◆4-58 深夜の図書館 犯人
第三者視点
「一体、どういう事だ!?」
リオネリウスの声が館内に響き渡った。
加えて、彼が柱から身を乗り出した際にパックの魔術式の範囲から出てしまい、今は姿が丸見えになっている。
騎士達は一斉に振り返り、彼を見た。
ジェシカは迷った。
彼を連れ戻そうと手を出せば、自分も魔術式の範囲から出てしまう。
パックを連れて出れば範囲内に留まれるが、隣の柱の陰に居るクラウディアとサリーが範囲外になってしまう。
何より、既に姿を見られた。
一度姿を現したリオネリウスが眼の前で消えれば、相手はすぐに此処の柱周りを捜索しに来る。
隣の柱の裏では、ジェシカがわたわたと慌てている。
それを視て、クラウディアは頭を抱えた。
サリーは舌打ちしながら、マントの下で鉄串を取り出し、いつでも投げられる様に準備した。
「あれは…!リオネリウス殿下…か?」
「…確かにリオネリウス殿下だ。一体…あの格好は何だ…?」
「殿下はゼーレべカルトル殿下に勾留されていたのでは無かったか?何故此処に居る!?」
「貴族の塔に居るはずではないのか?本当に本物の殿下なのか…?」
「殿下に化けた魔物だとでもいうのか?もし本物なら、貴様は不敬罪だぞ!」
「そ…そんな意味で言ったのではない!」
騎士達がざわめき立った。
リオネリウスをどの様に扱えば良いのか分からずに、誰も行動に移せない。
閉架書庫を開けていた女性司書とフードを被った女性騎士も振り返り、リオネリウスに注目した。
「…おい…柱の辺り、何か奇妙ではないか?歪んで見えるぞ」
その時、フードを目深に被った騎士の一人が、リオネリウスの後ろの柱辺りに発生している景色の歪みに気が付いた。
「まさか視覚に干渉する魔術式か?警戒しろ!柱の陰に誰かが潜んでいるかもしれんぞ!」
右往左往していて何も出来ない騎士達と違い、フードを被った者達はすぐに警戒姿勢をとった。
流石にここまで注目されると、パックの魔術式でも隠し切れない。
他の騎士達も警戒し始め、魔道銃や腰の剣に手を掛けた。
「全く…印籠を見せるのはもう少し後で、相手が悪足掻きした時…と、相場が決まってるのに…!
お姉ちゃんから聞いた『ミトコウモン』をやってみたかったのにな…はぁ…。段取りが目茶苦茶だわ…」
クラウディアが溜息を吐きながら呟いた。
「待て!!」
敵対しそうになっていた騎士達を、女性の一声が止めた。
「…『どういう事だ』とは、一体どういう意味でしょうか?殿下?」
フードを被ったままの女性騎士がリオネリウスに問いかけた。
周囲の騎士達の警戒をまるで意に介さず、静かで冷静な問い掛けだった。
女性騎士が『殿下』と言ったことで、敵対姿勢を見せていた騎士達は一斉に武器から手を離した。
「おい!そこの司書!!
今、一体どうやってその扉を開いたのだ!?」
リオネリウスは大声で怒鳴り、司書の女性を指差した。
その言葉で、騎士達は一斉に女性司書に視線を向けた。
「え…?え?な…何を仰います?
私はお…今、お預かりした、り…リオネリウス殿下の黒鍵で、言われた通りに扉を開けただけですわ!
一体、これは…なんなのですか!!」
いきなり皆の視線が自分に集まった女性司書は、オロオロと慌てふためき叫んだ。膝が震えている。
騎士達は、普段から王族や隊長の号令に瞬時に従う様に訓練されている。
なので、リオネリウスの言っている事を理解する前に身体が勝手に動いて、女性司書に注目してしまった。
ただの反射行動だったのだが、彼女は一斉に自分に向けられた視線に敵意があると思い、怯えた。
「…と、彼女はこの様に言っておりますが…。
殿下は何をおっしゃりたいのでしょうか?」
相変わらず、女性騎士だけは冷静に淡々と質問を繰り返す。
視線は動かさずに、リオネリウスと彼の後ろの柱の陰を凝視していた。
「貴様はその女に鍵を渡した時、それは『俺の』黒鍵だと言っただろうが!
だが、『俺の』黒鍵はこれだ!此処にある!
お前が渡した黒鍵は『俺の』ではない!
継承権を得て、父上から授けられた時から大切にしている黒鍵だ。
魔導鍵についている僅かな傷も全て憶えている。
鍵束の持ち手にも所有者を見分ける為の印が刻まれている。
間違いなく、これが俺の鍵束と魔導鍵だ!
中佐!貴様はどこでその黒鍵を手に入れた!
