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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
163/287

◆4-63 話題の人と問題の人

第三者視点




 帝国の歓迎式典は、伝統的に昼餐(ちゅうさん)が開始の合図となっている。

 しかし、今回の大規模な昼餐準備には大変な金額が掛かってしまい、計画段階では昼餐の取りやめも提言された。

 大規模化した本当の原因は、何者かの謀策による参加希望者の大動員。


 今回の式典には貴族だけでなく、商社を運営する富豪達まで参加を申請して来た。

 主催者側としては予想外の事であり、昼餐費用の増大を懸念して却下する意見もあったのだが、これを利用しようと言う声が出た。

 具体的には、経済的な補填と政治的な計画。

 その結果、富豪達の参加を許可する事となった。



 通常、貴族の参加者は一定額を王室に寄付し、その寄付額と王室側の支出金で式典費用を賄う。

 ただ、今回は規模が大きくなり過ぎて、王室の今期の予算が枯渇した。

 来期の予算を流用する事も出来たが、泥縄になるのは良くないとして、新たな資金開拓先を考えた。


 経済的補填を話し合った時に、才媛として知られている第二夫人の長女、エリシュバ王女が案を出した。それが、後援者(パトロン)制度。


 貴族以外の参加希望の富豪に対して、支援金を募る。

 高額支援を提示した順にエリシュバが財務監査をして、問題が無ければ参加許可を発効した上で、王室後援者である事を商社に掲示する許可を出した。

 次回の式典(イベント)までの期間限定ではあるが。


 この効果は凄かった。

 『王室後援者』の看板は、それだけで他の商社とは隔絶する位の『信用度』をその富豪に与えた。

 下手な貴族身分より信用は上だった。

 後援が出来るくらいに財務が潤っているという信用の周知。

 加えて、才媛のエリシュバがお墨付きを与えた。


 この看板を掲げているだけで、銀行や取引先の審査は全てスルー。

 無駄な手間と時間とお金を省く事で、他社の取引の数歩先を独走する事が出来る。

 経営者達は、すぐにその利点を理解した。


 目端の利く富豪達は、こぞって支援金の値を吊り上げた。

 あっという間に不足額が補填でき、余剰金まで発生した。

 その時点で後援者制度を締め切った。

 絶妙なタイミングで締め切ったのも、エリシュバ王女。

 希少価値を高め、数年後の式典での入札額を更に吊り上げる腹づもり。


 これが経済的な補填。



 帝国は歓迎式典の話が浮上する前から、ある問題を抱えていた。


 ハダシュト王国からの遣い。

 クラウディア達の事ではないが、既に、旧ホーエンハイム領の占領交渉に来るのだろうと、以前から噂はあった。

 悪意と敵意を含んだ噂話を誰かが拡げていた。


 聖教国は王国びいきだから、コルヌアルヴァに関して帝国に文句をつけるのだ。

 いつか、聖教国は王国の遣いを引き連れて交渉に来る。

 きっと、ハダシュト王国との交渉で失敗して、紛争は泥沼化する。

 レヴォーグ家なんかに任せていると、必ず戦争になる。

 下手すれば聖教国とも敵対するだろう。

 そうなった時、我が国のマイア信徒達は敵味方、どちらに付くのだ?


 この様な噂が、帝国のマイア信徒達を動揺させていた。

 学校交流会や歓迎式典の事が発表される前から、悪意のある噂話が、既に大きく拡がっていた。


 学校交流会の計画が出た時、まだ発表前だというのに、ヨーク家子息達の事が、既に噂になっていた。


 ほら見ろ!歓迎式典を隠れ蓑にして、交渉に来るつもりだぞ!噂は真実になるぞ!

 リオネリウス王子は、聖教国と王国に利用されたのだ!

