◆4-61 約束の本
クラウディア視点
「いったいどういう事!?」
報告を受けた時、私は思わず怒鳴ってしまった。
ジェシカ達父娘、ルーナ&サリー、私達姉弟&エレノアは、3の鐘に合わせて王宮へ赴いた。
用事は、今日の式典に関する話し合い。
式典では、主要な来賓達は主催者である王帝の話に合わせる必要がある。
式典の最中に、『そんな事、私は聞いてない!』なんて言われたら、王帝の面子は丸潰れだから。
その為の計画のすり合わせ。
と言っても、聖教国からの出発前に、既に一度やり取りした内容の最終確認をするだけ。
それに、話すのは王帝と保護者。私達以外は。
王宮正門前で身元確認を受けていた時、リリンがお供に青年を一人連れて来た。
うねった茶髪を後ろで纏め、まだ少年の様な雰囲気を醸し、糊の取れていない側仕えの制服を着ている彼は、リリンの後ろを緊張しながらついて来た。
「お初にお目にかかります。
エレノア様、デミトリクス様、クラウディア様。
わ…私はペレスと申します。」
貴族の挨拶を緊張しながらこなしている彼の様子は、歳上なのに初々しく感じる。
「彼は軍の新人なのだけれど、今はリオネリウス殿下の身の回りの世話をしてもらっております。
事情があり、彼に臨時の側仕え兼、連絡役をしてもらってます」
リリンが彼の紹介を補足した。
事情とは、『リオネリウスが操られている件』の事だろう。
私が、『側近の前で不審な行動を取るように操られているのかも…』と言ったので、リオネリウス自身が自分の側近だと認識しないであろう者を、リリンが付けたのだろう。
新人くさい熟れていない感じからも、リオネリウスが気を許せる相手として認識しないから丁度良いのかもしれない。
「クラウディア様に、殿下からの伝言を持って参りました」
あ…これは例の本に関する事よね…。貸出許可が下りた事を伝えに来たのね!…そう思ったのだけれど…。
彼の口から出たリオネリウスの伝言に、私は思わず怒鳴ってしまった。
『すまない。約束していた本を貸し出せない』
私との約束に対するリオネリウスからの返事だった。
遣いのペレスは理由を聞かされてなかったらしく、彼を怒鳴っても埒が明かなかった。
「く…詳しくは、直接殿下にお伺い下さいますよう…。
と…塔に連れて来るように命令されております。
馬車はこちらに用意してございますので…」
私に気圧された彼はおどおどし、後ずさりながら説明した。
「ん…?『塔』?」
「理由は話せませんが、現在リオネリウス殿下は王宮の自室には居りません。別の場所にお住まいです。
クラウディア様を、そちらにお連れするよう仰せつかっております」
…ああ…リオネリウスが『監禁中』なのは極秘なのだった。
そうか、アイツ…まだあそこに住んでいるのか。
私がその事を知っていると、ペレスに知られると不味いかな?
しかし、容疑は晴れたよね?まだ監禁されてるの?
…アイツに掛けられた操作暗示のせいか?
でも、側近を近付けなければ良いだけでは?
そういえば、宰相の言った事を疑いもせずに行動したのだっけ?宰相の居る王宮に近付かない為?
いや、ゼーレべカルトルとの確執があったか…。
アイツも宰相の仲間なのかな?いや、宰相が仲間なのか?
…まさか、自室より居心地が良くて住み着いたって事はないでしょうね?
しょうがないわね…首を洗って待ってなさい…
私は正門前でジェシカ達と別れ、リリンとペレス、『トゥーバ・アポストロ』から派遣されている側仕え兼、監視役の私の侍女、そして私の4人で馬車に乗り込んだ。
◆◆◆
「戻ったらすぐに式典の打ち合わせと、エレノア様との打ち合わせ、蛇女との打ち合わせ…。わたし、忙し過ぎない?
