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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
第二章 国立学校サンクタム・レリジオ
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◆2-3 欲望のままに

第三者視点




 「このドレスも持っていったほうがいいのかな?」


 ジェシカは、自分の髪の色に合わせた薄く明るい赤桃色に染められ、裾に金糸の装飾とフリルが幾つも付いた、踝丈(くるぶしたけ)下の少し大人びたお気に入りのイブニングドレスを取り出して、クラウディアに聞いた。


 初めはオマリー神父と離れるのを嫌がっていたが、今ではノリノリで準備している。


 二人はルーナの部屋に押し掛けて、過去に仕事で使用した衣装や装飾品を持込んで品評会をしていた。衣類等は仕事が終わった後、仕事料の一部としてエレノアから下げ渡された物だ。


 「確か、義務ではないけれど貴族校舎にはダンスパーティーだけでなく、お茶会なんかもあるはずよ。

 イブニングドレスだけじゃなく、アフタヌーンもフォーマル用とセミフォーマル用、2種類くらいは持って行った方がいいかもね。

 女子寮の寄宿舎には茶会室が設置されているから、高位貴族、下位貴族同士で、頻繁にお茶会してるらしいわよ。

 今、この国で流行しているのは黄色系のドレスだから、あれば持って行って」と、クラウディアが応えると、


 「私、そんなに持ってない…」とジェシカが俯く。


 「良く知ってるわね。クラウは何処でその情報を手に入れてるの?」と、ルーナが尋ねると、


 「お父様とエレノア様が、この国の主要な施設、文化、芸術、流行や、各貴族家庭の当主、その令息令嬢の情報と能力、当主や夫人のゴシップから裏の顔まで、『笛』の仕事上、出来るだけ知っておいた方が良いと大量の木札を置いていったの。そこに書いてあったわ」


 クラウディアの言う『お父様』は実父ではなく、現在の身分を創り出すためにエレノアが用意した養父である。


 クラウディアの今の身分は、

 クラウディア=ガラティア=ヨーク、

 弟はデミトリクス=トニトルス=ヨーク

 ハダシュト王国、ヨーク伯爵家の身分を持っている。



 「…ゴシップ等は兎も角…私も一通りの事はサリーから教わって勉強しているけれど、学校施設内や行事関係までは知らなかったわ。お茶会の作法も良く分からないし…」と、ルーナ。


 「お嬢様が聖教学校に入学するとは思っておりませんでしたので、まだ必要無いかと思い後回しにしておりました。申し訳ございません。入学開始までには一通りお教え致しますわ」と、侍女のサリーが言うと、

 「私も、もう一度学び直した方がいいかな? 私達も一緒に教えてもらえませんか?」とジェシカが便乗する。

 「元々、お嬢様お一人だけでは難しい事ですし、クラウディア様とジェシカ様にも、お手伝いをお願い致しますわ」と笑って答えた。


 サリーこと、サラメイア=パシス=ドゥームはサンクタム・レリジオ高等部を卒業して侍女資格と貴族教育資格を所持しているだけでなく、剣槍武術全般を得意としている子爵令嬢である。

 彼女は、ルーナの身の回りの世話の傍ら、勉強や令嬢のマナーを教え、且つ、警護も行っていた。


 更に、『笛』の仕事関係でエレノアが高位貴族のパーティに参加する際、ノーラと共にエレノアの侍女としても付き従う。『笛』の補助要員でもある。

 とても有能なので、エレノア経由で侯爵家に紹介され、ルーナの侍女兼、家庭教師として送り込まれたのだ。

 その事をクラウディア達も知っているので、彼女の前で『笛』の事も隠さずに話せる。


 「元々私は、行く気なんて無かったんだけどね…。高等部の必須科目まで全部終わらせているし、高等部では何をしようかな…?」


 「私も高等部の必須科目は修了しているから、入学時に卒業テストを受けて終わらせようか。選択科目で興味のありそうなのを選んで2〜3年で帰ってくれば?