 誰かが、そう言っていた…と出所不明の話が拡がった。


 その問題解決の為に、富豪達や式典の準備に携わった職人達を政治的に利用しようと考えたのが、第一夫人クリスティアーネ。

 彼女は、噂の流布は上からよりも下からの方が良いと考えた。


 第一の手として、式典には参加出来ない平民達に聖教国やハダシュト王国の来賓達の事を、敢えて知らせた。


 表側からは、正式な公布として街中に立て看板の設置。

 字の読めない者たちの為に、分かりやすく解説する文官達も配置した。


 裏側からは、支援に携わった富豪や職人達を通じて、他の街の平民達にもハダシュト王国から交渉の使者が来る…と噂を流させた。

 富豪達との面談中に、王帝や夫人たちがハダシュト王国の来賓達を迎える準備をしている事を匂わせた。


 第二の手として、偶像(アイドル)を作り上げた。

 リオネリウスが招待した中に、適任者が居たので利用した。


 その適任者は、ルナメリア=キベレ選帝侯爵令嬢。

 元々無名だった彼女の事は、来訪迄の間に何度も繰り返し宣伝され、人々には最も大切なお姫様だと刷り込まれた。


 とても美しく、可憐で秀才。聖教国に於いてほぼ最高位の身分のお姫様。

 大切にされ過ぎて、今まで聖教国内での外交の場にすら顔を出した事のない豪華な宝石箱に入った稀少宝石。

 その様な偶像を作り上げた。

 そんなに大切にしている彼女を、聖教国はレヴォーグ家との関係強化の為に派遣した。


 街中で演説する文官も、噂を拡めている富豪達も、誰も彼女の顔も年齢も知らないままに。


 第三の手が、聖教国と帝国の橋渡しをした英雄オマリー。

 こちらは宣伝もそこそこだったのだが、ボガーダンの通商路を利用する商人達から噂としてすでに拡がっていた。

 彼に関する話には、尾ひれに背びれ胸びれが付いて、神話の英雄の様なイメージにまで膨らんでいた。

 オマリーの嫁候補を自認する娘達で、ファンクラブまで結成されていた。

 当然こちらも、オマリーの顔も年齢も娘が居る事すら、ほとんどの人々は知らないのだが。


 クリスティアーネは、別々に流した三つの話を一つに纏める様に噂を操作した。


 件のハダシュト王国の遣いの貴族は、聖教国のお姫様と帝国の英雄の両者と、親密な関係にある。

 その貴族こそ、王国のヨーク伯爵令息令嬢。

 三者と関わりの深いリオネリウスが招待して、教皇猊下が『直接』許可を出したのだ…という様に。

 実際には、オマリーとリオネリウスには面識は無いのだが…。


 そしてクリスティアーネは、市井(しせい)の噂に複数の噂を被せた。


 ハダシュト王国の遣いの者が、学校交流会を利用して外交交渉に来る。

 王国の遣いであるヨーク家の子息達は、聖教国のお姫様と、英雄オマリー司祭の友人であり、マイア教徒であり、加えてマイア教助祭の有資格者だ。

 彼等の保護者であるエレノア司教は帝国貴族であり、帝国とは敵対関係には無い。

 エレノア司教は、帝国人初となる聖教国の枢機卿に推薦された。

 レヴォーグ家は枢機卿になるエレノア司教と(よしみ)を結び、その結果として王国とも繋がりが深くなるだろう…と。


 つまり、王国とは敵対国家では無くなり、レヴォーグ家が上に立っている限り、戦争は起こらない。

 交渉は交渉でも、平和へ向けての外交交渉である。

 コルヌアルヴァの暴走は戦争に繋がらない。

 戦争を懸念する市民達の、すがる先になる噂を流した。


 その際にオマケで、クラウディアの噂も流布した。

 美しい上に若くして助祭に成った才女。

 そして、リオネリウスとも同い年で()()()()…と。


 多すぎる情報に、どれが真実であるか分からなくなった市民達は、外国との取引のある商人達を頼った。

 貴族の言う事より信用に足ると考えたから。


 実際に聖教国で噂の裏取りをした商人達が、ヨーク家の子供達とオマリー司祭とエレノア司教の関係を確認した。

 そして、前者の敵対的な噂より、後者の親和的な噂の方が信憑性が高い…と噂を補強した。

 結果的に、ヨーク家の子供達に対する敵対心はかなり薄まっていた。

 むしろ、帝国人であるエレノア司教の庇護者なら、我々の仲間なのではないのか?戦争回避に動くのでは…と。


 更に、エレノア司教の父親である帝国侯爵エルフラード=トゥールベールが、彼等を邸宅に招き入れる様子が多くの人に目撃された。

 エルフラードがヨーク家の子供達を大切な客人として扱っていた様子から、彼等は我々にとって敵対的な関係では無さそうだ…と伝わった。そして、それが決定打となった。


 市民達が知識を自分達で補完して知恵をつければ、彼等を扇動する為に嘘を付く貴族の声に耳を傾けなくなると、クリスティアーネは考え、実際にその通りになった。


 各種上書きされた噂のお陰で、市民達の間では、敵が来たという警戒心よりも、難航していた問題を解決しに来た助け舟だと考える様になり、結果として式典が楽観的なお祝いになった。


