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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
164/287

◆4-64 歓迎式典 昼餐

第三者視点




 王帝ベルンカルトルの宣言で歓迎式典が始まった。


 王帝がグラスを掲げると、参加者全員が彼に倣って一斉に掲げた。

 これだけ大勢の貴族が一斉にグラスを掲げる光景は、王位継承式以外では滅多に見ることの出来ないものだった。


 全員が掲げたグラスを一度下ろして、静かになったところで、王帝が開式の挨拶を述べ始めた。

 大勢の貴族達が、一言一句逃さぬように気を付けながら、王帝の言葉に耳を傾ける。

 王帝の声は、即席で造られた巨大広間の隅の席にまで響き、良く届いた。


 元々、とある理由で開放できるように設計されていた広間と廊下だったのが功を奏した。

 広間と廊下を仕切る幾つもの大扉を外し、入口に続く大廊下の途中に外した大扉を設置し直しただけで、複数の小広間と大廊下が、一つの巨大広間に変貌した。

 建物を支える為に幾つもある太いアーチ状の柱のせいで部屋の端から端までは視界が通らないが、全員を一つの部屋に収める事には成功した。


 テラスに繋がる部分以外の窓は小さく、等間隔に並ぶ柱も太い為に、奥の方までは太陽の明かりが届かない。

 しかしそこは、柱の影が出来ないように計算されて配置された連動式魔導灯の放つ光がカバーした。


 50を越える円卓。そこに居並ぶ各国の高位貴族達。

 その場に同席出来ただけでも、帝国の下位貴族や富豪達にとっては計り知れない栄誉となる。


 広間最奥の最上位席には、大きな円卓が三つ。

 中央に王帝と王妃達と王女に、主賓の4人。

 上手の円卓に第1王子ファルクカルトルと軍部の将軍達。

 下手の円卓に第2王子ゼーレべカルトルと宰相と大臣達。

 そこから入口側に向けて、4列の円卓が整然と並んでいた。


 式典の昼餐(ちゅうさん)(きょう)される予定の豪華な食事が、厨房に続く外の廊下で延々と待機していた。



 慣例では、式典の最初に主催者が国同士の約束事について発表し、お互いの国の今後の関係方針を説明する。


 食事後に、招待客達が来賓に対して挨拶と交流を兼ねた簡単な会話を行う。

 その中で、お互いの腹の(うち)を探り、望みの物や条件を聞き出す。

 もし婚約の話なら、婚約の意思や相手の有無等を婉曲に聞き出す。この時、露骨な質問や下手な押しつけで、来賓が気を悪くしない様に主催者は気を付ける必要がある。

 挨拶から会話まで、長々と話すのはマナー違反。

 昼餐後の挨拶はサラッと終わらせ退室する。

 両者とも、どれだけ短い会話の中で、どの位互いの気を引けるかが貴族としての腕の見せ所。


 昼餐後、貴族達は一度情報を持ち帰る。

 持ち帰った情報をまとめ、同派閥や親族同士で話し合い、相手の利用価値を探る。

 その後行われる晩餐(ばんさん)で、話し合いの内容を元に用意した条件の提示、今後の利になりそうな約束、婚約相手の紹介等をして、成立すれば簡単な契約の取り交しが行われる。