 その間に、エレノア様がネズミ退治を終わらせておいてくれるでしょう」と、クラウディア。そして、


 「私達、既に助祭資格も持ってるし、高等部出てもしょうが無いからね。大学部の司祭資格は欲しいけど、入学適齢にならないとね…」そして、「資格を取得して父ちゃんのお手伝いするんだ」と言うジェシカ。


 「話がそれてるけど、結局、足りない衣装はどうしようか?」とルーナ。


 「衣装だけでなく、下着や靴下の替え、靴の替えも仕事用と学校用、貴族の会合用とそれぞれ用意しないといけないわよね。 あっ…たしか聖教学校には制服もあるはずだけど…」とクラウディアが呟く。


 「サリーは高等部出てるでしょ。制服はどうだった?」


 「申し訳ありません、お嬢様。制服は任意でしたので、私は作っておりません。詳しくは分かりません」


 「服も靴も情報も足りないわね…どうしようかしら…」と、ルーナが呟くと、


 「エレノア様に相談されては如何でしょう? 制服の件もありますし」と、サリーが答えて、皆も「そうね」と返した。




◆◆◆




 クラウディアとジェシカとルーナが、エレノアに足りない衣装の事を相談したら、


 「ドレスなら私の子供の頃の物が少しあるわ。デザインは少々古くなってるけど、高級素材使ってるからそれ程見劣りしないと思うわよ」とエレノアが話した。


 「借りても宜しいのですか?」と、ジェシカが聞くと


 「あっても衣装部屋の肥やしにしかならないもの。あげるわよ。採寸して仕立て直しましょう。

 今度、首都の邸宅(わたしのうち)に招待するから来なさい。専属の服飾商会を呼んでおくわ。そこで、下着や靴下も注文してしまいなさい。

 教会の下請けの商会は…良く言っても、デザインが良くないから。貴族学校には向かないでしょう」と軽く答えた。


 皆は、一着で金貨数枚するドレスを、ジェシカに簡単にあげられるエレノアの財力に息を呑んだ。



 「聖教学校には決まった制服はあるのですか?」と、ルーナが聞くと、


 「あるわよ。でも、縫製にも仕立てにもお金と時間が掛かるから、高位貴族くらいしか用意しないわ。学校関連の行事で必要な時に、一部の生徒が着るくらいね。だから、私服でも問題ないわよ」と言って、少し考え込んでから、


 「…でも、貴女達は作っておいた方がいいわね…『笛』の仕事で必要な事があるかも知れないし。狸から必要経費で落とさせましょうか」と、顎に指をあてながら呟いた。


 「『笛』の仕事?制服の必要な学校行事って何ですか?」と、クラウディアが聞くと、


 「主に外国の学校との使節団交流会とかね。使節団の護衛、若しくは暗殺任務があるかも知れないからね」と、軽く『暗殺』と言った。続けて、


 「シチュエーションとしてはパーティーもあるから、貴方達用の侍女や使用人服、デミトリクスの見習い執事服も作っておきましょうか。いろいろな立場や方法が取れるように準備しておく方がいいわね…」と言うと、


 「デミちゃんの…見習い執事姿…」と言ってクラウディアが興奮しだした。鼻と口を抑えてぷるぷると震えている。


 エレノアがニヤリと笑って、クラウディアの耳元で

 「さぞかし可愛い事でしょうね」と(ささや)くと、


 いきなり、エレノアに掴み掛かり、

 「やりましょう! 作りましょう! さぁ!早く!! 一刻も早く!!!」と、鼻から赤いものを垂らしながら叫び、エレノアの肩を揺すった。


 ジェシカとルーナは窓の外を見ながら…「あら?蝶々ですわよ、ルナメリア様」、「暖かくなりましたわね。ジェシカ様」、「ホホホ…」と、クラウディア達を無視していた。




◆◆◆




 後日、エレノアに招待された4人とルーナの侍女サリーは、首都にある彼女の邸宅に来ていた。迎えの豪華な馬車から降りたジェシカは、


 「相変わらず…大きいわね…」と、呟いた。


 聖教国としては一昔前の建築様式ではあるが、重厚な柱と柱の間に大きな窓がいくつも並んだ、高位貴族に相応しい建物だった。

 前庭には大きな噴水と、巨大な池があり、池には高級魚が泳いでいた。裏口側には馬車が数台停められていて、厩舎で馬が寛いでいた。



 「皆様、お待ちしておりました。お嬢様がお待ちです」

 初老ではあるが、年齢を感じさせない姿勢で出迎えた執事が、クラウディア達に声を掛けた。


 「御案内致します」と言って、執事を先頭に邸宅に入る。御仕着せの使用人達が、それ程多くないクラウディア達の荷物を運び、後に続いた。



 「待ってたわ」とエレノアが出迎え、

 「お待ちしておりました。お嬢様方」と服飾商会の女性商会長が声を掛けた。


 「まずは、採寸をして仕舞いましょう」と言って、デミトリクスだけ隣の部屋に追い出された。


 隣の部屋では商会長の夫が待っており、軽く挨拶をした後に、デミトリクスの採寸を始める。商会長の夫は、デミトリクスが失感情症だと聞いていたので、お互い特に何も言わず、身長、肩幅、ゆきの長さ、股下や足のサイズ等を黙々と測り、手早く作業を終わらせた。



