◆2-4 アルカディア中央区へ
第三者視点
エレノアの邸宅から帰宅して数日後、聖教国国立学校サンクタム・レリジオより専属の通達員がやって来て、クラウディア達4人に試験の日にちと、入試と入学までに必要な道具や文具等を記した手紙を手渡した。
「思ったより早いのね」と封緘を開けて手紙を読みながら、ルーナが呟いた。
「動きやすい服装と靴も用意する様にと書いてあるから、運動でもさせるのかしら?」
すると侍女のサリーが、
「入試の時に、魔力検査も致します。その際に、何かあったらすぐに避難出来る格好が求められます」と、答えた。
ルーナ以外の三人は、「なる程…」とルーナを見ながら納得した。ルーナは頬を膨らませていた。
「試験の内容は…予定の範囲内のようね。小等部の必須科目の応用程度だわ。高等部の内容が出ても問題無いけどね」と、ジェシカ。
入学条件の所を読んでいたルーナが、ふと、
「この、入学条件『聖教国出身者の身元保証人』って、あるけれど、これは私達はどうなってるのかしら?エレノア様が用意してるの?」と呟いた。
クラウディアとジェシカが同時に「あっ…」と気がついた。
クラウディアはハダシュト王国のヨーク伯爵家、ジェシカはテイルベリ帝国のバルト男爵家、エレノアは同帝国のトゥールベール侯爵家。ルーナ以外は聖教国出身の家の者がいない。
何年も聖教国で暮らしているので、皆、忘れていた。
どうしようと慌てている二人に対して、
「だだ…大丈夫よ!エレノア様なら保証人の一人や二人、適当に拐ってくるわ!…何ならお父様にお願いすれば良いのだし!」と、慌てるルーナ。
サリーがやれやれと呆れたように、
「お嬢様方、エレノア様に聞いてみれば宜しいかと。
こういう時に慌てるのは貴族令嬢として恥ずかしい行いですよ」と3人を窘めた。
「その事も問題なのだろうけど…」とデミトリクスが淡々と話し出した。
「この試験日だと、先に中央教会区の学校の近くへ行って宿を確保しておいた方がいいと思うんだけど… 丁度、春祭りがある頃だよね」と指摘すると、
「そういえば、ラプタスの花が満開になる頃よね。人が多くなると宿の確保が難しくなるわね。流石デミちゃん!」と、デミトリクスを撫でながらクラウディアが続け、
「それならエレノア様に許可を貰って、早めに移動しましょうか。身元保証人の件も確認しなきゃね」とジェシカが答えた。
◆◆◆
ジェシカ達の話を聞いたエレノアは、
「確かに、この時期だと混むわね。わかったわ。移動を許可しましょう。明日から入学手続き後まで、部屋を確保するように宿に先触れを出しておくわね。ついでに春祭りも楽しんできたら?」と快諾した。そして、
「今回の入試は今年度の初月入試だから、受験者が多いかも知れないわ。そういう意味でも混みそうね」と言った。
「初月入試だと多いの?」とルーナが聞くと、クラウディアが、
「学費は年額一括払いだからね。
学年度後期の月に入学しても、年度初の月に入学しても、支払う金額は変わらないなら、早く入る方が得でしょ?」
「でも一年に、金貨6枚程度でしょ?」とルーナが言うと、ジェシカが後ろで鬼の様な形相になっていた。
それを見たエレノアが声を殺して笑っていた。
鬼の様な形相から、顔を元に戻したジェシカが、
「それで、身元保証人の件ですが…」と聞くと
「大丈夫よ」とエレノアが話し、
「最も適切な人に頼んであるから」とウィンクした。
「私達の知り合いですか?」
「貴女達の知らない知り合いよ」
「? 矛盾していませんか?」
「会えば分かるわ。向こうから接触してくるでしょうし」と、エレノアは答えた。
次いでジェシカは、
「私、入学前迄にやっておきたい事があるのですが…
エレノア様、もし持っていたらアレを貸して頂けませんか?」と尋ねた。
「アレ? 構わないけど何に使うの?」
「中央教会区には『友人』が居ないので。出来るだけ『良いお友達』を作っておきたいんです」
それを聞いたエレノアは、「なる程ね…」と理解した。そして、「入学後には必要?要るならあげるわ」と皆に聞く。
「仕事に役立つ事なら経費で出せるから、遠慮しないでね」
と、言ってエレノアは微笑んだ。
◆◆◆
翌日、宿泊予定の宿から、部屋の確保が出来ているという連絡を受けた4人と一匹は、外出用の侍女服を着たサリーと一緒に、教会の正面玄関から二頭立ての大きくて豪華な馬車で教会を出発した。