 その際に使用する商談用の小部屋が、広間とは別の場所に多数用意されている。


 支援を求めて来る国の歓迎会なら、来賓側から自分の価値を招待客達にアピールし、帝国貴族の支援者(パトロン)を作る為の足掛かりの場になる。


 対等な関係を求める国の歓迎会なら、お互いが軍事・貿易・婚姻での利益を匂わせて、より有利な条件の落としどころを探る勝負の場になる。


 聖教国等の、帝国より上の立場の国からの歓迎会なら、招待客達が来賓に自分を売り込み、より強固な足場や後ろ楯を構築する為の場になる。


 主催者は、来賓と招待客の両者の間を取り持つ事により、双方に恩を売る。

 同時に、自分勝手な関係構築をさせない為の監視と監理を行う。

 契約を交わす場合は、公証人立会の下で行われる。

 そうする事で、来賓と招待客がどの様な関係を持とうとも何かしらの利益を得られるし、妙な素振りがあれば要監視対象としてマーク出来る。



 ただ、今回の歓迎式典は、あくまで学校交流会の延長。


 子供達を離宮に招き歓待する事で、レヴォーグ家そのものが彼等の親たちとの強い繋がりを持とうとする意図。

 そして、『貴国も貴国の子供達も、我々は軽んじておりません』と見せる事で、子供達の裏にある聖教国やハダシュト王国そのものとの関係改善。

 これらが主目的なので、慣例とは少し趣が異なる。


 とはいえ、各々が行う契約に関しては慣例通り、自由。

 しかし、子供達から利益を吸い上げようという輩は、強制退去。

 契約には子供達と保護者の両方が揃っている場合のみ有効。

 なので今回は、契約時に王族か公証人が保護者と子供の両者の立会を確認し、子供の自由意思も確かめる事を義務付けていた。


 つまり、『あくまで学校イベントの延長なのだから、子供達に見られて困るような契約はするな。子供達を食い物にするなよ?』と、釘を刺したのだ。




 「…と、今迄様々な行違いがあった。

 しかし、我々は聖教国、そしてその同盟国との関係改善を諦める事はしない。

 わだかまりを溶かす努力を怠るべきではない。

 関わる国全ての繁栄を、我は望む。」


 王帝ベルンカルトルの簡単な挨拶が済むと、彼は再びグラスを掲げた。

 それを合図に、最前列の王族や将軍に大臣達、主賓として円卓に座っていたオマリーやルーナ達も立ち上がり、グラスを持って皆の方に振り向いた。


 上座中央奥の円卓にいる王帝と王妃達の合図で、立ち上がっていた王族全員がグラスを高く掲げる。

 それに合わせて主賓も掲げる。


 「女神マイア様と彼女の愛し子達、そして、護られし我々の繁栄を願い…乾杯!」

 『乾杯!!』


 最前列の主催者と主賓の合図にあわせる様に、皆が一斉にグラスを掲げ、乾杯をした。


 グラスを掲げるオマリーは、珍しく髭を綺麗に整えていた。

 いつも生やしている髭、良く言えば自然体で清貧、悪く言えばズボラで無精な髭を、軍属の貴族によくある様な形に整えていて、普段より見目が良くなっていた。

 その大柄で筋肉質な体型もあり、現在の彼は、帝国の将軍と見紛(みまご)う雰囲気を醸し出している。

 知らない人が見たら、彼がただの司祭だなんて考えもしないだろう。


 隣に座るジェシカも、髪油を付けて整え、手間の掛かる綺麗な編み込みにしている。

 薄い化粧をして紅をさしている美しい姿からは、どう見ても元貧民とは思えないし、殆どの人はその事を知らない。

 伏し目がちにして黙っていれば、高位貴族のお嬢様にしか見えない。

 彼女もそれを理解しているからか、一切喋らずに動きだけを周囲の人にあわせて、嫌いな貴族に扮している。

 全ては養父であるオマリーの為に。


 二人共、一般的に知られている帝国の下位貴族の様相ではなく、王帝から贈られた衣装を身に着けている為に、高位貴族に見劣りしない。


 第一位王位継承権者ファルクカルトルの円卓には、食事前から空ビンが何本も並んでいる。

 見るからに軍属叩き上げの様な、オマリーに勝るとも劣らない体格と髭の男達が、涼しい顔でワインを片端から空にしていっている。

 同席の貴族達も軍関連なのか、鍛えられた身体の者ばかり。

 そして、その様子を冷めた目で眺めるているのが、ファルクカルトルの第一夫人とその娘。


 王帝の卓を挟んで反対側の円卓には、第二位王位継承権者のゼーレベカルトル。

 それと、線は細いが鋭い眼光をもつ宰相と文官貴族達。

 権謀術数の頭でっかちが多いのか、皆身体は細い。

 職業病的な物かは分からないが、他者に悟られぬように気を付けながら広間を隅々まで観察している。

 彼等が視線を向けているのは主役の子供達ではなく、招待客達。


 王帝の円卓のすぐ目の前、2列で並ぶ中央の4卓に座るのは、フローレンスのメロヴィング家やリヘザレータのエッツォ家などの、とある共通した特徴のある貴族達。

 それと、メロウビット家のアデリン先生を含む引率教師達。

 アルドレダやホウエンは同行していないので、この場には居ない。

 彼女達の家が、帝国派閥か王国派閥か身分の上下かは関係なく纏められている。

 共通した特徴とは、教師達以外の全ての家が、貿易関係の大商会を後援している貴族。

 この4卓は、ルーナ達を除いて一番上の来賓席。


 同じく最上位卓の上手側、ファルクカルトルの円卓の手前には、クラウディア達やマクスウェル達、ハダシュト王国貴族。

 そして、エレノア司教とカーティ教授。

 来賓の中では、ルーナ達を除いて二番目の来賓席。

 今回の式典で、王帝はハダシュト王国を蔑ろにする意図は無いという意味の意思表示と、エレノア・カーティの両人物を、学校交流会という名目とは別に重要視している事を参加者達に示している。