貴様が本窃盗の真犯人か!?」
リオネリウスは懐から黒鍵を取り出して、印が皆に見える様に掲げた。
騎士達の視線は、今度は『中佐』と呼ばれた女性騎士に集まった。
「一体、どういう事だ…?」
「中佐が本窃盗の犯人?」
「まさか!そんな事がある訳が無いだろう!」
「あの鍵は確かに殿下の鍵だ。以前見た事がある。所有者の印も殿下の印だ…」
「なら、中佐の持っていた黒鍵は誰の鍵だと言うのだ?」
「別の王族の黒鍵か?そうでなければ扉が開くはずが無い」
「…まさか、ゼーレべカルトル殿下の鍵か…?中佐はゼーレべカルトル殿下からお預かりしたと言ったぞ…?」
騎士達は想定外の展開についていけず、混乱していた。
推測が飛び交い、収拾がつかなくなってきた。
「話が違うじゃない…」
『中佐』は溜息を吐きながら頭を振った。
「はぁ…そうですね。
殿下、確かにそちらが本当の『殿下の黒鍵』ですわ」
『中佐』はそう言うと同時に振り返り、司書に飛び掛かり押し倒した。そして、倒れた彼女の頭を床に押さえつけた。
ガチャン!
床に押さえ付けられた女性司書の手から、黒と銀の鍵束が床に落ちる。落ちた黒鍵の鍵束にはリオネリウスの印は無かった。
あまりにも素早い『中佐』の動きに、周りに居た者達は状況を理解出来ずに啞然としていた。
「な!中佐!乱心しましたか!?」
「中佐!おやめ下さい!」
口では諌めるが、上官に手を出す事は出来ない。
その様に訓練されているからだ。
ジレンマに陥った騎士達は、その場に立ち尽くした。
フードを目深に被っていた数名の騎士達だけが、司書を押し倒した『中佐』の動きに応じて、すぐに動いた。
倒れている司書の手を掴み、その手首を素早く後ろ手に縛り、彼女の動きを封じた。
「この司書に渡した黒鍵は、本物と同じ形・同じ装飾に削り出した物です。
魔導鍵も、見た目だけ写し取った偽物です。
王宮の細工師達を総動員して作った傑作なのです。
ちゃんとリオネリウス殿下の印も刻んでおきました。
見分けはつかなかったでしょう?
流石に全ての鍵まで真似る時間は無かったのでね、似た様な形の我が家の鍵をつけましたわ。
黒鍵と同じ色に仕上げるのに時間が掛かりました。
お陰で、趣味の昼寝も出来ずに寝不足なのですよ…」
『中佐』は欠伸をしながら立ち上がり、落ちた銀鍵と黒鍵を回収した。
モゾモゾと動こうとする司書を、別の騎士が押さえつけた。
「では、私の鍵も返して下さいませ…」
そう言って『中佐』は、床に押さえつけられたままの司書の懐に手を入れて服の中を探った。
彼女の制服の裏地の隙間から、もう一つの黒い鍵束が出て来た。
その鍵束の持ち手には、リオネリウスの黒鍵と同じ印がついていた。
「この鍵は我が家の各部屋の鍵でして。これが無いと寝室に入れなくなりますの。
私の寝室は陽当りの良い部屋ですのよ?
暖かい陽射しの中で微睡むのが最高なのです。
丁度良い形の鍵が寝室の鍵だったので、今日は寝室に入れなかったのです。お陰で眠くて眠くて…。
夜は元々寝ないからいいのですが、昼に寝れないのは辛いのですよ…」
彼女は、司書の耳元で囁くように話し掛けた。
騎士に頭を強く押さえつけられている司書は、上手く喋れずに口をパクパクとさせていた。
「セルペンス中佐、事前説明とは少々違うようですが…。
柱の裏に隠れている者達はどうするのです?捕まえますか?」
フードを目深に被ったままの騎士の一人が、『中佐』に声を掛けた。
セルペンス中佐と呼ばれた女性騎士は、ゆっくりとフードを取った。
フードの下から現れた顔は、リリンだった。
「柱の裏の者達は、私が殿下に付けた護衛だ。問題無い」
リリンはそう言って、周囲の騎士達にも警戒を解くように命令した。
「…これは一体どういう事なのだ?
セルペンス中佐…俺にも解るように説明しろ」
展開についていけず、逆に冷静になったリオネリウスは静かに尋ねた。
リリンは転がっていた女性司書を押さえておくようにと他の騎士に命じて、リオネリウスの方に向き直った。
「そちらでは少々遠いですね…。
殿下にご足労をお掛けするのは心苦しいのですが、こちらまでいらして頂けますでしょうか?
この者を監視せねばならなくて、此処を動けませんので」
そう言って、彼女は倒れている司書を見た後、リオネリウスの後ろの柱を見た。
クラウディアは軽く溜息をついて、ジェシカとサリーに小さな舌打ちで合図をした。
舌打ちのタイミングと回数で、何をするか理解した二人は、フードを目深に被り直し、口元をマスクで隠した。
サリーはすぐに取り出せる場所に鉄串を仕舞い、マントで隠した。
ジェシカはパックを懐に仕舞い準備を整えた後、魔術式を解除させた。
クラウディア達は騎士達を警戒させないように、柱の裏からゆっくりと姿を現した。