それなのにリオネリウスの呼び出しまで入ったら間に合うのかしら?
そういえば、セタンタ達は戻ったのかしら?そこら辺は王帝に聞けば良いか…。
さっさと用事を済ませないと、時間が足りないわ…」
馬車の中で、ブツブツと一人で呟きながら指折り数える。
これから行う予定を、わざと漏らす。
私は今、同行者達に『虚無の糸』を触れさせて心拍を測っている。
このくらいの距離なら心拍測定が出来る事が判った。
昨日の件で、ヴァネッサの『嘘発見器』みたいな事が出来れば…と悔やみ、新しい技の開発中。
他人に憑依している連中の発見にも役に立つかもしれないし。
『蛇女』という言葉にリリンが僅かに反応した。お姉ちゃん好き過ぎるでしょ…。
それ以外では呼吸数も心拍数も変わらない。
計画を知っている筈なのに心音まで制御できるのか…。
流石は化け物の妹。本当に人間なのかな?
同行している連絡役はキョトンとしている。
私の独り言に特別な反応は無い。
彼は詳しい事情は聞いていないのか?完全に第三者?
ただ、馬車に乗ってからずっとなのだけれど、やけに心拍が早いわね。少し五月蝿いくらい。
私の『間に合うのかしら?』を聞いて、監視役の侍女は心拍数が跳ね上がった。
この感じは…慌てている音というよりは、戦闘前の覚悟をしている時の音…かな?
計画は知らされているみたいね。エレノア姉様から聞いている?
なら、この娘とは特に打ち合わせは必要無いか。
上手くやるだろう。
私は頭の中で、これからの予定を組み直しながら周囲の人間を観察していた。
◆◆◆
昨日、リオネリウスが閉じ込められていた建物から少し離れた広場で、私達は馬車から降ろされた。
当然だが王族監禁場所は極秘。
御者に知らせない為だ。
彼は意味も分からずに、私達をこの広場で降ろすように言われていたらしい。
「此処からは私がご案内致します」
ペレスが恭しく頭を下げた。
少しは緊張が解れたのか、さっきに比べて堅苦しく無い。
「此処からは極秘ですので他言はしないで下さいませ」
リリンが他人行儀に話す。
今はセルペンス中佐役に徹するという合図。
…極秘と言っても、昨日から何度か行き来しているから知っている道だけどね。
私達は、ペレスとリリンの案内に大人しくついて行った。
「…私達が、その『極秘』に近づいても良いの?」
沈黙に耐えかねて、ふと疑問を口にした。
「クラウディア様は特別で御座いますので…」
リリンが思わせ振りに話す。
ペレスはこちらに目を遣り、軽く目を伏せた。
…特別…なのだろうけど、何か変な意味で言ってないか?
ちょいと…リリンさん?
周りから隠されるように植栽された小道。
古い塔を隠すように植栽された森。
王族・高位貴族専用監禁施設、『貴族の塔』。
知らない人が聞いても監禁施設と分からない様に、ただの『塔』と呼ばれている。
元は砦だった古い塔が、人目につかない様に木の密生した場所に建てられている。
…と言うより、建物を監禁施設として利用し始めてから植林したみたい。
枝葉の多い種類の常緑樹が、建物を隠してしまっている。
ペレスは敢えて、木の少ない拓けた道を選んで進んだ。
わざわざ遠回りをしながら案内している。
私達が昨日通った獣道とは全く違う見晴らしの良い道。
…というか、彼は近道を知らないのか。
素人が通ると迷うかも知れない道だからね。
◆◆◆
私達はリオネリウスの監禁されている『塔』に辿り着いた。
建物の入口には先日迄とは違い、隊長らしき人を含めた複数人の騎士達が警備にあたっていた。
入口のみならず周辺にまで哨戒が放たれていて、厳重な警戒網が敷かれている。
昨日、私達が気絶させた連中や、サリーが眠らせた奴等は居ないようだ。
皆が緊張した様な物々しい雰囲気が、建物の周囲を覆っていた。
「ここだけの話ですが…」
そう言って、リリンが話し始めた。
「実は先日、こちらの建物で警備の騎士達が何故か気絶しておりまして…。幸い、何事も無かったのですが。
殿下に危害が加えられるとまずいとして、警備が強化されました。
その所為で、私が警備の臨時監督としてお手伝いをしております。
全く…忙しいのに困りますわ」
素知らぬ顔をして説明するリリン。
…貴女が行って来いと言ったのでしょうが…
成る程、だからリリンもこの建物に近づけるのか…。というより、こうする為に私達を侵入させたのか?
