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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
173/287

◆4-73 晩餐会直前 執行準備

第三者視点




 晩餐会が始まる時刻より鐘一つ(2時間)程前のこと。


 まだ晩餐会の出席者は誰も来ておらず、会場準備の為に大広間では使用人達が忙しそうに走り回っていた。

 その大広間とは離れた場所にある契約用の部屋に、数名の男と一人の少女が居た。

 広間に多くの者達が準備の為に集まっている今は、建物の逆側にあるこの部屋の周囲には誰も来ない。

 全ての契約部屋がそうである様に、この部屋も完全防音がなされていて、一切の会話は漏れ出ない。


 帝国では、契約用の場所は完全防音の閉鎖空間である事が前提条件だ。

 聖教国の様に、壁の無い教会の講堂で契約することは無い。

 当然、無関係の人間が契約の様子を見に来ることも無い。


 何故なら、耳にした契約内容を利用して他の人を騙し、利益を得る目的で別契約を行い、契約関係者に不利益を(もたら)す輩が居るから。

 かつて聖教国でカニス家がブラウ家を(おとしい)れようとしたように、契約自体を不正な利益の取得目的に使う者が後を絶たないのだ。


 聖教国とは違い、神々を介さない契約も多く取り交わされるこの国では、『契約』に対する遵守意識も、『契約』自体を(たっと)ぶ気持ちも、聖教国に比べて格段に低い。

 だからこそ、契約は同席者以外は誰にも内容を知られない様に秘密裏に執り行われ、全ての契約は、この部屋の様な完全防音の場所で締結される。


 しかし今、この契約部屋に集まった者達の目的は契約ではなく、防音の利点。

 他者に聞かれたくない話をする為の会合として、この場所を利用しているだけだった。


 彼等の前には、なみなみと注がれた紅茶が用意されていた。

 おそらく熱かったであろう紅茶が温くなるだけの時間が経過しても、誰もそれに手を付けないし口も開かない。

 部屋の中は、まるで時が止まったかの様だった。

 一人を除いて、全員が静かに来訪者を待っていた。


 トン…トン……

 扉が叩かれる。


 立派な大臣服を着込んだ男性が、杖をつきながらゆっくりと立ち上がった。

 頭に白いものが混じった初老の男で、今この部屋の中で一番身分が高い事は座っていた席の場所で分かる。

 そんな彼が自らの足で扉に向かい、扉に付いている小さなはめ殺し窓から廊下を覗き込んだ。

 廊下の人物を確認した後、静かに鍵を外して招き入れた。


 「お待ちしておりました…」

 初老の男性は、入って来た人物に対して恭しく頭を下げた。


 招き入れられた男は、無言のまま初老の男性が座っていた席に向かい、ドカッと腰を下ろした。

 この時点で部屋の中の身分順位は入れ替わり、招き入れられた『炎のような赤い髪』を持つこの男が、この部屋の主と成った。


 「それで…?」


 彼が短い言葉を発する事で、会合の口火が切られた。

 それまで止まっていた部屋の中の時間が、ようやく進み出した。

 何…?とは誰も言わない。

 彼の言葉に応じる様に、上級研究職員のバッジをつけた男が口を開いた。


 「…8の鐘に合わせて『花火』が打ち上がります。

 全て自動的に打ち上がる様に設定してありますので、後は待つだけです…。後…鐘一つ…」

 手の中にある懐中時計の針を、じっと見ながら答える痩せぎすの男。

 高位貴族でも所有者の少ない機械式時計を見ながら、ただの装飾としてはめ込まれた小さな魔石を撫でている。

 神経質そうな細い目の彼は、昼餐の時に参加者達の価値を値踏みしていた者達の中に居た一人だ。


 「『パレードの招待客』の様子を報告せよ」

 初老の男性は静かに命令した。

