◆4-62 式典に向けて 下準備
第三者視点
今日は昼から離宮で式典が開催される。
聖教国から招かれた貴族の子供達を歓迎する式典だ。
招待された帝国の貴族達が、この日に合わせて続々と首都に集まっている。
普段は空っぽな首都の貴族邸宅は、珍しく殆ど埋まっていた。
数年に一度、第三位王位継承権者が取り仕切っていた歓迎式典は、普通はこんなに大規模なものでは無かった。
こじんまりした内輪だけで終わらせる式が通例だった。
今迄は、聖教国から招待する貴族も有名人を1〜2人、数合わせや賑やかしが5人程度。多くても合計10人以下。
帝国側から出席する貴族も、無難な派閥に属した10人程度。更にその家族を含めても、20〜30人位。
主催者から話を持ち込まれた貴族達が、義理で参加を申請するのが通常。
場所も王宮の広間一室とその周りの数部屋だけで開催されて、大抵が周囲に知られず静かに終わってしまう位の規模。
それを王族や参加貴族で査定して、三位の王位継承権者に相応しいかの採点をするだけのものだった。
三位なんてその程度。無難に終わらせれば及第点。
…これまでの式典であれば、それで良かった。
市民にも、軽い噂話として流す程度で公布まではしない。
市井に何の影響も与えないからだ。
市民も関心はなく、通常通りの暮らしが何の問題もなく行われる…それが例年の歓迎式典だった。
しかし、今回に限って誰から話が持ち込まれたのか、狂った様に貴族の参加希望者が増えた。
紹介者を尋ねても、取引先の貴族から話が持ち込まれたという内容が堂々巡りで、大元は分からない。
市民にも噂が広まり、大商会の富豪達までが参加を申請して来た。
片方の申請を許可すれば、却下された者との争いになる事は目に見える位に混乱した。
普段なら参加しない様な貴族達や、特別な事情を抱えた貴族達まで参加を希望した。
この歓迎会自体はリオネリウス王子の功績ではあるが、規模が大きくなり過ぎた。
聖教国からの参加者は、生徒達とその保護者1名に限定し、更に重要度の低い下位貴族に辞退してもらっても、60人位。
これだけでも既に規格外の規模。
更に学校交流会という名目上、帝国側の学校生徒とその保護者を聖教国側と遜色無い数招待しなければならない。なので50人前後。
そして、交流会とは関係ないが、関係を持ちたくて参加を希望した貴族や富豪が、家族含めて300人規模。
合計で400人超の桁違いの歓迎式典となった。
とても王宮の広間では入り切らない。
仕事でも使用するので、無闇矢鱈と他の部屋も開放出来ない。
そこで目を付けたのが、あまり使用されていない離宮だった。
特別な時のみに王族が滞在する目的で造られた離宮。
王族用なので、設えは申し分ない。
一階に複数ある広間全てを開放して、一つの大広間として使用する。
周りの小部屋は、全て個別の商談用に開放される。
結果的に歓迎式典は、離宮の一階部分を全て開放して行われる事になった。
ただ、あまり使用していなかった為に、使える様にする為の準備が大変だった。
まず、細部に至るまでの掃除。洗濯。
ほぼ建物全体を水洗い。
古いカーテン等を処分して、宮殿から備品を集めて飾り付けた。
しかし、家具が全く足りなかった。宮殿からも家具を外して持ち込んだが、必要数には届かなかった。
昼餐は着座での食事会。円卓と椅子が足りなかった。
急遽、近隣の貴族宅からも借り受け、何とか、円卓、椅子、細々した家具等を合わせて、合計50セット用意した。
机の装飾の違いは、テーブルクロスで隠して統一感を出した。
椅子は、装飾の近い物同士を近くに集めてグループ分けをする。装飾のかけ離れている物ほど遠くに配置する事で、グラデーションの様相にして出来るだけ違和感を減らした。
問題は統一される必要のあるカトラリー。これは机や椅子のように誤魔化しが効かない。
計画が立てられてからすぐに、首都のみならず近隣の街の工房に細部まで指定した図面を送り、他の仕事に割り込ませて作らせた。
幸いな事に、この建物は魔導具の設備だけは充実していたので、壊れた魔導灯の交換等は簡単だった。