 最上位卓の下手側、クラウディア達の卓とは反対側には、マリアベル、クララベル姉妹。そして、帝国神学校シエンティアの高位貴族の学友達とその保護者達が座っている。

 今後、政権の中枢に入る事が約束された者達の席だ。

 一応、学校交流会という名目上、聖教国の来賓達と同列に扱われている。


 そこから下の席に向かって、サンクタム・レリジオとシエンティア・パラディス両校の生徒達が、身分ごとに分けられて席を配分されている。


 一つの卓につき、大体8〜10人。


 生徒達の卓が終わると、今度は招待された貴族達の卓となる。

 招待者のすぐ後に参加申請をした貴族達が上座から身分順に座り、入り口近くの下座席までくると、平民の富豪達が複数の卓に纏められて座らされていた。


 入り口に近付くほど、一つの卓に用意された席数は多くなり、一番下の席である富豪達の卓では、4つの卓に50人近くが座らされていた。

 大きな円卓とはいえ、流石に動きづらそうにしている。


 そして、部屋の左右壁際には参加者達の側仕えと護衛が待機しており、合計1000人近い人間達が、この巨大な広間に入っていた。


 因みに、本来の主催者のリオネリウスは参加しなかった。

 表向きは病気で寝込んでいる為…と発表された。



 乾杯が終わると、一斉に料理が運び込まれて来る。

 それぞれの席に運んで来る側仕え達の動きは優雅だが、外廊下で料理の受け渡しをしている様は、まさに戦場での兵站補給の光景だった。


 「熊さんの挨拶、随分と短かったわね。楽で良いけどさ」

 カーティは、前菜を口いっぱいに頬張りながらモゴモゴと口を動かしている。


 「王国出身者や王国派閥の貴族達の気持ちを逆撫でしない為の配慮でしょ」


 カーティの食べ方を視界に入れない様にしながら、ゆっくりと流れる様にフォークを動かすクラウディア。

 クラウディアは、カーティに話しかけられる事を鬱陶しく思い雑に扱うが、カーティ自身は全く気にせずに話し掛け続ける。


 「ふ〜ん…熊さんのクセに意外と気を遣うのね…。

 ところでさぁ…ねぇねぇ、ちょっとクラウディアちゃん…」

 「今、私食事中なのだけれど…?見えないかしら?」

 珍しく、額に青筋を立てるクラウディア。


 「奇遇ね。私も食事中。やっぱり私達気が合うわね」

 気にも留めず話を続けるカーティ。


 「さっきからね、あっちの席の娘がこちらに熱い視線を向けて来るのだけれど…。もしかして私のファン?

 あの、手に包帯を巻いてる娘。

 私、頭の悪そうな娘は嫌いなのだけれどね」


 カーティは、手に持ったナイフで指し示した。

 嫌々ながら、クラウディアはカーティの指した方向に視線を向けた。


 「ああ…宰相の娘ね。

 妹のクララベル様が、うちのデミちゃんに一方的な恋心を抱いている様なの。

 乱暴者なので、あまり関わらせたくは無いのだけれどね…」

 面倒くさそうに答えた。


 「そうなの?随分と殺気の籠もった恋心ね。

 デミちゃんも隅に置けないわね〜。

 お姉さん、応援しちゃう♪」

 「しなくて良いよ…」

 珍しくデミトリクス自身が否定した。



 下らない雑談をしながらも食事は進む。

 次々と饗される美味珍味に舌鼓を打ちながら、皆は食事を楽しんだ。

 

 「この刺し身はまさか…!西の国で捕れる毒魚のものでは無いですか?食べられるのですか!?」

 どこからか声が聞こえると、王帝が我先にと口に放り込む。

 「うむ!美味い!

 しっかりと毒抜きされておるな!この旨味がたまらん!」

 王帝自身が毒見をして、皆を安心させた。


 他の席からも、ザワザワとした会話に「美味い、美味い」という声が混じる。


 「アデリン…貴女、自分の嫌いな物を人のお皿に放り込むんじゃないわよ!いい大人でしょ!?」

 「まぁまぁ…フローレンス様はいっぱい食べて大きくならないといけませんからね…私なりの愛情ですわ…」

 「こんなのが教師だなんて…恥ずかしいですわね!」

 「ちょっとフロー…声が大きい…先生も子供みたいな真似はやめて下さい…」


 クラウディア達の隣の席から、大人を叱る子供の声が聞こえて来た。

 反対側の席のシエンティアの生徒達が、クスクスと笑っている。


 マクスウェル達は雑談をする余裕も無く、血走った目で真剣に食事をしている。

 特に彼の叔父は、震える手を抑えながら食事をしていた。

 手に持ったナイフを、お皿にぶつけない様に必死だ。

 あれでは自分が何を食べているか、理解していないだろう。


 「わっはっは!そうか、そうか!教皇猊下もキベレ侯も息災か。それは重畳。

 キベレ侯には、ワシも若い頃はお世話になってのぉ…」

 ルーナと楽しそうに会話する王帝の、一際大きい声が会場内に響き渡った。

 彼の声が響くと、それに引き摺られる様に周囲の声も大きくなった。


 「くっそうるさ…。本当に熊みたいなオッサンよねぇ…。

 リオンちゃんは本当にアレの子なのかしら…?

 熊から産まれた子狐って感じよね。そう思わない?」


 主菜を口の中でモキュモキュとさせながら、カーティは大声で話した。

 その声に反応してファルクカルトルの席の方から、複数の鋭い視線がクラウディア達の席に突き刺さった。


 「…アンタは口を閉じろ。食事に集中してなさいよ…!

 ただでさえ、この席は微妙な立ち位置なんだから…!

 私は注目されるのは嫌いなのよ…」

 度重なるカーティの言葉のせいで変に注目され、食事の手が止まるクラウディア達。

 しかし、カーティだけは全く気にせずに食事を続けていた。




 

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