華を押し流し

  穢れた土地を癒やします


  ああ…あなた、地上(した)を見て下さい

  穢れた華は消え失せた

  ああ…あなた、地上(した)を見て下さい

  不浄の子等は消え失せた

  ただ一つの後悔は、私の故郷も消え失せた

  あなたに哀れむ信仰(しん)あらば、私を記憶(ゆめ)にして下さい


  私はもう、憶えていない

  誰が華を咲かせたの?

  誰が子等を泣かせたの?

  私は誰を泣かせたの?


  ただ、瞼に映る風景は

  氷で出来た、白い華

  安けき夢の揺蕩いに


  あなたはもう、憶えていない

  あなたも(はじめ)は、ヒトでした

  わたしも(はじめ)は、ヒトでした

  あなた、ヒトとは何ですか?


  (わたし)を珠に閉じ込めて

  白い華を棄てましょう

  珠を子等に手渡して

  子等の為に夢見ます

  私は子等の未来(さき)の為、珠の中で()ぎ祀る

 〜


 観衆の心を夢見心地に惹き込むエレノアの美声。

 オマリーの太鼓で、意識が引き戻される。

 柔らかく耳をくすぐるエリシュバ王女の横笛の音色と、一定のリズムで擦られるデミトリクスの弦楽音が、ゆっくり優しく皆を魅了し、夢の深淵に誘う。

 優しい夢に堕ちて行きそうになる心を、ルーナとサリーのデュオが引き上げ、再びエレノアの歌声に惹き込まれる。


 彼等の演奏は、押しては返す波のように、会場内の人々の意識を弄んだ。

 皆が、恍惚とした表情で彼等の演奏に聴き入っていた。


 …なんだ…これは…、ボーッとしてくる。

 一定のリズムで奏でられる音が、とても心地好い。

 エレノア司教のよく通る声が、僕の頭の中から意識を引きずり出して行くような……。

 いや…引き出しているのは、デ…ミ……の…


 ボーッとしながら周囲を見渡すと、周囲も自分と同じ様に魅入られていた。

 今僕は、彼等と同じ様な目をしているのだろうと、何となく解った。

 僕達は、抗い難い魅力に囚われていた。

 ただ、その中に違う目をしている人達がいた事に気付いた。


 そのうちの一人がカーティ教授だった。

 彼女は何故か他の人達と違い、とても興奮している様だった。

 上気した顔で嬉しそうにニヤニヤしている。

 そして、周囲をキョロキョロと見回しながら、何かを書き留めていた。

 僕もつられて、彼女の視線の先を追った。

 視線の先は窓だった。


 窓の外の空中に、ほんのりと薄く浮かび上がるカーテンがあった。

 不思議な光景だったが、怖さは全く感じない。

 むしろ、神々しく感じた。


 やがて静かに音楽が終わった。

 舞台の灯りがゆっくりと消えていき、代わりに部屋の魔導灯がゆっくりと点灯しだした。


 明かりが点き、皆が夢見心地から帰って来ると、喝采の拍手が広間を埋め尽くした。


 僕は、もの凄く疲れているのを感じていた。

 しかし、それ以上に何かを成し遂げた感覚があり、凄く強い充実感を感じていた。

 周りの人達も、僕と同じ感覚を感じていた様で、とても嬉しそうな表情をしていた。

 何故か、お互いに手を取り合って喜んでいる。

 まるで、皆で一緒に何か大業を成し遂げた様な…。


 「あら…?窓の外が明るいですわ…?」


 その声に反応して、皆は騒ぎ出した。

 僕もその時になって、ようやく窓の外に広がるカーテンの奇妙さに気が付いた。


 「レータ!」


 フローレンスの叫び声で、僕は振り向いた。

 リヘザレータが、青い顔でグッタリとして、フローレンスに寄り掛かっていた。


 「あらあら…具合が悪そうですわ。

 何処かで休ませましょう」


 アデリン先生がキョロキョロと周囲を見回すと、楽器を外したオマリー司祭が走って来て彼女を抱き抱えた。


 「皆も、こちらに!」

 オマリー司祭は一声掛けると隣室へと駆けて行った。

 フローレンスは、グッタリするリヘザレータを心配そうに見つめながら、彼について行った。


 「あらあら…まぁまぁ…先生を置いて行ってはダメですよ〜」

 「あ!待ってよ!クラウディアちゃんはどこ!?」

 その後ろを、アデリン先生とカーティ教授が追い掛ける。


 「お兄様!私達も行きますわ!」

 マリアンヌも二人の後を追って駆け出した。


 僕は縺れる足を叩いて、すぐに妹の後を追った。



 

 

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