◆4-54 事情聴取
リオネリウス視点
「お前達は…暗部か諜報部の者か?」
俺は覚悟を決めて尋ねた。
「そうよ?王帝じゃなくて、教皇猊下のだけど。」
ジェシカが、あっさりと自分達の正体をバラした。
…随分あっさりと認めるんだな…。
此処に忍び込んでいる時点で当然の事だったけどな。
…どうりでこいつ等、普通じゃ無いと思った。
やはり茶会室でザーレを投げ飛ばしたのも、見間違いではなかったのか…。
側近達は、咄嗟に身を屈めたクラウディアにザーレが勝手に躓いて自分から壁に激突したと言っていた。
しかしあの時、俺にはザーレの身体が浮き上がった様に見えた。
万が一の可能性として、クラウディアが何かをやったのではないかと思っていたのだが…。
もし、あの時セタンタが居たら、コイツの動きを見逃さなかっただろう。
「いつも一緒にいる連中には、お前達の事は隠しているのか?」
話の流れ上、さり気なく仲間の有無を問う。
「ふふ…その辺りは秘密。誰にも尋ねちゃいけない事よ。
王族なら、尚更…意味は解るわよね?」
そう言いながら、ジェシカは目を細めて俺に笑い掛けた。
軽い調子の声とは裏腹に、凍える様な本気の殺気が微笑む彼女から放たれた。
…教皇の機嫌を損ねかねない質問だと言う事か。
今迄、数え切れない人間を殺してきた暗部の奴等と同じ。
是迄、数多の戦場を生き抜いて来た軍人の目と同じ。
生を感じない感情の無い、濁った目に変化した。
顔はニコリと笑っているのに、笑っている様には見えない。
俺の顔は引きつり、全く笑えない。
こいつは…かなりの経験者だ。
普段のおちゃらけた、頭の悪そうな様相と全く逆だ。
擬態か…。凄まじい練度だ。
向けられる殺意で緊張感が高まる。
「やめろ!」
俺が怒鳴ると、ジェシカの殺意がピタリと止んだ。
「俺は殺意に対して反射的に魔術を放ってしまうんだ。
その様に訓練してある。…だからやめろ」
俺は、深く息を吐いた。
ゆっくりと。そして、長く。
自然と周囲に集まってしまった魔素を拡散させる。
溢れそうになる汗を意識的に止める。
早鐘の様になった心拍を無理矢理抑え込む。
精神を切り替えて、恐怖してしまった自分を奥に押し込めて、別の意識を表層に押し出す。
…普段から王族としての心構えとして訓練している事が、こんな所で役立つとは…。
魔素が凝縮されたことで、部屋の温度が少し上がってしまったな。
「…だってさ。私のご飯が黒焦げになると困るから、止めて」
「りょーかい」
二人は、何事も無かったかの様に食事を続けた。
俺は本気の『死』を感じた。
それは隣に居たクラウディアにとっても同様だっただろうに。
一瞬でジェシカの殺意が『お遊び』程度だと判断して、食事の手を止めない選択をした。
こいつ等にとって、これは日常なんだ…。
食事中の他愛の無いお喋りも、殺人も。
相当修羅場に慣れている…。
こんな化け物達が、あの平和な学校に潜んでいたとは。
たとえ、俺が反射的に魔術式を発動しても、その瞬間に対処出来る自信があるのだろう。
二人共、全く緊張も動揺もしていない。
「それで?カーティの為に俺を連れ出したい…と言う事か?」
俺は静かに息を整えながら、話題を変えた。
「カーティの事はオマケよ」
アレを本気で相手していたら身体が幾つあっても足りないわよ…とクラウディアは愚痴た。
「でも、図書館を心配しているのは本当。
一番知りたいのは、他に無くなった本の行方と真犯人。
アンタが死ぬと、全部アンタの所為にして幕引きされそうだったし」
アンタに護衛が必要かどうかの判断も兼ねての様子見よ…と、彼女は呟いた。
「そうか…。だから毒見をしたのか…」
…取り敢えず事件が解明されるまでの間は、俺は生かされると言う事か。
「それで、父上の意向は何だ?」
「単にお腹が空いていたからよ。毒見もついでよ」と、ジェシカが茶々を入れる。
「アンタの父ちゃんの考えなんて知らないわ。単に元気かどうか見てこいって事じゃないの?」
俺が手を付けようとした白パンを、素早く半分千切り取って口に入れる。
…父上も兄貴も一体何を考えているのだ…?