 しかし、肝心の三人娘の部屋では…


 「お嬢様、息を吐いてリラックスして下さいませ。息を止めないで下さいませ。肩を下げて下さいまし!」

 と、ジェシカが怒られ、


 「こちらのお嬢様は背筋を伸ばし過ぎです。踵を床に着けて下さいませ。お腹は無理に(へこ)まさないで下さいませ!」

 と、クラウディアが怒られ、


 「こちらの可愛らしいお嬢様は…キャア!」

 と、ルーナに吹き飛ばされた。


 ルーナに触れようとした女性商会長とお針子が壁際で折重なって倒れていた。


 ルーナは慌てて謝罪をして、手荷物から拳大の魔石を取り出して、ギュッと握った。


 エレノアも謝罪をすると、商会長は、「貴族の方に謝罪されるのは…」等と言って慌てていた。彼女は、


 「こちらこそ申し訳御座いません。ルナメリア様の事は伺っておりましたのに、軽率でしたわ」と謝罪した。


 結局、どうしようか迷った結果、侍女のサリーがルーナの採寸をして商会長が書き留める事になった。


 …こうしてようやく、比喩でなく嵐の様な採寸が終わった。




 次に、エレノアの侍女達が彼女の子供の頃の服を、次々に運び込んできた。


 エレノアが洗礼式直後の物から14歳の頃迄の大きさの各種ドレスだったが、彼女は季節毎に違うデザインで少なくとも2種類のアフタヌーンドレスと、最低1種類のイブニングドレスを作っていたので、一年分で12着以上、8年分で100着程のドレスがあった。


 「嵩張(かさば)って困ってたのよ。丁度良かったわ」と軽く笑っていたが、高級素材で誂えた高位貴族用の衣装だ。これだけで少なくとも金貨300枚分以上の価値がある。

 普通の貴族女性が持っているドレスは、多くても10着程度だ。


 「「「これが、『少しある』と言う量?」」」


 クラウディア達だけでなく、商会長やお針子達も目を見開いて固まっていた。



 ジェシカが目を血走らせて服を選んでいく。

 その横でクラウディアはジェシカの邪魔をしないようにじっとしていた。


 サイズの小さい物はルーナとサリーが数着選んで、残りをエレノアに返そうとしたら、邪魔だから全部持って行ってと言われた。

 「やっと衣装部屋の一つが空になったの。戻すのが面倒くさいわ」


 結局、7歳〜10歳頃のドレスは仕立て直せば、小柄なルーナなら着れるだろうと全部押し付けられた。


 ジェシカは11歳〜14歳頃のドレスの中から暖色系を片っ端から取り、自分には似合わないからと、派手な黒赤系や紫、寒色系の衣装を、クラウディアに押し付けた。


 大きい物なら、お端折り(おはしょり)で。小さいものでも、レース生地やフリルの付け足しとデザインの変更で仕立て直しが出来ると言われ、全部任せた。



 その後、デミトリクスの執事見習い服に関して、クラウディアが目を血走らせて、デザインに手を出し口を出し、ついでに鼻血も出した。

 そして、追加で三人娘用の使用人服と侍女見習い服、下着と靴下を注文した。



 「制服は急ぎでやれば二月後には用意出来ます。ドレスの仕立て直しは量が量ですので、一年ぐらい掛けて出来た物から、順次お送り致しますわ。

 見習いの執事服と侍女服、使用人服、下着、靴下は、指定されたデザインで別商会に頼みますわ。安心してくださいませ。使用人服専門のテーラーに発注致しますわ。

 靴は、今回の採寸を元に後日、下請けの商会がデザイン案をお持ちいたしますわ。その際、再度正確な型取り致しますので、素材、詰め物等の指定を、その商会に申し付けて下さいませ」


と、諸々の注意を商会長が言って、嵐のような欲望の宴は幕を閉じた。



 …三人娘が部屋を出る際に、エレノアが商会長に新しいドレスを5着程注文していた。

 三人は見て見ぬ振りをして、そのまま部屋を出た。


 …せっかく()いた衣装部屋も、すぐにいっぱいになるのだろうなと、考えながら。



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