 誰が報告するのかは言わないが、誰から報告が始まるかは、皆分かっていた。

 全員が、窮屈そうに上座席に座る大男に視線を向けた。


 「現状、何も問題無い。

 『花火』に合わせて街に入場する準備も滞り無く。

 今は東側外門の森の中で待機中だ」

 顔に深い戦傷をつけた、身体の大きな壮年の男性が質問に答えた。

 雰囲気から高位軍人貴族であることがわかる。


 報告を聞いた赤い髪の男が小さく頷き、顎で次の報告を促した。


 さっきの軍人の下座に座っていた者達も、順番に同じ様な報告をしていった。

 違いは『パレードの招待客』達が待機している場所くらい。

 丁度、首都の北門以外を取り囲む様に配置されていた。


 一通りの報告を聞き終えた赤い髪の男は、部屋に一人だけ居る少女に目を向けた。

 彼女はこれまで一言も口を利かず、静かに本を読んでいた。

 壮年から初老、魔導具士から軍人まで居るこの場には、いかにも場違いな少女。

 だが、全員が一番警戒している相手が、この少女だった。


 どの様な見た目であろうと、どの様な年齢であろうと、戦力の強弱は魔力の多寡(たか)で決まる。

 一人の少年が意図的な魔力暴走で、訓練された一個中隊を道連れにした事もある。

 数多くの戦場を経験した者ほど、見た目にこだわらず、魔力の多い者に対しては警戒をする。


 魔力の大きさを測るには計測の魔導具を使うのが一般的ではあるが、生まれつき感覚の鋭敏な者や、戦場生還者等の死線を彷徨った経験をした者なら、他者の魔力量を自身の感覚で大まかに感じ取れる。

 そして、同席している経験豊富な軍人達は、誰一人として彼女とは視線を合わせようともしない。

 つまり、この部屋で一番危険な者はこの物静かな少女だと、全員が認知していたのだ。


 「契約の履行状況は…?」

 赤い髪の男が静かに口を開いた。


 「初めは…」

 契約という言葉を聞いた少女は、初めて口を開いた。

 「初めは…ねぇ…まっすぐに目的地を目指してくれたらしいのだけれど…。

 ここに来る前に一部の子達が暴走しちゃってねぇ…。

 ごめんなさいねぇ…」

 全く反省の様子を見せずに、本を見つめたまま口だけで謝罪する少女。


 「魔女の方に向かったのは聞いている。

 そいつ等が全滅したのもな…。

 虎に喧嘩を売っただけでなく、貴重な戦力も減らしおって…」

 顔に傷のある男は吐き捨てる様に言った。


 「コルヌアルヴァ領を通過する際に、あなた方の部下に上手く誘導されてしまいまして。

 お陰で散り散りになりましたわ。

 生き残りを集めて予定地に引っ張って来るのに、無駄に時間を使ったのですよ?追加料金を頂きたいわ」

 意図的に視線を上げずに嫌味を言う少女。


 「私のではない。父の…だ」

 「随分と上手いタイミングだったわねぇ…?」

 「…裏切り者が居ると…?」

 「あるいは監視されていたか…よねぇ…。

 貴方、意外と信頼も信用も無いのではなくて?」

 少女は本から顔を上げて赤い髪の男を冷めた目で見た。


 「…貴様!」

 顔に傷のある男が、激昂して勢い良く立ち上がった。

 「落ち着け!」

 咄嗟に動きを制する初老の男。


 「…貴方に信用があろうが無かろうが、内通者が居ようが居まいが、私達には関係無いのだけれど…。

 契約内容、リオネリウスの収監の助力と戦力の準備。

 私達は既に契約を履行した。

 次は貴方の番よ?『魔女の鍵』の入手…」

 反故にするなよ…?と目で訴えた。


 「ああ…分かっている…。手に入れたら引き渡す。

 …契約書は作れんがな」

 男は小さく頷いた。



 「契約内容の確認も済んだところで、一つ聞いてもいい?」

 少女は男の返事を待たず話し始めた。

 「何故、リオネリウス(アレ)を殺さずに、わざわざ収監したの?