「俺は横領などしていないし、不審な行動と言われても心当たりは無い。横領した対価も持ってない。なのに、証人が出る…。
父上も、俺が此処に監禁されている事を把握しているなら、何故兄貴を咎めない?
いったい何が起こってるのだ…」
俺は、半分になったパンを口にしながら独り言ちた。
「アンタの横領云々は知らないけれど、アンタが不審な行動を取ってるのは知ってるわよ。私も確認したし」
白パンを頬張りながら、ジェシカが驚く様な事を言う。
「はっ…?」
俺は、彼女が何を言ったのか解らず訊き返してしまった。
「セタンタもアンタを咎めていたでしょ?
我等を置いて何処に行っていたのですか!…って」
クラウディアが、横から口を差し挟む。
何故、お前がそれを知っている…?
…愚問か。こいつ等は、ずっと俺を監視していたのだな。
「…確かにセタンタに言われたが……。意味が分からなかったのだ。
一体なんの事だ?俺は外に出てないぞ?」
クラウディアは俺の目をじっと見た。
彼女の真っ赤な瞳が、俺の目を通して俺の頭蓋骨の内側を覗き見ている感じがする。
何だ…この目は…?目を離せない…動けない…
心の奥底を覗き込まれている様な、背筋に電流が走る様な、金縛りにあう様な、何とも言えない気分。
額に汗が浮かぶ。鼓動が高鳴る。
目を逸らしたいのに、視線が動かない。
まるで、蛇に睨まれた蛙の如く。
…お前は、一体…何をしている?
声が…出ない…
俺は口をパクパクと動かした。
「どうやら本当の様ね」
クラウディアが視線を反らした。
俺は、深く息を吐いた。
気付かなかったが、息を止めていた様だ。
「…となると、操られていた?…操られている?」
ジェシカが意味の分からない言葉を並べる。
「多分『操られている』…わね。
でも、必要条件を満たしていないから発動出来ない…そんな感じ」
…何を言っている?誰が何を操っているのだ?
「相手はリオンちゃんを通してこちらを見る事は?」
…リオンちゃん言うな…
俺を通して?どういう意味だ?何かの比喩か?
「それは無い。
魔素の流れからすると遠隔での繋がりは無いみたい。
おそらく、特定の条件下で予め決められた行動を取るように入力されているのだと思うわ。
条件は多分…側近が近くに居る時、鐘がいくつ鳴ったら…かな?他にもあるかも知れないけれど。
…わざと不審な行動を取らせ、周囲に証人を作る為かな?」
…魔素の流れ?遠隔の繋がり?入力?行動を取らせる?
くそ…駄目だ。混乱して考えが纏まらない。
彼女達の言っている事を意識しようとすると、思考がバラバラに拡散してしまう…。
「ヘルメスとは別のタイプ?」
…ヘルメス…?聖教国の枢機卿の事か?
彼が俺に何かしたのか?
「ヘルメス自身を私が観察した訳じゃないから、なんとも…。
聞いた様子とは違う様にも感じるわ。
一応、別の能力と考えて行動するべきかも。」
クラウディアは、スプーンで肉のソースを使って、皿に何かの絵を描きながら考え事をしている。
「と、なると…最低二人?」
ジェシカが、彼女の絵にソースを2滴垂らして、訊いた。
「容疑者二人。一人は不明。ヤバいのが三人…かな。
コイツを操っている奴が三人の中に含まれていれば、合計四人。それ以外なら五人、若しくは、それ以上。
…ただ、全員が全員とも敵対関係かどうかは不明
無関係の第三者という可能性もあるわ」
クラウディアは、ソースを3滴追加して、ジェシカと何かを話し合っている。
5滴のソースを、スプーンで横に切ったり、繋げたりしながら小声で意味の分からない事を話し合っている。
「うわー…クッソめんどくせぇ…ですわ」
話し合いに一段落したジェシカが、顔を上げた。
汚い言葉遣いに、無理矢理丁寧な言葉を重ねて呟いた
「リオネリウス…今回の旅行中、アンタが接触した人物は誰?」
接触…?さっき迄の話からの繋がりが全く見えない。
取り敢えず、思いつく限り素直に話した。
「同行している学園の教師・生徒達には、旅行前に挨拶している。旅行中は完全に別の馬車だったから、側近達以外との接触は無い。
到着してからも、来賓予定者の調整仕事で籠もっていたから、それ程多くの人間には遭っていないな。
俺の側近以外だと、父上、母上、第二夫人、エリシュバ姉上、弟のファーディア、ゼーレベ兄貴、フェルトガー伯父上…そして、彼等の側近達だな。
ファルク兄貴や他の兄弟達には、帰ってから会ってないから…」
俺が人数を指折り数えていると、クラウディアが眉を顰めて、突然話に割り込んで訊いてきた。
「籠もる?来客の調整なんて部下の仕事じゃない。
学校に来て、サンクタムとシエンティアの生徒達の間を橋渡しする事がアンタの仕事でしょ?