教会を出て暫くしたら、クラウディアとジェシカがお互いの髪を梳き始めた。その後、お互いの髪の毛を左右から編み込みをして後ろで纏める。
そして、髪型を貴族や富豪の子女の間で流行っているハーフアップにして髪留めとリボンで仕上げた。
サリーは、ルーナの髪を梳いてサイドで編み込み、小さくお団子を作り残りを垂らす。それを左右同じ形で作り、貴族の幼齢の令嬢達に人気の髪形に整えた。
最後に、赤色のリボンを左右のお団子に絡めて短く垂らす。
続けて、サリーがデミトリクスの髪を梳っている間に、クラウディアとジェシカは、修道服から、袖口が大きく広がっている富豪令嬢の豪華な衣装に着替えた。
髪を梳き終えたデミトリクスも富豪子息の豪華な衣装に着替え始める。
その間に、サリー、クラウディア、ジェシカの3人でルーナに、高位貴族令嬢のプロムナードドレスを着せていく。
これは皆の着ている富豪・子供用の服とは違い背中で留めるのタイプなので、一人では脱ぎ着が出来ない。ただ、子供用なので膝下丈までの動きやすいタイプだ。
よくあるタイプの筒状ドレスだが、子供用にスカートの裾が緩く出来ている。イブニングドレス程華美では無く装飾も少ないが、東国から取り寄せた『魔蚕の絹』で織られた特注品で、真珠の様に白く輝く美しいドレスだ。
大人向けのドレス生地を子供向けの装飾を付けて子供用に仕立てる事で、ルーナの可愛らしさを、より強く引出している。
サリーがルーナのドレスを整え、袖口の広い付け袖を付けたら、再び髪とリボンを軽く整え直した。
最後に、サリーがくどくならない程度に軽く子供用の化粧を施し、目立たない程度の装飾品を着けて、上品に完成させた。
…ルーナが可愛く着飾る度に、サリーの顔がどんどんとニヤけて緩んで行くのを見て、ジェシカは『こいつもか…』と思い、渋い顔をした。
相変わらずのクラウディアは、富豪令息姿の格好良くなったデミトリクスを見て、鼻を抑えて震えていた…
皆が、着替えたり髪を整えたり化粧をしたりと忙しなく動いている間、暇だったパックは、口紅で自分の顔にタラコ唇を描いて遊んでいた。
◆◆◆
中央教会区に在る一際豪華な宿泊施設。
その宿に相応しい豪華な馬車が正面入口に乗り付けた。
そこから、如何にもお金持ちな装いの子供達と、一目で分かる高位貴族の可愛らしい令嬢と、日傘を持って令嬢に付き従う上品な侍女が降りてきた。
あまりにも絵になっていた子供達だったので周りの人達は、つい見惚れてしまった。
そして、その貴族の少女の周りを飛び回る、タラコ唇の妖精を見て、周りの人達は、つい二度見してしまった。
豪華な宿からは、慌てた様子で立派な御仕着せの使用人が飛び出して来て、彼女達の荷物を持った。
高位貴族であろう少女の、後ろに付き従っていた上品な侍女が、徐ろに『金銀貨』をチップとして彼に手渡した。
彼は、自分の手の内の硬貨の金額にびっくりして、何度も金銀貨を見直していた。
周囲の人達が見守る中、『高位貴族と富豪の子供達』の一行は、1階に続く階段を上って行った。
1階には、まるで天国に繋がる扉の様な立派な玄関扉があった。その扉が、内側からゆっくりと開かれた。
彼女達が大きな玄関扉を抜けると、豪奢なステンドグラスから差し込む陽射しにより光り輝く、綺羅びやかなホールに出た。
高い天井の広いホールに入ると、彼女達を、皺もなくしっかりと糊付けされた執事の衣装を着た壮年の男性と侍女達が、一斉に並んで出迎えて、丁寧に挨拶をした。
高位貴族の令嬢は、微笑みながら上品に貴族の挨拶で返した。
背の届かない令嬢に代わり、その貴族令嬢の侍女が、羊皮紙の台帳にサインをして、宿泊手続きを終えた。
執事服の男性と侍女達が、一行を3階の一番広い部屋に案内した後、一礼をして出ていった。
◆◆◆
「ふーー! つっかれたわー」と、下品に肩をぐるぐると回すジェシカ。
クラウディアは「まだ到着しただけじゃないの。これからでしょ」と言って窘めた。
「ハイハイ、分かってますよーだ」と言って、荷物から『エレノアから預かった物』を取り出した。
暫く時間を潰した後にクラウディア達は、少し動きやすい服に着替え、サリーも侍女服から家庭教師の衣装に着替えた。
そして、飛び回り、逃げ回るパックを皆で取り押さえて、化粧を擦り落とした。
クラウディア達は、気を取り直してから、再び貴族の雰囲気を纏わせながら、『上品な貴族一行』として、しずしずと宿泊施設を後にした。