「軍の恥ですので、他言しないで下さいね?」
リリンは私にウィンクした。
…何故だろう、背筋に悪寒が…
リリンこと、セルペンス中佐の暴露話を止めないペレス。
「私が軍の機密を聞いても宜しいのですか?」
試しに彼に聞いてみた。
「クラウディア様は特別だと、中佐から伺っております」
少し頬を染めながら笑みを作る。
…おいこら…一体、どんな噂を拡めている?リリン?
ペレスとリリンが、扉を護っている騎士に近づいて行った。
私達を指差しながら何かを話している。
「ここからは、あまり目立つ行動はお控え下さい。
少し伏し目がちに歩いて下さい…」
戻って来たリリンが私達に囁いた。
私達は、何も知らない貴族のお嬢様とその侍女という空気を纏わせながら、黙って扉をくぐった。
こちらを見送る騎士達は、何故か敬礼している。
「ここは王族の極秘施設ですよね?
…私達を建物に入れるのに、彼等になんて言ったのですか?」
何となく気になって、ペレスに尋ねた。
「それは極秘です!」
ペレスではなく、突然横入りしたリリンが応えた。
ペレスは、えっ?とした顔をした。
「此処からは私が案内する!ペレスは部屋に戻り休憩に入れ!後程呼びに行く!」
そう言って、手でしっしとペレスを追いやった。
ペレスは変な顔をしながら、塔の入口脇の部屋に入って行った。
…勝手に私を変な計画に利用してる?
まったく…この姉妹は碌な事をしないわ…。
誰も居ないリオネリウスの部屋の前室に辿り着くと、リリンは『笛』の侍女に此処で待つように言った。
彼女はリオネリウスの部屋の前で、深々とお辞儀をしながら私達を見送った。
コン…コン…
リリンが軽くノックする。
「中佐、開けてある」
リオネリウスの声が応えた。
リリンと私は部屋に入り、扉をしっかりと閉め、鍵を掛けた。
「扉には外から鍵が掛かってないのね。開ける手間が省けて良いけど」
「お前達には意味の無い物だしな」
リオネリウスは嫌味を含ませながら答えた。
…監禁ではなく保護になった訳か。
「それで?司書を捕らえたのに約束の品を渡さない弁解を聴きましょうか」
私が軽く怒気を込めて話した。
「それに関しては、済まないと思っている。
貸し出す約束を反故にした訳では無い。
貸し出せなくなってしまったのだ…」
珍しく、眉尻を下げながら話すリオネリウス。
「貸し出せなくなった?
古代文書を貸し出す事に、他の誰かの横槍が入った?」
「いや…。
実は今朝早くに閉架書庫の本の点検をしに行ったのだ。
お前に貸し出す本を取りに行くついでにな…」
言い難そうに言葉を切った。一呼吸置いて口を開いた。
「お前に貸し出す予定の本を含めて、古代本と稀少本が数冊だが無くなっていた…。
同行したルコックに確認したところ、昨日の朝に確認した時にはあったらしいのだが…。
ルコックが、逮捕した司書の部屋や立ち寄った先を捜索しているが、未だに発見の報告は無い」
「なっ!!!はぁ!??」
私は、思わず叫んでしまった。