しかし、ここまでの準備だけで、文官、使用人、職人達合わせて千人以上が動員された。
計画段階で規模が大きくなり過ぎて、とてもリオネリウスに仕切れるものではなくなった。
開催の発表段階で、主催を王帝が受け持つ事になったと周知された。
市民達は参加出来ないが、街は楽し気な雰囲気に包まれていた。
王命により宿を除いた店は全て休み、仕事も休みとなった。
ただ、強制的に仕事を休ませると、経済的に困窮している市民がお腹をすかせる。
なので、王宮から『リオネリウス王子』名目で、全市民へ数日分の食料と金銭の配布が行われた。
主催者の権利を王帝に譲った分、市井に好印象を持たせる政策をリオネリウスに譲った形だ。
仕事は休みでも、個人的に拡げる市場は対象外。
個人に配布された食料を売って小銭を稼ぐ者も出始めた。
道端では市民が机を持ち出して、朝から酒を浴びていた。
普段よりも皆は活気付いて飲み食いして、昼間から暴れていた。
夜には街中で花火も打ち上げられる予定だ。
皆は完全に祭りを楽しんでいた。
市民が楽しんでいる一方で、王宮では歓迎式典の最終調整の為に文官達が走り回り、地階の厨房では400人超分の食事の用意で、料理人達は戦争中よりも殺気立っていた。
◆◆◆
来賓の中でも主賓として招待されている者達は、事前に広い貴賓用応接室に呼ばれて、王帝ベルンカルトルとの打ち合わせを行っていた。
「聖教国のキベレ選帝侯御息女、ルナメリア=キベレ様、同行者として、サラメイア=ドゥーム様で御座います」
王帝の側近が、王帝にルーナ達を紹介した。
「お招き頂きありがとう存じます」
ルーナは貴族としての礼をする。
彼女に併せ、すぐ後ろに控えるサリーは黙礼をする。
「まぁまぁ…そう固くならんでな…気楽に腰を掛けて…。
ああ…!椅子が硬くないかな?甘い物は好きかな?」
ベルンカルトルはニコニコしながら、孫娘でも見るかの様な目でルーナを見ていた。
赤い髪の大男であるベルンカルトルが、太くゴツい指で菓子を一つ摘んで毒見する。
「王…威厳を保つ様にと…何度言えば…」
隣に座る正妃こと、第一夫人クリスティアーネが口を挟む。
髪色はよくある赤茶だが、瞳は珍しい漆黒。
じっと人を選別する様な彼女の眼差しは、他者に冷たい印象を与える。
「良いではないか。
こんな小さな子が遥々聖教国から来てくれたのだ。
ほら…貴様が堅苦しい事ばかり言うから、すっかり怯えて…」
「私の所為では御座いません。ご自分のお顔を鏡でご覧下さいませ」
クリスティアーネに言われた事に自覚があり、眉尻を下げるベルンカルトル。
しょんぼりとした顔で、自身の頬髭や逆立つ赤髪をペタペタと触って、抑えている。
威厳が減って、水に濡れたライオンの様になった。
ルーナは怯えてる訳では無いが、緊張してる事が伝わった様だ。
ベルンカルトルは、わざと道化を演じて彼女の緊張を解こうとしている。
王帝がリオネリウスと似ているのは、燃えるような赤い髪色と目の色位で、目や鼻の形、線の細さはクリスティアーネの方が似ている。
ゼーレベカルトル位に身体が大きくなると、リオネリウスも王帝みたいになるのかな…?
ルーナはそのような事を考えながら二人を見比べ、ふっ…と微笑んだ。
「わたくしの様な子供に、わざわざ気を遣って下さりありがとう存じます」
そう言いながら頬に手を当て、ふわりと羽根の様な微笑みを浮かべた。
「ほう…御父上不在でも立派なものだな…」
ベルンカルトルは感心した様な溜息を吐く。
「くっ……私もこんな可愛い娘が欲しかった…」
ポロリと、クリスティアーネが言葉をこぼした。
彼女のその呟きに反応するかの様に、小さく何度も頷くサリー。
「お前の息子達は誰に似たのか可愛くなくてなぁ…」
「アナタにそっくりですわ!アナタの息子達は!
おかげで全然可愛げが無い…」
「ゴホン!。お二人共、お客様の前ですよ!」
後ろに控えていた、歳を重ねた老女が叱咤した。
ベルンカルトルとクリスティアーネはバツの悪い顔をした後、気を取り直して、式典で行う事の段取りをルーナに説明した。




