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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
160/287

◆4-60 深夜の図書館 異変

ジェシカ視点




 パンッ!


 突然外から軽い破裂音が聞こえ、リオネリウスを含めた皆は一斉に伏せた。

 軍隊や騎士団では魔道銃での狙撃を警戒する様に訓練されているので、爆発音や破裂音が聞こえた場合は反射的に伏せてしまう。

 対して、斥候の訓練を受けている私達と、フードを被った一団とリリンは完全に伏せるのではなく、全方位に視線を巡らせて瞬時に動ける四足(よつあし)の姿勢をとった。

 誰一人として声を出さず、静かに様子を伺った。


 「…音が近い…三番隊、様子を見に行け。警戒を怠るな!」

 リリンはゆっくりと立ち上がり、部下達に命令を出した。

 数人の騎士達が立ち上がり敬礼をすると、階段を駆け下りて閲覧室から出て行った。


 「賊は確認出来ないが、三番隊が戻る迄は第一種警戒態勢とする!

 二番隊は一階で全ての階段と扉の死守!」

 リリンは次々に指令を出す。

 フードを被っていない騎士を除いて、全ての騎士は全員階段を駆け下りて行った。


 この場には、リリンとリオネリウス、気絶した司書、ルコックとフードを被った騎士達、そして私達が残った。


 「ルコック殿、この場の確保はお任せ致します。

 一番隊、お前達は殿下の護衛だ。殿下の指揮下に入れ。

 …殿下はこの場でお待ち下さい」

 リリンがリオネリウスの前に(ひざまず)く。


 「わかった。頼むぞ、中佐」

 「(うけたまわ)りました。セルペンス中佐」

 セルペンス中佐ことリリンが、残りのフードを被った部下達とルコックを、リオネリウスの護衛と気絶している司書の監視に割り当てた。


 リリンは立ち上がると、リオネリウスの周りで待機している私達に視線を移した。

 「契約変更だ!お前達は私の護衛に!」

 リリンは私達に指示を出した。

 当たり前だが、他国の諜報員と個人的な契約は出来ない。

 しかし、建前上リリンが私達を雇った事にしたので、彼女は『契約』と言った。

 私達は、すぐにリオネリウスから離れ、リリンの下に駆けつけた。


 「アイツ等も多少は腕が立ちそうだけれど…私達が護衛から外れて良いの?」

 周囲に聞こえない声で尋ねると、リリンは軽く頷いた。


 リリンにしても、緊急時に自分達の主人(おうじ)が正体の分からない者達に護られている状況にさせておくのは、部下の心象的に良くない。

 命令を振り分ける形を取りつつ、私達をリオネリウスの護衛から外す。

 そして、部下達に大事な任務を任せる体を取る事で、不満が出ない様に気を遣った。


 「それに…部下達は貴女達も警戒している。離れた方が部下達の気が散らなくて良い」

 リリンも周囲に聞こえない様に、囁くように返答した。


 「ちぇ…周囲に秘密で事を進めようとしたのが仇になった。

 …本当は、私達は姿を現さない予定だったのに…」

 クラウディアが呟いた。

 「アンタ…結局何がしたかったの?」

 「…悪足掻きして言い訳する司書に対して、隠れていたリオネリウスの元にリリンが駆けつけ、『殿下!本物の鍵をお示し下さい!』『あい、わかった!控えろ!この黒鍵が目に入らぬか!』とかやらせて、私は隠れて成り行きを楽しむ…」

 「…そんな、アホな事を計画していたの?杜撰過ぎるでしょ?馬鹿なの?ポンコツ?」

 「はい…私はアホで杜撰で馬鹿でポンコツです…しくしく…」

 下らない掛け合いを見て、リリンは苦笑した。


 「リリン様が命令しても部下達(かれら)の緊張は解けませんね。

 当然ですが…こんな格好した連中を信じろ言われても無理ですね。

 …正体を暴露されずに助かりました」

 「どのみち、私の独断では貴女達の正体は明かせないわ。『契約』に反する」

 サリーの礼に、リリンは囁きで答えた。

 この『契約』とは、教皇と王帝の間の契約の事。



 二番隊に命じた全ての階段の確保は、賊が他の螺旋階段から昇り、階段の途中や空中廊下から中央螺旋階段に跳び移る事を想定したもの。

 鎧を着た者には無理だが、私達の様な者には難しくない。


 「この広い図書館では守兵が足りないか…。

 こういう事になるのなら、もう少し多く同行させるんだったわね…」リリンは独り言ちた。


 「しょうがない…私は階段下で指揮を取る!お前たちも来い!」

 リリンは私達に合図を出して、重い具足をものともせずに階段を飛び降りた。

 私達もリリンに遅れじと、螺旋階段から中階の空中廊下や他の螺旋階段等に飛び移りながら移動をして、最上階の空中廊下から地上階に並ぶ本棚の天板まで一息に降りた。

 私とサリーは自前の筋力で飛び移ったが、クラウディアは見えない糸を使いながら飛び移った。


 …何してんの、あの変な手の動き…?

 あっ…!ルーナに見せてもらった『蜘蛛男』のお話に影響されたのか!