 …大した手間じゃ無いから、どちらでも良かったのだけれどね」


 赤い髪の男は、顎を撫でながら言うかどうか逡巡した。

 しばらくしてから口を開いた。


 「…今回の式典が開始された時点で、貴族達はアレをただの第3王子とは考えなくなってしまった。

 あの年齢で、枢機卿に内定している司教を、『教皇の遣い』として招く事に成功したのだからな。

 …アレの持っている人脈は脅威だ。

 式典の結果がどうなろうと、一度変化した認識は戻らん。

 もしアレが不審死をとげれば、その後の王はアレを殺害した者だと言われ続けるだろう。下手に手は出せない。

 だが、これから荒れる国にアレが居れば、何に利用されるか分からん…」

 そこまで言って男は口を噤んだ。


 少女は得心がいった様に頷いた。

 「成る程…今回の件には責任を取る者が必要になる…。

 だから、それまでは無事に生かしておく必要がある…」

 男は、何も言わずに目を伏せた。


 「こちらも聞きたい…お前の相方はどこ行ったのだ?」

 赤い髪の男が尋ねると、少女は含み笑いをした。

 「あの子はダンスをしたいと申しましたので、許可しました。愛しの彼が来るのを待つそうです」

 女は嬉しそうに答えた。

 表情は変わっていないが、愉しんでいる雰囲気は伝わって来た。


 「ダンス…?広間で…では無いだろうな?

 渡す鍵が壊れたら契約の履行が出来んぞ?」

 「あの子のダンスは激しいですからねぇ…。

 大丈夫です。屋外ですから」

 「こちらの作戦の前に動くなよ?」

 「言われなくても分かってます。

 貴方の作戦が失敗して損をするのはこちらも同じですので」


 二人の会話を聴いていた初老の男が、小さく手を上げて発言の許可を求めた。

 赤い髪の男は、それを見て小さく頷いた。


 「街の…何処で踊るつもりだ?」

 「あら…?お父様?

 私達の予定を知ってどうするつもりですか?

 娘の相手をひと目見たい…とか?

 干渉が過ぎると嫌われますわよ?」

 少女はクスクスと笑うが、表情は見下す顔のまま。

 まるで鼻で笑っている様に見える。


 「気をつけろ…表情と言葉が合ってないぞ…」

 「あら…」

 初老の男が注意すると、少女は顔を触った。

 その途端、彼女の表情は柔らかい『笑み』に成った。

 一つ普通の人と違うのは、彼女の持つ『邪悪さ』が滲み出た微笑みだと言う事。

 部屋の男達は、一斉に眉をしかめた。


 「失礼…わたくし、あの子と違ってこういう事は下手でして…。出来るだけ気を付けているのですけれど…。

 それで?何故、私達の行動に興味を?」

 少女は笑みをたたえたまま、訝しげに尋ねた。


 「お前達が暴れると、こちらにも被害が出る。

 場合によっては部下達の進路を変更しなければならんだろうが」

 「…成る程。

 でしたら、その旨を伝えておきましょう。

 ダンスホールは臨機応変に、()()()()()お客様の少ない場所を選ぶ様にと…。

 あの子も少しは考慮してくれるでしょう。多分…。」

 「私は、こちらを巻き込むな…と言っているのだが?」

 男は苛ついた様に声を上げた。


 「災害は時と場合と場所を選びませんもの。

 逃げるのはニンゲンの役目。

 己が身に降り掛からない様に祈っておいて下さいませ」

 邪悪な笑みのまま、冷たく突き放す言い方で応えた。


 男が言い返そうとするのを、赤い髪の男が止めた。


 「こちらにも多少の被害が出るのはしょうが無い。

 お前の娘達の姿が見えたら近付かないように…と、言っておくしか無かろう…」

 「あら…次期王帝様は話が早い。とても好ましいですわ。

 もし次回の取引があれば、優先的にお受け致しましょう」

 そう言って少女は読んでいた本を閉じた。


 彼女が立ち上がり部屋を出ようとする時に、彼女の持つ本の表紙を見た赤い髪の男は、口を開いた。

 「うん…?待て…その本は…?」

 少女は手に持った本に目をやり、

 「ああ…少し気になったのでお借りしました。

 まぁ…内容はさっぱりなのですけれどね…

 あの子の気が済んだら返却致しますわ。ご安心を」

 と軽く答え、そのまま扉の外に消えた。


 部屋に残された男達は一斉に溜息を吐き、椅子にもたれ掛かった。


 そして一息吐き、気を取り直すと、赤い髪の男は背筋を伸ばした。

 「さて、そろそろ宴の時間だ。

 皆の働きに期待する」

 そう言って、既に冷めた紅茶を口にした。


 全員がカップを空にしたのを確認した後、彼は立ち上がって部屋を後にした。




 

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