何故、表舞台に立たないで、楽屋裏に籠もっていたの?」
初めはクラウディアが何を言っているのかが、理解出来なかった。
少しずつ、彼女の言葉が脳に染み込んでくる。
その時になって、俺は初めて違和感に気付いた。
「…あ…あれ?そうだよな…?
何故、事務仕事?いや…そうだ…宰相に…フェルトガー伯父上に言われて…」
その時、伯父に言われた言葉を思い出した。
『あれだけの大人数の調整は大変だったろう。
大切な貴賓達だ。旅行中も問題が発生しない様にな。
書類仕事は大変だろうが、気を張って調整しなさい…』
「そう言われて…。え…?何故、俺は事務仕事を自分で処理していたのだ…?」
相変わらず思考が纏まらないが、違和感には気付けた。
「フェルトガーが黒幕?」
ジェシカが、驚く様な事を言う。
「どうだろう?
誘導したのは彼だろうけど、彼自身も操られていたら分からないわ」
クラウディアが言う『彼自身も』という言葉を聞いて、頭痛がした。…頭が痛むと思考が中断される。
「他人を操る能力者かぁ…。厄介ねぇ…」
「見た感じ、単純な指示だけを繰り返し行わせるだけみたいよ。ヘルメスの能力に比べれば可愛いものよ」
…何を見た感じなのか、分からない。
しかし、彼女達の話の中に、『俺自身』が含まれている事は何となく理解した。
セタンタに怒られた、憶えの無い行動。
疑問に思わずに、他者の言動に従ってしまう考え方。
全然纏まらない思考。
特定のワードを聴くと起こる頭痛。
「俺は…自分の知らない間に一体何をしていたんだ?」
俺の身体が俺の思考に反して行動している事を理解して、意を決して二人に訊いた。
「私が直接確認したのは、アンタが明け方に図書館に出入りした事と、昼間に騎士団の宿舎に入って行った事ね。両方とも単独行動。
事前に、側近達を何かしらの理由を付けて排除していたわね。話した内容は分からなかったけど」
…全く記憶にない。
「…そうか…。それで、俺はどうなる?」
…不審な行動を取る王族…此処に閉じ込めるのも当然だ。
逆の立場なら俺もそうするだろう。
風聞を気にして、不審死させられても文句は言えん。
「えっ?知らないわ。アンタの兄と父ちゃんが何をしたいのかが分からないし」
「そうねぇ…。てっきり毒殺でもして、邪魔な継承権者を消すのかとも思ったけど…?そんな様子は無いしねぇ」
二人は軽い感じで答えた。
…人の生死を簡単に言う奴等だな…。
俺も同じ事を考えていたから、何とも言えないが。
「…お前達はどうするのだ?」
「私は、取り敢えず本盗人を確保だけしておこうかと。
これ以上、図書館を荒らされるのは嫌だしね。
後は、明日の式典と晩餐会次第かしら?」
「犯人が分かったのか?」
…是迄の会話にヒントになる様な事はあったか?
「元々分かっていたのよ。
主犯ではなく共犯者…いえ従犯者?実行犯?だけだけどね」
そう言って、クラウディアが此処に来た本当の理由を説明した。
俺が主犯かどうかを確認したかったらしい。
王族が主犯だと、捕まえても有耶無耶にされる。
そもそも、横領も窃盗も成立しなくなる。
「実行犯を捕まえる為に協力して欲しいのよ。
私達には逮捕権ないからね。
実行犯を捕まえたら、ある本をしばらくの間貸して欲しいのよ。報酬としてね」
「本…?図書館の本か?」
「ええ、閉架書庫の本だから借りるのが難しいかなと思っていたのだけれど…」
「…分かった。好きにしろ。盗まれるよりはマシだ。
俺は何をすればいい?」
俺は、クラウディアの申し出を了承した。
貸出許可は…後で父上に申請しておこう。
こいつ等を誘導したのが父上なら、通るだろう…。