 あまり能力を見せるな、この馬鹿娘…!


 先に降りていた二番隊は、私達の人外な動きに驚き、見上げたまま固まった。


 「中央螺旋階段は私達が護る!お前達は手の足りないところへ行け!」

 リリンは一階まで着くと、階段下で口を開けて固まっていた二番隊に命令を下した。

 固まっていた部下達はハッとすると、敬礼をして別の階段の下に走って行った。


 「まさか奴等か?…いやしかし、予定より早い…」

 階段の前でブツブツと呟くリリン。


 「…リリン、心当たりがあるの?」

 配置に着いた私が小声で尋ねると、まだ分からないという意味で首を振った。

 「今は警戒をお願い。誰が来ても対応出来る様に。

 それとクラウディア…」

 リリンはクラウディアに何か耳打ちをしている。

 それを横目に見ながら、私達は武器を構え直した。



 暫くして、一人の騎士が戻って来た。

 はじめに派遣した三番隊の一人だ。

 キョロキョロした後、リリンを見つけると走って近付いてきた。

 周囲に居る私達を警戒しながら、リリンの前で立ち止まり敬礼をした。


 「入口から裏口へ向かう途中の木と地面の草が一部焦げておりました!爆発物の痕跡です。

 現在周囲を捜索中。これ迄のところ不審者は発見出来ておりません!」


 騎士が報告を終えると、リリンはクラウディアを呼び寄せる。

 呼ばれた彼女は、報告に来た騎士の目を覗き込んだ。


 「…うっ!ぐっ…」

 目を覗き込まれた騎士が驚き、たじろぐ。

 恐怖して武器に手を掛けるが、鞘から引き抜かずに震えている。

 彼は、剣の鞘と柄を握ったまま固まっていた。


 クラウディアがリリンの方に目を向け、軽く頷く。

 それに応える様に、リリンも頷いた。


 ドスッ!!

 「…ぐっ…!」


 突然、リリンが騎士のみぞおちに強烈な蹴りを入れた。身体が軽く浮き上がった騎士は、そのまま床に崩れ落ちた。


 「中佐!一体何を!?」

 私達の様子を伺っていた騎士達が驚きの声を上げた。

 上階のリオネリウス達も、異常を感じて皆でこちらを覗き込んでいる。

 「どうした!何かあったか!?」

 リオネリウスの声が館内に響いた。

 その声を無視して、サリーは気絶した騎士の手首を拘束した。


 「操られていたので気絶させました。殿下」

 リリンは淡々と報告した。

 リオネリウスは、気絶させられた騎士と操られていた自分を重ねたのか、苦々しい顔をしていた。


 「…お前達はその場を死守!周囲から目を離すな!

 近づく者が居たら切り捨てろ。

 もし、それが仲間ならば、こちらに誘導しろ!

 誘導に従わず近づいたら、敵とみなせ!」

 動揺する部下達を叱咤するように大声で指令を出す。


 「えっ?…はっ!了解です!」

 部下達は戸惑いながらも、警戒姿勢に戻った。


 リリンはクラウディアに近づいて小声で尋ねた。

 「例のヤツか?」

 クラウディアは分からない、判別は出来ない…と囁やき、首を振った。

 「ただ、嘘をついていた。いえ、見た記憶を消されていたのかも…。どちらか調べている時間は無いかな…」


 私達はリリンの指示に従い、気絶している騎士を本棚の陰に引き摺って行き、隠した。


 「まずいな…。確認に行かせた事が裏目に出たか…」

 リリンはそう呟くと、懐から取り出した笛を吹いた。


 暫くして、様子を見に行っていた三番隊の騎士達が戻って来た。

 扉前を護っていた二番隊は、帰ってきた仲間にリリンの所に行く様にと言って、指示通りに誘導した。

 リリンは人数を確認すると、全員を整列させ、抵抗しない様に命令した。

 そしてクラウディアが一人ひとり順番に、彼等の目を覗き込んだ。


 「う…」「ぐぅ…」

 目を覗き込まれた騎士達は、気持ち悪さや嫌悪感に顔を歪ませた。

 全員を確認した後、クラウディアはリリンの方を向き、首を振った。


 「良し!お前達、報告を!」

 リリンが命じると、一人の騎士が前に進み出て報告を開始した。


 「入口向かって右手方向、裏側に回り込む道の途中に爆発物の痕跡がありました。

 我々は周囲に人影が無いかを確認しておりました!

 現在発見には至っておりません」

 「先に報告に戻った者が居たが、誰か戻る様に命じたのか?」

 騎士達は誰も心当たりが無いようで、首を振った。


 「くそっ…まずい!すぐに館内に入る出入り口と窓を全て施錠しろ!地階もだ!