 ここまでが政治的な計画。



 そして、彼等の計画とは全く関係なく勝手に拡がった噂の主が、変人魔導具士カーティ。

 元々彼女は、軍の人間の間では有名だった。

 変人で天才。聖教国の最年少魔導具士。

 この国では、ミランドラ卿の名前はあまり知られていないが、カーティ教授は有名だった。


 曰く、聖教国の魔導具の歴史時計を30年分進めた人物。

 曰く、世界の戦争を変え、力の均衡に拠る仮初めの平和を創り出した人物。

 曰く、変人。


 ミランドラ卿は基礎的な魔導具の開発で、聖教国の一部の研究者の間でのみ有名。

 カーティ教授は発展的な魔導具の開発で世界的に有名。


 カーティは、ミランドラ卿の創り出した高効率の魔素半導体を利用して、クラウディアの魔導銃に近い物を既に創り出している。


 だが、クラウディアの物とは違い、魔石の動力変換効率が悪くて発動する圧縮魔術式も弱い。なので、それ程の威力は無い。

 かつ、発動用の大きさの魔石を入手する事も困難で、量産には向かない。


 しかし、自分の魔力も火薬も使わず、大きささえ揃えればそこら辺に転がっている(つぶて)ですら簡易的な散弾に出来る、画期的な製品。

 勿論、石だと殺傷力は皆無だが、最低限の護身用になる。


 こちらは性能に制限をかけた物が、軍関連の繋がりで外国にも発表されている。

 だから彼女は外国でも有名なのだ。


 火薬を使わず、平民でも扱える魔導銃。

 魔力が低くて圧縮魔術式の使えない下位貴族の子女には垂涎の護身武器。

 だが高価なので、所有する貴族はまだまだ少ない。

 そして軍事装備に関する情報なので、平民は彼女の功績を知らない。



 故に、今回の歓迎式典の表の顔はルーナとオマリー。

 裏の注目人物はクラウディア姉弟とカーティ教授だった。




◆◆◆




 「だからって…この座席の配分は酷くない…?」

 珍しく綺麗に着飾ったクラウディアは、円卓の対面を見ながら毒づいた。

 動きづらそうなドレスの裾を引っ掛けない様に、椅子の位置を調整しながら。

 デミトリクスは、なんの事か分からずに首を傾げた。

 隣で彼女の呟きを拾ったエレノアは、聞こえなかったふりをしている。


 「最高の配置よね!あの熊男、よく分かってるじゃないの」

 クラウディアの対面に座り、彼女の顔を見ながらニコニコとする変人カーティ。

 「熊男言うな…失敬でしょう…」

 クラウディアは小声で注意した。


 デミトリクスと反対側に座っているマクスウェルは、場違い感に緊張して、ソワソワキョロキョロしている。

 それ以上にソワソワビクビクしているのが、マクスウェル達の保護者枠で参加した彼等の叔父。

 意外と平然そうに座っているのが妹のマリアンヌだった。


 すぐ隣が王帝の長男ファルクカルトルの居る円卓。

 周囲のテーブルも同じテーブルに座る人達も全て、帝国と王国と聖教国の高位貴族ばかり。

 下位貴族は自分達だけ。

 なのに、席順は限りなく上座。

 マクスウェルも叔父も、顔色が青から白に変わっていた。


 「なんで…下位貴族の僕達が王帝の式典に呼ばれるんだ…?」

 「仕方ありませんわ。王国出身貴族の出席者は少ないのですから…。

 私達が参加しないと、王国出身者の席にお姉様達しか居なくなってしまいます」

 「し…しかし…こんな立派な式典、王国でも参加した事はないぞ。

 わ…ワシは一体どの様にすれば良いのだ…?」

 「はぁ…諦めて覚悟して下さいませ。情け無いですわ…二人共」

 小声で愚痴をこぼしている二人を宥めているのは、一番年下のマリアンヌだった。


 カーティから目を逸らし、クラウディアは部屋の上座中央にある円卓を見る。

 王帝と第一夫人、第二夫人とその娘が円卓の上座側。

 オマリー父娘とルーナとサリーが同じ円卓の下座側に座っていた。


 私と同じものを見たカーティが、

 「ルナメリアちゃんは分かるけれど、彼女の侍女も同席するのね…」と、呟いた。


 「ルーナはサリーが側に居ないと何も出来ないからね。

 式典中、ずっと後ろに立っているのも悪目立ちするでしょうし、王帝の配慮でしょう」


 クラウディア達やカーティ、参加貴族の侍従は例え貴族出身であっても、護衛達も含めて壁際に綺麗に並んでいる。

 配膳の時と毒見の時以外、侍従は座席に近付かないのがマナーだが、そうすると保護者枠での参加者が居ないルーナは一人になってしまう。

 一番小さい子供が一人だけで参加しているのは目立つ。

 なので、サリーは侍女兼保護者として同席している。


 「それに、今の役職は侍女だけれど、彼女自身も貴族だしね。一応」

 クラウディアはサリーを見ながら呟いた。


 サリーは普段の侍女服ではなく、貴族令嬢の礼装をしている。

 髪型も、いつもの仕事優先の簡単な纏め髪ではなく、長い髪をしっかりと上げて形を整えてある。

 宝飾品はキベレ侯爵家の用意した一級品。

 目元から爪までしっかりとした化粧で、別人の様になっていた。

 向かいに座る、第二夫人の娘と比べても遜色無い。


 傍目には仲の良い姉妹に見えるだろう。

 知らない人が見れば、キベレ公爵令嬢はサリーの方だと思うかも知れない。

 そう思わせるのも、サリーの作戦の内ではあるのだが。


 クラウディアがそんな事を考えている間に、各テーブルにワインが運ばれてきた。

 各々の側仕えが集まり、用意されたワインを毒見する。

 その後、自分の主人のグラスに注いだ後、席を離れて壁際に並び直した。


 因みに、サリーにもキベレ侯爵家から派遣された側仕えは付いている。本来はルーナ用の側仕えだが。

 ルーナへの食事の提供は、サリーが経由して行う事でルーナの魔力暴走の問題が起きないようにしている。



 カーン…カーン…、5の鐘が鳴った。


 皆にワインが行き渡った事を確認した王帝が立ち上がると、それに併せて王族が揃って立ち上がった。


 「これより歓迎式典を始める」

 王帝の号令により、式典が開催された。




 

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