 閉鎖完了後、館内全域の捜索に移れ!」

 「え…?」

 「すぐに!動け!二番隊も協力しろ!」

 「はっ!!」


 二番隊と三番隊の騎士達は、蜘蛛の子を散らす様に閲覧室を出て行った。


 「リリン…非常用に残しておいた出口からリオネリウスを逃がす?」

 「…いえ、今は護衛が少ない。殿下を下手に外に出すより籠城する方が安全でしょう。

 そもそも、貴女の侵入経路は部下達は使えない。天窓は大人の男には狭過ぎる。

 それに、貴女の能力を私の部下達に見せる事もあまり良くはないでしょう?エレノア様に怒られたくは無いですからね」

 リリンは厳しい表情をしながら答えた。


 「狙いは本当にリオネリウス(あいつ)だったのかな?」

 私は首を傾げた。

 「今日連れ出す事を知っていたのは、私達とリリンだけでしょ?リオネリウス本人も知らなかったし。

 第一、爆発音をさせたら警戒されるのは当然じゃない?」


 私の発言に、三人は黙って考え込んでしまった。


 「爆発は陽動…?いえ…侵入を知らせてしまう悪手…」

 「そもそも、何故操った騎士を戻らせた…?」

 「考えてたら頭痛が…」私は頭を抑えた。


 「爆発が陽動で侵入が目的としても…静かですね。敵も最初の一人だけでしたし。

 そもそも、気絶した騎士の目的は何だったのでしょう?」

 「…分からないわ。私は体内の魔素の流れに手を加えられているかどうかは判っても、それでどうなるかは、正確には分からない。

 それを聞き出す前にリリンの一撃で気絶しちゃったしね」

 「…何かされるよりは、その前に無力化する方が効率的よ」

 リリンは気絶した騎士を隠してある本棚に目を遣った。


 「…こういう時こそのヴァネッサよねぇ。

 暇なら引き摺って来たのに…!」

 「でもあの娘、力が無いから多分縄梯子も昇れないわよ?

 それに、私達の動きにも付いて来れないだろうし…」

 私の独り言にクラウディアが応えた。


 「う〜ん…そんな虚弱な人間居るのかな?」

 「化け物父娘の虚弱の基準がどれくらいか分からないわ」


 私とクラウディアでコソコソと話していると、閉鎖に向かわせた騎士達が戻って来た。

 私達はお喋りを止めて、静かに警戒姿勢に戻った。


 「セルペンス中佐、報告します!

 表玄関施錠済み、地階、裏口、その他の施錠を確認致しました」

 「報告します!

 閲覧室の外側の部屋には誰も居りません」

 「報告します!

 窓等に破損箇所はありませんでした。

 第三者の出入りの痕跡はありません!」

 「報告します!

 地階には泊まり込みの料理長以下二名と掃除用下男三名が居りましたが、使用人扉は施錠してあり、あちら側からは入れませんでした」


 「異変はあの騎士1人?いったい何が目的だ…?」

 次々に来る報告を聴きながら、リリンは首を傾げる。


 「異変が無いなら、今の内に安全な場所に退避するのも手かと…」

 サリーの提案にリリンは頷いた。

 すぐに部下を呼び寄せて、すぐ近くの官舎で寝泊まりしている、もう一人の司書を呼びに行かせた。


 「男性司書が到着するまでに、殿下や逮捕した司書達を退館させないと…騎士達が此処に居すぎるのも良くないわね…」

 リオネリウスと、縛られた司書及び、気絶している騎士の送迎をルコックに頼み、一番隊と二番隊を、彼等の護衛兼、搬送に付けた。


 官舎で寝ているところを叩き起こされ、連れてこられた司書が、理由もわからずにリリンの持っていたリオネリウスの黒鍵と女性司書の持っていた銀鍵で閉架書庫の扉の施錠作業を行う。

 リリンは三番隊に、彼を官舎まで護衛する様に命令した。



 「施錠作業までに誰か来るかと思ったけれど、結局何も無かったわね」

 私は体をほぐしながら武器を片付けた。

 「…何か悪い予感がするわ…」

 クラウディアが、眉間にシワを寄せて考え込んでいる。

 「相談は後回しにして、私達も侵入した痕跡を消して退館しましょう」

 サリーはマントやマスクを外して、バックパックに押し込んだ。

 リリンと私達以外に誰も居ないので、顔を隠す意味が無いからだ。


 私は天窓の侵入口から出て、縄梯子を回収。

 天窓を閉めつつ図書館に戻り、糸を切る。

 全ての侵入の痕跡を消した後、消灯して表玄関から出た。


 「明日は打ち合わせがあるから3の鐘で王宮へ来てね。

 私か、ルコックが案内するわ。

 じゃあね…お休みなさい」

 リリンは玄関を施錠すると、王宮へ戻って行った。


 外に出ると、満天の星空が広がっていた。

 冷たい夜の空気が肺を満たすと、ようやく身体の緊張が解けてきた。


 「はぁ…リアル『ミトコウモン』を見てみたかったなぁ…」

 「相変わらず、何を言ってるのか分からないわ。このポンコツ娘」

 「クラウディア様が訳分からないのは今更です。

 結果的に目的は果たしたようですし、追加の成功報酬はしっかりと頂きますよ?」

 「私の分も忘れないでね。深夜割増料金も頂くわよ?」

 「分かってるわよ…。この守銭奴共め…ちくせぅ…」

 私とサリーはクラウディアの頭を撫でながら微笑んだ。


 三人は、静かに夜の闇の中へと消えていった。



 

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